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エガオが笑う時

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2023年10月の記事一覧

エガオが笑う時 第6話 絶叫(1)

エガオが笑う時 第6話 絶叫(1)

 空気を押し潰すような圧が私を襲う。
 私は、大鉈の刃を盾のように垂直に構え、圧を生み出した正体、獣へと変貌したマナの左前足による横薙を防ぐ。
 身の丈を超える分厚い刃はマナの一撃を完全に防ぐもあまりに軽い私の身体は宙を舞い、建物の壁に激しく叩きつけられる。
 鎧を纏っていなかったら確実に何本かの骨が折れていた。
 私は、壁から滑り落ちるように落下し、石畳に膝を付ける。
 突然、姿を現した大きな犬

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エガオが笑う時 間話 とある少女の視点(5)

エガオが笑う時 間話 とある少女の視点(5)

 エガオ様と再会したのはそれから半月後のことだった。
 停戦条約が結ばれて教会に下りてくる支援金が大幅と言うほどではないが少なくなった。3食は食べれるものの大所帯を養うのは少な過ぎる。
 私は、再び斡旋所に通いながらひもじい思いをしている弟達に甘いものを食べさせてやりたいと思い、王都でも評判の良いキッチン馬車にお菓子を買いに行った。
 私は、心臓が止まりそうになる。
 エガオ様がそこにいた。
 し

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エガオが笑う時 間話 とある少女の視点(4)

エガオが笑う時 間話 とある少女の視点(4)

 彼女は・・・エガオ様は本当に何も知らなかった。
 食事を摂る時はフォークを赤ちゃんのように握って食べこぼすことも厭わずに口に運んだ。
 着替えの時は後ろ前になることは当たり前で下着を着ようとしない時もあった。
 寝る時も鎧を着て寝ようとするので脱ぐように言った。
 トイレの仕方は流石に分かっていたがアレの日の処理の仕方を知らなかった時はこの人を連れてここから逃げ出した方がいいのではないかと本気で

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エガオが笑う時 間話 とある少女の視点(3)

エガオが笑う時 間話 とある少女の視点(3)

 もう辞めよう。
 そうは思ったけど現実として働かなければならず、ここより良い給金が貰えて好条件で働けるところなんてない。
 私は、心を固くして働く決意をすると、そろそろ彼女が出る頃だと思い、浴場に向かった。先輩達からは呼ばれた時だけ行けばいいと言われたがあの冷たい女が機嫌を損ねて働けなくなる方が大変だ。
 私は、「失礼します」と声を掛けてから浴場に入り、絶句する。
 脱衣場で彼女は、一糸も纏わぬ

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エガオが笑う時 間話 とある少女の視点(2)

エガオが笑う時 間話 とある少女の視点(2)

両親の手紙には必ず"エガオ"という少女のことが書かれていた。
 戦場に貴方と年の近い女の子がいる。
 とても強くて自分たち以上の武勲を上げている。
 大人びていて礼儀正しい。
 エガオって素敵な名前なのに笑わないのが心配。
 貴方がいればきっと仲良く出来るのに。
 などと、手紙の端々に彼女の存在が現れる。
 両親は、彼女のことを慮り、その場にいない私に変わって愛情を彼女に注いでいるように感じられた

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エガオが笑う時 間話 とある少女の視点(1)

エガオが笑う時 間話 とある少女の視点(1)

 それは2年前、私が10歳の時だった。
 私は、侍女達と一緒に戦場に向かったお父様とお母様の帰りを待ちながら学校に通い、大好きなピアノの練習をし、ご飯を食べて変わらない日々を過ごしていた。
 寂しさはあった。
 でも、戦場で国の平和の為に戦っている2人を思えば弱音なんて吐いていられない。
 お父様とお母様は毎日のように戦場から手紙を送ってくれた。大概はちゃんとご飯食べているか?学校は楽しいか?ピア

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エガオが笑う時 第5話 凶獣病(6)

エガオが笑う時 第5話 凶獣病(6)

 公園を出て左右を見回すもマナの姿はどこにもなかった。
 私は、街道に出て近くにある二階建ての建物に駆け寄ると、一気に飛び跳ね、雨樋に指を引っ掛ける。
 周りにいた人達が私の姿を見て声を上げる。
 私は、足を上げてそのまま雨樋の上に登り、さらに屋根に登る。
 屋根まで登ってから私は自分がスカートだったことに気づいてひょっとして見られたかな?と思って急に恥ずかしくなって裾を押さえるも今はそれどこでは

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エガオが笑う時 第5話 凶獣病(5)

 翌日、私はいつもと変わらずキッチン馬車で働いた。
 いつもと変わらない、いつもと変わらないはずなのに何故か4人組はじっと注文を取りにきた私の顔を覗き込んでくる。
 ニヤニヤと笑みを浮かべながら。
 私は、意味が分からず眉根を寄せる。
「何ですか?」
 私は、思わず不機嫌そうに言う。
 しかし、彼女たちのニヤニヤは止まらない。
 私は、むっとなって唇を紡ぐ。
「エガオちゃん」
 サヤが眼鏡の奥でに

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エガオが笑う時 第5話 凶獣病(4)

エガオが笑う時 第5話 凶獣病(4)

 彼は、私の手をグイグイ引っ張って宿舎を出る。
 私は、引っ張られるがままに彼に付いていく。と、言うよりも引っ張ってもらわないと歩くこともままならない。
 私の頭の中は混乱を通り越して錯乱していた。
 結婚・・・結婚・・結婚・・・。
 妻・・・妻・・・妻・・・。
 私の頭の中は、その2つの言葉が弾けるように飛び交う。
 一体何が起きてるの?
 て、いうかいつから私達は夫婦なの?
 マダムに言われた

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エガオが笑う時 第5話 凶獣病(3)

エガオが笑う時 第5話 凶獣病(3)

「凶獣病」
 突然、湧き出した聞き覚えのある声に私の意識は現実へと戻る。
「ほんの100年ほど前まで獣人の子どもの間で流行っていた感染症の一種だ。感染すると先祖帰りを起こして巨大な獣へと変貌する」
 私は、声のする方へと振り返る。
 鳥の巣のように盛り上がった黒髪、整った顔に生えた無精髭、黒いタンクトップから除く逞しい腕、均整の取れた身体に黒いズボンを履いた長い足・・。
「カゲロウ・・」
 私は、

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エガオが笑う時 第5話 凶獣病(2)

エガオが笑う時 第5話 凶獣病(2)

 王国と帝国の騎士崩れが手を組む?
「そんなことあり得るのですか?」
 敵対し、命を取り合う姿は想像できても手に手を取り合う姿なんて想像も出来ない。
 私は、疑問を口にしつつも実際にその現場を目撃している。
 マナを連れ去る王国の騎士崩れを帝国の魔法騎士が助けに現れる姿を。
「私達も今だに半信半疑だよ」
 そう言ってグリフィン卿はソファの背もたれに寄りかかり、両腕を組む。
「怪しいと思われ出したの

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エガオが笑う時 第5話 凶獣病(1)

エガオが笑う時 第5話 凶獣病(1)

 久々に訪れたメドレーの宿舎は、酷く黴臭かった。
 酷くゴミが散乱しているとか、掃除が行き届いていないとか、湿気が多いとかそう言う理由ではなく、この建物自体が体臭のようにその臭いを発していると言うのが正しい。
 私は、漆喰が塗られた壁を触る。
 冷たくもなんともないただの壁。
 私が物心ついた時から何十回、何百回、何千回と触れてきた壁に触れても私の心には何も湧いてこない。
 それはこの宿舎を見た時

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エガオが笑う時 第4話 無敵(8)

エガオが笑う時 第4話 無敵(8)

 私は、驚愕に目を見開く。
 マナが黒い獣事件の重要参考人?
 私は、動揺しながらもどう言うことなのか問いただそうとした、その時だ。
「マーちゃん!」
 子どもの1人が声を上げる。
 全員の視線が子どもが叫んだ方を向く。
 柵の間にマナは、立っていた。
 大きな目をさらに大きく開き、顔に恐怖を張り付かせてこちらを見ている。
「マ・・」
「マナちゃんだね」
 私を遮って上官が前に出てマナに近寄る。

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エガオが笑う時 第4話 無敵(7)

エガオが笑う時 第4話 無敵(7)

 翌日、私は、スーちゃんと一緒にマナの孤児院へと向かった。とっいっても食材調達の時とは違い、スーちゃんの背に跨るのではなく、スーちゃんの背にホールケーキの入った白い大きな箱を乗せ、私は彼女の隣を歩くと言う形だ。
 そうでないと運べないくらいケーキが大きいからだ。
 幅だけでもすーちゃんの腰を埋め尽くすくらいあり、高さも普通のケーキの倍のような気がする。
 本当に予算内なのかな?
 カゲロウは、お店

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