見出し画像

水面のように揺らぐ

小さな森へ行く。湖の水が少ないが、夏に感じた危機感のようなものはもう感じなかった。虫が多い。きのこと蜻蛉はまだ例年よりも少ない。歩いていくと色々な種類の蝶がふと思い出したように姿を見せる。


そこかしこに「どこか別の国の、遠い場所の」景色が重なっている。ここであって、同時にここではない場所の気配をまとい、妖精に手を引かれるようにして立てば、わたしは「ここ」からいなくなってしまうだろう、というような。


小さな三角形の草原は、見たことがないはずの、そしていつか見ただろう、見るだろう、異国の景色と時間を重ねて、銀色の粒子をまとっていた。そこだけが絵の中の箱庭のように静かだった。


(湖岸から呼び声が響いている気がする。こだまのように反響して。)


自身は解れ、体の端から霧のようになって森に溶けていく。寄せては返す波の透明さ――息を吐くごとにちりちりと音を立てる、小さな小さな鈴のように、根を踏まぬように、なにもころさないように。わたしは自由だった。世界は美しかった。ここでぜんぶ終わったっていいな、と思いながら、先を行く母に手を振る。手を振った。