冬マダニに本性をあばかれる

森のお気に入りの小路をふと思い出し、昔の写真を探し当てた。
蛇行するせせらぎに沿って蛇行する小路、ポッカリと合いた空間に図ったように配置された草と木々。
森のなかでも特にお気に入りの場所だった。
久しく森へ行かない間にそこへ入る道は荒れ果て人の出入りがなくなっていたことを知った。
それでもふと思い出し、昔の写真を観てしまったのだ。
行こう、行きたい、行くとき、行けば、、、
人が入れなくなり前よりもさらに魅力的になっているかもしれない。
一旦思い込んだら行かずに気がすまない。
そんな風に禁断のスペースへの足をむけてしまった。

そこは森の地図にかかれた一つの小道のどんつきの池の奥にある。
まず池まで行って池の脇道を抜けて向かうのだが、その脇道からしてすでに荒んでいた。
ヤブコキをしたり、放置された倒木をまたいだり、行き止まりのように草に覆われたとこは微かな記憶をもとにくぐり抜けた。
いよいよあの空間につづくちょっとした崖を降りながら、そこを流れる小さなせせらぎを越える。
その崖にも倒木があり先が見えない。倒木の枝を掴みながら四肢をどう動かそうか考えながら越えた。
倒木を乗り越えたとき片足がせせらぎに踏み込んでしまい、一瞬の不協和音のうちに靴に浸水した。
ち、やっちまった。

靴のなかに冷たさを感じなら顔をあげる。
そこに広がる風景をみて唖然とした。
枯れ草とドロが混ざり開墾する途中のような風景が広がっていた。
あ、これがあの大好きだった森の空間なのか?
がっかりしながら、それでも奥にすすんだ。
変わらぬ風景にがっくりと目を落とすと、特徴的な足跡がいたるところにあった。
イノシシである。
あの美しかった空間が広大なイノシシのヌタ場と化していたのだ。
力なく、これはイノシシの公衆大浴場だな、というギャグが浮かんだが虚しく消えた。

すこし呆然としたが、すぐにあることに気がついた。
人は誰もいない。おそらく長いこと誰も足を踏み入れていない。
「森を大切に」と書かれた小さな木のプレートが吊り下げられた枝も折れて落ちている。
いま、ここにイノシシが現れたら。
イノシシは昼間でも活動する。
その考えてにいたると、イノシシに関する数々のエピソードが浮かんでは消えた。
夜、軽トラでイノシシに衝突して軽トラはベコベコになったけど、イノシシは何食わぬ顔で消えてった。
イノシシがツッコんできたら寸でにジャンプ傘をひらくといい、って傘なんかないし、、、、
あのジブリのアニメに出てきたやつが現れたら、もう抵抗のしようもない、、、
そういえば海から現れたイノシシを窒息死されたという猛者がいたようだがここは海じゃないし、そのまんま泥仕合だ。
急に恐ろしくなり、腰が抜けそうになる。

絶望にもだえ、妄想のなかでは既にイノシシにやられていた。
そういえばオノレは野垂れ死にを望んでいたではないか。
イノシシという自然にやられて野垂れ死をする。
誰も来ない大好きな森に倒れ、死に絶え、土に還ることができればそれが一番のオマエの幸せじゃないのか?
それを何をビビっているんだ、なにが野垂れ死にを望む、なんだよ。
けっきょく言葉ばかりだな。みっともない。
激しく罵られる裡なるやりとりに少し泣きそうになる。

そんな内心を微塵も表出しないように飲み込み、池の脇道を戻った。
脇道をぬけ池の辺りまで戻ったときに、背中の襟口のところにチクリとした違和感を感じた。
杉かなにかの枯れ葉が背中に入り込んだかな?と無意識に手を背中に回し指にあたったものを摘みだした。
明らかに枝や葉ではない柔らかさを感じた。嫌な予感とともに。
つまんだものを見ると丸い腹に小さな足らしきものが見えた。
とっさに投げ捨てた。反射というやつだ。
え、マダニ? 
ふと浮かんだ思いは数年前のニュースと直結した。
反射はつづき、上半身、裸になり、脱いだトレーナーで背中といい腹といい頭、顔まで叩くように払い落とした。
これでもかというほど払い、そのトレーナーをはたきながら点検した。
下に来ていたTシャツは着ずにシャツとトレーナーだけを着直したとき、少し正気を取り戻した。
人の気配に振り向くと若いアベックの散策者が、目を合わせないように避けながら通り過ぎていく。
真冬に上半身裸になりトレーナーを振り回しながら狂い踊っているオッサンを遠目からみていたに違いない。
誤魔化しも浮かばないまま正気に戻るとアベックへの体裁ではなく、投げ捨てたマダニが本当にマダニなのか気になりだした。
投げ捨てたあたりを探したが何も見つからない。
そうだ、あれはマダニではなかったよな、蜘蛛のような気がする。
マダニのような蜘蛛だったに違いない。だって真冬にマダニがいるわけないし。
すでにイノシシの妄想はかけらもなく、ただマダニに占拠された脳は灰色になり震えていた。

車にもどりスマホでマダニを検索した。
マダニ スペース 真冬、、、
画面にならぶタイトルを見て狼狽える。
冬も危険(これだ)、、、無理やり除去しないで(やっちまった)、、、、発症までに2週間〜3週間(あと2週間の命かぁ、、、)
ゆるくなった尿線が弛緩しチビってしまった。

これが、明日死ぬ思いで今日を生きる、と言っているヤツの実際である。
イノシシに震え、マダニに怯える小心者、とんだ食わせ者というのが正体なんだろう。

冬マダニ 本性あばかれ チキン野郎

チキショウ、一句したためてやったぜ。ざまあみやがれ、、、ふんだ。
なんやかんや言おうとこんなに死を恐れているオノレがいた。
明日死ぬなど、所詮机上だと思い知る。

それでもなお、「明日死ぬ」として今日を生きたいと思っている。
それでもやはり、野垂れ死にを夢にみている。


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