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2.5次元、イケメン、アイドル。エンタメ系舞台について話そうと思ったんだけど、なかなかどうにもまとまらないので思いついたことを取りとめなく書いてみます。

2.5次元とかね、イケメン舞台とかね、アイドル舞台とかね、仕事していたんですよ、昔。ガッツリ携わっていました。それこそ、2.5次元が定着するよりずっと前の話なのですけど。

また、この時代はあまりにもハードな環境で仕事していたものですから積極的には思い出したくもない。というか、思い出そうとしても昔のこと過ぎてところどころのキョーレツな記憶くらいしかナイんだけど。

当時どんなことを思っていたか、どんなことが魅力だったか、そこでどんなものが培われたかなど、思い出した順、思うままに記してみます。

携わっていた頃の話

当時はまだ、2.5次元もイケメン舞台もアイドル舞台も、その案件に携わっていない業界関係者・裏方からは認められていないような時代でした。批判とまでは言わないけれど「それどうなの?」「そういうのちょっとなぁ……」というのは度々耳にしたし、直接言われたこともありました。自分が携わっている舞台のことをおススメしてそういう反応が返ってきたりするものだから「なんか嫌な感じ!」と思った記憶があります。(※根に持つタイプです☆)ま、しょーがないんだけどねー。

ムーブメントとなってようやく認められる

大体どんなプロジェクトも文化も最初はそんな感じでしょう。継続して一大ムーブメントとなって初めて認められるようなところもあるし、あるいは舞台制作者・関係者にはプライドの高い人、こだわりの強い人がとても多いので、簡単には認められないものですし。そういう人たちからしたら、他人の仕事を認めるというだけでもハードルが高いのに、自分とはまるで縁がない分野、なんならちょっと心のどこかで線を引いているような分野での他人の仕事なんて褒めるわけがない(笑)まぁ、それはわかっていながらこちらも「観てから言えよッ!」と内心怒ってはいたワケだけれど。

質の良い2.5次元はいい教材になる

しかし当時はそんなリアクションをもらいながらもめげずに推していた。演劇・舞台に携わる友人たちに対して観劇をおすすめしていたのは何故かというと、舞台・公演を作る上で勉強になることがみっしり詰め込まれていたからなのだよね。

そりゃもう宝の山のように。

舞台美術・音響・照明などもそうだし、制作まわりのこともそうだし。たとえば歌やダンスがあれば、質を保ちつつも歌えない役者にも歌えるような歌が用意されていたりだとか、踊れない役者がいかにも踊っているように見える振りが仕立てられていたりだとか、最低限の装置で数多の場・景色を想像させたりだとか、現実には起こり得ない現象を照明で現実と混同するほどリアルに表現していたりだとか。関係者が見てもハッとするようなことや、素晴らしい技術がちりばめられていた。

私自身も本当に恵まれていたなと思うんだけど、そういう技術を持った人たちが集まっていた。だから当時、友人知人にも積極的に声を掛けていたんだよね。「一度だけでも観ておいた方がいい。絶対に!」って。その時は取り合ってもらえなかったけれど。

それから月日が流れて、今、どうなったか。

当時、「そういうのはちょっとな……」って言っていたような人が作り手として携わっていたりします。そして溺愛してる(笑)作り手として直接携わったことで、追及する甲斐があること、おもしろさ、その魅力に気付いたのでしょうね。気づけばゾッコンじゃないか!って。

いい傾向、いい変化。

もちろん、それらは本人たちのプロ意識や探究心があってのことだし、そういう人たちが関わるプロジェクトであるから新たなおもしろさを見つけたり、さらに魅力的になって発展するのであって、向上心の無いプロジェクトには成功も訪れはしないでしょうけれども。あの頃自分が望んでいたものが、形を変えていま自分の目に届くところでキラキラしているのはやっぱりうれしいものです。

参入が増えて質はまちまち

中には「正気?」と問いたくなる舞台だってありますけども、それはそれ。そういうところは二度と観にゆかない、それだけです。まさかそれが自分の友人知人の関わっているところであったらさすがにショックですけどね……。(そういう企画は「制作会社がアレ」か「事務所がアレ」っていうケースが多い。)

脱線、もとい。

最初はナメていたけれど、というのはスタッフのみならず、出演者に対しても言えることで。それこそ昔は特段にうまい人が2.5次元・イケメン舞台・アイドル舞台に出るというのはほとんどなかったと思うんですが、今最近は演劇モンスターが出演しているケースも少なくないですからね、これはスゴイことだと思います。ほら、役者ってスタッフ以上にプライド高い人多いから。趣味嗜好も志向も明確だし。それが行き過ぎて排他的になる人もいる程度には。

そして根っからエンタメの私は思う。

演劇モンスターがつくるエンタメが観たいって。だって、技術やバランス感覚などを鍛え磨いてきた人たちがその力のすべてをエンターテインメントの方向に向けて発揮したらその破壊力ってはかり知れないじゃないですか。自身の「探究」のためだったら好きなテイストの舞台ばっかりやっていればいいと思うんですけど、もし、演劇というフィールド自体を耕したいのなら、コアを大切にしつつも、幅広い活動に働きかけることや繋がりを持つことは避けて通れないでしょうし。

発言と行動が相反する人々

これは演劇業界を眺めていていつも不思議に思うことなのだけど、みんな「お客さん増やしたい」「ファンを増やしたい」と言う割に、いつも同じようなジャンル・同じような顔ぶれで同じようなテイストの公演打っていたりして。劇団のテイストとしてならテイストが変わらないのも理解できるけれど、劇団の外へ出ても似たり寄ったりで、なんなら共通のお客様だったりするし、それだけじゃあ活動している割にファン増えないんじゃない?って。「新規顧客の開拓したい」とか言いながら「実のところ新規開拓する気なくない?」って。言っていることとやっていることのちぐはぐ具合に唖然とする。そこのところどうなの……。

またまた脱線、もとい。

探究するためにこそ広い視野を持つこと。

探究。それはそれで楽しいと知ってはいるけれど、だからこそ思う。「知識がなければたのしめない」とか「知識があったらよりたのしめる」ばかりじゃなくてさ、それだけの基礎力を持っている人たちが幅広く柔軟に、ときには迷える・悩める人たちのもとへ自ら迎えに行く、そういう繋がりこそが好循環を生むのではないかなと。これ演劇に限らず、プレイヤーに限らず、どんな世界のどんなことにも言えること。もちろん、デザインにも。

理想論だけどね。

ただ、理想さえも語れなくなったらその時は作り手として終わりだと思うので思うことが尽きない限りは言い続けます。元気があるうちはね!

さいごに

今日は本当に取りとめのないおしゃべりでした。まとまりのない文章になってしまいましたが、一節でも心に、記憶に、引っ掛かってくれたらと願わずにはいられません。繰り返しになりますが、私はエンタメ万歳人間なので、これからもたまにはこんなおしゃべりノートも投稿してゆくつもりです。お付き合いいただけましたらうれしいです。

長文にお付き合いいただきありがとうございました。


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