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16.【読み切り】リカバリー(れれこい)811

読み切り恋愛短編集【れれこい】

前日譚⤵️

※読み切りですが、関連のある章には同じヘッダー画像を使用していますので、ご参考になさってください

第16話 リカバリー


 「ねぇ、ダンナのことで話をきいてくれない?
近いうちに時間ある?」
小野さんから麻子にLINEが入るなんて珍しい、しかも仕事の愚痴じゃないなんて。
 小野さんは麻子より1才上、麻子よりも以前に夫様とは離縁してお気楽な一人暮らしを満喫中の筈。


 狭心症で飲酒を止められてからも医師に内緒で飲み続ける小野さんが選んだのは、下戸の私の為にお料理が美味しいお洒落な洋風居酒屋だ。
 「相変わらず前田さんは、細い体に似合わずよう食べるな」
「そういう小野さんは、心臓のお薬を服みながらよくお酒を飲めるね」
久しぶりの会食に、舌もよく回る。


 「あのさぁ、息子からダンナの世話を頼まれてん。
もう助からんらしいねん。
ダンナも望んでるらしいんやんか。
どう思う?」
 麻子に話すってことは、もう心は決まってるってことじゃないの?
背中を押してもらいたいだけじゃないの?


 小野さんには、新婚の息子様と遠方で一人暮らしをしている娘様がいる。
麻子のところとは違って、息子•娘と元夫様との仲は至って良好。
小野さんと元夫様が二人だけで会うことはないけれど、子ども達は継続して父親と会っていると聞いている。
 確か息子様の結婚式には、父親も黒留袖の小野さんと並んで座られたのではなかったのかな?


 「息子が言うにはな、ホスピスに入るまでの間、お母さんに世話しに来てもらいたいって言ってるねんて。
ダンナのことはともかく、息子に頼まれたら断られへんやん?
どうせ長くはかからんやろうしな」
 優しいなぁ、小野さん。


 小野さんの元夫様のことは知らない。
知り合ったときには既に離縁されてたから。
でもね、別れてスッキリしたって言ってたよね?
離婚したら楽よ、ひとりって素晴らしいって私に言ったよね?
 愛情を感じない人にでも看病や介護ってできるものなの?
仕事でなら、義理があるならやらざるを得ないだろうけれど。


 小野さんは、折角作り上げた一人暮らしのお城を引き払った。
そして、もう二度と住むことはないと思っていた元夫婦の家に移り住んだ。
 介護保険を申請する為に、住民票も移して内縁の妻におさまった。
あ、今なら事実婚って言うのか。


 「それがさぁ、長くないと思ってたのに意外と元気でさ……」
小野さんとは、その後も月に一度くらい会っている。
「小野さんが側にいてくれるから安心していらっしゃるんじゃないの。
懐かしい味付けのお料理も食べられるしね。
でも不思議よね、嫌いあって別れて何年も離れてたのに世話になりたいって思うなんて」
「せやねん、私も信じられへん。
私やったら絶対に思わへんもん」
「小野さん、私なら元夫に頼まれても断っちゃうかもよ」
「前田さんも、子ども達に頼まれたら判らへんよ」
「あら、我が家は私より子ども達の方が父親を嫌ってるから、それは絶対にないわ」
 後1〜2ヶ月でホスピスに入ると思われていた元夫様は、その後何ヶ月間も小康を保たれ、小野さんの方にもそれなりに情が湧いてきているようだった。



 「前田さん、どうしよう。
ホスピスに入らないって言い出してん。
最後まで面倒みてほしいねんて。
私、死ぬのをみるなんて無理やわ。
しかも婚姻届まで準備してるねんで、信じられへんやろ?」
 麻子には惚気にしか聞こえない。
小野さんが口に出すときには、既に覚悟が決まっていると解っている。
小野さんはきっと、元夫様を自力で看取るに違いない。



 小野さんは職場の上司にも恵まれているらしい。
復縁はしていないのに「配偶者」として使える制度を上長が使わせてくれるそうだ。
勿論、本社や総務には内緒で。
 小野さんが仕事を休んでいても、必要な費用は元夫様が全て負担している。
死後、引き続き小野さんがその家に住み続けることができるよう自分の身内には根回し済みだし、生命保険の受け取り人の変更や、経営している会社の後継を義弟に託すなど準備は万端だ。


 元夫様がいよいよ弱り、小野さんは短時間の買い物くらいしか家を離れられなくなり、麻子と会う機会もめっきりと減ってしまった。
溜まりに溜まった鬱屈は、訪問看護師に親身に話をきいてもらっている。
 母親に頼んだ手前、新婚の息子もまめに手伝いに来てくれたし、遠方の娘はLINEや電話で愚痴に付き合ってくれていた。


 「前田さん、ダンナ昨日亡くなったわ」
小野さんは本当に家で看取った。
お見事としか言いようがない。
「しゃあないからやっただけ」
小野さんはそう言うけれど少しも愛情がなければ、できることではないと思う。


 死後手続きが一段落してから1ヶ月間、充分に休んでから小野さんは職場に復帰したらしい。
元夫様との想い出を整理して現世に戻ってくるのには、最低でもそれくらいの時間は必要だったようだ。



 「何かさぁ家も車ももらってさ、どうやらダンナの年金ももらえるらしいんやんか、婚姻届も出してへんのに。
会社からも弔慰金もらってんよ。
他人やのにな」
 それは小野さんの愛情に対してだよ。
誰にでもできることじゃないんだよ。
凄いなぁ、小野さん。



 「ダンナのお母さん(義母)からも義弟さんからも感謝されてさ、息子や娘からもお礼言われてさ……
私、これで良かったんやろか」
 久しぶりに会った小野さんは随分と疲れて見えた。
でも同時にやり切った達成感というか爽快感を纏っているようだった。


 別れた元夫様の看病や介護をさせられる小野さんを、気の毒に思っていた。
元夫様に経済的な余裕があるのだから、小野さんが貧乏くじを引く必要はないし、別れた妻に看病を頼む元夫様を厚かましくさえ思った。
 でも違ったみたい。
元夫様にも小野さんにも、お互いに通じる愛情があったんだ。
お義母様も義弟様も息子様も娘様も、元夫様と小野さんの間にある愛情を感じていたんだね。
 小野さん、最期の時間を一緒に過ごせて良かったね。


 小野さんは2回目の婚姻届を出さなかったけれど、確かにご夫婦だった。
恋ではなかったかもしれないけれど家族としての情愛をお互いに持ち合っていた。
いや、恋だったのかもしれないな。
 麻子がそうなりたいかと問われれば、速攻で拒否する。
でも何だか夫婦っていいな、家族っていいなと素直に思ったし、もう一度だれかとステディになるのも悪くないなと思った。


 取り敢えずは私には恋だな。
同じ名字の前田さんに会えると思うと、三連休明けの出勤も楽しみでしかない。
 それくらいのお楽しみがあってもいいよね、私にだって。




秋実あきざねれれ子)


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麻子、逃げるなら今だ‼︎全25話+スピンオフ⤵️



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