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#恋愛小説
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第80話-やまない雨の季節〜紗霧の雨④
「今日はお赤飯炊かなきゃね」
食卓で恋人の母親が、そうのたまった。目の前で初恋の彼がすっ転ぶのを、紗霧は目撃した。
「な、な、なんで?」
貴志は開いた口がふさがらない様子だった。
「だって息子が家に、初めての彼女を連れてきたんだよ。お祝い以外の何物でもないじゃない?」
事も無げに返す母だったが、家に小豆の備蓄はない。ごま塩も置いていない。
「炊くのは誰?小豆とごま塩を買いに行くのは誰?
母
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第79話-やまない雨の季節〜紗霧の雨③
付き合い始めた恋人の家の前。そのボタンを押せば、玄関から大好きな彼が顔を出してくれる。1秒でも早く会いたい人が。
呼び鈴を押す指は緊張でとても重かった。だけど実際に押してしまうと、ボタンは意外にも軽く感じた。
呼び鈴を合図に走り回る音が家の中から聞こえる。続いて鍵を開く音が響いた。
走るほど会いたいと思ってくれてたんだ。
紗霧の鼓動が早くなる。
玄関のドアが開いて、その向こうから恋
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第78話-やまない雨の季節〜紗霧の雨②
紗霧は自室で中学1年生の頃の写真を見つめていた。
整えられた髪。薄緑のカーディガンがお気に入りだった。初デートで身につけた、薄ピンクのロングスカートは今でもクローゼットにしまってある。もう着ることはできなくなってしまったけれど。
紗霧は薄いカラーの服が好きだった。白に近くて、それでもしっかりと個性を出している色たちが。
漫画のように見ればわかるような個性ではなく、小説のようにじっくりと読み
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第76話-やまない雨の季節〜理美の雨
見たくないものを見てしまった。中学1年生の高島理美は、雨の中足を止めた。
傘を持つ手が震えている。その視線の先には相合傘の二人がいた。
北村貴志と坂木紗霧。
理美は初恋の相手が、自分の恋を実らせたことを、その時知ってしまったのだった。
告白は、どっちからしたんだろう。
ぼんやりとした頭で考えたのは、そんなどうでも良いような事だった。だけど、どうしようもなく気になることでもあった。
坂
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第76話-やまない雨の季節〜紗霧の雨①
坂木紗霧は自室で窓の外を眺めていた。外は雨。梅雨の季節はあの人を思い出す。
初めての恋人。いや、人生でたった一人の恋人の事を。
「貴志くん…」
紗霧を忘れるための努力をする。そう書かれたメッセージを繰り返し読んでは、ため息をつく。
二年前、北村貴志の前から突然姿を消したのは自分の方だ。
なのにどうして?貴志くんは修学旅行先の横浜で、私を探してくれた。
あんなにも想ってくれて、大切にして
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第75話-やまない雨の季節〜瑞穂の雨
「別に福原に会いたいわけじゃない…だってさ」
瑞穂が寂しそうに唇を尖らせている。拗ねた顔もかわいいもんだ。裕は笑顔で彼女の不満を受け止めた。
校門で解散してからも、裕は瑞穂と歩いていた。二人の家は方向がまるで違うのだが、裕は毎日のように瑞穂を家まで送っていた。
告白を断られてしまっても、瑞穂への想いは残っている。例え友人としてでも、瑞穂のそばにいたかった。
瑞穂は、貴志に言われた言葉を気
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第75話-やまない雨の季節〜貴志の雨
福原瑞穂は毎週土曜日に家を訪ねてくるようになった。貴志に勉強を教えてもらうためだ。一学期が終わりに近づくにつれて瑞穂の成績は飛躍的に伸びている。
7月の実力テストではついにクラス平均に肩を並べることができた。貴志がまだ教えていない事はたくさん残っている。それは逆に言えば伸びしろがたくさん残っているということ。二学期の初めには、師走高校の合格圏に十分間に合いそうなペースだった。
「北村くんのおか
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第74話-梅雨が来た〜二人の少女
初めて好きになった人から告白された。美しい夕焼けの下、二人で並んだ帰り道。
紗霧は高揚する気持ちに反して、少しの後悔を抱いていた。
「先に言われちゃったな…」
紗霧は口の中でもごもごと言葉にならない想いを口走った。ため息ほどの音量もない言葉は宙を泳ぐこともなく、紗霧の心の中だけに沈み込んで溶けていく。
ふと隣に目線を送る。貴志の顔が見たかった。
どうして人間の目は前についているのだろう。
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第73話-梅雨が来た〜母の想い
2年前、貴志は生まれて初めてデートと言うものを経験した。告白に応えてもらえた日から世間には梅雨入り宣言が出され、翌日の初デートもあいにくの雨予報。坂木紗霧と選んだ初デートの場所は図書館だった。記念すべきその時に向けて、貴志は真剣に服装を選んでいた。
いつもよりも入念にシャワーを浴びていた貴志に、母はピンとくるものを感じていた。
自室から服という服を全部持ち出して、上下合わせては首をひねる息子
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第72話-梅雨が来た〜サタデー瑞穂フィーバー
6月11日土曜日。まだ世間に梅雨入り宣言は出されておらず、空は快晴だった。
2年前に紗霧に告白した日付が迫っている。
貴志はペダルを漕ぐ足にいっそう力を入れた。目の前の急坂に意識を集中し、自転車と一つになる。息は上がり、脈拍もフル回転で時を刻む。
やがて峠に至り、景色が開けてくる。それでも足は止めない。この長い坂を下って帰らなければならない。
大きく深呼吸して、貴志は流れる景色を堪能した
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第71話-梅雨が来た〜告白…そして
1年1組の教室は音のない世界だった。しんと静まり返った放課後の教室に、今は貴志と紗霧の二人だけ。
止まったような時の中で、その流れを感じさせてくれるのは自らの呼吸と鼓動のみ。鼓動は痛いくらいに早い。呼吸は荒く、何度も酸素を求めて息を吸い込むのに、まるで高い山の上にでもいるかのように苦しくて、満たされない。
音のない教室で、自分の呼吸と鼓動だけが、やけにうるさく感じる。
貴志と紗霧はお互いの
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第70話-梅雨が来た〜胸騒ぎの放課後
貴志が登校すると、1年1組の教室にはすでに裕が待っていた。
「放課後、自習するんだろ?オレも付き合うよ」
今日貴志は坂木紗霧に告白するつもりでいる。裕には昨夜の間にそう告げていた。
まさか告白に立ち会おうというわけでもあるまいに…親友の意図が掴めずに貴志は困惑していた。
「貴志が思ってる以上に、女子たちがお前の想い人を勘ぐってるんだ。
好意が攻撃に変わると怖いから、あからさまに坂木さんを待
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第69話-梅雨が来た〜それぞれの夜
今日は木曜日。北村貴志は自室で一人勉強していた。内科医の母が夕食を作ってくれるのは午後診療のない木曜日だけだった。
夕食の準備をしなくても良いことよりも、母の作った料理が食べられることが嬉しかった。貴志と言えど中学1年生。まだまだ母の味は恋しいものだった。
「貴志、母さんには言うなよ?」
PCの画面越しに父が訴えかけてくる。言うとか言わないではない。
「言えないよ」
リモート通話で父から告