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【劇評・賛】元合唱部員が観る『カラオケ行こ!』(ネタバレあり)

パンフレット狂騒曲

昨日オンライン販売が開始された『カラオケ行こ!』のパンフレット、早くも SOLD OUT となっているようですね。くらたも買えませんでした……。
パンフレットの転売価格も2,500円くらいだったのが1,900円台に落ち着いてきているようですが、それでももともとの価格は950円ですから倍ですね。
あんまり聞かない事態なのでよっぽど数刷らなかったのかなあ……そもそも映画パンフレットってどのくらい刷るんでしょうか。
上の画像は入場者特典の絵葉書です。ひとつでも手元に残るものがあってよかったです。

タイトルのとおり、ネタバレありです。
未見で情報入れたくない方はここでストップをお勧めいたします。


原作ファンで合唱部経験者が観る『カラオケ行こ』

くらたは原作ファンで、和山やま先生の作品は『カラオケ行こ!』『女の園の星(1~3)』『夢中さ、きみに』を読了しています。
シリアスめな絵柄にシュールな乾いた笑いが仕込まれていて好きです。大きな系統は佐々木倫子さん系だと勝手に思っていたら、伊藤潤二さんリスペクトなんだとか(ライムスター宇多丸『アフター6ジャンクション』情報)。伊藤さんは未読でした。ホラーマンガ作家さんなのですね。
個人的には、『夢中さ、きみに』所収の「友達になってくれませんか」が好きです。また、『女の園の星3』所収の「12限目」では会食恐怖を描くなど、センシティブな話題を扱うけれど、重くなり過ぎずかつ土足で踏み込むことにはならないバランスがすばらしいと思います。

また、くらたは中学・高校で合唱部に所属し、とくに高校では毎年NHK全国学校音楽コンクール(通称Nコン)や東京ヴォーカルアンサンブルコンテストに出場するような活動の盛んな合唱部でした。

原作ファンだし、合唱部ものなので、映画はどうしようか迷っていたら、まさにその高校合唱部の先輩がFacebookで「観てきた、よかった」とおっしゃっていたので観に行きました。

優秀な指導者の不在

ということで最初は舞台となる森丘中合唱部のことから。
ももちゃん先生(芳根京子さん)、松原先生(岡部ひろきさん)の、絶妙なポンコツ指導者具合がよかったですね。物語冒頭で、優秀だった指導者が産休・育休でしばらく戻ってこないことと部員たちの落胆が示されます。
自分たちが金賞を取れなかった理由について問われて「愛がちょっと足りなかったかな」と答えるももちゃん。劇中で主人公聡実くんが狂児に音叉を鳴らしてみせて「音は振動。ラは440Hz」と語るとおり、音楽って物理だし技術だから、音楽やっている人でももちゃんほどゆるい人って、くらたはあんまり会ったことがないです。仮に足りなかったのが愛だとしても、松原先生のおポンコツ指揮では、歌い手の愛は引き出せないと思う。
また、松原先生のおポンコツ指揮に連動して、合唱の練習らしいシーンがあまりなかったですね。合唱指揮はもっと厳格でダイナミックだし、合唱の練習ももっとこまめに止めて、各パートのピッチや音量・抑揚、全体のバランスなどを細かく整えます。指導者があれだけポンちゃん(ポンコツのポンちゃん)なのにあれだけ上手に歌えているということは、現在不在の指導者がどれだけ優れていたか、ひるがえって部員にとって今の合唱部がどれだけ本来の姿から離れているかが自然と想像されます。

綾野剛さんの狂児

この映画は、最初に綾野剛さんの狂児が決まっていたそうです。原作のイメージとは違いますが、その時点でもう100点出ていた感はあります。
映画冒頭いきなり裏声の「紅」
には笑いました。裏声「紅」がこんなに面白いとは……今後安易にカラオケで裏声が使えなくなりますね。
ほかのヤクザ役のみなさんにも言えますが、聡実くんの厳しい指摘に当てはまるような歌い方を編み出すの、大変だったのではないでしょうか……。

原作の狂児はもっと飄々としている感じですが、こちらは強い哀感がありました。自分の生い立ちに対する悲しみ、聡実くんの若さやまっすぐさに対する少しのうらやみと親愛。
ライムスター宇多丸さんの『アフター6ジャンクション2』(通称アトロク)でのリスナーからの批評で、

やくざと中学生のグルーミング(性的な行為を目的に大人が子どもに近づくこと)に見えかねない危うい題材でありながら、聡実くんの生活環境や学校での周囲の環境を原作より詳細に描くことで、自分の成長の契機を外の世界に求め(それも狂児のいる「よくない世界」)、惹かれていってしまう聡実くんと、それはダメだよという線引きが描き出されていた。

という指摘がありました。原作はマンガということもあって、くらたはあまりグルーミング的な要素を読み取っていませんでした。けれど、表現を志す者にとって、そういう危険性に対する嗅覚は鋭いほうが良いと思っているので、勉強になりました。アトロクのリスナーってすごいよなあ。
綾野剛さんが、哀感がありながらセクシーさを出し過ぎなかったところもいいバランスだったのかもしれません。「綾野剛」×「細見スーツ姿・刺青ちょいみせ」+「哀感」なんて、容易に萌えセクシー路線に行きかねない素材ですからね。そうなったらもう少し安易な生々しい映画になってしまっていたかもしれません。

齋藤潤さんの好演、わかるわかるう~!

主人公の岡聡実くんは合唱部で、ソプラノで部長。変声期を迎え、以前のように声が出ないことに人知れず悩んでいます。
そんな変わりゆく身体や大人の勝手な愛情に振り回されて葛藤する中学生男子を、オーディションで選ばれた齋藤潤さんが好演されていました。住む世界が違う危うい狂児に、反発しながらも徐々に惹かれていくようすがよかったです。何度も怖い目を見て「もう会わない」と宣言しながら、ズルズルと連絡したり会ったりしてしまう。こういう心情って、あるよね。

後半、聡実くんが狂児に「明日元気をあげます」ってLINEまでして、おそらくルンルンであげるつもりだった「げんきおまもり」を、偶然の行き違いから投げつけてしまうシーンがあります。原作にもあったエピソードを、中学生とろうたけた大人の対比をより強調した甘酸っぱさが見事でした。
名作漫画『君に届け』(椎名軽穂/集英社)で、吉田千鶴が龍にウッキウキであげるはずだった誕生日プレゼントを、ちょっとした行き違いで投げつけるように渡して、後で自己嫌悪で泣くシーンを思い出しました。

今作では相手がやくざで特殊だけど、純真さとか恥ずかしさとか悔しさとか身に覚えがあるわぁ……。こういうのをまさにその年齢の人が演じるのって、本人的にはどういうふうに感じるものなのでしょうね。
そのあと聡実くんが畳みかけるように狂児に「もう知らん、一人カラオケしてろ」という趣旨のLINEを送りつけ、「言ってやったぞ!ざまあみろ」みたいな達成感を感じているところに、狂児からは「そやな、聡実くんも合唱祭やしな」とサラッとした即レス。いじわるですね。会心の一撃だったはずなのに狂児には効いていない様子を見て、聡実くんはちょっと落胆するのでした。もう青春はヒリヒリしますね。いや対岸の火事みたいに言ったけど、人間いくつになってもこういうことはあります。

あと、最後のシーン、聡実くんが学生生活最後の合唱祭を棒に振りますが、合唱部出身としては、あそこで合唱祭行かない判断はちょっとリアルさに欠けるかも……。同様の指摘はアトロクリスナーからもありました。
漫画であればそういうお話もあるかもね、と思えていたけれど、生身の人間が演じる映画になると少し感じ方が変わりますね。
また、組長に促されて聡実くんが「紅」を歌いますが、のど大丈夫だったか心配になりました。リアル変声期に無理するといいことないので……。

青春再放送しないで!和田くん(後聖人さん)

合唱部の後輩、和田くん……真面目で一生懸命でズル(不正や怠慢)が許せない和田くん、まだ変声期が来ていないから聡実くんの身体の変化や気持ちの揺れを想像できない子どもの和田くんを、後聖人さんが、これも好演されていました。
こういう、若くて真面目だからこそのトラブルは実際にあったし、わたしはまさに真面目で不寛容な人間側だったなあ。背中がこそばゆくなってくるキャラクターでした。

中盤、彼が「映画」を「動画」と言って、映画と動画を区別していないことがわかる場面があって。ああ今の感覚ってそうなのか、と目からウロコでした。映画もスマホで観れちゃいますものね。またこの場面、和田くんが視野が狭くて自分の興味外のことに価値を置かずに解像度低すぎくんなのも、中学生の造形としてリアルです。
この場面、「映画を観る部」の部室で部員の栗山くんと幽霊部員の聡実くんが二人並んで白黒名画のVHSを観ていたところ、聡実くんが合唱部に出てこないことを怒った和田くんが乱入してきてデッキを壊してしまう、というシーン。実はデッキは元から巻き戻し機能が壊れていて、部室にあるVHSは一度見たら巻き戻すことができなかった、ということが明かされます。
この場面についてアトロクで宇多丸さんが、「映画を映画たらしめるのは観客に時間がコントロールできないことだ」とおっしゃっていて、至言だと思いました。いつでもどこでもスマホでなんでも観られる時代、作品とがっぷり四つで向き合うことが困難になってきているからこそ、それを実現できる映画館っていい場所だと改めて思わせてくれるシーンでした。一緒に観ている人は同じことを感じているのかも、なんて思えますし。

キャラつよ女生徒(八本美樹さん)

終盤、和田くんと聡実くんが一番揉めるシーンで、キャラつよ副部長・中川さんと、青春を俯瞰でニヤニヤ見る大人・狂児がいるのが、抜けが良くていいバランスでした。仲裁してくれる大人の女子傍からニヤニヤ見てくれてる大人がいるといいよね。
和山やま作品と言えば、あっけらかんとキャラの強い女子。中川さんが変声期を「生理現象」と言ったあと「生理は恥ずかしいことじゃない」と生理側にズレちゃったのも、男子(和田くんと聡実くん)が「さっきから何の話してるの?」と徹頭徹尾理解できないのもリアル。
そもそも和田くんは聡実くんが変声期であることも理解できていないから、なんかこう、三者三様、全くかみ合っていないおかしみもあります。

また、このときの狂児は、当事者にはならないんだけど八つ当たりのサンドバッグになってくれる大人名作漫画『ハチミツとクローバー』(羽海野チカ/集英社)で、あゆが真山に失恋するときの野宮さんみたいなポジションです。野宮さんはその後青春スーツ再装着して当事者の仲間入りしてくるけど、狂児はサンドバッグに徹してくれます。

孤高の存在 「映画を観る部」栗山くん(井澤徹さん)

「映画を観る部」たった一人の部員、栗山くんは孤高の存在です。原作にはいない、映画オリジナルのキャラクターです。栗山くんと聡実くんはよく二人で狭い部室で白黒の名画を観ます。くらたは寡聞にして『カサブランカ』(1942年)「Here’s looking at you,kid.(君の瞳に乾杯)」しかわからなかった。聡実くんは栗山くんにだけは、狂児のことも打ち明けているようでした。中学時代こんな成熟した人いなかったなあ。これだけ大人で、この人は学生生活面白いんだろうか。

くらたが大学時代所属していた演劇部の部室にいっぱい舞台のVHSがあったのを思い出しました。部室のテレビデオ(死語?)でみんなで観たなあ。巻き戻しも一時停止も自由自在ではありましたが、複数人で観ていたらそうそう勝手に操作はしないものです。同じ向きで同じものを観て、内容に関係あることもないことも、ボソボソとしゃべるのはいいものですよね。自分がすでに観たものだったら、自分の好きな場面を、一緒に観ている人の反応をうかがったり。

人生の一時期を共に過ごし、その後別れてゆく寂しさ

映画のラストでは、「ミナミギンザ」(架空の街だそうです)が再開発にあってなくなってしまい、狂児から聡実くんへの連絡もなくなっている、と語られます。宇多丸さんも指摘していらっしゃいましたが、人生のごく短い一時期を共に過ごし、その後別れてゆく寂しさ、その一時だけだからこそ受ける影響を思って余韻に浸れるラストでした。
佐々木倫子さんが『動物のお医者さん』(白泉社)で言語化した、卒業式の日の「晴れ晴れとした寂しさ」という言葉は至言だと思います。

蛇足:『ファミレス行こ。』買って帰った

さて、映画を観た帰り道、読みたくなって『カラオケ行こ!』の続編『ファミレス行こ。』を買って帰りました。
舞台は蒲田。なんともシブいチョイスです。『女の園の星3』でも、「なんでみんな今日蒲田の話ばっかりするの?」という名台詞を描いている和山先生。蒲田近くにお住まいなのでしょうか。駅前のドンキとか洋服の青山とか中華料理の歓迎(ホアンヨン)を詳細に丁寧に描きこんでいらっしゃる……!蒲田出身の有名人と言えば及川光博さんや庄司智春さん。アメリカが生んだチェスの天才・ボビー・フィッシャーが暮らしていたとも言われています。
蒲田といえば羽根つき餃子(歓迎や你好、金春、春光園など)とユザワヤくらいしか知りませんが、すごいところに見えてきました。


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