蝶葬

北向きの薄暗い部屋の床で、紋白蝶がもがいているのに気づく。いつのまにここにいたのだろう。秋の終わりに室内に入れた鉢にさなぎがついていたのだろうか。誰にも気づかれずに生まれ、必死に羽ばたいているが、よく観察するとひとつの翅が歪んでうまく飛べないようだった。


砂糖水を傍に置いたりしながら夜になるまで待っていたけれど、彼女はうまく飛べないままだった。虫かごに入れるのも、この部屋で育てるのも、嫌だと思った。残酷だけれど。残酷かもしれないけれど、外の、自然の、土に還れる可能性のある場所で、この子は死ぬべきだ、と思ってしまった。外は吹雪で、晴れた日だって、まだ花なんてひとつも咲いていない。花が咲いていたとしても、歪んだ翅では飛べずに死んでしまうだろうに。

エゴだ。限りなく、わたしの、わがままだ。

(そして衝動だった。)


彼女を手で包んで、窓の外へと放した。強い風であおられて、すぐに見えなくなった。雪は降り止まず、彼女は今夜にでも凍えて死んでしまうだろう。わたしが選択したために。わたしが望んだがために。

心臓が嫌な音を立てて動いている、ように思えた。動揺していた。けれど後悔はなかった。


彼女をてのひらで包んだとき、明らかに彼女の体重以上の重さを感じた。生命の重さだろう。透明な水が零れないようにして包んでいる気がした。あたたかささえ感じるようだった。


(雪解けを待って、彼女の遺骸を土に埋めてあげればよかっただろうか。)


視界の端で飛び回る蝶の影。

淡い呪いが心臓に傷をつけ、それはきっと春になるまで癒えないだろう、と思う。