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【休職を通して変わったこと】変化を前向きに捉えて、生まれ変わるチャンス

投稿:010
【記事の要約】
この記事は私が「適応障害」という心の病を患った時の体験談です。
テーマや切り口ごとに分けて記事にしています。

今回のテーマは病を通して変化したこと。
適応障害になり、休職したことを通して生じた変化を綴っていきます。
自分に起こる変化は必ずしも良いものとは言えないかもしれません。
でも、それを逆手に取って自身をよりポジティブに変え、
見えなかったもの、気づけなかったことを発見していけたとしたら……?

現在進行形の体験談が、皆さんの参考になれば嬉しいです。


価値観の変化


まずは価値観の面から。
「現在を将来のために消費し続ける生き方」
に疑問を持つようになりました。
「未来のためになるから」と我慢し続けて積み重ねてきたはずの努力が、
病気でつまづいた途端、水泡に帰したような感覚は今も忘れられません。
「何のために努力してきたのだろう」と茫然自失になり、
しばらく経ってから
「今したいと思っていることを、できるうちにしたほうがいい」
と思うようになりました。

私は一介の事務職です。手取りの収入も高いとは言えないでしょう。
しかし、消費する場面がなく、僅かながら"蓄え"になっていました。
平日は職場と社員寮の往復。休日は溜まった家事の処理。
その繰り返しでいつの間にか10年以上の歳月が経っていました。
職場は「休むことがよくないこと」という雰囲気に支配されていて、
根性論で社員を叱咤するだけの、効率の悪い運営をしています。
同僚や先輩は死んだ魚の目をして、愛想笑いばかり。
慣れって怖いですよね。この違和感がいつの間にかわからなくなるから。

休職初期の「暴走」(別記事に詳細)がひと段落した時に読んだ、
『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』
という本も参考になりました。
今、やりたいと思えることをしないで「生きている」と言えるのか。
それを実行するため、経験に投資するためのお金じゃないか、と。
未来に希望を持つことは大事だけれど、
未来のために我慢し続けるのは大きな後悔につながると思いました。
休職したから今だからこそ、やりたかったことをできる時間がある。
時間って、命そのものだと思いました。

お金や時間に対する考え方が変わっていくなか、
桜の季節に隅田川を降る船でイギリス人旅行者の老紳士と出会いました。
67歳の男性は、リタイア後、日本を含めアジア数カ国を、数カ月かけて
家族や友人と旅しているとのこと。
しばらく会話を楽しんでいると、私が降りる停留所が見えてきました。
別れ際に男性は船上から
「私の年金を稼ぎ出すためにたくさん働いてくれよ」と
冗談交じりに笑いながら手を振っていました。
(イギリス在住の彼のために納税しているわけではないけれども、
年金と納税の仕組みとしては仰る通りかも)
イギリスの、もっと言えば他国の現役世代も程度の差こそあれ、
日本の現役世代と同様に働き詰めなのかと想像を膨らませます。
老紳士との会話を楽しめた一方で、生きてきた環境の違いを感じました。
親や祖父母世代は、若い頃にバリバリ働き続けて、
リタイアしたら余暇を優雅に過ごすと考えている人が多かった気がします。
けれども、時代の移り変わりに伴って
老後の生活資金の捻出にさえ危機感を抱いている現役世代のなかには、
リタイア後に同じような生活を思い描くことはできない方も多いのでは?
それにお金はあっても体が思うように動かなくなっているかもしれないし。

休職して失ったもの、手放したものもあります。
でも、そういうものはもともと自分の身の丈に
合っていなかったのかもしれません。
手放した分だけ、心に新しいものが入り込む余地ができました。
同じような境遇にある方の気持ちに以前よりも寄り添えるようになったり、
他人からの承認や肩書に執着しなくていい分、
穏やかな気分で過ごせる時間が増えました(苦しむ時間も多いけどね)。
他人と無理に同じ土俵で闘う必要もない。
休職前と同じ生き方には戻れないし、戻る必要もないと今では思います。

体調面の変化


続いて体調面はというと、
回復してきたものの、今でも眠れない日はあります。
ちょっと困ったことは記憶力と認知力が以前より落ちたこと。
部分的には回復しましたが、まだ途上って感じです。

動かないので運動不足になりがちで、筋力は落ちます。
ある日、突然背中に謎の激痛が走り、整形外科に駆け込みました。
運動を勧められたので家族と一緒にジムに通い始めました。
外に出て汗を流すアクションもプラスに働いたと思うし、
今は休職前より筋力がつき、体重も減ったので健康的です(笑)

感情面の変化


感情面はどうでしょう。
過去と未来に対する不安を延々と考え続けるようになったことが苦しい。
持って生まれた性格も関係しているのでしょうが、
いつの間にかそんな思考回路が強化されてしまったのでしょう。
この思考の癖は今でも忘れた頃に顔を出します。

困ったを通り越して不思議に感じたのは、
感情の欠如とでも呼ぶべき状態になったことでした。

例えば、バラエティー番組や面白い動画を見ていて、
画面の中で何が起こっているのかは理解できるのですが、
「面白い」という感情が追いついてこないのです。
周囲の人のリアクションを見て
「あ、ここ笑うところなんだ」と気づくありさまでした。
この症状もだいぶ回復しましたが、
瞬発的に反応するというよりは、
目の前で起こっている物事を冷静に観察する癖が古傷のように残りました。

おわりに


以上、病気を通して変わったことを綴ってきました。
こうした変化や体験に基づいて、
今は生き方の選択肢を増やしていこう。
自分の世界を開いていこうと努めています。
こうして自分の体験を発信しているのもその一環です。
他にも資格を取る、転職活動するといった選択肢もありかも。
同時に、重大な決断を衝動的に下してはいけないとも考えています。
こうした考え方は鶴見済さんやphaさんの著作に影響を受けました。

何事もうまくいっているうちはいいんです。
仕事もプライベートもパワフルに楽しめる人、
強靱なメンタルを持っている人、すごいと思います。

でも、人生は何が起こるかわからないものです。
運に左右される部分も少なからずあります。
そんなときに本当に力尽きない工夫を
日頃から考えておいても損はしないのではないでしょうか。

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