小永りゅーじん

日々を描く|本をつくる

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ひび|2024.06.26

ちょっと早く産み落としすぎてしまった氷 さわるとすぐに融けはじめて ぬるぬる、こころもとない でもその子たちをたくさんコップに詰めてみたら いつものしっかり固まったおとなたちより ずっとうつくしい、色っぽいぎんいろになった * 外はきょうも、なつやすみのにおい。 プールとか、うみとか、空と緑と土のにおい。 電車で前方にみえている男の人はわたしそっくりだ。 顔もすこし似ているけれど、とにかく背格好としぐさが気持ち悪いくらい似ている。この前、大学時代の先輩が数年ぶりにL

    • さびしさ

      ある朝、目覚ましの鳴るよりずっとずっと早い明け方に、ふいに意識が戻ってきた。起きて一日を始めること、すべての行為のなかで最も苦手なもののひとつといっても良いくらいなのに、どうして。でも、そう思う間もなく次から次へ、ぼんやりした頭のなかを絶望的なイメージや考えばかりが駆け巡り始めた。あまりのことに呻きそうになる。ただただ、うずくまっているしかなかった。iPhoneを取りあげて、ネットサーフィンでもしていれば脳が疲れてまた眠れるかも。そう思ったけれどなんの効果もなかった。口がから

      • 二〇二四年五月

        きょうも働くために電車に乗る。ホームへあがる階段、見上げた先に全身を黒く装った女の人。脚をつぎのステップに引きあげるたび、スリットから白い肌がのぞく。左、右、左。しなやかでまっくろな細身から、交互にチラリと光る白がまぶしい。 * 五月のはじまりに、すてきなご夫婦のお宅におじゃまする機会があった。ふたりのため、ひとりひとりそれぞれのため、ここで過ごす人と暮らしへの気配りが隅まで行き届いていて、客人のわたしたちにもあたたかい、おふたりそのものみたいな部屋だった。生活のことをた

        • ポラリスとライト・ハウス

          なほさんの、「だれかにとっての北極星に」という願いにふれて、そのイメージと、ことばの選びかたに胸の奥がきらきらした。 ざっくりとインターネットで調べてみると、「北極星」とは地球の自転軸を北極側に引き伸ばした先、天球上の北極にあたる部分にもっとも近い星をさしているらしい。そのため常に地表からみて真北にみえ、視覚的な位置も変わらないから、古くから方角の目印にされてきた。 ふと、鳥たちも星を目印に飛ぶのじゃなかったっけ、と思いつく。これも実際、「渡り」の際の長距離飛行では、昼は

        ひび|2024.06.26

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        • 日記ふうエッセイ【ひび】
          54本
        • 雑文
          6本

        記事

          ひび|2024.05.18

          あーちゃんが出かけてゆくのを、七割ぐらい眠ったままの頭で見送る。気がつくともう十時前で、ぼっさりと起き上がってひげをそり、暴れ散らした髪を櫛で殴りつけ、洗濯機を回し、ロンTにジーンズで駅へ向かう。手ぶらで歩くと気持ちがいいけれど、この時間でもすでにじりじりと陽射しが痛い。駅で友人のタケ氏と落ち合って、明日の文学フリマで必要な荷物一式を詰めたスーツケースをうけとってまた引き返す。慣れない重みを引きずってあるく初夏の道々、あっという間に汗がにじんでくる。 四十分ほど締め切ってい

          ひび|2024.05.18

          ひび|2024.05.02

          今まさに訪れようとしていたお店からオーナーが出てきて、目の前で鍵を閉めて出かけてゆくのを見てぽかーんとしてしまった。(そんなことある?)って口の中でちいさく呟いて、所在なくそのままどこへゆくともしれずうろうろしてしまうくらい動揺した。あまりにも見事すぎて。一度伺ったことはあったけれど、またじっくり見にいきたいなあとずっと思いながら予定がことごとく合わず、たまのチャンスにはピンポイントで臨時休業だったりして、でもきょうこそは、ようやく、……と思っていたから尚更。しかも勿論きょう

          二〇二四年四月

          四月さいごの朝、いつもどおり「いってくるね」と声をかけたけれど、返事はなかった。ひとり玄関でクツをはき、扉を開け、鍵をしめる。真っ白にひかる空から、音もなく雨がふっている。肉眼でたくさんの雨粒が降りしきるのがみえているのに、傘はまったく歌わない。風がさやさや抜けてゆく。きのう今日と、なんてうつくしい朝だろう。咲き乱れるツツジのショッキング・ピンクが、植え込みからアスファルトにまであふれて、こぼれおちている。 * 新年度。あんまりわたしには、関係がない。だから四月一日もへい

          二〇二四年四月

          ひび|2024.04.16

          日に日に、職場のビルをでたときの空の明るさが増している気がする。 きょうはお弁当を済ませたあと、隣駅くらいまで足をのばして、何するでもなくぶらぶらと散歩をした。週末に友だちといっしょに行こうと思っているお店を下見したり、百貨店を冷やかしついでにキレイなトイレで一息入れたりした。まあ、さぼりだ。既定の休憩時間はゆうにはみ出している。でも、このあと四月からの新入社員がわたしのはたらくチームに研修に来るという話をきいて、なるべく長く席を空けておきたかった。この会社の、しかも大学出

          ひび|2024.04.16

          二〇二四年三月

          特急列車の窓辺で日光浴するiPhoneのまっくろな画面に、まぶしく晴れた空をゆく白い雲や、電線たちが映っている。この子もうれしいんじゃないかな。ふだん、いろんなものをここに煌々と映し出しているけれど、なにもしていない今の姿のほうが、ずっとうつくしい。 * 月頭は雪でも降るのかってくらい寒くて、キーボードをたたく指もかじかんでうまく動かない。そんなときにポストに落ちた、珈琲豆のたっぷり詰まったひと袋。なめらかなミルのてごたえ。こってり重低音な、深煎りのブラジル。 ひと月通

          二〇二四年三月

          ひび|2024.03.30

          目が覚める きょうは、ちゃんと朝のうちに起きようとおもっていた でも毛布の柔らかさがここちよくて すこしだけこのまま、まどろんでいることにした いつもはまた目が覚めてしまったことにうんざりして 新しい一日が始まるのがイヤで 閉じこもるような気持ちで丸まっていることが多いのだけれど きょうはすこしだけ特別だから いつもよりもずっと、しあわせなまどろみ * 街をあるく びっくりするくらい春めいている いろんなにおいがする 人がたくさん、あるいている ブルゾンを羽織ってき

          ひび|2024.03.30

          ひび|2024.03.11

          寝癖がなおらない。櫛をかけておさまったかとおもったら、すこし歩いて軽く風にあたっただけでふわっふわに広がってくる。きのう、眠れなくて遅くまでiPhoneをいじっていたせいかなと思い返して、あれ、でも下にしていたのは癖のついてる方と逆側だったはず。なんでこんな、どうにもならなくなっちゃってるのさ。一日ずっと、江戸川コナンみたいな髪で過ごす。 14時40分ごろ、ふと気がついた。46分になったところで、手を合わせる。いつも、あれこれしていたら通り過ぎている時間に、ことしはちゃんと

          二〇二四年二月

          ある夜、濁った鈍い頭で電車を待ちながら漫然とiPhoneをいじっていたら、いやにニコニコした男の人が声をかけてきた。なんて言っているのか、さいしょ全然聞きとれなくて返す言葉が見つからなかったのだけれど、三度目くらいでようやく「ギンザ・ライン」という単語が聞き取れた。銀座線のナニガシという駅にいきたいみたいだ。今いるのはJRのホームだから……構内の案内表示の、黄色いマルに「G」のマークを示して、とりあえずここではなく、階段降りてこのマークのところへ行くのだということを身振りで示

          二〇二四年二月

          ひび|2024.02.26

          生活にすっかり疲れている。 晴れた嵐。窓の外で唸る風。暴れ狂う洗濯物。それでも、おそるおそる外に出てみて思ったより寒く感じないのは、二日ぶりの陽射しのおかげか、それともきのうの羽田の凍りつくような雨の厳しさを身体が憶えているからか。青空に梅が映える。 淡々とはたらく。いい仕事はしたとおもう。褒めてもらっても、心はもうあんまり動かない。契約を更新するために判をおす。またしきりに褒めている。何も感じない。この人たちは、何もわかっていないだけだ。8,000円昇給する。 暗くな

          ひび|2024.02.11

          いつもの電車に乗って、いつものようにドア横にもたれて、いつものように文庫本をひらく。でもふいに車窓に目をやって、飛び込んできた景色はいつもよりまぶしかったし、あんな看板あったっけって、今更はじめてみたような気持ちがする。空がとにかく、蒼い。目の前に立っていたオバサンは駅に着くやいなや上り方面へ向かってピョコピョコせわしく首を動かして落ち着かない。降りるわけでもなくまた車内に戻って、しきりにまたピョコピョコやっている。白く着ぶくれたコオト姿が、巨大な白鳩のようで可笑しい。扉が閉

          ひび|2024.02.11

          二〇二四年一月

          夢。 ブラームス〝ドイツ・レクイエム〟の、パート練習をしている。 わたしは経験者なのにさっぱり歌えなくて、みんなの後ろでまごまごしている。 そばにパート・リーダーが寄ってきたので、たまらずにスマン、とこぼした。かれは、苦笑いしていた。リーダーは、けんか別れしたかつての友人だった。 * 「3」が「4」にカウントアップしてほどなく、内臓をゆらゆらと遠心分離にかけるように、長くきもちわるく大地が揺れた。相変わらず世の中はお互いの顔も見ずに罵りあい煽りあい、平気でウソをつき、爆弾

          二〇二四年一月

          ひび|2024.01.05

          渋々起きあがった。冷凍ごはんをチンして、きのうの豚汁をあたためる。黄色いロウみたいになったラードたちが、すぐにきらきらなスウプに変わってゆく。みかんを皮ごと半分に割って、ふたつみっつくらいの房をまとめて口に放り込む。幼い頃はみかんのすじをなるべく綺麗にとらないと、のどにひっかかりそうで怖かったのをおもいだす。コーヒーを淹れて、シャツにアイロンをかける。 先日わたしの本を買ってくれたKさんから、うれしいことばがたくさん届いている。よろこびすぎないように注意して御礼をしたためな

          ひび|2024.01.05