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読書熊録

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2022年9月の記事一覧

「虐殺器官」のハードルに挑む意欲作ーミニ読書感想「ループ・オブ・ザ・コード」(荻堂顕さん)

「虐殺器官」のハードルに挑む意欲作ーミニ読書感想「ループ・オブ・ザ・コード」(荻堂顕さん)

荻堂顕さんの「ループ・オブ・ザ・コード」(新潮社)が面白かった。ジェノサイド、生命倫理、諜報、謎解きを詰め込んだ物語。少なくない人が思い浮かべる通り、伊藤計劃さんの「虐殺器官」と「ハーモニー」という金字塔と同じテーマに踏み込んでいる。その高いハードルに正面から挑んだ意欲作だと感じた。

ゲームクリエイターの小島秀夫さんや、書評家で批評家の大森望さんが帯で激賞していることに引かれて購入した。両氏も「

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物語の空白に耐えられない生き物ーミニ読書感想「ストーリーが世界を滅ぼす」(ジョナサン・ゴットシャルさん)

物語の空白に耐えられない生き物ーミニ読書感想「ストーリーが世界を滅ぼす」(ジョナサン・ゴットシャルさん)

米大学の英語学科特別研究員ジョナサン・ゴットシャルさんの「ストーリーが世界を滅ぼす」(月谷真紀さん訳、東洋経済新報社)が勉強になった。原題は「THE STORY PARADOX」。ホモ・サピエンスをホモ・フィクトゥス(物語の人間)あるいはストーリーテリング・アニマルとして捉えることをテーマにしたノンフィクションだった。

邦題より原題の方が読後の感想に合う。本書は、ストーリーテリング(物語を語るこ

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奇想の海ーミニ読書感想「いずれすべては海の中に」(サラ・ピンスカーさん)

奇想の海ーミニ読書感想「いずれすべては海の中に」(サラ・ピンスカーさん)

米国人作家サラ・ピンスカーさんの短編集「いずれすべては海の中に」(竹書房文庫)はが面白かった。さまざまな味を集めたドロップ・ボックスのよう。帯の惹句にある「底知れぬ奇想の海へ」がまさにふさわしい作品集だった。

巻頭の一作「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」からフルスロットル。農作業中の事故で右手を失った若者が最先端の義手を取り付けたところ、なぜかその義手が「自分はコロラドのアスファルト道路だ」と思

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負け戦は難しいーミニ読書感想「撤退戦」(斎藤達志さん)

負け戦は難しいーミニ読書感想「撤退戦」(斎藤達志さん)

防衛研究所所属の歴史学研究者・斎藤達志さんの「撤退戦」(中央公論新社)が渋くて面白かった。第一次世界大戦や第二次世界大戦、朝鮮戦争で、戦局が不利になり後退、撤退しながら戦うことになったシーンを集中して取り上げている。「負け戦」にも濃淡があり、被害を最小に収める負け方がいかに難しいかを教えてくれる。

好例としては英国がドイツの電撃戦で追い込まれたダンケルクから撤退した「ダンケルクの奇跡」が挙げられ

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呪術と暴力と科学のマリアージューミニ読書感想「爆発物処理班の遭遇したスピン」(佐藤究さん)

呪術と暴力と科学のマリアージューミニ読書感想「爆発物処理班の遭遇したスピン」(佐藤究さん)

佐藤究さんの最新短編集「爆発物処理班の遭遇したスピン」(講談社)が面白かった。原始的な呪術、シンプルな暴力、最新の科学。混ざり合うはずのないこれらが渾然一体となり、格別のマリアージュと言える読み心地を味わえた。

批評家・加藤典洋さんは、村上春樹の短編が長編作につながる試作となっていると説いた。本書収録の作品の初出はいずれも2010年代後半で、佐藤さんの話題作「テスカトリポカ」(21年)以前にあた

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小さな歴史に耳を傾ける気持ちのいいノンフィクションーミニ読書感想「ドライブイン探訪」(橋本倫史さん)

小さな歴史に耳を傾ける気持ちのいいノンフィクションーミニ読書感想「ドライブイン探訪」(橋本倫史さん)

ライター橋本倫史さんの「ドライブイン探訪」(ちくま文庫)を読んで胸が温かくなった。とても気持ちのいいノンフィクション。時代の変化とともに数が減りつつあるドライブインを訪れ、長年営む人々の声を拾う。何もしなければ埋もれてしまう「小さな歴史」に真摯に耳を傾けている。

本書の特徴は、ドライブイン経営者の声を真剣に聞いていることだ。なぜ始めて、どんな思い出があるか。どんな苦労があるか。手間をかけないノン

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人生は終わりからまた始められるーミニ読書感想「われら闇より天を見る」(クリス・ウィタカーさん)

人生は終わりからまた始められるーミニ読書感想「われら闇より天を見る」(クリス・ウィタカーさん)

クリス・ウィタカーさんの「われら闇より天を見る」(早川書房、鈴木恵さん訳)は、今年ナンバーワン・クラスの極上の小説だった。米国の田舎町で起きた痛ましい犯罪により、打ちのめされた人々がそれでも人生を懸命に歩む姿を描く。原題の「WE BEGIN AT THE END」の通り、「終わり」からいかに人生を始めるのかを問う。

本書の何が極上かといえば、二つある。一つは彫りの深い人物造形。愚かで、だけどまっ

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分権的な脳ーミニ読書感想文「現れる存在」(アンディ・クラークさん)

分権的な脳ーミニ読書感想文「現れる存在」(アンディ・クラークさん)

哲学者アンディ・クラークさんの「現れる存在 脳と身体と世界の再統合」(ハヤカワ文庫)が知的興奮に満ちていた。なぜ人間の知能を人工的に再現するのは難しいのか?この灰色の細胞の塊には、未知の万能な司令塔機能が宿っているのか?こうした疑問に、本書は「分権的な脳」「外部に染み出す脳」という新たな姿を提示する。

原著のコピーライトは1997年となっていて、日本語訳の初版は2012年とみられるけれど、解説に

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亡国への道の詳細ーミニ読書感想「日独伊三国同盟」(大木毅さん)

亡国への道の詳細ーミニ読書感想「日独伊三国同盟」(大木毅さん)

歴史家の大木毅さん著「日独伊三国同盟 『根拠なき確信』と『無責任』の果てに」(角川新書)が勉強になった。日本が対米開戦、その後の敗戦に至るきっかけになった日独伊三国同盟の成立経緯を物語として読める。亡国への道の詳細が分かる内容。

著者は「独ソ戦」(岩波新書)が有名。もともと赤城毅さんというペンネームで小説家をされているとのことで、ストーリーテリングの腕が光る。するすると読める。

「優秀な軍人や

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表現する言葉を奪われた子どもたちーミニ読書感想「ルポ 誰が国語力を殺すのか」(石井光太さん)

表現する言葉を奪われた子どもたちーミニ読書感想「ルポ 誰が国語力を殺すのか」(石井光太さん)

ノンフィクションライター石井光太さんの最新刊「ルポ 誰が国語力を殺すのか」(文藝春秋)にぐいぐいと引き寄せられた。読解力以前の国語力低下を問う。少年犯罪、あるいは不登校などのさまざまな課題の根本に、子どもたちの言葉の貧困があるのではないかというのが本書の主張。読了すると大変納得できる。子どもたちは、自分の感情や思いを表現する言葉を奪われてはいないか。

ジャーナリズム系の雑誌が減少し、ノンフィクシ

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