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Flipping the pages アトレティコ・マドリー2022-2023シーズン総括 確定版

よっしゃ。まとめるぞ。22-23シーズンのアトレティコ・マドリーを。長い記事が続きますが最後までよろしくお願いします。

タイトルはおれの魂、GOOD4NOTHINGのLost Sometimesという曲の歌詞から。

Flipping the pages of my life
seeing the flesh-ing view
I am not totally all right, I'm losing way sometimes
I am so stuck in deep mud.....everything, you know?
We don't know what's coming our way
Waiting, waiting, waiting for the new life ahead of us
Now it's here, so we move on
waiting for the new life ahead of us
Now it's here, so we move on
One thing I know is that we move on

ページをめくり、新しい景色を見る
全然大丈夫じゃないし道を見失いそうになる
どん底にはまりそうになるけど、諦めるわけにはいかないでしょ
だって新しい日々に何が待ってるかなんて誰にもわからない
だから進むんだ

和訳 by がーすけ

たくさんのレビューを積み重ねてきた。そして読み返した。先へ進むのだ。何が待ってるかなんてわからないのだから。だけど歴史を知らなければね。振り返るぞ。進むために。いきます。


●成績

ラリーガ:3位
勝ち点77 23勝8分7敗
70得点33失点

国王杯:ベスト8
1回戦 vsSDアルマサン(2-0)
2回戦 vsアレンテイロ(3-1)
3回戦 vsレアル・オビエド(2-0)
4回戦 vsレバンテ(2-0)
準々決勝 vsマドリー(1-3延長)

CL:グループリーグ敗退

シーズン開幕して2節にホームでビジャレアルに負けると9月にCLでレヴァークーゼンに負け、マドリーダービーも落とした。CLはクラブ・ブルージュとの連戦を1分1敗とし立場が悪くなると、レヴァークーゼン戦で2-2で迎えたラストプレーで得たPKをカラスコが失敗し敗退が決定。最終戦でポルトに負けるとELにも回れない、シメオネ政権初のグループ4位に終わった。
この時期はラリーガも絶不調で10節から14節まで1勝2分2敗。首位バルサと13ポイント差の5位でW杯の中断期間を迎えた。

しかしW杯後はこれを修正。打って変わって絶好調に。15節以降33節カディス戦までの間、2つのバルサ戦を落とした以外は負け無しで14勝3分2敗。その間39得点12失点と圧倒的に勝ちまくった。"今季も安定の3位か"からの気づいたら2位になっていたが34節、降格の決まっていたエルチェに負けて定位置へ。続くオサスナ戦に勝って4位以内確定でCL出場権を獲得。同時に11シーズン連続の3位以内を確定。ちなみに先季のCL出場権獲得は36節なのであんまり変わらない。

さて、シーズンの流れを追想しながら、今季のアトレティコのサッカーを振り返りその仕組みを分析、そして来季への展望に繋げてゆく。


●推移 〜前半戦〜

ベースは変わらなかったが、それなりに先季から選手の入替があった。
ヴルサリコとヴァスの退団と、開幕直後にロディがノッティンガム・フォレストへ移籍し両SBを入替。ジョレンテは主に中盤に。
右には新加入のナウエル・モリーナ(←ウディネーゼ)が担当し、左は4バックの時はヘイニウド、5バックの時はカラスコが務めた。
エクトル・エレーラが抜けた中盤はサウル・ニゲスがチェルシーへのレンタルから復帰。さらにドルトムントからアクセル・ヴィツェルをフリーで獲得した。あとは最前線からルイス・スアレスがいなくなり、代わりにアルバロ・モラタが19-20シーズン以来の復帰となった。

■ヴィツェルのCB起用

開幕戦ヘタフェ戦スタメン

プレシーズンから取り組んだのは3CBの中央にヴィツェルを起用する形。スピードのあるモラタを最前線に置くからこその配置という感じはあり、サウル&ジョレンテが可変の軸となって5-3-2から5-4-1、4-4-2へと形を変えて非保持のバランスを保った。その目的はボール保持者へのプレッシャーを与え続けていくことで、相手チームのビルド隊の人数に合わせて積極的に前線に人数を割いていった。

開幕戦の非保持

そのためCBはマンツーマンで相手FWを捕まえる役割を担当。相手チームに中央ルートの前進を許さず、縦パスをCHからではなく最終ラインから出させることで優位に対処できる形を準備し、ここをボールの奪い所に設定する狙いを持った。
しかし2節のビジャレアル戦、ボール保持を得意とするチームとの試合で早速後手に回ることになる。

2節ビジャレアル戦 ハマらない前プレ

まず前線の守備で限定が効かず、中央のカプエ&パレホを簡単に経由されてライン間に入ってくるボールを阻害できなかった。こうなると撤退時CB中央にヴィツェルがいることが弱点にしかならず、いきなりホームで敗戦。

ボール保持は中盤コケ&ルマルの運動量を生かした全方向サポートを期待しながら両HVのサヴィッチ&ヘイニウドからの配球を狙った。ちなみにゴールキックでGKからショートパスを繋ぐ形をしばらく試していたがあまり効果的ではなく尻すぼみになっていった。
トランジションでは中央でフェリックス、グリーズマンがボールを引き取り、右からはジョレンテ左からはカラスコが駆け上がるカウンターは常に一撃必殺。これだけのスピード感を持った攻撃を持ちながらも序盤のシメオネは前プレとボール保持に拘り、4節のソシエダ戦も引き分けるなどチグハグな戦いでポイントを落としていった。

■勝てないCLと修正

そんな不安定なバランスで迎えたCL。

CL1節ポルト戦スタメン

アトレティコはこの時期もハイプレスと相手を押し込むことを優先。両WBのモリーナ&カラスコを高い位置に置いてピン止め。フェリックスやグリーズマンが縦パスを引き出す形を模索していた。こうなるとヴィツェルのCB起用って何なんだという時期。ポルト戦はロスタイムの2発で勝ったものの、ボール保持とサイド破壊が上手いレヴァークーゼンに惨敗。「この形じゃ駄目だな」を割とシーズン早めのタイミングで突きつけられた瞬間であった。

代表ウィーク明けのセビージャ戦で、ヴィツェルをアンカーに移動。この試合は勝ったものの前プレのバランスが一生整わず、続くCLでクラブ・ブルージュに完敗。はやくも窮地に。チームとしてボールを保持していく手段が定まらず、アンカーに入ったヴィツェルもいまいちハマらないままで、後半にはCB中央に戻った。

CL3節クラブ・ブルージュ戦

この試合のレビューで、

開幕前から、おれは"アンカーを変えればチームのボール保持が変わる"とは全く思っていないと指摘していたが、残念ながらその通りの仕組みになってしまった。アンカーが前向きになれない+アンカーが前向きになったところでその先に何があるのか不明の状態を考えると、ヴィツェルが頑なにCB間サリーしなかった理由もよくわからない。

と書いていたように、もうボール保持に関してはゼロベースから作り直しという認識になり、ここからは修正の日々に入っていく。

・グリーズマンとコレア
バルサとの契約の問題で開幕からスタメンで出られず、60分過ぎからの途中出場を続けていたグリーズマン。マドリーダービーからスタメンに入るようになった。まあ第一の解決策が”グリーズマンがスタメンになること”になってしまうと元も子もないんだが。8節ジローナ戦で今季初めてグリーズマンとコレアがスタメンに。この2人がCFクーニャの左右で両HVからの配球を限定。WBのモリーナ&カラスコが相手WBを捕まえにいく形でようやく守備がハマる。保持ではコケの気合ムーブで安定感を作り、グリーズマンがボールを引き取りに中央に降りてくる形を確立して無事勝利。今思えばW杯後のチームバランスもこの日のものが近く、グリーズマン中心のチーム作りという方向性が確定、そしてフェリックスの立場が一気に怪しくなっていった。
余談だがアトレティコの5-2-3プレスの溝を巧く使って圧力を空転させていたのはアトレティコからレンタル中のロドリゴ・リケルメ。

8節ジローナ戦

彼も今季は飛躍のシーズンとなった。

そして折り返しのクラブ・ブルージュ戦。この日もグリーズマンとコレアの2トップで挑み、左サイドをサウルとルマルで切り崩し右サイドはモリーナとコケがダイナミックに侵入していく形。後半からデ・パウル、カラスコ、モラタが出てくるわんぱく設計でブルージュゴールに迫った。しかしこの試合に引き分ければグループ突破が決まるブルージュは明確に0-0で終えるために守りに入り、そして良化途上のアトレティコはそのゴールを割ることはできなかった。ミニョレが止めまくってた。そういう意味では不運でもあったなという感想。
守備はサヴィッチ、ヒメネス、ヘイニウドの3人の質に思いっきり頼ってどうにか真ん中で跳ね返すことができていた。その思い切り方も個人的には好みであった。
シメオネは試合後に"今季のone of theベストゲーム"だと言っていたが全くの同感。まあ勝てなかったことでシメオネ辞めろだなんだ言ってる馬鹿な中学生がたくさんいておれはとんでもなくイライラしていた。今後の方向性が見えた試合と位置付ける。

ここからは4-4-2を基本とした配置で前プレを改善していった時期。非保持はどんどん良くなっていったが攻撃の課題は左サイド。サウルorルマルが左SHを務めていたが、どちらもサイドで何かができる選手ではなく、SBがヘイニウドなのでサポートも期待できず攻撃が極端に右サイドに偏った。同時に、両サイドを広く使えない形はグリーズマンの行動パターンを制限することにもなってしまう。頼みの右サイドもジョレンテが負傷欠場していることで連続性を確保できなかった。”守りは安心できるようになったね”と言い聞かせながら、どうやって点を取るのか、という次の段階へ。という時期であり、その”どうやって点を取るのか”の解決策にジョアン・フェリックスは参加しないことがほぼ確定していった時期でもあった。

・フェリックスの扱い
結局、彼はチームの中心にはなれなかった。おそらく彼を中心に点を取るには多数の助け、お膳立てが必要であった。それは今のアトレティコにはない。自力でどうにかするしかない状況で、その能力をグリーズマンと比較されるのは気の毒だった。
それにしても何も変わらなかったなと。勝利にさえ貢献していれば正直おれには彼がプレイヤーとして成長するかどうかなんてものはどうでもいいんだが、課題解決の方法としてベンチ前でビブスを投げつけた時点でもう彼は出ていきたいんだろうなと。どうぞ、プレミアでもどこでも行ってきてください、攻撃的なクラブに。そこに行けば20点取れるんですか?取れるといいですね。

さて運命のレヴァークーゼン戦。ここで8節ジローナ以来5試合ぶりにカラスコをスタメンに戻して5-2-3。けっこうチャレンジだったな、この試合。

CL5節レヴァークーゼン戦

グリーズマンをフリーマンにせず左ハーフスペースに固定。コレアと並列に置いてとにかくライン間ハーフスペースを使うぞという意図。モラタ、カラスコを含めた前線4枚の流動性と閃きに全振りし、良い連携でゴールも奪った。しかしプレス回避を狙われ高い位置の再奪回から2失点。本当に、まだまだ不完全だなという印象で、ミスを見逃してもらえないのがCL。後半はトランジションバトルを仕掛けて同点に追いつき、ラストプレーでPKを得るがこれをカラスコが失敗。なんとグループステージ敗退が決まった。ここで、レヴァークーゼン戦のレビューを引用する。

一点が遠かった。遠くはなかったんだが。神様がくれたチャンスもふいにした。乗り越えられなかった。壁は、高かったか?手が届かないほどに。そんなわけないだろう。不十分だった。相応しくなかった。アトレティコ・マドリーが弱いという事を受け入れるのに時間がかかる。拒絶反応を起こしてしまう。でも、彼らは弱いのだ。認めたくないが。
最終節、アウェーのポルト戦はEL出場権を賭けた試合となる。無念だ。例え勝ったとしても先季の再現とはならない。屈辱のシーズンとなった。
wowowでいつもあんなの映ってたっけと思いながら見ていたが、試合後はゴール裏から選手達を励ます歌声が力強く鳴り響いた。それに応じる選手達。いつもは誰よりもはやく引き上げてしまうシメオネも、最後まで声援を聞いていたのが印象的であった。
試合後シメオネは、CL決勝以来の落胆だと話した。そうか、そんな試合を目撃したのかとハッとさせられる。まだどこか実感がない。他人事のように聞こえていたら申し訳ない。実感が湧かない。アトレティコは負けたのか。

喪失感は大きかった。甘いかもしれないがPK獲得の時点で、安心感でおれは泣いていた。今季アトレティコの試合で唯一泣いた。外したけど。
しかし、"次はプレス回避"という明確な改善の方向性が見えた試合でもあったのでその意味では良かった。その上でPKを決めて勝てていれば尚良かったが、そこは残念だ。

その後はカディスに負け、CLはポルトに負けてELにも回れず、エスパニョールにもマジョルカにも勝てずに前半戦終了。とんでもないシーズンになってしまった。ちなみにあんまり機会がないので個人的にELはけっこう楽しみにしてました。

・そもそも
そもそもアトレティコはここ数年、年末のこの時期は割と不安定だ。CLも割と危なっかしい。しかし今季はW杯前に試合を詰め込まれた影響で毎週のようにCLがあり、再構築したり怪我人の復帰を待つ時間もなくあれよあれよと負けていった感じ。過渡期にあったアトレティコにはしんどかったな。CLに関しては試合間隔を3週間くらい空けてくれれば色々な改善が間に合った気はする。

緩くまとめる。ヴィツェルをCB中央に置いて保持の安定を求め、同時に前線からのプレスでマイボールを確保を目指した。しかし効果的なプレスがなかなか掛からないと後手に周り、ライン間にボールを入れられた時の中央の強度の低さ、ファーに放り込まれた時の対応の悪さでどんどん不安定になっていった。
変更点はまず守備から。最終ラインにサヴィッチ、ヒメネス、ヘイニウドを並べ、前線からの侵入ルート限定はグリーズマンとコレアの質に素直に依存した。
この配置では左大外にカラスコを置かず、攻撃は右サイドのコンビネーションからの崩しに依存、その影響でグリーズマンの行動範囲がやや限定され、彼を完全に解放するには至っていない。中盤中央には強度優先のためヴィツェルorコンドグビアが使われる影響でプレス回避の質が上がらずサイドチェンジのスピード感も生まれなかった。順位は5位。首位バルサとは13差。実質逆転不可能な状態。課題は山積みのまま、W杯の中断期間を迎えることになった。


●推移 〜後半戦〜

アトレティコの選手達のW杯での活躍は下記を参照

デ・パウル、コレア、モリーナ、世界一おめでとう。

改善すべき点はたくさんあった。ただし、今シーズンは例年とは違ったことがある。CLで敗退済みだったことだ。つまり時間は腐るほどある。そして失敗したところで致命傷にはならない。5位以下になるようなことがあれば話は変わるが。

ついにCLを逃すんじゃないか。シメオネは解任なんじゃないか。そんな雰囲気が微妙にあった気がする。ところでおれは全くそんなことは思っておらず、何があっても3位だと思っていた。たぶんおれはアトレティコを信じている以上にラリーガを舐めてるところがあり、4位以下なんてどう考えてもありえないと思っていた。自慢じゃないがラリーガの各クラブの試合はそれなりに見ている。どのクラブが3位に?という気持ち。ありえないです。

さて実験・修正・改善の後半戦。まずはin/outから。

こちらの記事を参照
クーニャが再開直後に移籍。フェリックスもすぐにいなくなった。そして期限ギリギリにフェリペも放出。逆にバルサからメンフィスが加入し、課題だったモリーナの控えにマット・ドハーティを補強している。


■バルサ戦で明確になった課題

では、修正の日々を見ていこう。まずは再開初戦の15節エルチェ戦から23節マドリーダービーまで。

その前に国王杯2回戦アレンテイロ戦を3-1で勝利。ラリーガの再開初戦は今シーズン未だ未勝利のエルチェ戦。アトレティコはこの試合で19歳のパブロ・バリオスがプリメーラ初スタメン。

15節エルチェ戦スタメン バリオスが初スタメン

無事勝利で飾ると、国王杯3回戦を挟んで続くバルサ戦に敗戦。さらにアルメリアに引き分け。

この頃明らかになっていったのは、両SB(モリーナ&ヘイニウド)の圧倒的な対人守備能力を押し出していく意図、そしてチーム全体の拙いプレス回避であった。それぞれ当時の現在地と修正・改善を深掘りしていく。

結果的に、今季のアトレティコの守備は良かった。というかこの辺の時期から良くなっていった。なんだかんだありながら良い守備ができたアトレティコらしいシーズンだったと総括されていい。ただ、不思議なのは4バックだの5バックだのという形にそこまで囚われていないシーズンだったな、という点である。

16節バルサ戦非保持

そもそものスタート地点とするバルサ戦である。5-3-2で試合に入った。しかしボールを取り上げたい、最終ラインからの配球を阻害したいと判断し、メンバーを変えずに配置で4-4-2に変更。詳しくはfootballistaの記事を参照いただきたいが、アタッカーではなくバルサの配球ポイントを抑え、狙い通りボール保持の時間を増やすに至った。

ジョレンテが左ハーフスペースからの配球を止める

グリーズマンの3得点関与で勝った18節バジャドリード戦は4-5-1。正直この辺の形はなんでも良かったし、なんでも良いチームを作っていった時期だったとも言えるのかもしれない。

一方、17節のアルメリア戦の守備で決定的に悪かったのは中盤に数的不利を作られたことに尽きる。

17節アルメリア戦非保持。中盤の数的不利

あまりにもアトレティコらしくない。「こういう試合をしちゃいけない」を前提に、ここから守備組織を再構築していったと振り返ることもできるので、必要な失敗だったのだろう。ここからのアトレティコの守備組織の考え方は中盤の数的不利を認めない方向に進む。そうなるとボールの奪いどころの設定はどうなるか。SBである。

19節オサスナ戦

アトレティコはここから、右モリーナ、左ヘイニウドの対人能力を押し出し、相手WGとの1vs1を全面的に許容。中盤の守備枚数を増やしボールを奪っていく形に傾倒していく。前半戦はなぜあんなにできない前プレに拘っていたのだろうと振り返ると、それはDF陣の都合よりもFWの都合だったのかなとも思う。今はグリーズマンがいる。低い位置でボールを奪い、相手のプレスを外しながら前進していけば良い。さあ、プレス回避。


■プレス回避の手順

守備の設定上、ボール奪取位置は低くなる。PA手前、あるいは相手WGがドリブル突破を仕掛けてくるペナ角付近。この辺りでボールを奪い、再奪回を狙う相手にプレス回避を試みていく。これがバルサ戦では全然できなかった。できないからこそ、バリオスという新しい才能に期待してスタメン起用した面もあったのだろう。ただしここからはチームとして、仕組みを再構築していくフェーズだ。

まず頭に入れておかないといけない前提条件。それはアトレティコのカウンターの切れ味は凄いよ、ということ。

グリーズマンさえいればカウンター発動

ボールを奪ってグリーズマン目掛けて蹴っ飛ばせばモラタ、ジョレンテ、カラスコ辺りがとんでもないスピードで駆け抜けて一気にチャンスになる。一気にピンチになるぞ、という前提で相手は守る。縦パスを通させない、背後を取られないように動く。

19節オサスナ戦のプレス回避

では、アトレティコはショートパスで中央ルートを使う。
グリーズマンが常に縦パスを受ける機会を探しながら、中盤はアンカーポジションに入るコケの左右に起用されるデ・パウル、バリオス、ルマル、サウルらがパスコンタクト。相手のカウンタープレスを外す作業を行った。大外に開くモリーナへパスを出し、コケが中央でサポートしながらIHに前を向かせる形を徐々に仕込んでいった。グリーズマンのマークを捨てきれない相手のCHは前進を躊躇い、最終ラインは背後を使われることを恐れてラインを下げていくことになり、それらが全てグリーズマンの意のままに行われていった。
この時にポイントとなったのはHVで、ボールと逆サイドに大きく開いてポジションし、逃げ道を作って前進開始の始点を準備していった。

この時期もう一つ特徴的だったのはルマルを左SHで起用し、内側のポジションを取らせる形になっていたこと。中盤の守備人数を増やす都合と、ボールコンタクト能力の高いルマルを起用してプレス回避のポイントにしようとしていた。
そうすると上図のようにカラスコが左大外に早めに張り出す形を使えず、ヘイニウドの攻撃参加に期待するというなかなか厳しい配置をしている試合もあったが、これも”まずはプレス回避の形を構築する”という時期だったんだなと。割を食ったのはカラスコ。

徐々に攻守のバランスを整えていくと、22節アトレティック戦で満を持してカラスコがバルサ戦以来のスタメン復帰。左大外アタッカーを配置し、右での起用が定番だったデ・パウルを左サイドに持ってくる新配置を披露した。

22節アトレティック戦

攻撃性能が高くないヘイニウドを近い距離でサポートできる配球役(デ・パウル)を配置し、この頃にはグリーズマンが右も左も関係なく自由に動き回り、完全にエースとしての立ち位置を確立。ありとあらゆるコンビネーションに関わり、チームを動かしていった。結局このアトレティック戦も、グリーズマンが新加入のメンフィスとのコンビネーションで抜け出し決勝ゴールを奪っている。バルサ戦以後、チームは4勝2分。その間わずか2失点である。点を取れば勝てるという試合を繰り返し、グリーズマンを中心に貴重なゴールを奪って調子は上向き。マドリーダービーを迎えることとなる。


■進むべき方向の確認 マドリーダービー

迎えたマドリーダービー。積み上げていた非保持がマドリーにも通用することを確認し、バルサ戦以降取り組んできたプレス回避も、一定の成果を出した。ちなみにこの試合のレビューは今季のお気に入り。
アトレティコはFWがグリーズマンしかいないスタメンを選び、4-5-1風の配置。"FWがグリーズマンしかいない形"はその後も度々リバイバルした。当時のレビューではこの日だけの形と書いているが。

23節マドリー戦

情報量の多い図
マドリーの前進ルートを悉く消していくシメオネのチームらしい非保持形を準備し、クロースからの配球を封鎖。マドリーに外回りを選択させ、つまりこの外回りがW杯後に積み重ねてきたSBで仕留める守備である。ヘイニウドがアセンシオを、モリーナがヴィニシウスをマンツーマンで止めることが主題であり、そこで勝負することを設定している。強気な設定、シメオネらしい設定である。ちなみにこの一番外側の選手(ヘイニウド)がWG(アセンシオ)をマンツーマン、その内側でCB(エルモソ)がハーフスペースを狙う選手(バルベルデ)をマンツーマン、という守り方は37節ソシエダ戦でリバイバルしている。左利き右WGを消す際に便利な形。
あとはエリア外からのシュートを許容しオブラクが止め続けるという形も今季終盤に向けてのテンプレとなっていき、結果としてこの試合の前半を5試合連続となる無失点で通過している。

あとは"FWがグリーズマンしかいない形"でどのように攻撃するかである。ここにも積み重ねを生かした。もちろん低い位置からのプレス回避である。相手チームのレベルが上がると特に実感するのがコケ、エルモソの技術の凄まじさで、相手プレスを掻い潜ってマイボールを確立させ、ジョレンテ&カラスコの両翼を敵陣深い位置まで押し込む形を形成した。ただでさえ堅いマドリーの撤退守備相手に、中央にグリーズマンしかいない環境で切り崩していくのはさすがに難しいチャレンジであり、右サイドはヴィニシウスへの警戒を解くことができないためモリーナの攻め上がり頻度も少なくなりジョレンテが孤立。左サイドのカラスコの個人技に頼るしかない場面も多かった。しかしカラスコの個人技を生かすための工夫はあった。これも今季何度もリバイバルすることになる"サウルのFW化"である。

サウルはビルドアップに参加するよりも早めに右CBミリトンの位置まで侵入。カラスコがSBと1vs1で勝負できる環境を作るのに一役買った。

あとは後半、60分以降の選手交代を使ってモラタやコレアの投入でクルトワの守るゴールをこじ開けるフェーズへ。という狙いだったはず。シメオネの準備は素晴らしかった。そしてチームも、バルサ戦からここまで構築してきた形をしっかり出せた試合は非常にポジティブで、期待感を抱かせるものだった。これが開幕からできていたらどんなシーズンだっただろう。
ただし、トラブルもありこの試合は思うようにはいかなかった。まずは前半、ヘイニウドが右膝を捻ってしまい大怪我。シーズン終了となってしまった。これでアトレティコはヒメネスを投入し、カラスコの外側を駆け上がるヘイニウドのスピードを失った。さらに後半頭からはコレアを投入。グリーズマンの相棒を用意し、さあ得点へというところだったが、そのコレアがボールのないところでミリトンに肘打ち一閃。退場することになってゲームプランが崩壊。さらにジョレンテが負傷してルマルと交代するなど、後半の得点を取りに行くフェーズ用に準備したプランは何一つ実行することができなかった。
それでもヒメネスのヘディングで先制し望みを繋ぐ3ポイント、と思われたがマドリーの新星アルバロ・ロドリゲスに同点弾をもらい、引き分けに。良い試合ができていただけに、悔いが残る結果となってしまった。

この試合のレビューでおれが書いたものを引用する。当時はそんなつもりはなかったがこの試合と、W杯後の戦いと、今のアトレティコが端的に説明できていると思う。

この試合を見て、思い出していたのは20-21シーズンのCLチェルシー戦であった。1stレグ、アトレティコは終始6-3-1で撤退し、無様にボールを握られ続けた試合であった。あの原因は、ピッチ上のどこにも対人の優位を生めなかったこと、そして「対人の優位を生めない試合だ」とシメオネが判断したことにあったんだなと。今のチームは、もう違うんだな。ヘイニウドは、モリーナは、90分間相手のWGを上回り続けることができる。だからアトレティコは自分から守備配置を決めることができる。レアル・マドリーに対しても、である。チームは、積み重ねているのだなと実感できた。"モリーナが止めます"という形を選べることは、間違いなくあの日にはなかった強さだ。

アトレティコは、シメオネのチームは、守備のチームだ。その事実に抗う気はない。ただし、試合を見ずに"アトレティコは守備的"と決めつける声とは戦いたいと思っている自分がいる。
今季のアトレティコの守備組織は、自軍の長所を押し出し、相手に押し付け、結果として相手にビルドアップを"快適ではない"と思わせることができていた。今だからわかる。"ビルドアップは相手を快適にさせる"というのは、"そういう守り方ができるチームにだけ言うことの許される勝者の言葉"である。今だからわかる。シメオネのチームを見続けているおれだから言える。やっとわかった。一つ、シメオネを紐解けた気がした試合。会心の試合であった。


■その後の連勝

このマドリー戦後、アトレティコは6連勝。勝ちまくった。
ヘイニウドがいなくなってスタメンに入るのはエルモソ。対人守備能力を失い、逆にプレス回避と敵陣侵入、そして正確なロングボールを武器に戦っていくことになる。こうなると当然、エルモソより外にもう一人守備者を置く必要があり、カラスコがWBに入り後方5枚並べる形を確定させていった。

24節セビージャ戦

非保持は引き続き、大外はWBが突破されないことを前提。中盤3枚の全力横スライドと相手CBまで縦方向のアタックを繰り返して配球を制限。前からプレッシャーを掛けてボールを奪わずとも、低い位置でマイボールにしてゆっくり進んでいく形に自信を持ち、受けて立つサッカーができるようになっていった。
これは苦しみの中で見つけた活路だったように思うが、ヘイニウドが離脱し、大外で仕留める守備をするなら最終ラインを5枚にする必要がある、という要求からチームの重心が下がってしまったことは、結果的にプレス回避に拘る今季の戦いを積み重ねるという点ではプラスに寄与した。不幸の中でも見つけられる物はある。この積み重ねが花開いた時には絶対この日々を思い出そう。そしてその時のピッチにはヘイニウドもいてほしい。

保持ではエルモソのスタメン入りとコケのアンカー起用が確定し、後方3-1ビルドアップの形が固まっていった。

27節ベティス戦

後方3-1
この形に対して相手チームは前線3枚でプレッシャーを掛けてくる対応が定番に。その際にはグリーズマンと、一緒に降りてくる相棒のメンフィスorコレアが効果的に縦パスの受け手となり、一方でライン間にスペースがあればHVからのパス一発でIHがゴール方向に突進し、得点機を作る形も鉄板になった。

26節バレンシア戦

また、ラージョのように前プレを選ぶ相手にはデ・パウルが効果的にライン落ちし、ライン間のグリーズマン目掛けて効果的な縦パスで展開をひっくり返していった。

28節ラージョ戦

また、5-3-2で配置するチームには1stラインのプレスを無効化するため、ヒメネス一人を残してHVが2トップの奥を取る形を徹底。

29節アルメリア戦

IHを押し出してライン間を取りに行くという方法で効果的に前進した。ここでもグリーズマンがボールに関わり、重要な役割をこなした。グリーズマン抜きでモリーナ、ジョレンテ、コレア、デ・パウル、カラスコが5レーンを埋める形で完全にグリーズマンを解放。好き放題にボールを引き出した。

敵陣に押し込むとモリーナ&カラスコが大外でサイドチェンジを待つ形も確立され、ラストサード破壊を能動的に行えるようになっていった時期。6連勝。16節バルサ戦以降10勝3分で無敗。24得点6失点と最高のチーム状態で再び、バルサ戦を迎える。


■再戦 バルサ戦

これまで通りのベストメンバーを揃えたかったアトレティコだが、コケが直前の怪我でメンバーから外れた。実際このシステムでは替えが全く効かないのがコケであり、アトレティコにとっては痛恨であった。ここの替えが効かないというのはどうにかしないといけない課題。たぶんどうにもならない。

30節バルサ戦非保持

相手のビルドアップが後方3枚の場合はIH、特にルマルが右CB目掛けてアタック。ルマルは本当にこの守備が上手い。2トップと3枚の中盤の5人で中央ルートの縦パスを徹底的に封鎖する形を共有し、外回りさせる。言葉にするのはとても簡単だがブスケツとフレンキーに前向きを作らせないというのはめちゃくちゃ難しい。"できるなら誰も苦労しないわい"という仕事を遂行していたアトレティコの守備は素晴らしかった。コケなしで(ヴィツェルで)よくやったと思うよ。

ということで記事から引用

アトレティコは中盤から前の5人がカバーシャドウというか、各々が背後のエリアに縦パスを入れさせないことを意識する。2トップ(+ルマルの3人)はマーク対象へのプレスよりもブスケツ&フレンキーにクリーンに前を向かせないことを強めに意識し、不十分な体勢でボールに触らせるか、中央エリアから追い出そうと画策した。
この守り方は最近のアトレティコの守備が上手く機能している主要因と言える。ブスケツ&フレンキーが中央から配球できないとなればバルサの侵入は主にクンデ&アロンソが外側から配球する形となる。

最終ラインはこの日も大外の対応が軸。特に右のモリーナはヴィニシウスを90分相手にした実績もあり、バルデ相手ならどうとでもなる。ちなみにこの時期おれは"ハーフスペースでHVが迎撃する形を狙った"と何度も書いていたが、これは完全に思い違いな気がする。申し訳ないです。正確には
"大外の1vs1を確立させる方法としてHVが前向きの迎撃"
そして
"HVは大外の1vs1サポートの優先順位が低く、ハーフスペース迎撃を念頭に配置"
と言った方が正しいね。先にあるのは大外の1vs1に勝てる設計だということです。失礼しました。

バルサはレヴァンドフスキが周りの選手の動き出しを使ってマークのズレを作るのがとても上手く、ヒメネスがカバーに釣り出されて空いたエリアを使われる、マークがズレた背後を狙われるなども頻発。凄いねレヴァンドフスキ。

また、攻撃においてはアンカーのコケ不在でプレス回避の精度が大幅に低下。ヴィツェルは前方のパスコースを探すよりも安全に保持を確立させる方向に良さがあり、コケ→グリーズマンの縦パスルートを代わりに通すことができるわけではなかった。ここでもまた記事から引用。

そもそも相手がバルサとあっては押し込んだところでアトレティコの攻撃の期待値は低い。ビルドアップを確立させるのではなくさっさと前線のグリーズマンにボールを預けてモリーナ&カラスコが突っ走ってなんだか攻略しちゃいました的な攻撃をする方が確率が高く、最終ラインを使ってビルドアップ確立を目指すヴィツェルのプレーは効果的ではなかった。

プラス回避におけるデ・パウルとモリーナの仕事量が増加し、難しいタスクになった。
前半の失点はエルモソのスピードという欠点を隠すことができず、アバウトなロングボールに屈した。後半はリスクを負いながらなりふり構わず同点を目指す形を狙ったが決め切れず、逆に迎えたピンチはハフィーニャが外し続けてくれたのでスコア上の見栄えは悪くならなかったが、スコアレスで敗戦となり、これで実質ラリーガ終戦。せっかくW杯後に積み上げたものを表現するのならば、勝ちたかった。手応えが欲しかったが、そこまで至らなかった。残念だ。まだ足りない。残りの試合は取り組みの練度を上げることと、来季のリベンジに向けた武器を装備することを目的としていくことに。
では、話は見ている側にもしんどかった長い長い消化試合期間に移る。


■消化試合と目標達成

バルサ戦後、緊張の糸が切れたのか怪我人が続出。続く31節マジョルカ戦からオブラク、サヴィッチ、ジョレンテが欠場することとなる。
さらに32節バジャドリード戦を最後にメンフィスが離脱、34節エルチェ戦でルマルが離脱、35節オサスナ戦でモラタが離脱している。ルマルとモラタは帰ってきたけど。37節ソシエダ戦で3位以上を確定させるとヒメネスも膝の手術で一足先にシーズン終了。カラスコも同様に最終節を欠場。満身創痍で駆け抜けた一年であった。人がいなすぎてデ・パウルを左で使うなんて試す余裕もなく(ちなみにデ・パウルは累積で最終節お休み)、ヴィツェルは右CBに固定されていった。まあ結果的にはそれらもリターンはあったと思うからいいんだけど。ちなみに今季、2試合連続で同じスタメンという機会が一度もなかったがここに来て31節から34節まで全く同じスタメンで戦うことになった。人がいなすぎて。

とりあえずアトレティコはマジョルカから3点、バジャドリードから5点、カディスから5点と馬鹿みたいに点を取りまくり勝ち続けた。まあ、なんとなくレビューを書いてる身からすると消化試合だと思っている試合が大量得点で取り組みをぼかされても困るなという感じで、逆に無理に冷静に書いているような雰囲気になっていたのが個人的にはあまり気に入っていない。まあいいんだけど
それは負けても(エルチェに0-1)、3-0から追い付かれても(エスパニョールに3-3)変わらない気持ち。別に取り組みは変わらないし、評価も変わらない。一喜一憂はお任せします。おれはしませんので。

・締め括りは37節
ソシエダ戦。勝てば3位以内確定。ソシエダは勝つか、5位ビジャレアルが引分以下で4位以内が決まる大事な試合。アトレティコからするとホーム最終戦で一応来季に向けたテストができる場である。

37節ビジャレアル戦非保持

ここでアトレティコはレギロンをようやく初めてスタメンで使い、右サイドから進みたいソシエダの前進を封鎖。中央ルートの縦パスを使わせない形も取り組み通り。保持は敵陣に押し込んで再奪回を連発。グリーズマンの一撃で前半のうちに先制し、スコアは2-1だったが内容で圧倒。来季へ向けた積み重ねをしっかり確認し、シーズンを終えた。


●今季の特徴

まとめる。

■前半戦の問題点指摘

ヴィツェルを3CB中央に配置した3バックビルドアップ。結局、ビルドアップに関しては最後の最後まで似たような形を標榜していたことからもシメオネの狙いは割と明確だったのではないか。

ただ、やはり非保持の安定を優先できないとこのクラブは正しく回らない。そのためには真ん中はヒメネスになり、彼の守備のハードワークと、ビルドアップのハードワークがチームを回していくことになった。

・コケはなぜ序盤戦は真ん中じゃないのか
これ、実は最近毎年思ってる。先季はコンドグビアを真ん中に置く形に固執し、今季の前半戦もそれが優先でコケはIHで起用されたが、結局は優勝した20-21シーズンも、先季の終盤も、そして今季W杯後も、コケをアンカーに置いてチームが完成している。もう開幕からやればいいのでは、と思いつつあまりにも替えが効かなすぎることも再確認させられており、実はここがアキレス腱になりかねない。さて、来季はどうなるか。理想はトーマス・パーティの帰還である。


■W杯後に辿り着いた理想型

・守備面でのSBの強調とプレス回避の構築、カラスコとエルモソの特徴
W杯後、修正と改善の日々を繰り返し、徐々に良化していった。主なポイントは2点。

・両SB(モリーナ&ヘイニウド)を軸にした撤退守備のバランス改善
・コケをアンカーに置いた3-1ビルドアップでプレス回避の精度改善

前半戦はボール保持を優先する気持ちから前プレを選択しバランスがめちゃくちゃ。なんだったんだあの時期は。いなくなってしまった選手なのでもはや検証の余地もないが、フェリックスやクーニャを生かす攻撃の構築として、前プレを選んでいたのではないか、と推測する。もういいです。理由はなんでも。
そして案の定2節ではビジャレアル、4節ではソシエダ相手に優位を生めないままCLに突入しボロ負け。辛い時期だったが良い教訓だ。
後半戦はモリーナとヘイニウドの両SBが対人で絶対に突破されないことを前提にブロックを作り、ボールを奪うと丁寧なプレス回避を試みて攻撃を組み立てていった。その中心となったのはもちろんグリーズマン。また、ヘイニウドの負傷離脱でエルモソが代役を務めることとなり、大外の守備対応をエルモソに任せることはできないためWB(カラスコ)が対応。さらに守備ブロックを低く構えるようになっていった。

当初は第一に”非保持の改善”を最優先に置いていたため、前半を無失点で通過できる機会が格段に増えて一定の効果の実感こそ感じることはできていたが、左SHにルマルを置いているメンバーで大外の突破を選択できず、点を取ることに苦労していた。しかしこれも、その後の配置変更に至る物語の一部となった。カラスコが一定の守備強度を担保することができたことにより、ヘイニウドの代わりにスタメンになったエルモソのプレス回避、配球、ラストサードへ飛び込んでくる攻撃センスを前面に押し出すことができた。もちろんヘイニウドの怪我は残念で悲しい出来事ではある。しかしそれで今季のチームは駄目になるのではなく、代わりに出場する選手が自分の良さを発揮し、エルモソはヘイニウドの代わりではなくエルモソであったことが誇らしく、嬉しかった。今季のエルモソは最高にプロフェッショナルであった。それは来季、ヘイニウドが戻ってきた後も必ずチームの武器になる。


■アントワーヌ・グリーズマンとは

グリーズマンとは何か、が詰まったシーズンとなった。彼はアトレティコの中心でエース。全てがグリーズマンを軸に回り、チームメイトはグリーズマンを探し、グリーズマンがチームを動かした。そんな存在は稀有で、圧倒的である。

シメオネがグリーズマンを中心にチームを立て直そうとしたのは、冬にFWの陣容が変わったことも理由の一つのなる。特に似た位置で起用されることになるジョアン・フェリックスがいなくなり、グリーズマンが誰かとプレータイムを分け合う必要がなくなった。チームメイトはいつも、グリーズマンを探してプレーすればいい環境をもたらした。

30節バルサ戦から引用する。

シーズン後半戦に入り、明確に中心に据えられたグリーズマンは配置とシステム、タスクから外れた不規則性にこそ特徴を生かす術があり、その不規則性から得点機を引き出すには試行回数を増やすことが必要であり、最も効果的であった。

今季は頻りに"試行回数"と"全方向性"という言葉を使ってアトレティコの進むべき指針の話をしてきた。つまりは焦れずに何度も構築を繰り返す攻撃から逃げないことと、自分達の標榜する攻撃パターンがどんなチーム相手にも通用するものになることを目指す、という意味。その両方にグリーズマンが必要だった。
グリーズマンは自分の立ち位置に拘らず、チームを円滑に前進させるためにボールを求めて広く動き回る。これにはグリーズマンがどの位置でボールに関わることが有効かを探っていく作業が必要になり、そのためには再現性の高い繰り返しが必要となる。それがアトレティコが増やすべき試行回数。
その捉え所のない攻撃パターンは、どんな相手にも通用して試行回数さえ得ることができればいつかは必ず点が取れるものであるべきだし、そのために積み上げてきた。先に失点さえしなければどんな相手からでもどこかで一点取れるという万能さ、全方向性を求めていった。

シメオネのチームにはグリーズマンが必要。来季もそうだ。


■新しい5バックシステムに必要なこと

その他W杯後のシステムの特徴、怪我人続出で理想のメンバーが組めなかった終盤戦から、「こういう試合ではこういう選択肢を持ちたい」という物を含めいくつか指摘しておく。

・替えが効かないコケ
先程も書いたが、コケは替えが効かない。このチームは結局そういう風にできている。ヴィツェルにしてもコンドグビアにしても得意なタスクは全く異なる。コケは元々細かい負傷離脱は少なくない選手。来季、フル稼働できるか。

・同数でハマった場合はバリオスが欲しい
パブロ・バリオスの技術は超抜。天性の物でクラブの未来だ。
しかし現状はプレー選択の経験値が足りておらず(当社比)、何もできない45分を過ごし前半だけで交代、などもあった。ちなみにシメオネはCHを後半頭で変えがち。
今のところは試合終盤の「ここでボールを受けてこっちに運んでくれ」という環境が確立した状態の方が特徴を出しやすく、次第に出場時間は限定されていった。
特に中盤が数的同数で前進が難しい時間帯、彼のボールコンタクトとパスプレーでチームを助けることができていた。出場時間は短くなっていたものの、強敵相手の方がニーズが高まる難しい役回りにはなっている。

・ビルドアップで困った時のモリーナ
先季もビルドアップで詰まった時の選択肢として右WBのヴルサリコへのハイボールを装備していたアトレティコ。今季は新加入のモリーナが右WBで大活躍。W杯でも躍動した。主に左サイドからの侵入が多いアトレティコだったが、詰まった時にはモリーナの裏ラン、あるいはアバウトに放ったボールを無理やりマイボールにするモリーナに頼っていた。助かる仕事。
もちろん守備能力も攻撃のセンスも欲しいが、こういう飛び道具仕事ができるWBは大切。バックアップ選手にもこういう武器が欲しい。

・3CB相手に配置が噛み合った場合のジョレンテ
序盤のCLグループステージ終盤と、30節バルサ戦以降の2度離脱。しかし今季も圧倒的な腕力で特徴を出した。
彼の一番の魅力は無から得点機を生み出す能力。労を惜しまず何度でも相手の背後に飛び込む。特に必要性を感じたのは35節オサスナ戦の後半。オサスナは最終ラインを3枚に変更し、各所を数的同数でハメる形を選択。ガッチリ配置がハマってしまい、アトレティコは突破口を探すことに苦労することになった。同数で組み合った時こそジョレンテである。圧倒的スピードと五分のボールをフィジカルで推し進める理不尽さが魅力。いない時にこそわかるジョレンテの特徴であった。

・サウルの万能性
チェルシーの一年で何も身に付けることなく、出て行った時の装備・レベルのまま帰ってきたサウル。今季は一年間試行錯誤したな。絶対無駄にはならないぞ。
今季発揮した特徴は、当然ネガトラで相手を取っ捕まえる得意なタスク。守備ブロックに入った時の強度。相手の狙っているパスコースを先回りして埋めるセンスと機動力である。そして攻撃では味方をサポートし続けた。止まると死ぬタイプのサウルは走り続け、主に左IHで起用された際はパスコンタクトをグリーズマンに任せてFWポジションまで侵入。カラスコの1vs1を選択したいチームを支え続けた。
カウンターで背後を狙う走力も、PA内侵入までやり切る献身性も全く変わらない。変わらなくていい。止まるな。そして悩め。そして繰り返せ。そのまま進め。サウルはアトレティコに必要だ。

・グリーズマンの相棒
今季は序盤戦でたいして活躍しなかったフェリックスとクーニャが自ら望んで出て行ったことでチームはグリーズマン+モラタorコレアorメンフィスという選択をできるようになり、チームが好転。3人はそれぞれの特徴を貪欲に出せた。
モラタはPA内で勝負すること。シュートを打つ仕事に集中すること。ポストワークでチームを前進させること。
コレアは狭いエリアでボールを引き出すこと。右サイドでジョレンテやモリーナ、デ・パウルとコネクトしてコンビネーションで侵入していくこと。そしてボール奪取までやり切る守備力。
メンフィスはボールに関わりグリーズマンへの警戒を緩めさせながら、自身もグリーズマンとリンクすること。そしてワールドクラスのシュート技術。バルサでの挫折を乗り越えるために自分を表現すること。
彼らはプレータイムを求め、得点を求めている。個人的に最高の競争関係だと思っている。願わくば来季もこのままで。争ってほしい。チームを救うゴールにいつも集中していてほしい。


●来季へ

2年連続の無冠だ。CLはグループ4位。国王杯はマドリーに負けた。満足度は高くない。ヒリヒリする試合もなかった。そういう状況を準備することも叶わなかったシーズンだ。

そんな中、アトレティコは前に進んだ。周囲のくだらない雑音を掻き消す戦い方を構築した、それに着手した一年だったと位置付けられるだろう。それができたシーズンだったと、おれは思っている。監督変わってほしいと思ってキャンキャン言ってた人にとっては残念だったね。キャンキャン監督が変わるクラブ応援したらいいと思うよ。
こういうシーズンをしっかり見続けることこそがレビュワーの楽しみであり、来季へ向けて何もかもが楽しみ。来季やろうとしてることもわかったし。皆にも伝わっていたら嬉しいですな。この記事がその助けになっていたら幸せです。

チームが良くなった理由を、誰かの放出に求めてもテンションが上がらない。そうではなく、チームにいる選手達に、来季も赤と白を着て戦う選手達に理由を求めたい。

チームは堅固な守備を取り戻した。オブラクとヒメネスはその中心だ。当たり前だ。お前らはやらなければならない。毎週毎週、当たり前を積み重ねるのが仕事だ。そのためにクラブにいる。もちろんサヴィッチも。慣れないタスクが振られても全力で。チームを助けて欲しい。
エルモソは自身の欠点を理解し、周りの助けを借りることを覚えた。彼の性格からすれば簡単なことではなかったのではないかと想像する。ボールを持てば誰よりも正確にプレーし、チームを次の段階に押し上げる手助けから逃げなかった。何度でも言おう。彼の右足でのサイドチェンジの質は才能なんかじゃない。日々の地道な努力に裏付けされた確かな技術と自信だ。彼はたくさん積み上げたのだろう。その能力をチームのために放出する術にも気づけた一年は格別の輝きだった。
モリーナとヘイニウドは、目の前の相手を90分間止め続ける仕事に立ち向かった。彼らはCLでもそれができる。当たり前のようにやり続けてほしい。ヘイニウド、待ってるぞ
コケとデ・パウルは、いつだって走り続けた。非保持で外側へボールを誘導する。そのために前にも後ろにも横にも、いつも走り続けた。ボールを奪っても再奪回のプレスを外すためにまた走った。過労働は承知の上。デ・パウルはエンブレムのために命を捨てられる選手だ。そんな選手を、愛さないアトレティはいない。君がいてくれて良かった。いつか必ずタイトルに手が届く。アルゼンチンを世界一にしたように、メッシを支えたようにグリーズマンを支えてほしい。そしてコケの隣にいてあげてほしい。
ヴィツェルは34歳にして、やったこともないことをいくつもやらさせたシーズンであった。彼自身も悩んだはず。しかし今の形に辿り着くには、3CBの中央に彼を起用する開幕からの形を経由する必要が、あった。今もチームの考え方は何も変わっていない。アプローチの順番が変わっただけ。ヴィツェルの勇気がチームを変えるきっかけになったと断言する。
速い攻撃に取り組んだ。ジョレンテとカラスコは苦しみながら、チャレンジすることをやめなかった。彼らのスピードを生かす方法に辿り着くためには、不利な状況でも走り続けてもらう必要があり、割を食った感はある。ジョレンテは怪我もあり不完全燃焼であった。それでもこの2人の特殊な縦挙動の質を戦術にハメ込むことがチームの指針であり続けた。来季も見たい。必ず見たい。
モラタは、コレアは、メンフィスは、自分が点を取れる方法を知っている。そのために自分のプレーを工夫しなければならないジレンマと戦いながら、自分らしさを表現したのは最高にストライカーを感じた。あとはシメオネに任せよう。正しく起用してくれる。勝利のために。
プレスを回避しボールを保持するためには、ルマルのテクニック、サウルの献身性、バリオスの才能が必要だった。3者3様。あまりにも違いすぎる3人は、誰が欠けても不十分だった。今季強調されることは少なかったが、このチームのMFは簡単じゃない。だけど3人の長所も短所もおれはよくわかっている。シメオネも一緒だ。
グリーズマンは、ようやくアトレティコ・マドリーに帰ってきた。随分長いこと待った気がする。シメオネのチームにはグリーズマンが必要であり、グリーズマンにはシメオネの赤と白が必要だった。再び出会い、共に歩き出すのは必然だった。彼はチームの全てを掌握し、チームメイトは全員グリーズマンを探してプレーした。グリーズマンにボールを渡し、グリーズマンからパスをもらい、グリーズマンにシュートを打たせるように、チームは動いた。もっと見ていたい。頂点へ。



●最後に

今季もたくさんありがとうございました。楽しかった。
繰り返すが簡単なシーズンではなかった。挫折も味わい立ち止まりそうになるタイミングもあったが、止まらなかったからこその今がある。それが来季に繋がり、"あの時立ち止まらなかったから"と言えたらいいよね。おれのレビューを読んでくれていた皆も、きっと止まらなかったんだと思う。応援することと考えることをやめなかったんだと思います。それをおれは尊敬しています。一緒に悩んでくれてありがとうございました。その"考える"一助に、おれのレビューがなれていたら、嬉しいなあ。そういう使い方をしてくださいね。疑問の解決に。読み解けない事象の指摘になり続けたい。だってシメオネのサッカー、難しいもん。でもその選手起用も配置も狙いも交代策も全部、おれが読み解きたい。それを全部伝えたい。これを読んでいる全員が、日本で一番シメオネのサッカーに詳しくなってもらいたい。
難しいよね。シメオネのサッカー。でもおれ全部わかるよ。がーすけって奴のレビューのおかげで。そうなりたい。

来季は、どう考えてもシメオネ・アトレティコの集大成になる。誰にも邪魔させないぜ。タイトルを。ラリーガを。CLを。頂点まで進もう。

おれは飽き性なので、毎年"来年も全部書きます"という自信が本当にないんだけど、来季は大丈夫。でも来季で辞めるんじゃないかな。おれが読み解きたいサッカーは、来季で終わるんじゃないかな。そんな気がしているよ。止まらず進みましょう。サッカーは続いていくので。負けて悔しくても腹が立っても、誹謗中傷をしてもされても、来週も試合があるのがサッカーなのだから。
だからあと一年、ここで会いましょう。

終わります。今季も全記事全文字無料で公開。この記事もそうなのですが、サポートいただけましたらば。幸いです。

ありがとうございました。23-24シーズンの開幕に、またここで。

だっておれ達は、


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