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エッセイ

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#小説

冬マダニに本性をあばかれる

森のお気に入りの小路をふと思い出し、昔の写真を探し当てた。
蛇行するせせらぎに沿って蛇行する小路、ポッカリと合いた空間に図ったように配置された草と木々。
森のなかでも特にお気に入りの場所だった。
久しく森へ行かない間にそこへ入る道は荒れ果て人の出入りがなくなっていたことを知った。
それでもふと思い出し、昔の写真を観てしまったのだ。
行こう、行きたい、行くとき、行けば、、、
人が入れなくなり前よりも

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風のなかの棺桶

 寝ているあいだに携帯がなっていたようだ。
 着信履歴は昔のなかまのA子。珍しいな、う~ん。
 寝ぼけ眼で、こんどは誰かな?と携帯を見つめながら、折り返しの電話をする。
 やっぱり、、、ですか・・・
 こんどは誰かな? は、独り言のうえに冗談だったのに。
 悪い予感は当たる。
 死んだのは元橋さんだった。
 体調を崩し入院した後、突然逝っちまったらしい。
 元橋さんはボクがまだ青カン支援の市民運動

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ボクたちは川の流れになって

♪ねえ君、二人でどこへいこうと勝手なんだが、川のある土地に行きたいと思ってたのさ…♪
 ボクはボーとしている時、どうも歌を口ずさむ癖があるらしい。この時もなんだか夏も終わりかな、と思わせる夕方の風に吹かれ矢田川の河川敷に細く舗装された小径で自転車のペダルを漕ぎながら口ずさんでいた。
 川の北の岸辺を三階橋のたもとから東へ向かって走る。3メートル前を小さな自転車で走るのは1週間前に補助輪がとれて、嬉

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くよくよしちゃいけないの?

プ、思わず吹き出してしまった。
くよくよしている人に、、、
そんなこと言っちゃったの??、、、、
だってそれを言われても、、、
君、、さぁ、、、
一旦笑い始めたら、笑いが止まらなくなってしまった。
ヒィヒィいいながら、涙を流し、机を叩きながら笑いたい気持ちをぐっと抑えた。
傾聴の勉強会で仲間のひとりが実際に言ったというセンテンス。

くよくよしちゃいけないの?

そんなホントのこと。
実際に言っち

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森の底と霊気と魂と

森の底と霊気と魂と

いつものように日曜日の朝、さてどうしたものかと考えた。
というか考えたフリだな。
天気もいいしねぇ、、、最初から決まっているくせに。
おそらく「山の霊気」なんてテキストを読んだときから「海上の森」へ行くと決めていたんだろう、ボクの裡でうごめく何かはさ、笑。
森であればどこでもいいわけじゃない。
何度も試したが市内の緑地公園では「感じる」ことができない。
ところが、海上の森だと何かを感じられるという

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弥勒山にて

弥勒山にて

昨夜の場末の飲み屋の余韻を残したまま早朝からみろくの森へ入った。
いつもの池の周辺ではなく、行ったことのない山側の森。
里山を想像していたのだけど、いきなりの登山道だった。
登山道は西斜面で朝日は射さず明るさも控えめである。
夏の山は何かしらの音がするものだと思っていたのだが、不思議に静まりかえっていた。
蝉もなかず鳥もなかない。人もいない。
ときおり静かな風がふくのみである。
夏の山でも静寂はあ

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田んぼのなかの夢のあと

 田んぼに宿る命を「守る」ため、意志を一つにし農民が決起した。
 歴史のなかでは何度も繰り返されてきた命の強制収容が、この村の田んぼにも通告されたのだ。田んぼに生かされる農民は苦悩に打ちひしがれたが、そうした歴史のいくつかを辿るように、この村でも権力に対し妥協することはなかった。ある夜、農民は田んぼに砦を構え、来る日に備えた。砦では毎晩のように語り合い、士気を高めた。幾日過ぎただろう、立てこもる農

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濁流のなかのホームレスはなぜ救助を拒否したか?

2007年9月・・・
台風9号はすっかり消え去ったけど、ワタシのなかでフラッシュバックする映像がある。
テレビで生中継された、濁流の多摩川の中洲に取り残されたホームレスの姿である。
そのホームレスはヘリコプターでの救助を頑なに拒否していた。
「普通」は救助を求める状況なのに、迷うことなく拒否していたのだ。
濁流にながされ死ぬかもしれないのに拒否した。
実際に周りにいた濁流に呑まれた3人は命を落とし

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沈黙の裡の対話

沈黙の裡の対話

長い沈黙、永い眠りから醒めたように彼女は話しはじめた。
ボクは嬉しさのあまり一言も逃さないように心を澄ませる。
彼女の懐しく柔らかな言葉が五線譜をくぐり抜けるように響く。
ボクは目をつぶり一言ひとことを味わう。

でもボクの嬉しさも喜びも長くは続かなかった。

彼女の輝いて見えた言葉にふいに雲がかかったように見えた。
ボクの喜びは不安に変わり、思わず目を明けてしまった。
彼女は笑って言葉をしぼりだ

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音を楽しむ 「蜜蜂と遠雷」より

音を楽しむ 「蜜蜂と遠雷」より

トタン屋根をたたく雨の音
草原を走る風の音
揺れる木々とセミの混声
海の碧い波の音
ドアの軋む音、米を洗う音……

きっと誰にもあったはずの遠い記憶。
暮らしをとりまく何もかもが音を楽のしめたはずなのに。
そんな音たちに合わせ好き好きに口ずさんでいたはずなのに。
口笛、草笛、いつしかピアノでさ、、
思うように感じるように音と戯れていたはずなのに。
いつしかそんな音たちを記録したくなっちゃたんだね。

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青いインクの赤

インク壺にペン先をつけ青いインク昇らせ「赤」という字を書いてみる。
彼女は「綺麗な碧ね」と呟いた。
アカでしょ、とボクが微笑うと、うねるような濃淡が故郷の海の色に似てると言った。ボクはアカを想起して文字を書いたんだけど。
海の見える故郷がなく都会生まれのボクにとって何色のインクで書いても「赤」はアカだった。まさかその綺麗な青いインクは碧い波だったなんて、
彼女の言葉が遠くなり、一瞬、紙の上の「赤」

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少年が遺したもの

 2年前もやっぱりこんな風に暑かったけど夏の終わりを感じさせる日だった。
 赤ん坊の頃から遊んでやっていた甥のA君が中学生になり軟式テニス部入ったというので、公営のテニスコートを予約して皆で楽しむことにした。
 そこでのテニスは硬式テニスなのだが、A君のフォアは軟式テニスらしいぶんぶん振り回すスタイルで確実にミートしてくるから激しくスピンの掛かった球が返って来る。
 試合ではスピードについていけ

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