小永 隆仁

小永 隆仁

マガジン

記事一覧

ひび|2024.07.28

日曜日は梅屋敷にいた。 きょうも昼過ぎまでほとんどタテになれず、頭も掃除の足りていない排水溝みたいに鈍く重くぐるぐるしていた。なんとか立ち上がって着替える。やや…

小永 隆仁
2か月前
10

ひび|2024.07.27

土曜日、中野「水性」にいた。 くすりのせいか頭はぼんやりしている。ほんとうは呑んじゃダメなんだけど、つい開けてしまった缶ビールが心地よくからだにまわっている。い…

小永 隆仁
2か月前
20

うみになりたい

夏の夜 うみをみていた まっくろ 波の音だけがさらさら流れる かなたで雷光がはじけて  その一瞬、かすかに世界の奥行きがわかる 光の真芯の白 わきたつ雲の墨汁いろ …

小永 隆仁
2か月前
14

二〇二四年六月

雨。雨がよく降っていた。六月なのだから、梅雨らしいのだといえばそうなのかもしれない。恵みというより、暴力と言ったほうがぴったりくるような、そういう雨が多かったけ…

小永 隆仁
2か月前
9

ひび|2024.06.26

ちょっと早く産み落としすぎてしまった氷 さわるとすぐに融けはじめて ぬるぬる、こころもとない でもその子たちをたくさんコップに詰めてみたら いつものしっかり固まっ…

小永 隆仁
3か月前
7

二〇二四年五月

きょうも働くために電車に乗る。ホームへあがる階段、見上げた先に全身を黒く装った女の人。脚をつぎのステップに引きあげるたび、スリットから白い肌がのぞく。左、右、左…

小永 隆仁
3か月前
15

ひび|2024.05.18

あーちゃんが出かけてゆくのを、七割ぐらい眠ったままの頭で見送る。気がつくともう十時前で、ぼっさりと起き上がってひげをそり、暴れ散らした髪を櫛で殴りつけ、洗濯機を…

小永 隆仁
4か月前
11

ひび|2024.05.02

今まさに訪れようとしていたお店からオーナーが出てきて、目の前で鍵を閉めて出かけてゆくのを見てぽかーんとしてしまった。(そんなことある?)って口の中でちいさく呟い…

小永 隆仁
4か月前
7

二〇二四年四月

四月さいごの朝、いつもどおり「いってくるね」と声をかけたけれど、返事はなかった。ひとり玄関でクツをはき、扉を開け、鍵をしめる。真っ白にひかる空から、音もなく雨が…

小永 隆仁
4か月前
6

ひび|2024.04.16

日に日に、職場のビルをでたときの空の明るさが増している気がする。 きょうはお弁当を済ませたあと、隣駅くらいまで足をのばして、何するでもなくぶらぶらと散歩をした。…

小永 隆仁
5か月前
19

二〇二四年三月

特急列車の窓辺で日光浴するiPhoneのまっくろな画面に、まぶしく晴れた空をゆく白い雲や、電線たちが映っている。この子もうれしいんじゃないかな。ふだん、いろんなものを…

小永 隆仁
5か月前
9

ひび|2024.03.30

目が覚める きょうは、ちゃんと朝のうちに起きようとおもっていた でも毛布の柔らかさがここちよくて すこしだけこのまま、まどろんでいることにした いつもはまた目が覚…

小永 隆仁
6か月前
12

ひび|2024.03.11

寝癖がなおらない。櫛をかけておさまったかとおもったら、すこし歩いて軽く風にあたっただけでふわっふわに広がってくる。きのう、眠れなくて遅くまでiPhoneをいじっていた…

小永 隆仁
6か月前
9

二〇二四年二月

ある夜、濁った鈍い頭で電車を待ちながら漫然とiPhoneをいじっていたら、いやにニコニコした男の人が声をかけてきた。なんて言っているのか、さいしょ全然聞きとれなくて返…

小永 隆仁
6か月前
9

ひび|2024.02.26

生活にすっかり疲れている。 晴れた嵐。窓の外で唸る風。暴れ狂う洗濯物。それでも、おそるおそる外に出てみて思ったより寒く感じないのは、二日ぶりの陽射しのおかげか、…

小永 隆仁
7か月前
9

二〇二四年一月

夢。 ブラームス〝ドイツ・レクイエム〟の、パート練習をしている。 わたしは経験者なのにさっぱり歌えなくて、みんなの後ろでまごまごしている。 そばにパート・リーダー…

小永 隆仁
7か月前
6
ひび|2024.07.28

ひび|2024.07.28

日曜日は梅屋敷にいた。

きょうも昼過ぎまでほとんどタテになれず、頭も掃除の足りていない排水溝みたいに鈍く重くぐるぐるしていた。なんとか立ち上がって着替える。やや身だしなみがヨレている気がするけれど、もうきょうはこれ以上はできない。品川で乗り換え、特急みたいなかたちをした見慣れない列車に乗り込む。車両に「北総鉄道」と印字されているのをみて、ずいぶん長い距離を走るんだなあとぼんやりおもう。

梅も屋

もっとみる
ひび|2024.07.27

ひび|2024.07.27

土曜日、中野「水性」にいた。

くすりのせいか頭はぼんやりしている。ほんとうは呑んじゃダメなんだけど、つい開けてしまった缶ビールが心地よくからだにまわっている。いまは名付けようのない自由な空間になっているこの場所の、以前の姿を伝える「クリーニング」の古びた看板が、かわいい編みものたちの展示の向こうにみえている。じいこさんの編みもの。彼女が声をかけてくれなければ、きっとわたしはなんとなく中をなめただ

もっとみる
うみになりたい

うみになりたい

夏の夜 うみをみていた

まっくろ 波の音だけがさらさら流れる
かなたで雷光がはじけて 
その一瞬、かすかに世界の奥行きがわかる
光の真芯の白
わきたつ雲の墨汁いろ
夜の宇宙の青ざめた漆黒
そのあいだをつないで滲む、黒と青のあいだ

光がやめばまた なにもわからなくなる
なにもわからなくなりたい
このどこまでもつづくおおきなからだに
溶けだしていっしょになってしまいたい

ひろいひろい、太平洋にな

もっとみる
二〇二四年六月

二〇二四年六月

雨。雨がよく降っていた。六月なのだから、梅雨らしいのだといえばそうなのかもしれない。恵みというより、暴力と言ったほうがぴったりくるような、そういう雨が多かったけれど。革靴はしょっちゅう水浸しになって、両足をどっぷり包む不快と、ひどい臭いを連れてきた。綺麗な小川に足をつっこむのなら気持ちがいいけれど、東京の街に溢れる水は身を浸すにはあんまりだと思う。靴につっこんだ新聞紙に水を吸わせて、スプレーをかけ

もっとみる
ひび|2024.06.26

ひび|2024.06.26

ちょっと早く産み落としすぎてしまった氷

さわるとすぐに融けはじめて
ぬるぬる、こころもとない

でもその子たちをたくさんコップに詰めてみたら
いつものしっかり固まったおとなたちより
ずっとうつくしい、色っぽいぎんいろになった



外はきょうも、なつやすみのにおい。
プールとか、うみとか、空と緑と土のにおい。

電車で前方にみえている男の人はわたしそっくりだ。
顔もすこし似ているけれど、とにか

もっとみる
二〇二四年五月

二〇二四年五月

きょうも働くために電車に乗る。ホームへあがる階段、見上げた先に全身を黒く装った女の人。脚をつぎのステップに引きあげるたび、スリットから白い肌がのぞく。左、右、左。しなやかでまっくろな細身から、交互にチラリと光る白がまぶしい。



五月のはじまりに、すてきなご夫婦のお宅におじゃまする機会があった。ふたりのため、ひとりひとりそれぞれのため、ここで過ごす人と暮らしへの気配りが隅まで行き届いていて、客

もっとみる
ひび|2024.05.18

ひび|2024.05.18

あーちゃんが出かけてゆくのを、七割ぐらい眠ったままの頭で見送る。気がつくともう十時前で、ぼっさりと起き上がってひげをそり、暴れ散らした髪を櫛で殴りつけ、洗濯機を回し、ロンTにジーンズで駅へ向かう。手ぶらで歩くと気持ちがいいけれど、この時間でもすでにじりじりと陽射しが痛い。駅で友人のタケ氏と落ち合って、明日の文学フリマで必要な荷物一式を詰めたスーツケースをうけとってまた引き返す。慣れない重みを引きず

もっとみる
ひび|2024.05.02

ひび|2024.05.02

今まさに訪れようとしていたお店からオーナーが出てきて、目の前で鍵を閉めて出かけてゆくのを見てぽかーんとしてしまった。(そんなことある?)って口の中でちいさく呟いて、所在なくそのままどこへゆくともしれずうろうろしてしまうくらい動揺した。あまりにも見事すぎて。一度伺ったことはあったけれど、またじっくり見にいきたいなあとずっと思いながら予定がことごとく合わず、たまのチャンスにはピンポイントで臨時休業だっ

もっとみる
二〇二四年四月

二〇二四年四月

四月さいごの朝、いつもどおり「いってくるね」と声をかけたけれど、返事はなかった。ひとり玄関でクツをはき、扉を開け、鍵をしめる。真っ白にひかる空から、音もなく雨がふっている。肉眼でたくさんの雨粒が降りしきるのがみえているのに、傘はまったく歌わない。風がさやさや抜けてゆく。きのう今日と、なんてうつくしい朝だろう。咲き乱れるツツジのショッキング・ピンクが、植え込みからアスファルトにまであふれて、こぼれお

もっとみる
ひび|2024.04.16

ひび|2024.04.16

日に日に、職場のビルをでたときの空の明るさが増している気がする。

きょうはお弁当を済ませたあと、隣駅くらいまで足をのばして、何するでもなくぶらぶらと散歩をした。週末に友だちといっしょに行こうと思っているお店を下見したり、百貨店を冷やかしついでにキレイなトイレで一息入れたりした。まあ、さぼりだ。既定の休憩時間はゆうにはみ出している。でも、このあと四月からの新入社員がわたしのはたらくチームに研修に来

もっとみる
二〇二四年三月

二〇二四年三月

特急列車の窓辺で日光浴するiPhoneのまっくろな画面に、まぶしく晴れた空をゆく白い雲や、電線たちが映っている。この子もうれしいんじゃないかな。ふだん、いろんなものをここに煌々と映し出しているけれど、なにもしていない今の姿のほうが、ずっとうつくしい。



月頭は雪でも降るのかってくらい寒くて、キーボードをたたく指もかじかんでうまく動かない。そんなときにポストに落ちた、珈琲豆のたっぷり詰まったひ

もっとみる
ひび|2024.03.30

ひび|2024.03.30

目が覚める

きょうは、ちゃんと朝のうちに起きようとおもっていた
でも毛布の柔らかさがここちよくて
すこしだけこのまま、まどろんでいることにした

いつもはまた目が覚めてしまったことにうんざりして
新しい一日が始まるのがイヤで
閉じこもるような気持ちで丸まっていることが多いのだけれど
きょうはすこしだけ特別だから
いつもよりもずっと、しあわせなまどろみ



街をあるく

びっくりするくらい春め

もっとみる
ひび|2024.03.11

ひび|2024.03.11

寝癖がなおらない。櫛をかけておさまったかとおもったら、すこし歩いて軽く風にあたっただけでふわっふわに広がってくる。きのう、眠れなくて遅くまでiPhoneをいじっていたせいかなと思い返して、あれ、でも下にしていたのは癖のついてる方と逆側だったはず。なんでこんな、どうにもならなくなっちゃってるのさ。一日ずっと、江戸川コナンみたいな髪で過ごす。

14時40分ごろ、ふと気がついた。46分になったところで

もっとみる
二〇二四年二月

二〇二四年二月

ある夜、濁った鈍い頭で電車を待ちながら漫然とiPhoneをいじっていたら、いやにニコニコした男の人が声をかけてきた。なんて言っているのか、さいしょ全然聞きとれなくて返す言葉が見つからなかったのだけれど、三度目くらいでようやく「ギンザ・ライン」という単語が聞き取れた。銀座線のナニガシという駅にいきたいみたいだ。今いるのはJRのホームだから……構内の案内表示の、黄色いマルに「G」のマークを示して、とり

もっとみる
ひび|2024.02.26

ひび|2024.02.26

生活にすっかり疲れている。

晴れた嵐。窓の外で唸る風。暴れ狂う洗濯物。それでも、おそるおそる外に出てみて思ったより寒く感じないのは、二日ぶりの陽射しのおかげか、それともきのうの羽田の凍りつくような雨の厳しさを身体が憶えているからか。青空に梅が映える。

淡々とはたらく。いい仕事はしたとおもう。褒めてもらっても、心はもうあんまり動かない。契約を更新するために判をおす。またしきりに褒めている。何も感

もっとみる
二〇二四年一月

二〇二四年一月

夢。
ブラームス〝ドイツ・レクイエム〟の、パート練習をしている。
わたしは経験者なのにさっぱり歌えなくて、みんなの後ろでまごまごしている。
そばにパート・リーダーが寄ってきたので、たまらずにスマン、とこぼした。かれは、苦笑いしていた。リーダーは、けんか別れしたかつての友人だった。



「3」が「4」にカウントアップしてほどなく、内臓をゆらゆらと遠心分離にかけるように、長くきもちわるく大地が揺れ

もっとみる