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「虐殺器官」のハードルに挑む意欲作ーミニ読書感想「ループ・オブ・ザ・コード」(荻堂顕さん)

荻堂顕さんの「ループ・オブ・ザ・コード」(新潮社)が面白かった。ジェノサイド、生命倫理、諜報、謎解きを詰め込んだ物語。少なくない人が思い浮かべる通り、伊藤計劃さんの「虐殺器官」と「ハーモニー」という金字塔と同じテーマに踏み込んでいる。その高いハードルに正面から挑んだ意欲作だと感じた。


ゲームクリエイターの小島秀夫さんや、書評家で批評家の大森望さんが帯で激賞していることに引かれて購入した。両氏も「虐殺器官」を想起したことを述べている。

虐殺器官との類似点は物語形式にも見られる。目の前の事件・陰謀と、主人公のモノローグが不定期に交錯する。そして、主人公が現実に向かい合う上でのつまずきや、事件に向き合うことになった必然の源流が、モノローグの中に隠れている。

謎が巨大な氷塊のようになかなか解消されないのも似ている。本書では、子供が突然胎児のように体を丸めて動きを停止し、拒食など「生きることを拒む」かのような反応を示す発作が解決すべき課題として提示される。丸まる動作は何を示すのか?発作はなぜ起こるのか?

そして、舞台である国家にも謎が多い。悲惨なジェノサイドを経験した国家は、国連によりその歴史を全て「抹消」された。抹消前は「以前」としか呼ばれず、何の資料も残されていない。子どもたちは「以前」について知ることを許されず、白紙からスタートした新国家の中で生きる。このことが、発作とどのように関係しているのか?

虐殺器官が世界各国を飛び回る国際諜報小説だったが、本書はこの新興国家に舞台を絞っている。これは大きく、そして重要な違いだと感じた。

虐殺器官は米国軍人が国際的陰謀を追い世界を転々とすることで、米国の覇権主義の問題を浮かび上がらせたと思う。対して本書は舞台を絞り、一方で主人公をはじめとしたキャラクターは多国籍で多様。「舞台を広げる」のではなく「舞台を深める」ことで、その舞台にサラダボウルのようなキャラクターを入れることで、問おうとするものがある。

本書の新興国家は、国際社会に「抹消」されたにも関わらず、謎の発作を解明するために国連調査団を受け入れるという矛盾を抱える。主人公は調査団の一員だが、故郷を捨てた根無草で、まっさらな歴史を紡ぐ新興国家にシンパシーを抱いていて、ここでも「ねじれた接続」が見つけられる。

さまざな人が入り乱れるひとつの場所。抹消された国に集まる抹消した人々。そこに生まれる渦、歪みを、著者は取り出そうとしているように思えた。

虐殺器官は世界を広げた。本書は世界を一つに閉じ込めた。互いに違う回路で、重たいテーマに挑もうとしているように感じた。

本書における重たいテーマとは「生まれることを望まなかった人々の思いは、どのように叶えられるのか」。発作や、その影で暗躍する陰謀に、この苦しいテーマが横たわる。著者は最後まで組み合い、読者は共に考えていくことで大切な時間を過ごすことができる。

つながる本

上記言及した伊藤計劃さんの「虐殺器官」「ハーモニー」(いずれもハヤカワ文庫)は、本書を読んだ後にでもぜひ読んでほしい。リンクを楽しめると思います。

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