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ひび|2024.07.28




日曜日は梅屋敷にいた。


きょうも昼過ぎまでほとんどタテになれず、頭も掃除の足りていない排水溝みたいに鈍く重くぐるぐるしていた。なんとか立ち上がって着替える。やや身だしなみがヨレている気がするけれど、もうきょうはこれ以上はできない。品川で乗り換え、特急みたいなかたちをした見慣れない列車に乗り込む。車両に「北総鉄道」と印字されているのをみて、ずいぶん長い距離を走るんだなあとぼんやりおもう。


梅も屋敷もどこにあるのかわからないけれど、いい色をした商店街のある街だった。そこをちょっと外れて、グリーンのチャーミングなのれんをくぐる。「葉々社」の店内はちょっとあたらしい建物のにおいがした。クーラーの風を浴びながら骨太な棚を眺めつつ、階上が気になっている。上にきょう会いたかったふたりがいる。でも、あんまり人がいっぱいいて落ち着かなかったらかなしいな、いつ行こうか、どうしようか、頭が半分くらいそっちに引っ張られたまま棚を一通り見終えてしまった。だれかがさっき階段をあがっていったけれど、降りてこない。結構にぎわっているのかもしれない。

そう思ってそろりと2階のギャラリー「分室」の戸をあけると、なんのことはなく会いたかったふたりがちょこりと並んで座っていて、ほかには誰もいなかった。机を囲んですわって、トートバッグから持ってきた2冊の本を取りだす。『鬱の本』は点滅社の屋良さんに。歌集『死のやわらかい』は、作者である鳥さんの瞼さんに。それぞれお渡ししてサインを入れてもらいながら、ゆっくりと話をした。わたしのほかに、人が来る気配はまだない。


屋良さんが果汁グミをわけてくれる。グミか芋けんぴが主食なこと。でも近くのコンビニから最近芋けんぴが消えてしまって悲しいこと。最近はわりとがんばってごはん食べてること。あした入稿で死にそうなこと。でもこれで今年の大きな山はさいごになりそうなこと。来月はすこし地元に帰ろうと思っていること。お互いにかかわりのある、伊東のお店「つぐみ」のこと。

鳥さんの瞼さんはそんな話のあいだぢゅう、本の裏表紙の見返しのところにせっせとペンを走らせてくださっている。好きな鳥を描いてくれるとのことだったので、じぶんのペンネームのもとになった「オナガ」をお願いしたら、同じようにこの鳥が好きなのだと、喜んでくれて嬉しかった。なんてお呼びしたらいいですか、と訊いたら、「鳥さん」呼びもされるけどちょっと距離感じる、「まぶさん」呼びもある、というから、わたしは「まぶさん」を選んだ。ちょっとまぶしそうで、でもなんだか「ぶ」が可愛くていい。


すっかりくつろいで話し込んでいたら、岐阜からはるばるやってきたじゆさんがどかーんとやってきてガラッと空気が変わった。ロケットみたいなじゆさんはまぶさんのマブで、前日の神保町でのトークイベントときょうの「点滅社Day」を軸に東京でいろいろ見て回るためにぎっちり予定を詰め込んできたんだって。でもきょうのことは開催日付を一日間違えていて、神保町で屋良さんに突っ込まれるまでそれに気づかず危うくスルーするところだった話でまぶさんは三回くらい盛りあがっていた。三回ともぜんぶ可笑しくてわたしもけらけら笑った。差し入れに買ってきてくださった三ツ矢サイダーを四人でのんだ。今まででいちばん、夏の味がした。


ふしぎとそのあとはお客さんが絶えなくて、にぎやかに時間が過ぎていった。おなか痛くなるくらい笑って、エアコンの超強風にずっと吹かれつづけていたのに全然寒いとおもわなかった。なれない写真係をやって、きもちわるいおじさんみたいなかけ声が出てしまって恥ずかしかった。結局さいごの最後までいて、ちょっとだけ片づけを手伝ってからおいとました。まぶさんと、ぎゅっと手をあわせて別れた。握手とハイタッチの、あいだみたいな。「また会える気がします」の言葉が、うれしかった。屋良さんが、ゆらりと入口まで見送ってくれる。わたしたちの住む街にとってもいい喫茶店があるってまぶさんが教えてくれたから、そこでお茶でも。そんな話をしながら。日付の決まらない、でもつよく光る約束をかわして、そこに届くまで、生きのばす。わたしは今そうやって、かろうじて生きているなと思う。またこの三人でも、会えたらいいな。











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