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物語の空白に耐えられない生き物ーミニ読書感想「ストーリーが世界を滅ぼす」(ジョナサン・ゴットシャルさん)

米大学の英語学科特別研究員ジョナサン・ゴットシャルさんの「ストーリーが世界を滅ぼす」(月谷真紀さん訳、東洋経済新報社)が勉強になった。原題は「THE STORY PARADOX」。ホモ・サピエンスをホモ・フィクトゥス(物語の人間)あるいはストーリーテリング・アニマルとして捉えることをテーマにしたノンフィクションだった。


邦題より原題の方が読後の感想に合う。本書は、ストーリーテリング(物語を語ること)の功罪、人類の発展に寄与した分と同じかそれ以上に悪影響を人類に与えているのではないかと問題提起する本だ。

その問題とは、物語が事実を否定することさえあるポスト・トゥルースがそう。本書の冒頭では、ユダヤ人が世界を支配する陰謀論に傾倒した男が礼拝所を襲撃した例が挙げられる。あるいは、トランプ元大統領の責任が指摘される米国会議事堂選挙事件。陰謀論者は、実は極左勢力が首謀したと主張する。

なぜこんなことが起こるのか?それは、人は物語を希求し、その不在に耐えられないからだと著者は解説する。

  私が言いたいのは、人間の心が物語の空白を忌み嫌うということだ。だから世界で無秩序な出来事が展開すると、手近な出来合いのナラティブの鋳型を取り出し、無秩序の上に力まかせにかぶせる。あるいは頼りにしている情報源に、お気に入りのナラティブを自分に代わってかぶせてもらう。どちらにしても、お気に入りのナラティブの複製が手に入る。そこからはみ出すものはつぶされるか切り捨てられる。こんなふうに、私たちはナラティブの鋳型をそのナラティブが真であると証明するエビデンスの捏造に使う。(215ページ)

頷ける。だからこそ、複雑性が増す世界でどんどん勝手なナラティブが増えるのだろう。そのナラティブを支えるためのエビデンスならぬエビデンスを探してしまうのだろう。

本書はこんなふうに、物語を語ること、つくることの恐怖、副作用を多面的に考察し、言語化する。

冒頭で著者自身が断っているように、本書もまた「ストーリーテリングには負の面がある」というストーリーを一冊の本で語っている。このことからも、私たちが物事を理解するためにストーリーは欠かせないのだと理解できる。逃れようがない。

だからこそ、邦題や、著者の主張そのものが腑に落ちない面もある。ストーリーは恐ろしいというあなたもまた、ストーリーを語っているじゃない、と。

この感想ブログもまたストーリーであって、それを考えるとこれまた暗澹たる気持ちになる。

しかし本書は、誰もがストーリーを語ることから逃れられないという不都合な事実を直視することで、いわばストーリーの暗黒面を「弱毒化」して接種できる効果はあるなと感じる。

少なくとも、猫も杓子も自分や自社に有利なストーリーを語ろうとし、陰謀論がこれまで以上に跋扈する社会をよしとは思わなくなる。そういう意味で勉強になったし、読めてよかったなと感じる。

つながる本

このところ批判的考察も出ているとはされますが、ハラリ氏の「サピエンス全史」(河出書房)にも、人間は想像、思想、概念を共有できることが最大のアドバンテージだったと指摘されていたと思います。

逆に、ストーリーのない話がどれほど通じにくいか、工夫が必要かという観点で書かれた本もあります。ランディ・オルソンさんの「なぜ科学はストーリーを必要としているのか」(慶應義塾大学出版会)がまさにそうで、ストーリーの普遍的型や活用方法が学べました。

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