【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第41話-春、修学旅行2日目〜紗霧①

 貴志と理美が、本栖湖湖畔で並んで富士山を眺めていた頃。紗霧もまた雄大な富士山を視界いっぱいに受け止めていた。
 紗霧は今、芦ノ湖の湖畔にいる。奇しくも初恋の人と同刻、湖越しに同じ富士山を見る。その富士山を挟んで、二人は今、まさしく向かい合って立っていた。視界の先、富士山越しに見える空は、同じ空だろうか。

 修学旅行2日目。初恋の人は、今どこにいるのかすら、知らない。もう偶然は起こり得ないだろう。芦ノ湖湖畔に、他の学校から来た修学旅行生の姿はない。
 あんな偶然は二度と起こらないのだ。
 合わせる顔なんてない。だけど会いたかった初恋の人。元々交際に終止符を打ったのは自分の方だ。あれ以来、彼に連絡を送る事なんてできなかった。
 だけど…。奇跡のような巡り合わせが、彼を本当に近くまで引き寄せてくれた。
 もう少し、本当にもう少しだけ、心を強く持っていれば…彼に会えたのかも知れない。
 その奇跡から目を背け、逃げ出してしまった自分に、もう運命が微笑んでくれる事はないだろう。
 今日の芦ノ湖は風が強く、湖面は波打っていて、その水鏡は何も映さない。
 まるで今の自分自身のようだった。

「貴志くんと並んで見たかったな」
 富士山を見るのは初めてだった。その隣に彼の…北村貴志の姿はない。
 初めて好きな男子からもらったプレゼント。初めての恋。初めて手を繋いだのも、初めて唇を交わしたのも…。たくさんの初めてを貴志がくれた。
 それは貴志にとっても初めての事で…。
 そしてできることならば。
「初めて…だけじゃなくて、最後も私が良かったな」
 でもそれも叶わなかった。彼の隣には高島さんがいるのだろう。
 だって、「貴志くん」って呼んでいた。
 何が「彼には幸せでいてほしい」だ。彼の幸せを、受け入れられなかったじゃないか…。受け入れられずに逃げ出したじゃないか。
 私だけが特別だと思っていた。あまりにも身勝手で幼い気持ち。
 貴志から離れたのは自分の方なのに。貴志を傷つけたのは自分なのに。
 彼を想い、彼を「貴志くん」と呼んだ彼女の事まで傷つけてしまった。叩いてしまった。
「ごめんなさい」
 涙が風に運ばれて湖面に落ちた。まるで芦ノ湖を満たすほどに涙を流したような錯覚に陥る。

 集合の時間を迎えて、紗霧は辺りを見回した。班のみんなを見つけると、歩き出す。
 その時スマートフォンから通知音が響いた。ポップアップには貴志の名前が灯っていた。
 昨日会えなかった、初恋の人から来たメッセージ。
 紗霧の手が、目線が、震えた。きっとそのメッセージを開いて、読んでしまえば、本当に全てが終わってしまう。
 紗霧は怖くて、どうしようもなく怖くて、どうしてもそのメッセージを開くことができなかった。

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