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【西行展】五島美術館 見逃せない展示多数 西行の生きた証に感動!庭園もオススメ

 

五島美術館で開催中。西行本人の書に生きた証を感じ、
藤原定家が西行を語る書物からも本人を感じ、
感動のレベルがとんでもなかった

あまりの充実の展示で時間が足りず
展示替え含め、3度行ってしまった
こんな風に思う展覧会はなかなかない

会期が元々短いうえ、見逃せない展示の中に
11月上旬までのもの多数あった。早く行って良かった
どうか興味ある方に情報が届きますよう

展示期限が短かったものから特におすすめのものを紹介
実際は全部が良く、全部おすすめ

予習編はこちら↓


特別展 西行語り継がれる漂泊の歌詠み』
五島美術館
開催期間: 2022年10月22日 (土) ~ 2022年12月4日 (日)
中世から近代に至るまで、 西行が時を越えて
人々の心に語りかけてきたものを探る
今までにない「西行 」 の展覧会
世に数点しか伝わらない稀少な西行自筆の手紙
・「西行」をテーマとした古筆・絵画・書物・工芸など
国宝4件、 重要文化財 20 件を含む名品約100点展示
(会期中一部展示替があり)



■展示内容
第1部 西行とその時代
第2部 西行と古筆
第3部 西行物語絵巻の世界
第4部 語り継がれる西行




◼️期間の短い展示で注目のもの


【11/3(木・祝)まで】重要文化財 吾妻鏡

重要文化財 吾妻鏡 国立公文書館所蔵
西行と源頼朝が会った時の話を記載

冒頭に「老僧一人徘徊」笑
この部分見られる機会はそうそうないかと!

<<これだけでも見に行く価値あり>>

吾妻鏡は治水四年(1180)から文永三年(1266) までの
鎌倉幕府の歴史を編年体で綴った書物

西行が登場するのは文治二年(1186) 8月15日から16日の記事
鶴岡八幡宮に参詣した源頼朝(1247~1299)は老僧を目にする
それが西行と分かったため御所に呼び、
歌道と弓馬について尋ねた
西行は秀郷以来九代相承の兵法を焼失した罪業で家風皆忘却し、
歌道についてもその奥旨は知らないとしつつも、
弓馬について夜を徹して話した。
翌日退出するにあたって頼朝から銀で出来た猫を受け取った
西行だったが、門外の子供に与えてしまったという
本書は小田原北条氏から黒田氏を経て徳川秀忠(1579〜1632) に献上された本を含むといわれる

家康(1542~1616)の命によって慶長十年(1605)に
刊行された古活字版『吾妻鏡』は本書を底本としており、
江戸時代に流布した『吾妻鏡』の源流として位置付けられる





【11/6(日)まで】国宝 拾遺愚草 下 藤原定家筆 

国宝 拾遺愚草 下 藤原定家筆 冷泉家時雨亭文庫蔵

藤原定家が、西行が生前歌に詠んだとおりの時期に
亡くなった感慨を記す

有名歌人どうしの歴史を事実として見られる感動

<<これだけでも見に行く価値あり>>  

「建久元年二月十六日、西行上人身まかりにける。
をはりみたれさりけるよしきゝ 三位中将(藤原公衡)のもとへ」「望月の ころはたかはぬ そらなれと きえけんくもの ゆくゑかなしな」と詠み、続いて 「上人先 年詠云、ねかはくは花のしたにてはるしなん そのきさらぎのもち月のころ、
今年十六日望日也」

訳)お釈迦様の入滅した望月のころに
死にたいとかつて詠われたとおり
如月の望月に煙になって空に還られてしまった
煙が雲になって遠くへ行ってしまった…悲しいことに…
と、感慨深く記している


この拾遺愚草の感動をきっかけに、東京国立博物館開の藤原定家の特集展示「明月記」に行ってきました↓
この字体が現代まで定家様ていかようとして受け継がれ、フォントにまでなっていたことを知る


■西行物語絵巻ざんまい


描かれた時代と作者様々、所蔵も様々
展示替え含めて計13点展示
こんなに「西行物語絵巻」を見比べることができることそうそうないかと!

【11/13(日) まで】 西行物語絵巻 徳川美術館 重要文化財

重要文化財 西行物語絵巻 徳川美術館 西行物語絵巻
鎌倉時代 13世紀

詠歌と漂泊の生涯を送った歌聖西行(1118~90)の叙情的な物語を描き出した絵巻で、当初は3巻あるいは4巻本の絵巻として製作されたと考えらる。本巻には、西行が北面の武士を辞して家に帰り、慕い寄るわが子を縁より蹴落として恩愛の絆を断ち、
その夜妻に出家の決意を告げて翌朝寺に行き、
上人より剃髪得度(ていはつとくど)を受けるという場面などが
描かれている。かつては5代将軍綱吉の所蔵品で、その歿後、
6代将軍家宣夫人照姫(天英院熙子)に遺物として分与され、
安永4年(1775)以前に尾張家の所蔵となった
データ元こちら




【11/13(日) まで】西行物語絵巻 尾形光琳筆

西行物語絵巻 尾形光琳筆 宮内庁三の丸尚蔵館

「美の玉手箱展」でも、この絵巻を見た後で、
その時と違う箇所の絵巻の部分が見られて最高!

そして、隣の展示が俵屋宗達の西行物語絵巻!
光琳憧れの宗達が隣!!という興奮

参考)展覧会 特別展
「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」
東京藝術大学大学美術館
展示はこちら
※今回展示してない
ちなみに同じ場面   宗達バージョン
西行物語絵巻 四巻(部分)  
詞書:烏丸光廣筆 画:俵屋宗達筆 重要文化財 
この西行物語絵巻は、宮中所蔵の西行物語絵巻(室町時代)を
元に、高位の公家で一流の文化人である烏丸光廣が詞書を書き、
京の人気絵師・俵屋宗達が絵を模写したもの。
この絵巻には、宗達の個性が随所に見て取れる。
例えば、樹木や岩の彩色には、もやもやと絵の具をにじませた「たらし込み」という技法が用いられている。
これは、宗達が生み出し、尾形光琳や酒井抱一たちも用いた
琳派独自の技法。この絵巻制作の依頼者は、福井藩家老で
府中(現越前市)領主でもあった本多富正。
しかし、この絵巻は萩(山口)の毛利家に伝えられた。
その理由は明らかではなく、
江戸時代初期の松平家と萩の毛利家は何重にも
婚姻関係を結んでおり、そのことが背景にあるのではないかと
考えられている
元データこちら



西行物語絵巻 俵屋宗達  出光美術館蔵

『西行物語絵巻』 作:俵屋宗達   詞:鳥丸光廣
重要文化財 出光美術館 第四巻部分

なんと、西行が天竜川の渡し舟で武士に鞭で叩かれているシーン
あかーん!!なんというシーン笑


西行物語絵巻[断簡] 俵屋宗達  MOA美術館蔵

西行物語絵巻断簡(画)俵屋宗達 (詞)烏丸光広
江戸時代 寛永七年(1630)MOA美術館蔵

絵はもちろんのこと表装が綺麗!

下の断簡↓と隣り合わせで展示
「表装ダントツ綺麗ゾーン」と思って見ていた



【11月15日-12月4日まで】

西行物語絵巻[断簡] 俵屋宗達 (国)文化庁保管

西行物語絵巻断簡 国(文化庁保管)
絵)俵屋宗達 詞)鳥丸光廣

何点か展示されている西行物語絵巻の中で、
図録で見ても表装が綺麗で現物も綺麗でした!!


たたずむ西行がとてもカワイイ



西行物語絵巻  俵屋宗達 (国)文化庁保管

西行物語絵巻  俵屋宗達 (国)文化庁保管
第三巻 画像は④のシーン
11/15〜12/4展示

この文化庁のもの全部見たいぃぃ
巻かれてる中が見たぃぃという気持ちでいっぱいに

〈展示されているシーン〉
第三巻どのシーンもずっと眺めたいほど良かった
残念ながら④以外画像が無い

武蔵野で老僧に出会う

陸奥で藤原実方の墓を訪れる
お墓の前で悲しそうな西行 お墓なのだけど絵がカワイイ

③同行の僧が往生する
亡くなって横たわっている僧の周りで何人かの僧が泣いている
悲しいシーンだけれど可愛いぞ

桜が満開の頃西行は往生する
何人かの僧が西行が亡くなったことを悲しんでいる
桜が綺麗に咲いていてとても綺麗

時代も作者も異なる「西行物語絵巻」を同時に多数
見て思った
俵屋宗達の作品はとにかくタッチがカワイイ
出てくる人も動物もめちゃくちゃカワイイ
風神雷神を描いても可愛くなっちゃうの分かる気がする



【11/13(日) まで】四季歌意図巻 

四季歌意図巻 鈴木其一筆 江戸時代 細見美術館蔵
かなり細長い絵巻 縦10㎝×横143㎝

(西行展では、上から三番目の「秋巻」の「西行」のみ展示)
(秋巻 鳴立沢の情景 部分)
※右側には本来は富士山が描かれている
サイズの関係で省略

四季を題材とした和歌の情景を、
歌人の姿とともに描いている作品
各巻が春、夏、秋、冬に振り分けられ、
在原業平柿本人麻呂西行藤原定家
を取り上げている。 

西行の秋巻は、鴫立沢を詠んだ
「心なき身にも あはれは知られけり鳴立つ沢の秋の夕暮れ」 『山家集』四七〇番・『御裳濯河歌合』 三六番が題材

絵巻の右側の部分
(※絵巻が長くてスペースが足りずこの画像上にはない)
には富士山が描かれ、
左へ視線を移すにつれて、鳴立沢の情景へと展開する構成。
富士山は「富士見西行」を想起させ、
西行の代表歌と結びつくモチーフを組み合わせた趣向

鈴木其 一(1796~1858)は、江戸時代後期の絵師
本作は小さな画面に、其一の高度な技巧で
色彩豊かに濃密に描かれている

ひじょうに鮮やかで、細い絵巻に細かく描かれていて圧巻
こんなに細長い絵巻初めて見たかもしれない
部分拡大


(関連情報)富士山と鈴木其一についての興味深い話
2021年根津美術館の特別展「鈴木其一・夏秋渓流図屏風」で、
癸巳西遊日記(きしさいゆうにっき)1833年
鈴木其一直筆の原本展示 
リンクのデジタルアーカイブでこの日記が読める
字も絵も綺麗で感動する

鈴木其一が西日本を旅した際の絵入の日記で
平坦な関東では目にすることが稀な瀧や急流に心を奪われ、
代表作でもある夏秋渓流図屏風にこの旅が影響していると分かる


其一はこの旅の日程や天気を書いていて
行きも帰りもあいにく富士山は見られなかったという記述あり

絵では富士山を描いたが、本人は人生で富士山を間近で
見ることができなかったかもしれない?!
と思うと、其一が富士山を近くで見ていたら
どんな作品が残っていただろうと、思わずにいられない





■会期中一部期間展示なし


重要文化財 組紙金字阿弥陀経 平忠盛筆

展示なし期間注意】 
10/22(土) ~ 12/4 (日) のうち 11/14 ~ 11/28 展示なし

巻頭部分 
※展示は下の巻末部分のみ
一番左の列に忠盛の氏名記載

重要文化財 紺紙金字阿弥陀経 平忠盛筆
平安時代・久安五年 五島美術館蔵

平忠盛(清盛の父 1096~1153)が、『仏説阿弥陀経』を
書写した一巻。藍で染めた紺紙に金泥を用いている
忠盛は白河・鳥羽法皇の君寵を受けて国守を歴任
平氏勢力の基礎を築いた。54歳の時に父正盛の
極楽往生のために写経したもの。見返しに金銀泥で
「釈迦説法図」 を描くが右端が欠損している

西行の家集『残集』の和歌一首の詞書に
「忠盛の八条の泉にて、高野の人々仏描きたてまつることの
侍りけるにまかりて、月明かりけるに、
池に蛙の鳴きけるを聞きて」
とあり、西行忠盛の西八条泉邸に赴いたことを物語る

平忠盛・清盛父子は久安五年に焼失した
高野山伽藍再建奉行を引き受けた。
当時、忠盛邸は都における高野衆の勧進活動や
事業活動の拠点となったことが指摘される

なお西行は同年頃に高野山に庵室を構え、
その後30年におよんで活動の拠点とした
大河ドラマ平清盛 平忠盛
 脳内で中井貴一さんに変換して書を読んだ。すごく昂った
右の衣装で書きそうな字と想像した



重要文化財 久能寺経 法華経法師功徳品巻第十九

展示なし期間注意】 
10/22(土) ~ 12/4 (日) のうち 11/14 ~ 11/28 展示なし

重要文化財 久能寺経 法華経法師功徳品 巻第十九
平安時代 五島美術館蔵
『法華経』 二十八品に開経 (無量義経 むりょうぎきょう)、結経(観普賢経 かんふげんきょう)の二経を加 えた30巻のそれぞれに一人ずつ結縁した一品経。

鳥羽天皇 (1103〜56)、待賢門院璋子 (1101~45)
美福門院得子(1117~60) 、 令子内親王 (1078~1144)、
およびそのゆかりの人々により制作されたと推定

鳥羽 天皇の勅願寺である安楽寿院 (京都) に納められ
その後、久能寺(現在の静岡鉄舟寺) に移されたため
この名がある。 料紙は、金銀の小切箔・野毛を全体に施した もの。さらに群青や緑青で蓮池、水禽を描くなど善美を尽す
大河ドラマ平清盛
待賢門院 藤原璋子(たまこ)
美福門院 藤原得子(なりこ)
この二人の文字?!思いを馳せて読んだ





◼️全期間展示で注目のもの

【貴重な真筆!】国宝 僧円位書状 西行筆

真筆!!!!そして清盛について触れている
 僧円位書状 西行筆
平安時代・十二世紀 和歌山・金剛峯寺蔵
西行の真筆と認められる書状のうちのひとつ。
西行の法名「円位」の署名がみえる
漢字を主体とし僅かに仮名を混ぜる
いきいきと瑞々しい筆線が特徴
冒頭から、平家政権から
日前宮(現在の和歌山県日前神宮・國懸神宮)の
造営料が高野山領に課せられたことについて、
「安芸一宮」〈阿岐を訂正> (広島・厳島神社)にいた
「入道殿」(平清盛 )に掛けあい、高野山領から
別の荘園に切り替えてもらった吉報を伝える。
清盛が下した意向を「頭中将」(源通親か)が書き写したものが
あったとみえ、本状は添状にあたると解釈できる

さらには清盛への報恩として全山あげて百万遍念仏を唱える よう申し送る。末尾では治承元年(1177) に金剛峯寺の伽藍境内に移された蓮華乗院の絵(造営)について手配を促す

最後に高野山への戻りが遅れていることを詫びたうえで
長日談義をしっかりと勤めるようにと配慮する
「長日談義」は、当時抗争していた本寺(金剛峯寺方)と
末院(大伝法院方)が平素、仏教の法義や宗旨について
研究した集会「長日不断の談義」を指す

僧西行が平氏や高野山と政治的な関わりを持っていた
事実を示す史料としてきわめて重要


西行が清盛について触れた言葉を
書き残しているのを目の当たりにできるなんて、、
感動過ぎた(泣)
なかなか立ち去れなかった







◼️後半で注目のもの

【11月15日-11月27日まで】国宝 平治物語絵巻 六波羅行幸巻 

国宝 平治物語絵巻 六波羅行幸巻 鎌倉時代 13世紀

たまたま近い日程で同じものが東博と五島美術館で展示

東京国立博物館「国宝展」
展示期間:10/18(火)~10/30(日)
(絵巻の前 大人気で激混み。ちゃんと見られず)
 
五島美術館「西行展」
展示期間:11/15(火)~11/27(日)
(比較的余裕があり、ゆっくり見られて感動!)

参考 こちらに絵巻の画像多数あり


この絵巻に関して詳しくまとめられている記事こちら


この「六波羅行幸の巻」は
大河ドラマ【平清盛】第27回 19:15~23:23あたり
二条天皇脱出シーンが描かれている
武士が牛車の中を覗き確認している様子
(平清盛のいる六波羅に向かうため、女装した二条天皇が乗っている)




◼️円位書状 藤原定家 西行から督促受ける文

円位書状 西行筆 宮内庁三の丸収蔵館
貴重な真筆!
西行から、歌合判定者 藤原定家へ督促の文

西行「だいぶ待ってる.藤原俊成殿はすぐ返事くれた.
歌の優劣判定早おおぉぉっっ~!」

晩年近い西行渾身の溢れ出る思い,
書き散らしっぷり,垣間見られる二人の力関係 スキ 笑
歌合とは) 歌人を東西2手に分け、 1対1で歌を詠み合い、
同じ題で詠んだ歌の優劣を判定者が決めて勝敗数を競う、
という貴族の歌の大会 督促の文

内容) ししう殿(侍従殿)定家のこと



◼️後鳥羽院御抄幷越部禅尼消息

後鳥羽院御抄幷越部禅尼消息 慶應義塾図書館蔵 重要文化財

後鳥羽院御抄は後鳥羽院が和歌の作法と
当代の歌人の批評を記した、鎌倉時代の代表的な歌論集。
後鳥羽院御口伝とも呼ばれる。最古の写本

西行の歌を後鳥羽院は「おもしろくてしかも心もことにふかく」と評し、「生得の歌人とおぼゆ。おぼろげのひとまねびなどすべき歌にあらず。不可せつの上手なり」と絶賛。
※右ページ6行目に ”おもしろくて” と書かれているのが分かる

この最大級の評価は後鳥羽院勅撰の新古今和歌集に
西行は最多の94首選ばれていることからも分かる。

後鳥羽院が西行大絶賛の話はここからきていた!



順次気になった展示品を更新予定




◼️愛子さまが最終日にご訪問!!
閉館後お忍び訪問
・当初一人で鑑賞予定のところ陛下同行
・日本語日本文学科3年 日本の古典を学ぶ
・中等科2年 百人一首大会グループ内1位
・美術館に2時間20分滞在
・陛下 古典文学に造詣深い
熱量感じるお二人。胸熱



◼️「大河ドラマ平清盛」無料視聴(終了)

西行が生きた時代そのものを描き、西行もかなり重要なシーンで出てくる大河ドラマ「平清盛」
2022年12月31日まで1話のみ1か月限定無料視聴可だった。こんなに感動する1話ってある?!という素晴らしい回「鎌倉殿の13人」視聴者には、地続きの時代なので合わせて観ると感動が何倍増し。ストーリーが繋がっている

Amazonプライム会員
無料期間中はAmazonプライムビデオで平清盛を検索して、無料エピソードを観るをクリックするだけで視聴可能

NHKオンデマンド直接
会員登録があれば、下記リンクから視聴可能
会員登録無しは、無料登録して無料期間中 視聴可能



◼️庭園の紹介

今回初めて五島美術館へ行って知ったこと
とてもとても広い庭園があります!
庭園だけの入館も可能(庭園のみは300円)
散歩に良いです
紅葉の季節はきっと素晴らしいと思われます
美術館建物 有形文化財
奥が全く見えないほどの広さ!
根津美術館に行った時に、こんなに広いの?!と
思った時と同じ感覚に
予想外の広大な緑深い場所でした
鳥のさえずり癒し
庭の入口
有形文化財 古経楼
有形文化財 富士山亭 
藤棚
藤の季節に来たい
奥のビルの間、肉眼だと富士山見えます
写真はムリでした
富士見亭は富士山が見えるからということだと納得


◼️美術館入口

大きな木が特徴的
美術館を背にして帰るところ


初めて行った上野毛は、とても素敵な場所でした
駅から近いにも関わらずとても緑が多くてびっくり
ぜひぜひ美術館とともに、庭園もオススメです


おわり

◼️特集展示 藤原定家「明月記とその書」

この「西行展」きっかけで、足を運んだ東京国立博物館
特集展示 藤原定家「明月記とその書」の記録


◼️西行展



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