うみになりたい
夏の夜 うみをみていた
まっくろ 波の音だけがさらさら流れる
かなたで雷光がはじけて
その一瞬、かすかに世界の奥行きがわかる
光の真芯の白
わきたつ雲の墨汁いろ
夜の宇宙の青ざめた漆黒
そのあいだをつないで滲む、黒と青のあいだ
光がやめばまた なにもわからなくなる
なにもわからなくなりたい
このどこまでもつづくおおきなからだに
溶けだしていっしょになってしまいたい
ひろいひろい、太平洋になりたい
でもなれなかった
なる勇気がなかった きっとその資格もなかった
*
夏の午後やはり うみをみていた
ひろすぎる太平洋 茫漠とした群青
そらは薄い雲とかすみですこし、にごった水いろ
ふたつはとおくで、ぼんやり溶けあう
水平線などない
境目なんてない
どちらであるのか名付けようのないところがあって
気がつくともうどちらかになっている
左手のほうから
ふさふさした緑をのせて、大地がのびてくる
うみのおなかのほうで
しろい波がひと筆のびている
筆先は 波のしぶき色にひかる船のかたち
青を切り裂いてすすんでゆく
色彩も輪郭も パステルに滲んでいる
ぼんやりする ぼんやりしていたい
どちらであるかなんてはっきりしていたくない
どちらでもあって、どちらでもないし
ずっとあいまいでいたい
あの青になりたい
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?