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little forest/名付けられないもの

雨あがりに小さな森へ行く。大きなキノコがたくさん生えていて、なかにはフェアリーリングのように円を描いているものたちもあった。赤い毒キノコは童話のように愛らしい。雨の中で妖精たちの宴があったのかもしれない、と楽しくなる。

足元に積もった木の葉や土は湿っている。踏みしめるたびに独特の匂いが立ちのぼってくる。豊かな森の匂いだ、と思う。

湖は高い水嵩を保っていて、いつもは露出している樹や草たちがいくつも水に沈んでいた。水に沈んでいるもの、には独特の神秘性を感じる。清らかな川に沈むガラスの破片や、絵画に描かれるオフィーリアが何かを秘めて美しいように。


優しい風が吹いて湖面が少しだけ波打っている。幹を半分水に埋めた木々の木漏れ日が水面に落ち、大きなヤナギの葉が銀色に裏返る。近くにはギンドロの樹もあって、こちらも銀色の葉が風に揺れていた。ほとんど白く見える、太陽の下の銀色。眩しい。


小さな森に通ううちに、ここはいつも何かが満ちている、と感じるようになった。その何かに名前を付けることが今もできない。光や霧に近く、流動する、やわらかいもの――。

光の粒子、水と影、植物たちの微睡み、湖が見る夢。
古く新しい庭へと繋がる扉の鍵のつるりとした形を、何度でも思い出す。