くさかはる@五十音

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くさかはる@五十音の小説を読むことが出来ます。 創作活動全般はホームページ(https://gojyuon.com/)をご覧ください。

マガジン

  • 常世の君の物語No.5:銘信

    平安時代、長門の町を舞台に、源平合戦のかたわら、ひっそりと咲いた恋の花があった――。

  • 常世の君の物語No.4:廟利

    時代は平安時代末期、瀬戸内は讃岐の地を舞台とした歴史物語が幕を開ける。 主人公の廟利(びょうり)は、いつものように寺に通う。 そこには病人から老人まで、体の不自由な者たちが身を寄せ合っているのだった。

  • 常世の君の物語No.3:九星

    平安時代、瀬戸内の伯方を舞台とした歴史活劇譚。

  • 里帰り、おおいなる

    一人の男がこの街に帰ってくる――。 そんな噂が一人歩きして事態は思わぬ展開へ!!

  • 短編小説『来たれ!青藍高校マン研部!!』

記事一覧

第四章:伊織

夏の夜、空気は生暖かく、そこここで虫が鳴いている。 その虫の鳴き声に耳を傾けていた伊織は、時刻を告げられすっくと立ちあがった。 戌の刻――。 舞が、始まるのである…

第三章:落人

この頃、世の情勢は大きく動いていた。 東の果てで旗を揚げた源氏が、平氏を打ち倒したのである。 平氏は都を落ちのび、長門の町の目と鼻の先まで船でやってきていた。 そ…

第二章:九星

九朗は、舞に見とれて動かない兄をほっぽって、長門の町はずれのある廃寺まで足を延ばしていた。 午後の一番暑い最中、太陽はいよいよ勢いを増し、それにこたえるかのよう…

第一章:銘信

一筋の涙が、頬をついと流れた。 銘信は、まぶたの裏にまで届く日の光をまぶしく思い、ふっと目を開けた。 頭上では木漏れ日が、ゆらゆらとゆらいでいる。 降り注ぐ陽光に…

終章:あがき

寺の外が、再びにわかににぎやかになった。 廟利と九星は、連れ立って垣根の隙間から外を覗きに講堂を出た。 二人そろって、指を輪にしてつぶさに外の様子をうかがう。 村…

第三章:九星

「ごめんくだされ」 講堂の玄関口で、叫ぶ者がいる。 住職の円珍は、「どなたかな、あわてなさんな」と言いながら出迎えた。 果たして、円珍が目にしたのは、鎧兜になぎな…

第二章:平氏

時の権力者、崇徳上皇が讃岐の村へと流されて、一年が経とうとしていた。 崇徳上皇の屋敷は、村の最南端、三方を山で囲まれた場所にあった。 京の都の寝殿造りとまではいか…

第一章:廟利(びょうり)

一筋の涙が、頬をついと流れた。 廟利はそれをぐいと片手でぬぐうと、ひとしきり大きなあくびをした。 見上げると太陽は真上にあり、あたたかな陽光が、この縁側にも降り注…

終章:終焉

九星は、草の影に身を潜め、息を整えていた。 目の前では、鎧武者の人だかりが、焚火を囲んで何やら談笑している。 彼らが海賊なのか、平氏なのかを見極めないといけない。…

『里帰り、おおいなる』第十話:乾杯

「香旬停」の松の間で、第二十回目の会合が開かれようとしていた。 梅雨が明け、これから夏がはじまるという七月の第一土曜日のことである。 この日一日、天気はからっと晴…

『里帰り、おおいなる』第九話:英雄

年度末と言われる三月がやってきた。 先月のSNSでの盛り上がりから一か月、千代田市は空前のブームを迎えていた。 結局、一か月間で得られたふるさと納税の納税額は前年比…

『里帰り、おおいなる』第八話:論争

『記者にその電話があったのは、十二月五日、水曜日の夜ことだった。とある男性が、「ここだけの話ですがね」と切り出してきたのである。何事かと思ったが、話を聞くと男性…

『里帰り、おおいなる』第七話:養生

一日中、自室にこもっている久能元にとって、世間のいうクリスマスなどというイベントは、特に何の感慨も湧かない、布団にくるまったまま過ぎてゆく、それまでと同じありき…

『里帰り、おおいなる』第六話:流行

師匠も走るといわれる師走に入ったある日の午後、久能元は自宅のベッドで蓑虫のように布団にくるまって、さきほどからやや伸びた髪の毛を指の先でいじっていた。 すること…

『里帰り、おおいなる』第五話:漏洩

時計の針は、久能元がショッピングモールの駐車場で写真を撮られたあたりから、ちょうど一か月経った頃の、九月の下旬に戻る。 この日は残暑のきつい日だった。 どこへ行…

『里帰り、おおいなる』第四話:待ち受け

九月に入っても、うだるような暑さはおさまらない。 国枝恵は、差すような日差しの中、自転車の車輪止めを片足ではじくと、勢いよくこぎだした。家の前の坂道を下り、線路…

第四章:伊織

第四章:伊織

夏の夜、空気は生暖かく、そこここで虫が鳴いている。
その虫の鳴き声に耳を傾けていた伊織は、時刻を告げられすっくと立ちあがった。
戌の刻――。
舞が、始まるのである。

場所は長門の町を見下ろす神社の境内である。
昼間、用向きを告げられた伊織一家は、必要なものを伝令の男に伝えた。
その男たちの手により設置された松明が、今、森のせまる暗闇の中であかかあと燃えていた。
ぱきんと、枝のはぜる音がする。

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第三章:落人

第三章:落人

この頃、世の情勢は大きく動いていた。
東の果てで旗を揚げた源氏が、平氏を打ち倒したのである。
平氏は都を落ちのび、長門の町の目と鼻の先まで船でやってきていた。
その最後の源平の合戦が、今まさに繰り広げられていたのである。

美しい舞姫を神社の境内で見た翌日、銘信は再びあの舞姫に会えはしないかと高台にある神社を訪れていた。
暑い最中である。
石畳から立ち昇る陽炎が方々でゆらめき、階段を登り切った時に

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第二章:九星

第二章:九星

九朗は、舞に見とれて動かない兄をほっぽって、長門の町はずれのある廃寺まで足を延ばしていた。
午後の一番暑い最中、太陽はいよいよ勢いを増し、それにこたえるかのように方々の木々から蝉の声がこだましている。
陽炎が立ち揺らめく中、九朗は廃寺の入り口に立った。
「きゅうせいさーん」
廃寺の中は、折からの大飢饉による死者であふれかえっていた。
九朗のいる廃寺の入り口付近にも、瘦せさらばえた死体の山が、うずた

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第一章:銘信

第一章:銘信

一筋の涙が、頬をついと流れた。
銘信は、まぶたの裏にまで届く日の光をまぶしく思い、ふっと目を開けた。
頭上では木漏れ日が、ゆらゆらとゆらいでいる。
降り注ぐ陽光にぐっと目を細める。
いつから眠っていたのか、衣服にはじっとりと汗がにじんでいた。
この真夏の暑い最中に、神社の境内の一等大きな岩の上で昼寝を決め込んでいたのは、そこが真夏でもひんやり冷たいからだと知るからである。
さやさやと、木の葉のかす

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終章:あがき

終章:あがき

寺の外が、再びにわかににぎやかになった。
廟利と九星は、連れ立って垣根の隙間から外を覗きに講堂を出た。
二人そろって、指を輪にしてつぶさに外の様子をうかがう。
村の東の端で、小競り合いが起きているのが遠目にも分かった。
あの騒ぎが寺まで届くのにどれほどの時がかかろう。
廟利の頭に、義孝を殴ったあの鎧武者の顔がよぎる。
奴は何の前触れもなく、義孝を気が済むまで殴って出ていった。
こんな無体がまかり通

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第三章:九星

第三章:九星

「ごめんくだされ」
講堂の玄関口で、叫ぶ者がいる。
住職の円珍は、「どなたかな、あわてなさんな」と言いながら出迎えた。
果たして、円珍が目にしたのは、鎧兜になぎなたを持った男たちの姿であった。
なぎなたにはまだ新しい血がねっとりと光っている。
背負う旗印は崇徳上皇のものである。
「な、何か用かな。ここには病人や老人しかおらぬぞ」
円珍はたじろいだ。
男たちの中から、一人の男が前へ出て兜を脱いだ。

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第二章:平氏

第二章:平氏

時の権力者、崇徳上皇が讃岐の村へと流されて、一年が経とうとしていた。
崇徳上皇の屋敷は、村の最南端、三方を山で囲まれた場所にあった。
京の都の寝殿造りとまではいかないまでも、何不自由ないようにと、家の者も含めて大所帯がまとめて住めるだけの広さを持つ屋敷が用意されていた。
屋敷の周囲には柵が張り巡らされ、村人は用がある時に村長が呼ばれるくらいで、そのほかいっさいの立ち入りを禁じられている。
そのため

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第一章:廟利(びょうり)

第一章:廟利(びょうり)

一筋の涙が、頬をついと流れた。
廟利はそれをぐいと片手でぬぐうと、ひとしきり大きなあくびをした。
見上げると太陽は真上にあり、あたたかな陽光が、この縁側にも降り注いでいる。
廟利はいまいちど大きく伸びをした。
どれほど眠っていたろうか、板の間にじかに横たわっていたため、板と骨とが当たる部分が痛くなっていた。
腕をぐるぐるまわしながらそれをほぐすと、目の前に広がる庭に目を転じ、ほころびつつある桜を見

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終章:終焉

終章:終焉

九星は、草の影に身を潜め、息を整えていた。
目の前では、鎧武者の人だかりが、焚火を囲んで何やら談笑している。
彼らが海賊なのか、平氏なのかを見極めないといけない。
九星は、再び指で輪を作ると、草木の陰を移動しつつ、軍団を隅々まで見てまわった。
一太のことを思えば、自然と涙があふれてくる。
涙を流しながら、それでも九星は己がすべきことをしようと試みた。
男たちをつぶさに見てゆく。
ふいに、鎧を着てい

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『里帰り、おおいなる』第十話:乾杯

『里帰り、おおいなる』第十話:乾杯

「香旬停」の松の間で、第二十回目の会合が開かれようとしていた。
梅雨が明け、これから夏がはじまるという七月の第一土曜日のことである。
この日一日、天気はからっと晴れており、それは日が落ちる今頃になっても続いている。
三笠市長は、ひとり上座にあって、扇をぱたぱたと振り仰いでいる。
今まさに、秘書の別所が、集まった十名の有志に資料を配っているところである。
別所が隣の席に戻るのを待って、三笠市長は汗を

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『里帰り、おおいなる』第九話:英雄

『里帰り、おおいなる』第九話:英雄

年度末と言われる三月がやってきた。
先月のSNSでの盛り上がりから一か月、千代田市は空前のブームを迎えていた。
結局、一か月間で得られたふるさと納税の納税額は前年比百倍、今月に入り市内を訪れた観光客の数、概算で前年比十倍、その他の数値も、軒並み右肩上がりに伸びていったのである。
それを受け、市内の有志は「千代田市もりあげ隊」を結成し、YouTubeなどで自発的に配信を始めたが、これが更なる祭りを呼

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『里帰り、おおいなる』第八話:論争

『里帰り、おおいなる』第八話:論争

『記者にその電話があったのは、十二月五日、水曜日の夜ことだった。とある男性が、「ここだけの話ですがね」と切り出してきたのである。何事かと思ったが、話を聞くと男性は「中央政府で、『令和の大合併』という計画が進行中らしい」と言う。詳しく聞くと、「千代田市も五年後になくなるらしいが、詳しいことは分からない。ただ、千代田市長の三笠洋子がいち早くこの情報を得て、対策に乗り出しているらしい。その対策というのが

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『里帰り、おおいなる』第七話:養生

『里帰り、おおいなる』第七話:養生

一日中、自室にこもっている久能元にとって、世間のいうクリスマスなどというイベントは、特に何の感慨も湧かない、布団にくるまったまま過ぎてゆく、それまでと同じありきたりの一日として過ぎていった。
そうこうしているうちに、年の瀬が迫り、大晦日の日がやってきた。
この日は快晴で、朝から抜けるような青空であった。
母が元の部屋へ入ってきて、「もう起きなさいよ」と、換気のために窓を開けてゆく。
きんと冷えた冷

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『里帰り、おおいなる』第六話:流行

『里帰り、おおいなる』第六話:流行

師匠も走るといわれる師走に入ったある日の午後、久能元は自宅のベッドで蓑虫のように布団にくるまって、さきほどからやや伸びた髪の毛を指の先でいじっていた。
することがない。
外に出れば誰彼構わず写真を撮られるのは目に見えているので、とてもじゃないが外出する気にはなれない。
ついこないだなどは、玄関先でシャッターを切る音が聞こえた。それ以来、玄関ホールを通るたびに、玄関脇にはめられたすりガラスの向こうを

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『里帰り、おおいなる』第五話:漏洩

『里帰り、おおいなる』第五話:漏洩

時計の針は、久能元がショッピングモールの駐車場で写真を撮られたあたりから、ちょうど一か月経った頃の、九月の下旬に戻る。

この日は残暑のきつい日だった。
どこへ行ってもスマホを向けられるので、久能元は朝から部屋にこもりきりで、動画サイトをはしごして時間をつぶしていた。
はじめのうちは、お気に入りのお笑いタレントの芸や、ひそかに追いかけていたアイドル歌手『虹色デイズ』の特集を見ていたが、一か月も同じ

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『里帰り、おおいなる』第四話:待ち受け

『里帰り、おおいなる』第四話:待ち受け

九月に入っても、うだるような暑さはおさまらない。
国枝恵は、差すような日差しの中、自転車の車輪止めを片足ではじくと、勢いよくこぎだした。家の前の坂道を下り、線路を超え、通っている千代田高校までは十五分の距離である。飛ぶように過ぎてゆく道の両側からは、夏はまだ終わらないとばかりに、蝉の大合唱が聞こえている。
恵の心ははずんでいた。
無理もない、今日から新学期である。
世の多くの学生がそうであるように

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