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【連載】#17 あなたの人生は誰のもの?|唯一無二の「出張料理人」が説く「競わない生き方」

職業「店を持たない、出張料理人」、料理は出張先の素材を最大限に生かしたオンリーワンのレシピを考案して提供する――。本連載は、そんな唯一無二の出張料理人・小暮剛さんが、今までの人生で培ってきた経験や知恵から導き出した「競わない生き方」の思考法&実践法を提示。人生を歩むなかで、比べず、競わず、自由かつ創造的に生きていくためのヒントが得られる内容になっています。

※本連載は、毎週日曜日更新となります。
※当面の間、無料公開ですが、予告なしで有料記事になる場合がありますのでご了承ください。

2009年4月、各界の超一流どころ、著名人だけが出演できる人気番組「情熱大陸」(MBS毎日放送/TBS東京放送)に、運良く出演させていただきました。

当時から私は、華やかにレストランを経営しているわけでもなく、看板も出さずに、本当にごく一般的なご家庭に出向いて、狭いキッチンでお料理をさせていただく出張料理専門の料理人でした。全然有名なスターシェフでもない自分がなぜ出演させていただけたのか、正直言ってわかりませんでした。

よく「小暮シェフは、どのようにして、情熱大陸に出演できたのですか?」と聞かれるのですが、もちろん、自分で売り込んだわけではありません。当時、番組制作を担当していた下請け制作会社が7社あり、そのうちの1社が私を見つけてくださいました。「どのようにして?」と言いますと、企画が通った2008年は、まだ、SNSと言うものはなく、私は自分でつくったホームページ(www.kogure-t.jp/)に、活動報告を写真付きで細々とアップする程度でしたが、それをご覧になって、サイト内の「お問い合わせフォーム」からご連絡をいただきました。「誰もやっていないオンリーワン」が決め手だったようです。

撮影も8カ月半かけて丁寧にしていただき、放送日を迎えました。放送日当日は出張で、静岡県内にいたので、ビジネスホテルの自室で観ていたのですが、番組が始まって5分くらいすると、私のサイトのお問い合わせフォームに、次々と全国の視聴者の方々から感想が届き始めました。「わぁ〜おいしそう!」とか「食べた〜い!」「お呼びした〜い!」みたいなワンセンテンスがほとんど。30分間の番組終了までに約200件の感想メールが届きました。今だったら、X(Twitter)などに書き込むのでしょうが、当時はみなさん、わざわざ私のサイトを調べて送ってくださいました。こんな経験は初めてだったので、「これからどれだけ仕事が増えるのだろうか?」とワクワクしてきましたが、いただいたメールから仕事につながったのは、結局1件もありませんでした(笑)。それもそうです。私がお店を持っていたら、おそらく1カ月くらいは予約でいっぱいになると思いますが、私の場合は出張料理人なので、お客様のお宅にお伺いすることになります。しかも、最低でも6名様以上お集まりいただく必要があるので、かなりのハードルの高さでしょう。今までも、結局、私の料理を食べてくださったお客様からのご紹介(口コミ)で、新しいお仕事をご紹介いただくことが大半です。

ただ、「情熱大陸」の放送後から、私のまわりでは今まで経験したことのないいろいろなことが起こり始めました。

わかりやすく言うと、ネット上で好き勝手なことを書く人が出てきたのです。SNSがない時代でしたから、その方が持つサイト内のブログで、会ったこともない私のことを、番組内の私の言動の細かいところを引き合いに出して、良いことも悪いことも、本当に勝手にいろいろ書かれました。まるで「モグラ叩きゲーム」のように、ボコボコいろいろなコメントが湧いてきて、潰しても潰しても、他から出てくるような状況でした。1つ出たコメントに、さらに他の人が冷やかしのコメントを被せて、どんどん雪だるまのように膨らんでいく感じです。「火のないところに煙は立たず」と言いますが、今の時代は「火がなくても、どんどん煙は立つ」時代だと、身をもって感じた出来事です。SNS全盛時代の今だったら、それこそ大変なことになっていたでしょう。

私はどんなに有名番組で紹介されようが、いつでもやっていることは一緒ですし、考え方も変わらずに堅実です。なのに、蚊帳の外では「セレブしか相手にしない有名な小暮シェフ」と勝手になっていきました。

「情熱大陸」の出演は、良くも悪くも私に大きな影響がありました。

今までお世話になっていた方々から、少しずつ新しいお客様やお仕事をご紹介していただけるといった、営業的には良かったと思います。ただ、私はずっと人を雇わずに何でも一人でやってきたので、その後も当然、頭を下げて名刺を配ったりご挨拶をしたり、自己PR、いわゆる営業活動を続けていました。そんなか、学生時代の先輩で、某テレビ局のアナウンサーの方のトークイベントに観客として行ったときのことでした。こちらから会場内にいらした方々に頭を下げて、名刺を配り始めましたら、「情熱大陸に出演したキミがそんなにぺこぺこしていたらダメだよ」と、その先輩に言われたのです。

私は、有名番組に出ようが出まいが変わらないと思っていたときにそう言われてしまい、それから数年間、自分の振る舞いをどうすべきか、本気で悩むようになりました。

そんなとき、芸能事務所に入ることも考え、知り合いの紹介でサザンオールスターズや福山雅治さんが所属している「アミューズ」に面接に行ったことがあります。はっきりと「ウチは、タレントの上前をいただくのが仕事なんですよ。あなたは、料理以外に何ができますか? 歌って踊れますか?」と言われて、あらためて気づきました。

私は一生涯、料理の仕事に携わるのが一番の幸せに違いない。だから、「人に何と言われようと、ブレない自分でいよう」と心に決めたのです。

今は、SNSをはじめたくさんの情報ツールや手段があり、嫌でもいろいろな情報が入ってきます。正しい情報、間違った情報、本当にいろいろあります。おまけに、最近はAIも出てきて、さらに情報リテラシーが求められる時代です。まわりに振り回されてしまうこともあるかもしれません。

ただ、しょせん、人の言うことなんて無責任です。どんな世の中になろうと、「最後は、自分の意思」です。だから、自分がやりたいと思うことをやればいいし、やりたくないことはやらなくていい。

と同時に、失敗も自分に責任があります。まわりや環境のせいにしてはいけません。その環境にいることを決めたのも、すべて自分が決めたのですから。いやだったら、環境を変えればいい。それを決断するのも自分です。まわりは関係ありません。

あなたの貴重な人生です。自分で主導権を握って、責任と覚悟をもって、やりたいと思うことをやって生きていきましょう。ただ、自分一人だけでは生きていけないことは、この連載でもお伝えしたとおりです。まわりの人に感謝する気持ちは忘れないようにしたいものです。

【著者プロフィール】
小暮 剛(こぐれ・つよし)
出張料理人。料理研究家。オリーブオイルソムリエ。1961年、千葉県船橋市生まれ。明治学院大学経済学部卒業後、辻調理師専門学校を首席で卒業。渡仏し、リヨンの有名店「メール・ブラジエ」で修業。帰国後、「南部亭」「KIHACHI」「SELAN」にて研鑽を積み、1991年よりフリーの料理人として活動開始。以後、日本全国、海外95カ国以上で腕をふるう「出張料理人」として注目される。その土地の食材を豊富に使い、和洋テイストを融合させて、シンプルに素材の持ち味を生かす「小暮流料理マジック」に、国内のみならず世界中から注目が集めている。近年は、出張料理人として活躍しながら、地域食材を最大限に生かしたレシピ開発を通じた地方再生や、子どもたちの食育講座などを積極的に行なっている。また、日本におけるオリーブオイルの第一人者としても知られ、2005年には、オリーブオイルの本場・イタリア・シシリアで日本人初の「オリーブオイルソムリエ」の称号を授与している。その唯一無二の活躍ぶりは各メディアでも多く取り上げられており、TBS系「情熱大陸」「クレイジージャーニー」への出演歴も持つ。最終的な夢は、「食を通して世界平和を!」。

▼本連載「唯一無二の『出張料理人』が説く『競わない生き方』」は、下記のサイトで過去回から最新話まですべて読めます。


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