風のなかの棺桶
寝ているあいだに携帯がなっていたようだ。
着信履歴は昔のなかまのA子。珍しいな、う~ん。
寝ぼけ眼で、こんどは誰かな?と携帯を見つめながら、折り返しの電話をする。
やっぱり、、、ですか・・・
こんどは誰かな? は、独り言のうえに冗談だったのに。
悪い予感は当たる。
死んだのは元橋さんだった。
体調を崩し入院した後、突然逝っちまったらしい。
元橋さんはボクがまだ青カン支援の市民運動にいて、一番勢力的に動いていた頃、共に行動していた青カン労働者(ホームレス)。嫁はんのトクちゃんと野良ネコと寄り添って都市高速の高架下に箱ガケをして暮らしていた。
「やっぱ、当該である元橋さんなんかが仲間と助け合ってボクたちは元橋さんたちの支援になりたいよな」なんて話をしながら、共に夜回りやソフトボール大会をやりつつ、元橋さんは周囲の青カン労働者との仲間づくりをしていた。元橋さんは鳶特有の豪気な兄貴分で周囲からも慕われていた。嫁はんのトクちゃんも人懐っこい性格でよく話をしていたな。
ボクが支援運動から離れた後、トクちゃんが死んだと聞いた。元橋さんも随分、気落ちした様子だったと聞いたが、それでも今に至るまでずっと夜回りをしていたらしい。
日常の支援をすることもなくなったボクは夏祭りや越冬闘争なんかのイベントのときにしかそこを訪れなかったが、そこで出会う元橋さんは必ず酒を呑んでいて、酒臭い息で絡らんできた。
ボクは苦笑いしながら「呑み過ぎだ、酒臭いんだって」と言い放ったが、それでも、支援運動にとって昔の人となってしまったボクを知っている数少ない青カンの一人だったから、会うたびに話をしていた。もっとも酔っぱらいの元橋さんはヘベレケになり何を言ってるか解らなかったのだけど……。
今年の越冬集会を訪れたとき姿を見たのだけど話はしなかった。そのときどきで話さなくても別にかまいはしない。そんなことしょっちゅうである。次に会ったときまた声をかければいいさと思っていた。まあ喋ってみたとこで酒に呑まれた元橋さんとは、まともな会話にならないしな。
今回も元橋さんが入院したことも知らなかったし、病名も知らない。
「法律」にしたがい役所によって決められた葬儀屋に杓子定規に配送された亡骸は仲間たちが、“取り戻し”、元橋さんが住んでいた都市高速の下に置かれた。左も右も上さえも目まぐるしく車と人と電車が行き交う都市のど真ん中に「ナマの遺体」が収められた棺桶が置かれている。
周囲を行き交う人々は箱がけの家が建ち並ぶその村を、見てみぬふりか、本当に視線に入らないのか、立ち入ることなどない。今そこに、元橋さんの亡骸が眠る棺桶が置かれ、風に吹かれていることなど知るよしもない。
都会の寒風に晒され箱に安置された元橋さんと別れるため、ボクは仕事の帰りに高速の高架の下へ訪れた。
多くの青カンと少しの支援が棺の前でたむろしていた。
顔見知りのほんの数人と話をした。
昔からの仲間で運動を続けているマキは「おまえが早く夜回りに戻って来ないから元橋さんは死んでしまったんだ」と半分涙で、ボクを責めた。
ボクは彼女の耳元で「人は死ぬもんだな」とだけつぶやいた。
棺の扉をあけ顔を覗き込んだ。
ほんと、「寝ているよう」という言い古された表現が当てはまるな。目が開きそうな気さえする。穏やかだ。
酒も完全に抜けて落ちついた顔だ。十何年振りかに元橋さんと話ができそうな気がした。
元橋さんの「人生」はどうだったんだよ?
青カンだって、悪いことばかりじゃねぇだろ。楽しかったよな。ここは楽しかったよな。
それにしても、死んでも青カンだな。土の上で風にさらされてさ。
フフフ、なんか、おかしいか。死んだら寒さも冷たさも感じないかな?
今夜は、夜の風のなか、仲間に囲まれて青カンかぁ。いいもんじゃねぇか。なんだかよ、みんなで温めあってるみたいで、、な。
こんなに仲間がいるんだもんな。ここにいる連中に義理でいる奴はいないさ。
ここは自由だ。居るも居ないも。
居たいからいるんだろ。居たいやつしかいねぇよな。
元橋さんと別れるためにいるんだな。
ところで、そっちではトクちゃんとは会えたのか?
まあ、ボクもそのうちだからさ、また話そうや。
ビラに書いてある役所が用意したビルのなかの葬儀にゃいかないよ。
ボクはもともとセレモニーもイベントも嫌いだからよ。
ボクたちは、こんな風のなかで出会った。ここで話して、ここで一緒に笑った。
だから、ここで別れるのが一番だ。
屋根も床も壁もないけど、喪服も、数珠も、説教も、お経も、何もないけど、風は吹いてるさ。風を感じることはできるさ。
だから、ここを最後にしたいな。
じゃあな元橋さん。
トクちゃんによろしく言っといてくれや。
ブログ「毒多の戯言」2009.2.14よりサルベージ
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