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デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで

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ぼくが僕になるまでの物語です。ありったけの魂を込めましたので、ぜひお読み下さい。
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2019年1月の記事一覧

デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで(少年期⑥)

デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで(少年期⑥)

★協定その六:月に一度はお休み(最低一週間前までには知らせておく)。

 これ以上眠れないのはわかっていた。だけどもう一回だけ目をしっかりとつむってみる。浅く呼吸を繰り返し、寝ている状態を作り出す。草の湿っぽい匂いも、葉が折れるちくちくとした感じももう消えた。目の奥に、真っ暗な暗闇が広がっているだけ。面白いことは何もない。それでも五分ほど同じ姿勢に耐え、それから芝生との友情を絶った。身体を起こし、

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デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで(幼少期⑥)

デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで(幼少期⑥)

★ぼくはシェフ。母さんのために料理を作る。

「ベーコンある?」
「ないわ」
「たらこ」
「うーん」
「粉チーズは?」
「たぶんあったと思うけど」ぼくの代わりに母さんが冷ぞう庫をのぞきこむ。ひょっとして母さんなら見つけられるかもしれない。なにせ冷ぞう庫内の食材の配置については、この家の誰よりも詳しいはずだから。けど、もし見つかったとしてもそれって見つかったって言えるのか、それだけが心配だ。ある程度

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ぼくが僕になるまで(青年期⑤)

ぼくが僕になるまで(青年期⑤)

★人を待つのって、少しどきどきする。

 ロビーのソファに座って待っていると、展覧会を満喫し終わったミユがこちらへ歩いてきた。ミユの膝の上では、羽織っている長いカーディガンが、まるで春風を受けたカーテンのようにひらひらと揺れていた。僕なんかじっくりと見でおきたい作品があると、人混みをもろともせず立ち止まる主義なんだけど、ミユはそうともいかないらしい。はけては何度も何度も性懲りなく列に並び、接近する

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ぼくが僕になるまで(少年期⑤)

ぼくが僕になるまで(少年期⑤)

★好きなことをとことん。これ以上に何が必要?

協定その五:期間は一年間。

「そうだな」口の中にきゅうりを残したまま、甲野さんは話し始めた。「さっきの話の続きだが、当時の俺は大学を出たばかりの若造だった。俺の出た大学は世間に名の知れた大学だったから、最初から面白いように内定が取れたんだ。付け加えて景気が良かったのもあった。自分で言うのもなんだが選り取り見取りだった。その内定先から、俺は一番待遇が

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