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古本屋になりたい

48
本や読書にまつわるあれこれ
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古本屋になりたい: 48 日曜日のさみしさ

古本屋になりたい: 48 日曜日のさみしさ

 日曜の夜、「クラシック音楽館」を流し見しつつ、本を読んだりコーヒーを飲んだりスマホをいじったりしていると、Moanin'が流れて、はっとなる。
 「美の壺」が始まった。
 もう2時間経ってしまった。

 サザエさん症候群などと言って、日曜日が終わるのを憂鬱に感じる人はたくさんいるようだ。
 今はそんなことを感じなくなったけれど、私にも日曜日が憂鬱だった時期がある。
 社会人としてのほとんどをシフ

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古本屋になりたい:47 本屋の記憶

古本屋になりたい:47 本屋の記憶

 その昔ニチイだったところが、サティになり、マイカルになり、イオンになり、5年ほど前、完全に閉店した。
 家からバスで5分かそこら。
 小学校高学年になると、子どもたちだけでも行けるところ。

 その隣にシネコンが出来たのは、ついこの間のことのように思える。家から5分のところで映画が観られることに不思議な感覚を覚えたものだが、そのシネコンももう何年も前に潰れてしまい、跡地には古くから地元で知られる

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古本屋になりたい:46 井上靖「星と祭」

古本屋になりたい:46 井上靖「星と祭」

 今の中学生も、国語の授業で井上靖の「しろばんば」を読むのだろうか。

 小学校の国語の教科書に載っていたのは、それだけで完結している短い物語ばかりだったのに、中学校に入ると、長さのある小説の一部が抜粋されたものが教科書に掲載されていた。
 そのことに驚くと同時に、続きが気になるという体験も初めてしたように思う。

 教科書の中の「しろばんば」は、冒頭の数ページだけだ。
 子どもたちが、夕方、しろ

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古本屋になりたい:45 高野文子「るきさん」

古本屋になりたい:45 高野文子「るきさん」

 一時期、ごく親しい人へのお見舞いやお餞別として、薄い文庫本に自分で縫ったブックカバーをかけたものを渡していたことがあった。
 ブックカバーは、手芸用品店に行く度に買い集めていた端切れとチロリアンテープの組み合わせで、相手のイメージに合わせた。誰かに女子力高ーい、などと言われて、うるせえ、とお腹では思いながらもへらへら受け流していた。

 中の本は大体決まっていた。
 一度、転職する恋愛体質の同僚

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古本屋になりたい:44「エルマーのぼうけん」

古本屋になりたい:44「エルマーのぼうけん」

 幼稚園や小学校の秋の遠足は、たいていみかん狩りだった。
 子どもの足で歩いていける距離に、みかん山がいくつもある。みかん山はみかん農家の果樹園であり、観光農園を兼ねているところもある。

 思い返すと、幼稚園に上がる前から、家族や、他の市から遊びに来たいとこたちや、近所の同年代の子どもたちと、何度もみかん狩りに行っていた。
 みかん山は傾斜のきついところが多いから、はしゃぎ回ると危ない。こけて、

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古本屋になりたい:43 高野悦子「二十歳の原点」

古本屋になりたい:43 高野悦子「二十歳の原点」

 ミートソースを作るためにトマト缶を開けようとしたら、プルタブがちぎれてしまった。
 玉ねぎもにんじんもみじん切りにした。ミンチ肉も解凍した。
 時間は元に戻らない。

 わたしの中のもうひとりが教えてくれる。

 でもほら、缶切りで開ければ。

 ところが、我が家には缶切りがない。
 栓抜きもないが、キッチンバサミの合わせの部分が丸くギザギザになっていて、いつだったか麺つゆの瓶の蓋はこれで開けた

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古本屋になりたい:42 夏祭り②

古本屋になりたい:42 夏祭り②

 夏祭り①から続き。

 夏祭りの当日、朝から小学校に集まった各自治会の人たちは、照りつける日差しの中汗だくになりながらテントを組み立て、提灯を張り巡らし、手が空いた人は遅れているところを手伝うように先日の会議で言われていたにも関わらず、しんどすぎる!無理!自分のとこだけで精一杯!と、それでも手を抜かずに、早く終わらせたい一心で協力し合った。
 さすがにどの自治体も、比較的若い人たちを駆り出してい

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古本屋になりたい:41 夏祭り①

古本屋になりたい:41 夏祭り①

 小学四年生の夏休みの終わり頃、盆踊りの夜。
 母と会場のグラウンドへ向かう途中、弟の友達のお母さんと出くわし、母たちはそのまま立ち話を始めた。
 わたしは付かず離れずの位置で手持ち無沙汰にうろうろし、視界に入るようにしては退屈をアピールしていたのだが、話の内容は耳に入っていなかった。
 青少年グラウンド、縮めてグランドと簡単に呼ばれていた広場はすぐそこで、わたしは母たちを置いてひとりで先に行って

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古本屋になりたい:40 夜更かし

古本屋になりたい:40 夜更かし

 子どもの頃は、あまり夜更かしをしたことがなかった。

 中学生になって、「探偵ナイトスクープ」を観たことがないというと、友人に心底驚かれた。放送時間は二十三時過ぎ、その時間にはもう寝ていたのだ。
 友人は夜型で、見事に毎朝遅刻ギリギリ、漫画のように食パンをくわえて走って、汗だくで登校していたから、わたしは夜更かしをそれほど良いものとは思わなかった。どう考えても、生活に支障が出ている。
 とっくに

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古本屋になりたい:39 あまんきみこ「ミュウのいるいえ」

古本屋になりたい:39 あまんきみこ「ミュウのいるいえ」

 小さい頃、自分の名前がうまく言えず、自分のことを「おっこ」と言っていたらしい。
 らしい、というのは、自分では全く覚えていないからだ。
 両親はわたしのことを名前で呼んだが、親戚のおばちゃんたちは、わたしがちゃんと自分の名前を言えるようになって、名前ではなく「わたし」と言うようになってもしばらく、わたしのことを「おっこ」と呼んでいた。

 あんた自分の名前ちゃんと言われへんで、おっこおっこ、言う

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古本屋になりたい:38 うどんか蕎麦か

古本屋になりたい:38 うどんか蕎麦か

 大阪生まれの大阪育ちで、麺といえばやはりうどん派である。

 淡い色のつゆに、柔らかめの麺。
 子どものころなら卵とじうどん。
 少し大きくなって少食の時期を脱してからは、ミニ天丼にうどんのセットか、ミニうどんに天丼のセット。天丼がなかったら、かやくご飯。いなりはあまり選ばない。

 町内に徒歩で行けるうどん屋があったし、市内に車で行くうどん屋があった。
 友達と街に出ても、いつもパスタやエスニ

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古本屋になりたい:37 イプセン「人形の家」

古本屋になりたい:37 イプセン「人形の家」

 先日、実家の部屋の片付けをしに帰っているという友人から、「高校の時のプリントが出てきた。〇〇さん(私)は、イプセンの「人形の家」を紹介してました」とLINEが来た。

 そうそう。懐かしい。
 私は、今も本棚にある新潮文庫の「人形の家」を取り出して写真を撮り、
「付箋貼ったまま、まだ持ってる!」
と添付して返信した。

 詳しいことは忘れてしまったが、家庭科の課題だったことはぼんやり覚えている。

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古本屋になりたい:36 有栖川有栖編「大阪ラビリンス」

古本屋になりたい:36 有栖川有栖編「大阪ラビリンス」

 高校に入学してすぐ、入学式の次の日くらいだったと思う。
 お花見行こかと、担任の先生の引率で、クラスのみんなで大阪城まで歩いた。

 学校は大阪城の外堀を埋め立てた上に建っていた。
 校舎を建て替える時に土を掘ったら、古いものが色々出て来て、工事が中断したらしい。先生はそう話してくれたが、大学を出たばかりの男性だったから、古い先生から聞かされた話なのだろう。

 大阪城までなんてずいぶん遠いので

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古本屋になりたい:35 続編が出ない

古本屋になりたい:35 続編が出ない

 〈バス=ラグ〉シリーズの二作目はまだかな…と今でも実は待っている、という人はどれくらいいるのだろうか。

 チャイナ・ミエヴィルの「ぺルディード・ストリート・ステーション 上・下」(ハヤカワ文庫SF 2012年)は、スチームパンクに、昆虫や鳥の飛翔のイメージを濃厚に絡めた長編小説だ。

 文庫版の帯には、若島正氏の解説の抜粋がある。

 作者の試みが成功しているとは、簡単に若島氏は書かない。
 

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