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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする

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恋愛小説です。  過去の傷からクラスメイトに心を閉ざした嫌われ者が、新しい恋によって前を向こうとする痛々しい青春模様を書いている…つもりです。  春…起承転結でいう「起」のパート…
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#連続小説

【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第53話-春、修学旅行3日目〜旅の終わり、恋の終わり

 如月中学校ご一行様を乗せたバスが、河口湖畔のホテルを出発する。
 理美は最後にホテルのエントランスを、道を挟んだ湖畔の庭園を目に焼き付けた。
 さようなら。私の初恋が終わった場所。
 きっとこのホテルの事を、私はずっと忘れないだろう。
 ちゃんと悟志と向き合う決意が出来た場所。
 いつかまた、この景色を見たい。曇りのない気持ちで、大切な人と。
 もう間違わない。誰かを好きでいるということは、その

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第52話-春、修学旅行3日目〜紗霧の朝

 朝風呂は6時から入れるらしい。修学旅行の間、紗霧の朝は風呂の解禁とともに始まっていた。
 割り当てられた風呂の時間に入浴しない旨は、教師たちに事前に報告してある。同級生たちに体を見られないようにするためだった。
 
 湯船に体を沈める。周りに人がいないため、眼鏡を外して素顔をさらすことへの恐怖心は薄れていた。元々彼女の視力は悪くない。むしろ眼鏡は邪魔なくらいだ。
 幼さは抜けていて、気品があるの

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第51話-春、修学旅行3日目〜男子部屋の朝

 朝が来た。目覚めは良いとは言えなかった。標高800メートルの河口湖で夜風に当たり、すっかり湯冷めした体が悲鳴を上げている。加えて和室の薄い布団に裕の寝相の悪さ。
 貴志は目を覚ますと腹部の重みに身をよじった。裕がなぜか自分と交差するようにうつ伏せで寝ていて、二人で十字を形作っていた。
「裕…頼むから人の腹の上で寝るのは止めてくれ」
 ごもっともな意見だ。叩き起こされた裕が貴志にあくび混じりの謝罪

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第50話-春、修学旅行3日目〜女子部屋の朝

 眠い…。河口湖の水面に昇る朝日を眺めながら、瑞穂は両目をこすっていた。まるで猫のようなその仕草だけを見ると、男子たちは、あまりのかわいらしさに魅了されていたことだろう。あいにくここは女子部屋で、男子はいない。
 そして瑞穂は2日間に渡る睡眠不足で驚くほどやつれた顔をしていた。目は腫れ、大きなクマができている。
「ふわあああ!」
 大きな欠伸とともに大きく伸びをする。

 瑞穂のあくびの声に刺激さ

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第49話-春、修学旅行2日目〜理美④

理美は膝をついて泣きじゃくっている。
 貴志の心を奪った坂木紗霧が憎かった。
 貴志の隣は、誰もが羨んでいた特等席。それを手に入れた、坂木紗霧に嫉妬した。
 そして紗霧がいなくなり、貴志の心は壊れてしまった。
 いくら泣いたところで、それは何の解決にもならない。それがわかっていても、泣きながら謝ることしか出来ない。
 出来ないのだ。
 理美は泣きながら謝ることしか出来ない。貴志が、2年近く

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第48話-春、修学旅行2日目〜貴志③

 最後に見た紗霧の顔は笑顔だった。目の端に涙を浮かべた、寂しい笑顔。その意味を知った時には、すでに彼女は貴志のそばにいなかった。
 あれから1年半の月日が過ぎた。

 夜風が冷たく体温を奪っていく。こんな風に心も冷めてくれたらどれだけ楽だっただろう。
 水面の揺れる音だけが二人の間に流れる時間を教えてくれた。静かに静かに時間が過ぎていく。
 その静寂を破るのは、二人の会話のみ。
「好きっていう言葉

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第46話-春、修学旅行2日目〜貴志②

 貴志は、いまだかつてない感情の奔流に飲み込まれていた。気持ちが追いつかない。今の自分の気持ちすらわからなくなっていた。
 紗霧がいなくなって良かった?
 まさかそんな言葉が理美の口から出てくるとは思っていなかった。

 紗霧がいなくなって、貴志は人生の意味を見失った。紗霧がいなくなった「あの事件」は言わば心の殺人なのだ。それを…。
「紗霧がいなくなって、嬉しかった。そう言いたいんだね」
 無機質

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第42話-春、修学旅行2日目〜瑞穂①

 奥河口湖の湖畔に今宵の宿がひっそりと佇んでいる。近くにはコンビニすら見えない。だけど夕日に染まった河口湖はとても美しかった。残念なのは、宿から富士山が見えないことくらいか。
 和洋室の部屋に、男女分かれて二班ずつの6人構成で振り分けられ、生徒たちは一息つく時間を得た。
 洋室のベッドは二つ。和室に6人分の布団が敷かれる予定だった。
「ベッドの取り合いで部屋を壊されたら大変だもんね〜。中学生集まっ

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第41話-春、修学旅行2日目〜紗霧①

 貴志と理美が、本栖湖湖畔で並んで富士山を眺めていた頃。紗霧もまた雄大な富士山を視界いっぱいに受け止めていた。
 紗霧は今、芦ノ湖の湖畔にいる。奇しくも初恋の人と同刻、湖越しに同じ富士山を見る。その富士山を挟んで、二人は今、まさしく向かい合って立っていた。視界の先、富士山越しに見える空は、同じ空だろうか。

 修学旅行2日目。初恋の人は、今どこにいるのかすら、知らない。もう偶然は起こり得ないだろう

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第40話-春、修学旅行2日目〜貴志①

 本栖湖湖畔で富士山を眺める。湖の碧と、富士山の蒼と、空の青。透き通るような景色の中、心を静かに鎮めていく。徹夜明けの眠気から開放されて、心も景色と同じように晴れ渡っていた。
 昨日会えなかった初恋の人。最愛の人。そして自分のせいで深く傷つけてしまった人。坂木紗霧を想う心。
 会えるかもしれないと思った昨日、久しぶりに触れた気がした。紗霧に伝えたかった、自分自身の気持ちに。
 俺は紗霧に会いたかっ

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第39話-春、修学旅行2日目〜旅は眠気と共に

 修学旅行って、こんなにも怒涛の展開をするものだっけ?将来卒業アルバムを開いた時に、きっと彼らは1日目をそう言って振り返っただろう。
 裕に訪れた二度目の恋は見事に散った。瑞穂に至っては初恋が霞んで消えた。
 理美は頬を腫らして、貴志は消えた恋人とギリギリの一線で再会を果たせなかった。
 中学生…?の修学旅行とは思えない展開で迎えた二日目。
 貴志たちの班は、全員が必死に眠気と戦っていた。

「い

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第38話-春、修学旅行1日目〜夜

 みなとみらいに戻った如月中学校御一行様は、部屋割り表に従って、それぞれの部屋に分かれていった。今日一日の疲れを癒やす、スパが併設された宿だった。
 楽しい思い出を重ねて、笑顔で喋り続ける者。無言で今日の思い出を噛みしめる者。
 そしてお通夜のような雰囲気の貴志たち。
 男女ともに3人ずつの6人グループ。宿は基本的に二人部屋。このホテルに6部屋しかないトリプルルームは激しい争奪戦になるかと思われた

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第37話-春、修学旅行1日目〜瑞穂③

「オレ、瑞穂が好きだよ。
 付き合って欲しいんだ。二人で遊びに行くような、関係になりたい」
 裕の口から思いの丈が旋律となって奏でられた。その音感はとても穏やかで、とても心地よく、瑞穂の心に優しく響くのだった。
 しかし…。
 嬉しいはずのその言葉。待っていた言葉なのに。
 裕が好きだ。好きなのに。
「それはマジのやつ?」
 やっとの思いで返したのは、そんな一言だった。
 裕は真顔で頷いた。笑顔の

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第36話-春、修学旅行1日目〜貴志⑤

「坂木さん見つけた」
 貴志は、理美からの連絡を受けて駆けつけた。しかし初恋の人、紗霧との再会は叶わなかった。そこにいたのはたった一人。赤く腫れた頬を押さえ、茫然と立ち尽くす高島理美だけだった。
「貴志くん…ごめんね」
 その一言が、赤く腫れた頬が、全てを物語っていた。紗霧はもうここにはいない。
「ごめん…なさい」
 目の焦点が合わないまま、理美はただただ謝罪の言葉だけを繰り返していた。
 まただ

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