青井

散文 生きることとと幻想の間 少し人を選ぶかも、と感じた記事は現在有料にしております。

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最近の記事

不思議な喫茶店

陽太が重い扉を押して入ると、シャラシャラと不思議な音が鳴った。どこから鳴っているのだろう、といつも思う。ここは陽太の秘密基地だった。木製の壁に、赤いソファーに、ステンドグラスの窓、レースのカーテン。カウンターには不思議な形の道具が置かれていて、マスターはそれを「天球儀」だと教えてくれた。お父さんに連れられて初めてこの喫茶店に来た日だった。ここは陽太のお父さんの秘密基地でもある。優しく大きな手に引かれてここに初めて来たとき、学校に通えなくなった陽太は、学校の代わりにここに来るこ

    • flowers blooming in hell

      自分の中に地獄がある。ぐろぐろと燃えるタールのような地獄があることを知っている。 自らの地獄を知覚し、“現実”の地獄を感じる。ふたつは繋がっている。 ある種の“空想”でもあるが、私はそれが実在することを知っている。 揺らぎを少なくすること、できる限りフラットであること、よろこびを感じる心を我慢しないこと、健康的で健全な生活を送ること。庭づくりをすること。森へ行くこと。 植物や動物、鳥や虫や、他、目に見えにくいものに心を寄せること。 誰かにありがとうと笑いかけること。手を振る

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      • 湖畔

        わたしの犬が死んだ日に 湖畔にうちすてられた 小舟のひとつに住むことにした 湖の上を行き交う無数の舟たち 青く香る 深い霧の向こうで 手を振っているひとがいる   ( あなたは誰だったか   ( わたしの母か   ( それとも父だったのか   ( 年老いた親族   ( それともきょうだい   ( 生まれてこない子どもだったか 湖畔の砂地から遠ざかると森がある そこに咲く白い花を摘んで 波打ち際へと戻る 舟のひとつに乗せて押し出す そこには見知らぬひとの面影が

        • 空想ごっこ

          空想ごっこ。 私が小さな喫茶店のマスターだったらいいのにな。 ブラウンの壁と小さなステンドグラス窓、椅子はビロードの赤色のソファと木製のアンティーク、人工大理石のテーブル、古い天体模型。 私はここではただの「無口なマスター」で、他には何も求められない。 不登校の少年には甘くないココアを、無口な美しい女性には紅茶を、本を片手にやってくる初老の男性には珈琲をいれてあげられる。小さなチョコレートを添えて。 私は誰にも名前を聞かないし、誰も名前を聞いてこない。 でも、名乗るな

        不思議な喫茶店

        マガジン

        • 断片
          6本
        • diary
          38本
        • 8本
        • 生きることと幻想の間
          19本

        記事

          旅人と魔術師の会話

          「わたしはあらゆるものの真(まこと)の名を知るために旅をしてきました。そしてあるとき、木陰で休んでいたときにふと気づいたのです。すべてのものの名は“ラベル”でしかなく、それを剥がしてしまえばすべてが“ひとつのもの”であることに。つまりわたしたちは統合を目指しながら、すべてに名を付けることによって“分かたれる”ことを許しているといえます」 「しかし、名を唱えることは呪術的ですよ。古い力がある。……人間の力だ。隠された名を暴き唱えるなら、それは最も力のある祈りであり魔術だ。果た

          旅人と魔術師の会話

          最近の日記

          世界をいろいろカテゴライズするとして、今は動物や鳥、植物、鉱物と呼ばれるひとたちと仲良くなりたいと思っています。 誰でもない自分のためにしたことが、誰かのためになっていることが、ある。 白木蓮の木が庭にある想像。しあわせ。 春分 - 光るように満開の辛夷を見あげながら、もうずっと昔にもこうしていた、と思う。母に手を引かれて覚束なく歩いていたころだったろうか、それとももっと昔の、わたしがわたしではないころだったろうか。与えられるように、その瞬間に零れ落ちた花を拾い、少しだ

          最近の日記

          「冬から春へ」

          未分化の白い腕が木蓮の枝をいっぱいに抱えて。 原初の闇を匂い立たせる雪原に、そこはわたしたちの、(あなたたちの) 墓だと誰が。 誰が知っている。 見つめ合う瞳は小鹿の瞳、猟師に撃たれて血と命を流し続ける生物の瞳。腐り落ちた肉と血のあとに残った、いのちの 鉱石の キュクロプスが森を歩く夜の、まばたきを忘れた瞳。 ( 沈んでいく 青という遺跡 ( 落ちていく 烏の群れの夕暮れの羽音 ( 涸れ果てた 水脈に咲く花々 窓辺の椅子

          「冬から春へ」

          240228

          珍しく晴れる。その下の土を思いながらざらついた雪を踏み締めて、祈りを込めて歩いた。一歩一歩、ただしく冬が行き春が訪れますように、と祈りながら。柏の枯れた葉がざわざわと挨拶をしてくれる。風が吹いている。あの山から、遠く、あちらの山まで。見えない道が敷かれ、糧を求める白鳥たちが声をあげて飛んでいく。 ふと目の前に湖があった。どこまでも続く巨大な湖だ。私はその中に波紋もなく立っていた。端は深い霧によって見えず、ただ大きいということが感覚としてわかった。水の下では真っ白いリュウグウ

          beautiful code

          世界は美しい暗号に溢れている。 そのとき見ている景色に、もう一つ別の、どこかの、いつかの景色が重なることがあった。それは過去に行ったことのあるどこかであったり、ネットや雑誌で見かけたことのある景色であったり、まったく情報も知らず行ったこともない異国、もっと言えば「ここ」ではない、地球にはないどこかの景色であったりした。 アート作品や器、音楽、鉱物もそうだ。 美しいものは景色を呼び起こし、重ね、拡げて、そして解き放つ。 なんてことのない日常に存在する暗号に気づき、心を開い

          beautiful code

          夏の祭りのこと

          吹雪の中で雪かきをしながら。夏に。なぜあの祭りが行われてきたのかを唐突に理解する。どのようにして発生し、どのようにして形を変えていったか。血が交わり世代が変わっていくごとに。脈々と。精霊送りと呼ぶには荒々しすぎる祭り。武者や鬼を模した極彩色の巨大な灯篭。最後には海に流される灯り。(流し雛、のことも思い出した) 同じ掛け声を繰り返し、トランス状態の若者が笛の音と共に踏み鳴らす舞踏。同時に体につけた大きな鈴の音がいつまでも鳴り響く。歓声。輝かんばかりの暴力的な生命力が、土地に染

          夏の祭りのこと

          最近のこと

          懐かしいもの。竜の鼓動。野に吹き渡る風。羊飼いの角笛。水辺。水草の揺れる澄み切った水。熱い砂。紺碧の夜空。ウールにくるまって見る天の川。あたたかなお茶をくれるひとの笑み。湯気。花畑。果樹園。煉瓦の塀。鉄の柵の向こうに見える家。高く広い空。 かかりつけの薬局に行く途中で路地裏を歩いていくのだけど、古い住宅地の中になぜかぽつんと煉瓦が使われた元・雑貨屋さんみたいな外観の建物があって、いいな~と通るたびに思ってる。耳をすませばの地球屋さんみたいな感じ。通った人が「ここ何のお店?ど

          最近のこと

          それでも美しいと言う

          ご近所の草原が紅葉していて、綿毛の種を持った植物を見られて、光るように美しい野菊が咲いていて、ここがかつて名も無い湿地帯だったころを思って。 世界があまりにも美しくて、絶望も希望もいっしょくたにして、犬と歩きながら かつてのわたしであったひとと、その相棒と、あるいは誰でもなかった影と、歩きながら。 救われてしまった。 あの日選ばれなかったはずのわたしは、それでも、この世界を美しいと言ったのだ。 (231122)

          それでも美しいと言う

          サーシャの話

          彼女が気づいたとき、彼女はもう夜の森にいて、裸足のままでさまよっていた。この森は夜が明けることがなく、彼女はたまに盛り上がった木の根に躓き、倒れ、また立ち上がり、転ばぬよう必死に目を凝らしながら歩いていた。どこへ? 彼女が気づいたとき、彼女は針葉樹の森の、粗末だが炎の光に満ちた小屋の前に立っていた。扉をノックすると、中から現れたのは老いた隠者だった。隠者は彼女の瞳と傷ついた裸足を見て、それから彼女が両手で握っているものを見て、すぐに小屋の中へ通してくれた。 隠者は彼女を暖

          サーシャの話

          無垢という宇宙

          青森県立美術館で開催されている奈良美智「The Beginning Place ここから」に行ってきました。 開催されてからそれほど日にちが経っていなかったためか人が多く、普段多人数と接することがないわたしは頭がくらくらしてしまいました。でも、それだけ人気だということ。見に行けてよかったと思います。 わたしが心惹かれたのは、メインビジュアルにもなっている《Midnight Tears》などの近年の作品でした。とても大きな作品で、美術館の大きな壁・空間に飾られていても大きい

          無垢という宇宙

          水面のように揺らぐ

          小さな森へ行く。湖の水が少ないが、夏に感じた危機感のようなものはもう感じなかった。虫が多い。きのこと蜻蛉はまだ例年よりも少ない。歩いていくと色々な種類の蝶がふと思い出したように姿を見せる。 そこかしこに「どこか別の国の、遠い場所の」景色が重なっている。ここであって、同時にここではない場所の気配をまとい、妖精に手を引かれるようにして立てば、わたしは「ここ」からいなくなってしまうだろう、というような。 小さな三角形の草原は、見たことがないはずの、そしていつか見ただろう、見るだ

          水面のように揺らぐ

          ラブアンドピース

          あるとき、平和、という感覚とチューニングを合わせたようになってから、野原に、空に、真昼に、深くそれを感じるようになった。こどものころの記憶が自然とよみがえってきて、それはやわらかく、光に満ちていて、“見守られている、大切にされている”という感覚と共にもたらされる。 母が作ってくれた苺ジャムのサンドイッチ、土曜日のお昼のオムライスが特別だった。 すべてから守られて、歩く父の背で眠っていた。 ともだちと駆け上がった古い石の階段、クローバーの花の香り、親しい海の気配。 ひとりで歩

          ラブアンドピース