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#36 鳥についての愛を語る

 迫り来る影に、自分の存在を脅かされつつある。まだ夏前だと言うのに、朝から鳥肌が立つ。大人になって、それなりのことは自分で解決できるようになったと思いきや、そんなことはない事実に打ちのめされている。

 冒頭で愛を語る、と言っているにもかかわらず、実をいうとわたしは鳥が大の苦手(に最近なりつつある)。こんな事言うと、もうそもそもタイトルの名の前提はどこへ行ったんやとなるかもしれないが、もしかすると嫌いまであるかもしれない。事件の顛末を、是非聞いていただきたい。

*

 事の始まりは、2週間前にさかのぼる。ある日の朝、その日はとてもよく晴れていて爽やかな朝の光が、窓から斜めに降っていた。あらぁ、なんて気持ちの良い朝なのかしら、とベランダに出て大きく伸びをする。初夏の空気は涼しげで、美味しい。なんとも清々しい気分だ。この表現、うまく伝わるだろうか。

 今日もいい日になりそうだなーと思っていると、空からバサバサバサッと突然何かが降ってきた。それもひとつだけではなく、ふたつみっつと。なんだなんだと、静かな朝は突然謎の存在に打ち破られた。

 突然の闖入者は、鳩の群れ。彼らの登場は、いつだって派手だ。

 巷では、鳩は「平和の象徴」という称号を得ている。なんと尊いニックネームだろうか。わたしも、密かにそんな風に呼んでほしいと思っているのだが、決して誰もそう呼んでくれる人はいないだろう。

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 その鳩たちは、目があった瞬間バタバタバタッと再び天空へと羽ばたいていった。妙な違和感を感じながらも、部屋の中へ入る。するとわたしがいなくなったかことを確認して、またベランダのへりに戻ってきた。

 そして彼らはいずれも、何かを咥えていた。はて。

 そういえば鳩が「平和の象徴」である由縁は、旧約聖書に書かれていたことだったと思い出す。『創世記』6章から9章に登場する、「ノアの方舟」。大洪水によって、この世が破滅を迎えそうになった日のこと。大きな水のうねりの中で、人々は死を感じ取ったのかもしれない。

 苦しみぬいた末に、方舟から放った鳩が七日後にオリーブの葉を咥えて戻ってきた。それは、厄災の終わりを知らせる合図だった。

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 もしや彼らが咥えているのは、オリーブの葉……?わたしに安息と平穏をもたらすためにやってきた使者なのだろうか。はじめは、そんなことをノホホンと考えていたのである。

 次の日、事態は一変する。ベランダのへりを見てみると至る所に鳥の糞が落ちている。「いやぁ!」と叫びたくなる。何やら不吉な影の匂いがする。糞を始末した後も、次々に鳩はやってきた。最初可愛いと思えていた彼らの首をフリフリする仕草も、何か禍々しいもののように思えてくる。

「嫌ぁ……」

 ある時、気が付いた。彼らはみな枝を咥えている。そして、吸い込まれるようにベランダのどこかに消えていく。はて……?

 彼らが消えた後に、そろそろとベランダに出る。わたしのベランダにはそれはそれは存在感を醸し出すソファがある。何か頭の中にひらめいたものがあり、ベランダの端まで歩いてみると、なんとそこにはおびただしい数の枝が放り投げられていたのだ。

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「「アッ……!」」

 衝撃のあまり、言葉が二重になった。そう、彼らは自分たちの愛の巣をわたしのベランダにこしらえようと目論んでいたのである。ウギャァと叫びたい気持ちになった。これか、これなのか……。これが奴らが最近わたしのベランダに入り浸っていた原因か。

 すぐさま、行動に起こす。ホームセンターで塵取りを買ってきて、急いで小枝を拾い集める。それですぐに終わりかと思いきや、そうではない。基本的に鳩は帰巣本能が高いので、一度や二度自分たちの努力の成果がなくなったとしてもめげない。どうやら話によると、彼らは自分たちの糞を頼りにやってくるらしい。犬で言う、マーキングみたいなものか。

 もう徹底的に掃除した。何キロあるかわからんソファをてこの原理で動かして、半日がかりで掃除をした。思えば、引っ越してから一度もベランダをきちんと掃除したことがないことに気が付く。鳩がやってくるのは不衛生にしているところもあるらしい。

 きっちり隅から隅まで掃除して、朝夕ベランダに出るようにした。どうやら鳩たちは、自分たちの巣を作るうえで、人の存在があるかどうか頻繁にチェックしているらしい。1週間くらい、外で奴らが来ないように見張っていた。おかげで、最近の忙しさに更に拍車をかけた。努力の甲斐あってか、今のところ彼らの影は現れていない。

  ……と言いたいところだが、今でも彼らは我が物顔でわたしの部屋のベランダへとやってくる。奴らは、わたしの夢にまで進出してきて、少し最近ノイローゼ気味である。まさしく悪夢です。

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 先日定期的に飲み交わす友人に、その話をしたところ、「それは危なかったねぇ」と言う。大げさではなく、真剣な面持ちで。

「というと?」

「鳥獣保護法というのがあってな。彼らが巣を作って、卵を産んだ時点で巣を撤去できなくなるんよ。そしたら、専門の業者を呼ばなあかんねん。そうすると、駆除にだいたい10万とかか」

「え……!ひぃ」

 内心、危ないところだったと思っていた。彼らの愛の巣によって、わたしの平和は壊されてしまうところであった。冷汗が背中を伝っていた。

「鳩に限らず、存外鳥は頭がええんや。こないだも50代の上司が傷だらけで職場にやってきてな。何が起こったか聞いたら、その人鴉に襲われたらしいで。奴ら、攻撃しても問題ないかどうかきちんと吟味しているんやな」

「ふわぁ」

 あまりにも恐怖過ぎて、その日どうやって家にたどり着いたか覚えていない。恐怖によって体は冷え、酒がいつもより進んでしまったことも起因しているのかもしれない。

*

 帰った後、録画しておいた『ちむどんどん』を観た。ちょうど、歌子が『翼をください』を歌っているところだった。のびやかな歌声に、心が洗われたかのようになる。

 鳥は今回の件で、トラウマになった。街中で鳩がウロウロして、クルッポクルッポと訳のわからん言葉を発しているとゾゾゾとする。あの小首をかしげる素振りはなにか見定められているようで、恐ろしい。

 それでも、鳥になって空を飛んでみたいという憧れはある。

 鳥になるのであれば、綿花鳥かカナリア、文鳥あたりだろうか。美しい言葉を発する鳥だったらいいな、というのは贅沢な悩みだろうか。悲しみのない、自由の空へ。どこかに放り出された、愛の形を求めて。鳩と鴉だけは、絶対にやめてほしい。

*

「鳩とかけて、『ベランダの攻防』と解きます」

「その心は?」

「どちらも『とりあいする(鳥、愛する・取り合いする)』でしょう」

「……」(立つ鳥跡を濁してますよ 泣)

 ──さすがにこの件で、鳥に対しての愛は芽生えませんでした。

 ということで、どなたか鳩の撃退法お持ちの方、教えてください。彼らがわたしの部屋のベランダで、愛を築かないように。


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