見出し画像

奇想の海ーミニ読書感想「いずれすべては海の中に」(サラ・ピンスカーさん)

米国人作家サラ・ピンスカーさんの短編集「いずれすべては海の中に」(竹書房文庫)はが面白かった。さまざまな味を集めたドロップ・ボックスのよう。帯の惹句にある「底知れぬ奇想の海へ」がまさにふさわしい作品集だった。


巻頭の一作「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」からフルスロットル。農作業中の事故で右手を失った若者が最先端の義手を取り付けたところ、なぜかその義手が「自分はコロラドのアスファルト道路だ」と思い込み、若者に訴えかけてくるという話。義手が道路?よくもまあこんな設定を思いつくものだ。

しかも、本作は「出オチ」ではない。20ページ程度の短い作品だが、道路義手との出会い、別れの中に深い余韻が残る。

亡くなった祖母の代わりにロボット祖母が作られる「彼女の低いハム音」もそうだが、著者はテクノロジーと人間の接触の中で、どんな人間的な感情や物語が発生するかに関心を寄せている。奇想は奇想だけで終わらずに、本質的なヒューマニズムにまで到達する。そこが面白い。

あるいは、船の上で生活する富裕層と陸地に残る人の断絶を描いた表題作「いずれすべては海の中に」や、殺人事件被害者の語りを再現するAIを取り上げた「死者との対話」、惑星間航行の長旅をテーマにした「風はさまよう」などなど、著者はテクノロジーの限界や、それを突き詰めた先にある軋轢を掬い上げる。テーマ設定が鋭い。

しかしながら、語り口は柔らかい。だからこそハードSF的なキツさがないし、読んでいて優しい甘さが口に広がる。このバランスが絶妙だった。

もっと読んでいたい。いい作家さんに出会えた。そんな優しい気持ちが込み上げてくる。

本書でもう一つ特筆すべきことは、装丁の美しさ。現実離れした世界観と、柔らかく包み込むような文章。淡い虹色の海の中を逆さまになって沈んでいく人の姿は、本書の魅力をどんぴしゃりで表現している。題字も上下反転し、海の中に向かっていく工夫も憎らしい。今年随一、ずば抜けていると思う。

つながる本

テクノロジーと語り口の柔らかさを併せ持つSF作品として思い浮かぶのは、コニー・ウィリスさんの「クロストーク」(ハヤカワ文庫)。愛し合う恋人同士が人工テレパシー手術を受けるという社会で、手術に失敗した女の子と、その子を助ける冴えない男の子のドタバタを描いています。

本書の読み心地に似ているのは。奇想×短編集という共通点もある星新一さん「ボッコちゃん」(新潮文庫)。誰もが読んだことがあるかと思いますが、ボッコちゃんが好きなら本書も気にいるはず。

この記事が参加している募集

#推薦図書

42,493件

#読書感想文

188,615件

万が一いただけたサポートは、本や本屋さんの収益に回るように活用したいと思います。