マガジンのカバー画像

diary

40
運営しているクリエイター

#散文

水面のように揺らぐ

水面のように揺らぐ

小さな森へ行く。湖の水が少ないが、夏に感じた危機感のようなものはもう感じなかった。虫が多い。きのこと蜻蛉はまだ例年よりも少ない。歩いていくと色々な種類の蝶がふと思い出したように姿を見せる。

そこかしこに「どこか別の国の、遠い場所の」景色が重なっている。ここであって、同時にここではない場所の気配をまとい、妖精に手を引かれるようにして立てば、わたしは「ここ」からいなくなってしまうだろう、というような

もっとみる
ラブアンドピース

ラブアンドピース

あるとき、平和、という感覚とチューニングを合わせたようになってから、野原に、空に、真昼に、深くそれを感じるようになった。こどものころの記憶が自然とよみがえってきて、それはやわらかく、光に満ちていて、“見守られている、大切にされている”という感覚と共にもたらされる。

母が作ってくれた苺ジャムのサンドイッチ、土曜日のお昼のオムライスが特別だった。
すべてから守られて、歩く父の背で眠っていた。
ともだ

もっとみる

蝶葬

北向きの薄暗い部屋の床で、紋白蝶がもがいているのに気づく。いつのまにここにいたのだろう。秋の終わりに室内に入れた鉢にさなぎがついていたのだろうか。誰にも気づかれずに生まれ、必死に羽ばたいているが、よく観察するとひとつの翅が歪んでうまく飛べないようだった。

砂糖水を傍に置いたりしながら夜になるまで待っていたけれど、彼女はうまく飛べないままだった。虫かごに入れるのも、この部屋で育てるのも、嫌だと思っ

もっとみる
冬と闇のこと

冬と闇のこと

大人と呼ばれる年齢になってから、冬を好きだったことがなかった。北国の冬はとにかく長く、暗く、寒く、やまもりに積もった雪に閉ざされた圧迫感が喉を締め付けて、うまく呼吸ができなくなって、いつも苦しかった。

単純に日光が足りないせいもあっただろうし、自分の心身の調子が悪い時期であったせいもあるし、人生のそういう期間であったせいでもあるだろうが、冬は特に救いようがない気持ちになることが多かった。自分に対

もっとみる
小さな冬の森

小さな冬の森

小さな森へ行く。よく晴れている。雪は積もっているが歩ける程度だ。風がないので湖面が静まり返り、青い空と雲をくっきりと写し取っていた。少しウユニ塩湖と似ているかもしれない。わたしの中のheavenのイメージはウユニ塩湖なので、それが身近で見られてとても嬉しい。

水場近くの雪には野生動物の足跡がいくつも残されていた。兎と狐しかわからなかった。湖面には水鳥が数羽浮かんでいた。一匹、大きな音を立てて飛び

もっとみる
癒し手の植物環

癒し手の植物環

植物と親しい、薬草を思わせる方にリースを作っていただいた。

冬という一族の王女へ、というイメージをお伝えする。毎年冬を守ってくれる“赤い竜”(のお守り)の棲み処として、という思いつきだったけれど、一晩経てから、そういえば去年の12月はアンデルセンの「野の白鳥」(白鳥の王子)のイメージで草冠を作っていただいたことを思い出した。この草冠もコールドムーンの日に来てくれたのだった。

去年は今まで生きて

もっとみる
最近の日記

最近の日記

「社会」と「世界」を同一視してしまうことが多いけれど、本当はまったく別のものだ。気持ちが落ち込むようなら、ふたつは切り離して、「世界」に集中することだ。そして何よりも「自分」に焦点をあてること。

決定的な絶望、致命的な失望からでさえ、きちんと立ち直れるようになってきている。よしよし。よくがんばった。

“冬”の一族の王女は、石造りの古い城に住んでいる。竜を友とし、硝子に覆われた中庭で、春を待つ植

もっとみる
たとえば永遠に失われた花が

たとえば永遠に失われた花が

たとえば。

この国では永遠に失われた花が、遠い異国で、誰かの手で、芽吹くこともあるだろう。
地球で永遠に失われたものが、他の星にて生まれ落ちることもあるだろう。
わたしたちが永遠に失ってしまったものが、いつかどこかで、産声をあげることもあるだろう。

絶望はしたくない、と思って、そうしようと決めて。それから信じることにした(信じられなくなるときもあるけれど、また信じることができればそれでいい)。

もっとみる
瞳の中の王国

瞳の中の王国

もう随分前に家族旅行で沖縄へ行ったことがある。まだコロナのコの字も出てきていないときのこと。リゾートホテルなんかの開発も今ほどには進んでいなかった。家族は初めての沖縄だったから、北部に行かず南部をじっくり廻ることにした。

沖縄南部は生まれて初めての一人旅で行った土地だった。戦時下、激戦地であったが――それゆえの悲劇を旅行前にいくつも調べたが――そのことを胸の奥深い場所に沈め抱えながら、その地を歩

もっとみる
最近の日記

最近の日記

今日見た蝶:
アゲハチョウ、コヒオドシ、ヒカゲチョウ(クロヒカゲ?)、シジミチョウ

-

かの地に向かって祈るたびに、茎や葉まで白い花が咲く気がして、それもたくさんの人が祈っているから花畑のように光っていて、それが意味のあることであってほしい、と思うし、意味などなくてもいいのかもしれない、とも思う。

-

千年後のわたしたちを想像する。わたしたちは青く光る巨大な魚になって空を泳いでいる。千年後

もっとみる
little forest/名付けられないもの

little forest/名付けられないもの

雨あがりに小さな森へ行く。大きなキノコがたくさん生えていて、なかにはフェアリーリングのように円を描いているものたちもあった。赤い毒キノコは童話のように愛らしい。雨の中で妖精たちの宴があったのかもしれない、と楽しくなる。

足元に積もった木の葉や土は湿っている。踏みしめるたびに独特の匂いが立ちのぼってくる。豊かな森の匂いだ、と思う。

湖は高い水嵩を保っていて、いつもは露出している樹や草たちがいくつ

もっとみる
円環

円環

ふと思ったこと。

世界を祝福することと、世界に祝福されることは
限りなく近しいのではないか。
あるいは、祝福することと、祝福されることは
同時に行われるのではないか。

(そのような“仕組み”があるのではないか?)

「愛」というものは 「愛情」と混同され
「愛情」を与えても返ってこないこないことなど
ざらにあるのだろうが、
かろやかに澄み切った「愛」は
与えた/放出された時点で
すでに円環の中

もっとみる
永遠と幸福、遠方へと向かう夏

永遠と幸福、遠方へと向かう夏

古い温室に差し込む光の角度
夏という季節が
幾度となく刻み込まれ
わたしたちを調律していく

白い花ばかりを摘んだ
花冠を編む手指に
重なる誰かの
翼の影

東の洞窟の氷柱
ぎんいろの時雨
積乱雲に棲む竜
うすむらさきと
ぎんいろの空が暮れていって

そこかしこに永遠を見つける

だから
わたしたちの意志や想いも
受け継がれるだろう

わたしたちの国が滅び
わたしたちの信じる神々が消えてしまっても

もっとみる
ある信仰と、あなたの手に触れることについて

ある信仰と、あなたの手に触れることについて

いろいろなことから影響されたのかもしれないが、急に特定の宗教がおそろしくなってしまい、なぜだろう、と考えてみた。数日かかってぽん、と出た答えは「わたしが今まで知らなかった、新しい誰かの手に触れることができたのかもしれない」という思いだった。わたしがあなたの手に触れることを、許してくれたこと。

それはとても、とてもうれしいことだ。涙が出るくらい。

「なぐさめ」というテーマを得て、誰かの恐怖や悲し

もっとみる