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邪道作家3巻 聖者の愛を売り捌け あとがき付 栞機能付縦書きファイルは固定記事参照

テーマ 非人間讃歌
ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)


簡易あらすじ

聖人は金になるか? 答えはイエスだ。

いや、別にかけるつもりは無かったが───まあいい。大工手伝いに興味は無い。さて、このたびは偉業を成した聖人候補、その素晴らしい精神性はそれはそれとして作者取材に丁度良いという訳だ。

聖女など、表紙に貼り付けるだけで金になりそうだしな──────いいものだ。

無論神も仏も「個人的に私を嫌っているのは間違い無い!!」と断言出来る私にはどうでもいい。大体、生まれついての悪だからって差別して恥ずかしくならないのか?

差別主義者め、地獄へ堕ちろ!!!

愛? 相手が良ければそれで良いだと?

ならばその頬を殴らせろ!! これはそういう物語だ。違っても特に反省も保証もしないが、別に構わないだろう?

無銭通読に人権無し!!

以上だ。大体が読んで判断しろそんなもの。





 その女は悪魔だった。
 人を惑わすわけではない。
 人を騙すわけでもない。
 ひたすらに健気で、神を愛し、それでいて脇目もふらず、好意を向ける男にさえ目もくれなかった。
 その女は悪魔だった。
 というのも、その女は人間を愛していたからだ・・・・・・これ以上の悪はどこにもない。そう思えるほど女は人間を愛していた。
 女は許した。
 罪も悪も背徳さえも、これ以上気高い聖人はいないと、誰もがそう思っていた。
 許されることで人々は自分たちの罪を忘れ、女に罪を告白することで、自分たちの罪を無かったことにしようとしたのだ。
 何という滑稽な喜劇だ。
 これを笑わずして何を笑う。
 問題は、その女に自覚が足り無かったところにある・・・・・・これは愛の物語。
 つまり嘘八百であり、馬鹿馬鹿しい虚像の物語だ。読者ども、騙されるな。
 愛など幻想だということを。
 

   0

 女の話をしよう。
 
 その女は惨劇に揺るがなかった。
 多くが死んだ。
 その女の家族も、親族も、数えるのが馬鹿馬鹿しいほどの「多く」その中には彼女自身が含まれてはいなかった。
 これは天啓だと、
 ここで生き残れたのは神がお守りくださったからだと彼女は信じた。馬鹿馬鹿しい話だ。あえて主観である私の言葉は挟まないが、しかし、あろう事か神ときた。
 神、そして愛。
 これほど見栄えがよいくせに、現実に何の影響も及ぼさないモノはない。信じるは自由だ。しかし助けを求めるなら不自由だ。
 この世に生を受けて足し算を覚えた辺りで人間は考えるだろう。曰く「なぜこの世は不条理なのか? 神はいるのか? 死とは何か?」人それぞれなどと誤魔化すのはしない。
 神がいたとして、役には立たない。
 ならば心の支えにしようという人間は多い。多いが故になのか、彼らは気づかない。
 心とは、誰かに支えて貰うものではないのだ。 人任せにしたツケを払わざるを得ない、あらゆる人間に降りかかる「不条理」という怪物は、いともたやすく心の支えを取り外す。
 なぜ私が。
 口にすることは簡単らしいが、答えを出すことは出来ないらしく、彼ら彼女らはあっさりと支えを捨てて、この世全てを恨み、こんな世界は違っていると声高に叫ぶだろう。
 だが、その女はしなかった。
 信じたからだ。
 意味はあると、生き残ったからにはなさなければならない使命があるのだと。
 馬鹿馬鹿しい。
 これが作品なら駄作も良いところだ。何にせよ女は「これは神が与えた試練である」と納得することで、愛と信仰と純潔と市の恐怖から逃れる心を会得した。
 人のため、人のため、人のため。
 聖者の末路はそんなものだ。だが、違ったのは物書きの一人が彼女に心を奪われたことだ。
 同じ物書きとして正直理解し難い出来事ではあったが、まぁその男は物書きとしても三流だったので、私のようにネジが足りない部分は極々一部であり、人間をやめてはいなかったのだろう。
 昔は良い作品を出していたようだが、現状は酷いモノだった。読者に媚び、メディアに媚び、媚びることで作品を売り出したら終わりだと、端から見ている私が思うほど、作家として落ちるところまで落ちていた。
 しかしそれでも心があるのなら、愛か恋かはしらないが、人に思いを抱くことはあるらしい。
 その男は聖女である女に心奪われたのだ。
 しかし現実は残酷だ、女は「人間を愛するから」と断った。

 愛は愛されることを望む欲望だ。

 神はすがりつくための道具だ。

 死はさらなる旅路だ。

 たかがその程度のことにすら気づかなかった、いや私が察していないだけで他の答えを出したのかもしれないが、甘酸っぱい物語、つまりは駄作と言うことだ。
 愛、神、そして死。
 これほどつまらない題材もない。共通点がある以上、簡単に答は出せるだろう。
 答えに懊悩する若者の物語というわけだ。あんともチープでつまらないがしかし、関わるのが他でもない邪道作家、この私で有れば結末も変わってくるモノだろう。
 悲劇か喜劇か、いやどちらも見せ物という点では同じだろうが。
 では、語りだそう。
 人間に出せる答えは知れている・・・・・・・・・・・・自分自身の確固たる意思で答えを作り、道しるべにしなければならないという共通の問題だ。
 答えは出たか?
 まだ出ないと言うなら始めよう。せいぜい苦悩しろ読者共。作家は読者を導き、騙し、語り、そして道を示すのが仕事だからな。明かりを忘れるな、準備は良いか? さぁ
 
 物語の幕を上げよう。

   1

 私は神の家にいた。
 恥ずかしげもなく神と愛と説教を垂れ流すこんなところに、私がいる理由は単純だ。
 作者取材である。
 愛というモノが真実「この世の幸福」であるならば、とりあえず見て調べておかなければという判断からここへ来た。
 ステンドグラスは礼拝堂を神々しさで埋め、光に満ちた神の聖域を演出していた。だからといって神がご加護をくれるかどうかと言えば、そうでもないだろう。用は説得力の有る無しだ。
 その女の祈りは儚く、そしてそれらしかった。 それらしく、聖女のように見え、そしてまるで祈りが届いているかのように見えた。見えるだけで、この女の経歴から考えれば、見捨てられたといって差し支えないのだが。
 金の髪は聖女のイメージを彷彿とさせ、白く潔白な修道女としての姿は節制を主とする人間の見本のようだった。人間の正しい在り方を前進で表現しているように見て取れた。
 私から言わせれば、そんなものは価値のないモノでしかないのだが・・・・・・万人の正しさの基準ほど曖昧ですぐに変わり、かつ役に立たないモノはない。
 だが、圧倒されたのは事実だ・・・・・・どんな在り方であれ、極めれば人間、それ相応の雰囲気を放つのだろう。
「お待たせしました」
 振り向かずに祈った姿勢のままで、そんなことを女は言った。シャルロット・キングホーンという名前、キングホーンというのは地元の貴族の名前らしいが、まぁ私からすれば貴族であろうが義賊であろうが同じに見える。
 問題はただ一つ、金になるかだ。
 違った、作品のネタになるかだ。
 人間性など、どうでも良い。そんなモノの判断は偉そうな公僕にでも頼んでおけばよい話だ。
 とはいえ、この女の人間性は、世間的には棄権しされているから殺しではなく破壊の依頼が綿足に舞い降りたのだろう事を考えると・・・・・・・・・・・・いや、その話はまた今度だ。
 作者取材のため。
 大抵のお題目はこれで何とかなる。
「取材の依頼を申し込んだものだ。とりあえず、話を聞かせて貰って良いだろうか?」
「ええ、構いませんよ」
 そういうと、恐らくは普段信者たちが祈りを捧げるために座っているであろう横長い椅子に、座った。私は無神論者ではあるが(神と何回も取り引きしておいてどうかとは思うが)存在自体はともかく、その有無はともかくとして、別に敬ってはいないので、少し間をあけてもたれ掛かるように座った。
「だらしないですよ、神の御前です」
「それについては、今更どうしようもない話だ」「・・・・・・?」
「なんでもいい。話を聞かせて貰いたい」
 そうは言ったものの、何を聞こうか?
 物語に流れのようなものがあるならば、この場では何か、今後の壮大な前振りを聞くのだろうが・・・・・・何度も言うが、私は主人公ではない。
 この世に物語があったとして、せいぜい語り手に過ぎないだろう。そうでなくては作家などやってはいられまい。
 何かセクハラじみたことでも聞いて惑わせようかと思ったが、やめた。ふん、そうだな。
 ここは珍しく王道でいこう。
「恋人がいるという話だったが」
 そう切り出すと、彼女は飲もうとしていたらしい紅茶を吹き出した。私が座っている間にわざわざ二人分、持ってきて先に飲もうとしていたらしいが、しかしそれは台無しとなった。
「どうなんだ? 神に身を捧げつつ、他の男とも縁を持つというのは。女という生き物は恐ろしいよな、神ですら男で有れば手のひらの上だ」
「いません」
 彼女はそう言った。そして「居てはいけないのです」とも。
 元々、大した興味もないのに私がここに来た理由は、主にそれが原因だったからな。
 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬと言われるが、しかし馬のいないこの惑星ならいくらからかっても何の咎もないはずだ。
 あったとしても、知らないが。
 だから追求することにした。
 神は愛を肯定しても、恋は否定するのか? それは物語のテーマになるし、傑作を生む肥やしになるだろう。などと教会の中で考えているのだから、今更神におべっかをつかったところで仕方有るまい。
 だから聞くことにした。
「それは何故だ? 成る程神を愛することは汚れがなくて美しいのかも知れないが、しかし美しくあるために個人の幸せを食いつぶすような存在を神などという、大仰な名前で呼べるものか?」
 少し躊躇したが、彼女は、
「私は、皆の期待をこの背中に背負っています。何億という信徒たちが、私に期待しているのですから、私個人の幸福を優先することは、神の教えに背きます」
 聖人、というものをご存知だろうか。
 教会の機構の象徴みたいなものだ。簡単に言えば国家が分かりやすい威光を求めるように、宗教だって分かりやすい「結果」自分たちの成果を欲しがるのは無理のない話だ。
 死後、2回も奇跡を起こさなければ認定はされず、本来は誰もが知る、聖人たちを称えるものだったらしいが、組織が大きくなり欲望が肥大していくに連れて、聖人判定はそういった人間たちの欲望にまみれていった。
 その聖人になる可能性。
 そんなものを内包する女がいれば、当然の事ながら期待はする。メジャーリーガーとして活躍するに足る実力を持つ若者に、まさか自身の幸せを優先して田舎で過ごせと教える奴はいないだろうと思う。
 これはそういう類の物語だ。
 だが、そんな目に見えない奇跡、居るのかも分からない神、その他大勢の人間の期待、そんな有るのか無いのか分からないものに、人生を左右される事があるという事実に、私は我慢があまり効かない人間だ。
 だから言ってやった。
「馬鹿馬鹿しい、神の教えという言葉を、言い訳に使っているだけだろう」
「・・・・・・何ですって?」
 おお怖い。
 女の怒りは手に負えない。相手が男であれば切り捨てれば済む話だが、相手が女ならあの世の果てまで呪われそうだ。
 男は怒りの元をすぐ忘れるが、女は日々の記念日から大昔の諍いの理由まで、全て忘れたりはしないからな。
「事実だ。そもそも、神の教えといえば聞こえは良いが、そも神が教えたからと言って服従する理由など人間にはない。仮に神がいたとして、人間では思いも付かない、素晴らしい教えを説いたとしよう」
「説かれました。その教えは脈々と受け継がれ、この遠い未来にまで聖書は存在します」
 それは正しい。
 しかし、間違っている。
 それを教えてやらねばなるまい。実に面倒ではあるが。
「我々は神の分身では無い。神がどれだけ素晴らしい結論を出そうが、能力的に優れた者が自分たちの結論を教えているだけだ。神が真に全能であり全知だったとしても、我々人間は従わなければならない理由などどこにもない。奴隷ではないのだからな」
「神は我々をお作りになった造物主です。そういう考え方は不敬ではありませんか?」
「何か悪いのか?」
「だって、それは・・・・・・」
 私はため息を付いた。
 宗教はこんな科学の果ての世界でも、あまり進歩はしていないのだろうかと。何の変化も無く遙か未来まで受け継がれたことは賞賛に値するのかも知れないが、だからといって、変化しないで良いわけがないのだ。
 変化しない宗教など、ただの化石だ。
 人間の意思で手を加え、いつか追い越した上で「人間の答え」を出さなければ意味がない。それも組織としてではなく、各々が個人として、その答えを出せなければ、神の教えは活かせていないのでは無いだろうか?
「例え神が全知全能だとしても、その答えを盲目的に信じて良いわけがないだろう。神が間違えるかも知れないし、絶対的に正しいとしても、それは神の目線から見た正しさだ。我々人間がそんな事ばかり考えてどうする? 自分自身の心の答えが、結局のところ真実なのだからな」
 心があるのかどうかも私がこんな事を言うのは皮肉でしかないが。
 だが、神の答えよりも心の答えを優先するのが生き物の在り方ではないのか? 自身の心に嘘をついてまで貫くモノが、本当に正しいのか?
 一作家として気になる話題だ。
 私は私の作家としての業に従って、その答えを突き止めるべく、彼女に追求するのだった。
 が、しかし。
「今日はお帰りください」
 と門前払いを受けることになった。踏み込みすぎたか。何にせよおとなしく帰る(帰る場所など無いのだが、まぁ何処かに泊まろう)ことになった私を、その男は待ちかまえていた。
 貧相な男だった。
 背は低く、目は腐っている。
 だが、見覚えはないが私は知っていた。なぜならその男は私と違ってメディアに露出し、作品をデジタルな媒体で売りさばいている、所謂売れっ子作家、つまりはいけ好かない輩というカテゴリの人種であるという事を、私は事前の調査で調べ終わっていたからだ。

   2

私は結構な金額を寄付しているので、この程度では罰は当たらないはずだ。少なくとも、貰った金を返せない神とやらに、あれこれ言われる覚えもないだろう。
 それでも少年少女、少なくとも心がそうである連中に手を出せば、神の罰はなくてもあまり良いことはない。恋は盲目であり、愛は傲慢だ。
 つまりロクなモノではない
 ではそのロクでもないモノについて語ろう。
 愛について。私が言うと何とも滑稽だが、私が言うからこそ野説得力もあるはずだ。
 最近私が思うのは、例え、心の底から尊敬し、愛する者がいたとしてもだ。そのために自分が犠牲になったり、へたを掴まされたりする事を私は許容しない。
 そんなモノが愛だというのならば、愛とはただの搾取でしかないからだ。
 真実それが尊くて美しいのだとしても、絶対に認めてたまるか。自分自身を犠牲にして手に入る幸福などたかだかしれている。男も女ももっと強欲になるべきではないのか? 幸福を手に入れることに何かしらの制限やそのための代償が必要であるかのような風潮が人間の「正しい倫理観」にはあるが、正しさもどきのために犠牲になることで、人間が幸福になれるはずがないのだ。
 それは妥協でしかない。私のような非人間が諦めから選ぶ道と大差はない。つまり見た目幸せそうに見えるだけ、見栄えが良いだけだ。
 そんなもので満足してたまるか。
 だが、目の前の青年はそんなもの、そんな自己犠牲精神で満足、いやそれこそが正しい道だと信じ、自ら犠牲になり、満足しているようだった。 馬鹿な奴だ。
 我々はカフェで相席になり座っていた。私はコーヒーが高かったので勝手にチョコ菓子を持ち込み、ミルクを目一杯いれ、優雅なひとときを楽しんでいた。
 対して、その青年は違った。
 腐った目で世の中を見ながら、恐らくは私が何か少年少女の色恋沙汰を手助けしようと(私が人を手助けするのは大概が興味本位、あるいは作品のネタになるからだが)する事を拒むため、心の中で理屈をこね回しているのだろう。
 彼女のためにならないと。
 自分はここで断らなければならないと。
 馬鹿馬鹿しい。
 誰かのため、などというお題目そのものが自身の内から沸き上がった欲望ではないか。欲望に忠実なのは結構だが、それを勘違いして、つまりは世のため人のため、あるいは愛する女のために、自身を犠牲にするしかない、と思いこむ。
 自分はそんな道を選びたくはないのだけれど、仕方がない。それしか道はないと。
 頭の軽い奴だ。
 その頭には何が入っているのか。何も入っていない方がマシな中身しかなさそうだが。
「用件は何ですか?」
 そう、場を征するように言った。
 私はテーブルから落ち掛けたチョコに神経を取られていたので、あまり聞いてはいなかったが。 チョコを摘み、コーヒーで流し込み、幸せな気分になったところで面倒になってきたので、私はそのまま眠ろうかと思ったが、財布のこともあるし、とりあえず表面上は取り繕った。
「人を呼びだしておいてどうかと思いますよ」
 そんなかわいげのないことを言うので、私はチョコレートを摘み、コーヒーを飲んでから「この良さが分からない内は、まだまだお子さまだな」と言ってやった。その上で、
「ああすまん、私より年上だったな。確か、情報によると30代半ばだ」
 実際には亀もかくやというくらい私は長生きだったが、しかし樹木ではないのだから年齢など、どうでも良い話だ。
 つまり完全なる悪ふざけ、相手をからかうためだけの言動である。
「悪かったな、年長者、つまりは年寄りに対する礼儀がなってなかった。年を取った人間は敬わなければ失礼だからな」
「・・・・・・僕はそこまで年を取っていないし、むしろ周りには子供っぽいって言われる方ですが」
「そうか、老けているのは見た目だけか」
 ますます腐った目を黒くして、私を恨めしそうに見るのだった。面倒だから目潰しでもしてやろうかと思ったが、面倒なのでやめた。
 睨んだくらいで、いや相手が猛獣ならば別だろうが、どれだけ凄みのある人間でも、私のような非人間を眼力なんてモノで動揺させられると思うのは、正直どうかと思う。
 私はコーヒーを飲み、余裕の姿勢を崩さなかった・・・・・・感情豊かな人間ならばこの青年にはきっと、内面を見透かされたかのような恐怖、を感じるのかも知れないが、私にそんな情緒のある反応を望むのは無理がある。
 作品に活かすとしよう。まぁ、そんな感情豊かな人間が彼のような内面の腐った、自分を傷つけることに躊躇せず、他人の罪に対してごまかしを許さない癖に、自身の罪は背負い込む姿勢を見せる変人、つまりはハーレムモノの主人公みたいな優柔不断、判断基準が残念な男の登場など、そうそうあるものでもなさそうだが。
「それで、あの女とはいつやるんだ?」
「ぶほっ!」
 と、漫画のように吹き出した。残念な男だ。女に対してもそうだが、もう少し要領よく生きることを良しとすれば、人生楽だろうに。
 あるのか無いのかも分からない罪、そういった目に見えない罪悪感に人生を左右される人間というのは、全てを持っている癖に、それを手にする資格がないとか、なら資格を取りに行ってこいと言わざるを得ないような、うじうじとした戯れ言を繰り返し、自分は立派な人間ではない自分はそんな良い人間ではないと思いこむ。
 くだらない。
 こういう男の話を総合すると、要は「女を抱きたいけれどその勇気がない」ということを延々と遠回しに話しているだけなのだ。面倒な連中だと思う。
「・・・・・・僕と彼女はそう言う関係ではありませんよ」
 と、先んじて私が言った。面食らっているようで、つくづくチョロい内面しているなぁと思わざるを得なかった。
「で、どうなんだ? やるのか」
「原始人じゃないんだから、そんな欲望のままに生きてられませんよ」
「そうか、私は何をやるのか、具体的には話していないが、やはりあの女、お前の女で間違いないようだ」
「人間は誰かの所有物じゃありませんよ」
「妻であるなら所有物で、共有物だ」
「・・・・・・・・・・・・ぼくは結婚はしていませんが」
「そうなのか? なら、あの女が誰かに取られても構わないのだな?」
「それは」
「私がこれからあの家に行って、押し倒してしまっても構わないわけだ。あの女は泣くかもな」
 殺気というよりも、焦りが見えた。
 あるいは、本能的な反応か。
 ブラフだとバレバレであっても、この男は愛しの彼女が罵倒されたり、危機に陥るのが我慢できないのだ。だからこんな会話一つで動揺し、目の前の私を殺害するかどうか間で頭の中で話が飛躍している。
 忙しい奴だ。
「・・・・・・友達ですからね。無理に、というのなら当然止めますよ」
「友達ではないだろう。お前達は友ではない」
 言っては見たものの、具体的に何か考えがあったわけではない。友情など私も知らない。
「そんなことありませんよ。僕たちは親友ですから。彼女もそう公言しています」
 正直言うとこの程度の戯れ言、いやどんな戯れ言であろうが私に切り崩せないものなど無いのだが、焦らず行こう。
 変に恨まれて夜道で刺されてはたまらない。
「あの女にお前が言わせているだけだろう」
 だというのに、私はいちいち相手の心をえぐりそうな言葉を発するのだった。まぁ口に出てしまったものは仕方あるまい。
「お前はあの女にそう言わせ、そして今の関係を続けようとしているだけだ。そして、何だろうな・・・・・・お前は恐怖している。今の関係が崩れることは勿論だが、ふん、そうだな、自分のような人間が彼女と共にある資格があるのか? 彼女は自分自身を否定しやしないだろうか? と、そんなところか」
 おおむね当たっていたらしく、「あなたにいったい何が分かるんです?」とべたな台詞を返されるのだった。
「わかるな、作家に分からないことなど無い。人の心なんてパット見で分かる。お前の心などお見通しだ」
 実際にはこいつの心など別に視認しているわけではないのだが、少年少女の思い悩みなど大昔から変わらないものだ。考えるまで、心を読むまでもない話でしかない。
 だというのに、それを信じたのか納得したような顔で青年は落ち着くのだった。こんなチョロい男と一緒になってあの女は大丈夫だろうかと思ったが、まぁ男がだらしない分女はしっかりするものだろう。バランスは取れている。
「人に知られたくも無いことだけは知っている。それでいてその事実を突きつけ、金を巻き上げる・・・・・・それが作家と言うものだ」
「ぼくも一応、作家ですけど」
「そうだったな。昔は面白かったが最近はつまらない話をかいて大儲けしていると聞いたが」
 ほとんどやっかみ半分、悪ふざけ半分だったがしかし、またそれをまじめに受け止めて暗い顔をしているのだった。
「まぁいいじゃないか、売れてはいるんだろう」「確かにそうですけど、昔の方が面白いってのは聞き逃せませんね」
「そうなのか? 事実昔のに比べて、最近の話はドラマの台本なのか小説なのか、よく分からなくてつまらなかったが」
「メディア展開を考えると、愚直に小説を書いてもいられなくなるんですよ」
「ただ単に天狗になって、本分を忘れただけだろう。頭の中をメディア展開で一杯にしながら画策品が、傑作になるわけがない」
 などと、適当なことを言った。
 売れる作品と良い作品は違う。とはいえ私はその筋の専門家ではないし、傑作を書く条件など知ってはいるが、いるだけだ。
 結局のところ作品とは心を打つものではなくてはならない。私が言うと空しさすらあるが、とにかくだ。
 人生の半身を書くこと。それが作家の個性を出すと言うことなのだろう。
「じゃああなたには、傑作を書けるんですか?」「書けるな、そんなもの造作もない」
 と、答えたものの、そんなことは判断するのは読者であって、私ではない。まぁ自己満足であるという事を考えれば、私に傑作以外は書けないし書くつもりもないということになるのだろうか。 まぁどうでもいい。
 書けるに越したことはないが、作家である以上に一個人なのだ。読者共の判断など、金になればどうでもいい。
 逆に言えば、どれだけ傑作だと表されようと、金にならなければ空しいだけだ。
 邪道作家のこの私が、世のため人のため読者を勇気づけるために、作品を書くわけがないだろう・・・・・・そんなものはついでだ。私個人の幸福以上に大切なものなどあるわけがなかろう。
 そのあたり、この男は私とは真逆で、金や裕福さ、豊かさを得るに足る人間ではないと、モノはあるのに自身を肯定できず、私が毛嫌いする「世間的な道徳」に肯定される、あるいは認められることの方が、優先順位が高いのだ。
 贅沢な男だ。
 その他大勢のどうでもいい意見に、よくそこまで敏感になれるモノだ。暇であるからこそ、持つ側の人間だからこそ、持てる余裕と言うべきか。「あなたは、自分を肯定できる人なんですね」
 と青年、いや中年は言う。見た目は若いのだが、中身はさらにお子ちゃまだが、まぁどうでもいいだろう。肉体的な年齢も精神的な年齢も、若いに越したことはない、はずだ。
「自身を肯定することなんて簡単だろう」
 と答えたモノの、実際大した考えはない。そうだな、私の場合作品の品質よりも見る目のある担当に当たるかどうかを、気にする質だしな。
 まぁ、肯定しようがどうしようが、そんなもの結果が全てという気もするが。
 自身を信じる行為には、価値はあっても意味はないのだ。この男のように、自己満足がしたいだけなら話は別だが。
「自分を信用できないと?」
「ええ、自分なんて、簡単に移ろうものです。感情ほど左右されるものは、この自然界にはありません」
 面倒な思考回路だ。
「ならアドバイスをやろう。とりあえず信じるだけ信じて、ダメだったらまた次の策を考えろ」
「そんな適当な生き方できませんよ」
「なぜだ?」
「何故って・・・・・・無責任じゃないですか。自分を信じた結果、周りに迷惑をかけたら」
「お前は予言者ではないだろう。信じようが信じまいが結果は誰にも分からない。お前はただ単に成功しようが失敗しようがどちらでも応対できるように振る舞っているだけだ」
「・・・・・・・・・・・・」
 図星だったのか心に刺さるものでもあったのか知らないが、天を仰ぐ、そう、カフェの中で妙な行動ではあるが、天井を仰いで、そしてつぶやくように男は言った。
「それの何が悪いんです? 最善のの方法を使うことの何が、悪いんですか?」
「悪いかどうかと言えば、この世に悪い行動など無い。そんなモノは後付けでどうにでもなる。問題なのはお前が自分を騙しながら要領よく生きていることだろう。悪くはないかも知れないが、まぁ個人的に見ていて不愉快だったのと、あとはお前の言う感情の移ろい、私の機嫌がたまたま良くなかっただけだ」
 実際、機嫌が良ければ適当に肯定していた可能性だってあるのだ。とはいえ、自分を信じるだけなら金はかからない。無料でできてそれなりに気分も良くなると言うのだから、損はない。
 そして私個人の損得勘定が合えば、そんな道徳的な正しさなど紙も同然だ。
 風が吹けば消える程度のモノでしかない。
「・・・・・・・・・・・・は」
 納得したのか、結論を出したのかは知らないが何かしらの形で答えは出たようだ。
「大体が、全てお前の自身の有る無しが原因ではないか。お前があの女を抱けばそれでつまらないハッピーエンドだ。つまらない恋愛がつまらない結末を迎えるだけだ。そうそう、言っておくと、私はあの女の始末を依頼されている」
「何ですって?」
 恐怖と怒りで顔をない交ぜにする。
 最初から言った方が良かったか。
「それも含めて、おまえ次第だ。私は面白い方につくからな、あの女を始末した上で、お前とあの女のくだらない恋愛に手を貸しても良い」
「どういうことです?」
「殺しはしない。私にお前が手をかすなら、そこは保証してやる。いずれにせよ断る理由はないはずだ。お前が断れば私はあの女を依頼通り始末する。お前が手を組めば私が手を貸し、生き延びた上で情報をごまかし、手を貸そう」
「どうして、いや、貴方の目的は何です?」
 そんなモノ決まっているだろうに。
「作品のネタ探しさ。作家だからな。それ以上に優先すべき事柄は、いまのところ私にはない」
「・・・・・・いいでしょう」
 言って、非人間二人は手を組むのだった。
 私が関わったおかげで、物語は歪み、恋愛モノからサスペンスホラーに、奇妙な方向へと結末を向かわせてしまった感は、否めなかったが。

   3

 権力者について。
 世間的な「立派さ」のようなものは、個人の自己顕示欲を肥大化させ、そのためだけに生きる生き物に変える。
 その点は、安心して良い。アンドロイドが自我を持つこの時代ですら、不変の法則だ。
 権力なんて一定以上持てば気苦労が増え、仕事も増え、あまり良い事はないに決まっているものだが、しかし見栄や知ったかぶり、あるいは先ほど記述した自己顕示欲。ある意味彼らは自分を認めることが出来ないのだ。あの陰気な男とは違って、つまり金や立派さがあれば自分を肯定できるのだろう。
 それを剥いでしまえば、薄っぺらな自分たちには何もないと、無意識下で恐怖しているのかもしれない・・・・・・・・・・・・宗教も同じというわけだ。
 聖人。
 ある意味、いや間違いなく戦略兵器よりも国や組織といったモノは、こういうモノを欲しがる。 信心を集め、金を集め、自己満足を深める。
 私は神なんているかどうかはともかく、いたところで私を助けてくれるわけではないことは明白なので、そんな赤の他人に何かを期待することはない。
 しかし聖人は奇跡の象徴だ。
 その奇跡があれば、自分たち無関係な人間、信者である自分たちも、救ってくれるのではないのかという欲望。それが人々が聖人を求める心の正体だ。大体が、そうでないのなら聖人が何人国の墓に納められたところで、関係のない話だろう。 死した聖人が自分たちを救ってくれる、おこぼれを欲しがる心構えだからこそ、死んだ立派な人間に奇跡なんてモノを求める。
 聖人だろうが何であろうが、遺体を後生大事に特別扱いして、奇跡を祈り、一度も話したことのない人間に救いを求める。
 これが欲望でなくて何が欲望か。
 自分たちは都合良く救われたいだけなのだと素直に言えば良さそうなものだが・・・・・・組織であれば体面上、そうできない。
 大昔から自分たちの宗派の聖人を集め、容認できない宗派は弾圧し、それでいて神の愛を説き、民衆の心を一つにする。
 質の悪い洗脳儀式だ。勘違いするな、私はその神の教えとやらを否定しているわけではない。信仰は個人の勝手だ、しかしその個人の勝手を組織単位で脚色し、利益を求め、それでいて自分たちは清廉潔白な「良い人間」出あろうとする輩に関しては、不潔で汚らしいとしか思わない。
 そう言う意味では、あの修道女は本物なのだろう。私は宗教に関して詳しいわけでも何でもないが、ああいう人間が、前述したような腐った組織から民衆を解放してきたのだろうな、と私にしては割と素直にそう思った。
 さて。
 問題は、その聖人本人の意思を周りが一切汲み取らないところにある。聖人であることを、あの女がこれから先も聖人であることを望むのは勝手だが、そのためにあれこれ清廉潔白でいさせるためだけに恋路に口を出し、愛を神への一方通行で済ませようとするのは、ただの悪行だ。
 自覚するつもりも彼ら彼女らにはないのかも知れないが、ただの鬱陶しい嫌がらせでしかないだろう。聖人であることが仮にだが、絶対的に正しいとしても、その聖人になれるわけでもないその他大勢があれこれ言うのは見ていて醜悪だ。
 宗教とは、あくまで個人のためにある。
 神を信じる心も、神を崇める心も、神を見捨てる心も、全て当人の選択で選ばれるモノだ。
 他人の意思で決定づけられては、本当にただの洗脳でしかない。したとして、それは無理矢理教え込んだ人間の自己満足でしかないものだ。信者を増やすのは勝手だが、信じるモノが自発的にやるものであって、街頭で人を捜すのは、自分たちの所に信者が増えてほしいという、欲望でしかないだろう。
 私はそんなことを考えつつ、ホテルのシャワーを浴び、モーニングを食べていた。納豆ご飯に味噌汁、あとは卵焼きと食後のチョコレートだ。質素ではあるが、朝から贅沢なモノなど食べたところで胃が疲れる。
 シンプルなモノは良いものだ。
 私には人間の欲望が本質的には感じられないからかも知れないが、しかしブランド品や高級車を買いあさったところでどうせ捨てるのだから、見栄や自己顕示に金を使わなければ、基本的に人間金に困窮することはない。無論、多くあった方が安心は出来るので、私は多めに欲しいが。
 何にせよ人間は見栄や自己顕示で人生を無駄にする輩が多いと言うことだ。今回の件も下らない自己満足につきあわされたという所から始まっているのだしな。
「先生よ」
 テーブルに置いてあった携帯端末から、そう呼びかけられた。人工知能には「朝の作家に声をかける」という気遣いの出来ないやり方しか、今のバージョンでは出来ないらしい。
「何を悩んでいるんだい? さっさと殺しちまえばいい。依頼は聖人の破壊だろう?」
「破壊であって、殺人ではないさ」
「またそんなことを言う。手に入らないモノを眺めるのは良いが、彼らのしょうもない恋愛物語なんて、眺める側は空しいだけだぜ」
「そうも行くまい。私は作家なのでな・・・・・・・・・・・・売れる作品を要求されるのは当然だ。そして編集部というのは売れれば何でも良いものだ。金融が人類の判断基準になって以来、科学も技術も発展したが、何事も「金融」が中心である限り、そこに「幸福」は存在し得ない。しかし、「金融」がそこにあればそれは大きな力になる。つまり人類は中身よりも実利を求めているのさ」
「そんなことを気にする人間でも、ないだろうに・・・・・・ただ憧れているだけだろう?」
「いいや、憧れは無い。一切な。憧れを感じる心がないのだから当然だ。しかし、そうさな、
強いて言えば」
「強いて言えば?」
「見ていて面白くはある。暇つぶしには丁度良い娯楽だ」
「けど、その娯楽が手に入らなくて、遠くから眺めている子供とかわらねぇな」
 口の達者な人工頭脳だ。
 自分で自分をアップデート(違法だ)する人工知能は、どうやら私よりも人間らしさらしきものの獲得を、容易としているらしかった。
「だから何だ? 無い物ねだりをしても仕方あるまい。あるもので勝負をし、満足行くまで求め続ける。人間に出来るのはそれくらいだ」
「やれやれ素直じゃねぇなぁ。あいつらの輪の中に混ざりたいって、言えばいいじゃねぇか」
「普段から言っているだろう。それを仮に手にしたところで、私はやはり何も感じない。どころかそれらをあっさり、実利のために捨てるかも知れない。手に入らぬモノを無理して手にしたところでやはり、私が得るものは何もない」
「家庭を持ったり、幸せな人間関係を結んだところで、先生は満足できないのか」
「しないだろうな。するにしても、今更遅い話だろう。何にせよ手に入らぬモノに関してあれこれ言っても何も変わらない。なら、せめて実利はキチッと確保しておくのが豊かな人生のためだ・・・・・・・・・・・・ところで、お前はどうなんだ?」
 私は椅子に座って、コーヒーを煎れることにした。執筆用の文房具(もはや骨董品だろう)を開き、右手側にコーヒーを置いて、飲みながら執筆するのだ。人間一つのことに集中した方が効率が良さそうなものだが、私はアイデアに困ったり、執筆速度が落ちることも一切無いので、コーヒーを飲んでチョコを摘みつつ、オールディーズのSPレコーダーを回しながら、大体2〜3時間で10ページを書く。無論私は真面目な人間ではないので、書けるからといって無理はしないが。
 理屈の上では3日で一冊位だろうか・・・・・・とはいえ実際にやれば間違いなく指が痛むだろう。
 最近は徐々に早くなってきているので、その内半日くらいで書けるペースを手に入れられそうではある。早ければよいわけではないが、私は馬車馬のようにこき使われるのも御免なので、ある程度豊かな生活を送りつつ、作家業を続けていきたいモノだ。
 ジャックはくつろぐ私に向かって、
「俺が? 何のことだ?」
 と、意外そうな声を上げた。無論、携帯端末の合成音声ではあるが。何気に有名映画のハードボイルド主人公の吹き替え声である。変なところに見栄を張る奴だ。
「お前から見て、今回の騒ぎはどう見える」
 機械には宗教はないのだろうか? いや、アンドロイド達の活動にも宗教じみたモノや、そう呼べる活動は存在する。なら、機械は神を信じるのか、気になる話だ。
 だが、
「どうもないさ。俺たちにはそういう概念がない。だから今回の騒ぎも、異民族の風習って感じさ」
「神や悪魔は存在しないか」
「実際にいるかどうか知らないが、けれど人間の言う「神」って奴は、人間にとって都合の良い神や悪魔でしかないだろう? 都合が悪い存在もあるように見えるが、それだって人間が望んで分かりやすく責任転嫁する対象を求めただけだ」
「自然災害を神の仕業として、納得するようなものだな」
「mさにその通りだ。人間は物質世界に生きている。俺たちみたいに平面じゃない分、自分たちの想像も及ばない世界、理解を超えた存在の助けや災いがあって欲しいと、そう願った」
 干ばつがあれば、恵みの神がいて欲しいと願うのは必定だ。そしてその干ばつの原因も「理不尽」という一言ではなく、そういう神がいるのだと結論づけることで納得した、ということか。
「勿論本当に神なんて存在がいる可能性もあるだろう。だが、人間にとって都合の良い、人間が望むような神ではないだろうさ。神は全能かも知れないが、別に人間のために全能になったわけではないだろう」
 確かに。
 私は、宗教というモノに懐疑的だが、神の存在に関しては(実際に取り引きしているし)懐疑的ではない。ただ、彼らが人間のためだけに救いを出して、人間のことをもっとも愛してくれていると思いこむのは、傲慢も良いところだろう。
 神の愛はあるかもしれない。
 だが、別に人間に向いているとは限るまい。
 そもそも人間ほど惑星の資源を食いつぶし、殺し、裏切り、悪魔も真っ青な悪行を成し続けて敵国を食い物にし、自分たちのことは棚に上げ、特に反省もせず、そのくせ悲劇があったら祈りを捧げて救いを求める生き物だ。正直、神がいたとしてもこんな生物を無償で愛するというのは、それはそれで悪だと思わざるを得ない。
 人間などを愛する時点で罪悪だ。
 というのは飛躍しすぎでもあるまい。まぁ、罪悪の基準を決めるのは私ではないので、当人達が満足しているのであれば、そしてそれが法で許されるのであればこの世に悪は存在しない。
 なんて、戯れ言も良いところだが。
「俺たちには願うモノがそもそも無い。電子の海には手に入らないモノはないからだ」
「お前、以前生身の肉体で酒を飲みたいとか言っていたじゃないか」
「それはある。ただ、不足はしないだろう? 電子の世界の偽物でも、まぁ明日を恐怖するくらい何かが欠乏することはない。宗教は不安の中から生まれ、不安を安らぎに変えるために存在するものだ。然るに、不安がなければ神を信じようがないのさ。祈りとは、「明日が良くなるように」祈るものだ。結局は皆それを祈っている。だが、明日も何もない俺や先生には、そもそも祈りを抱くことすら許されない」
「勝手に私を巻き込むな」
「だが、事実だろう? 俺や先生に祈りはない。先生は祈る心が、俺には祈る理由がないからだ。だから俺達は救われないし、救われたところでそれを認識できない。だが、その分人生を人並み以上に謳歌することが出来るんだから、まぁおあいこって所だろうぜ」
「金に余裕があればな」
 コーヒーを飲んでいるときにいつも思うのだが何故、いつも気がついたら中身が減っているんだ・・・・・・それこそ神様とやらが、勝手に飲んでいるんじゃないだろうな。
 科学の恩恵があれば、人間は不自由しない。
 不自由しなければ不安もない。
 雑だが、まとめとしてはこんなところか。
「それにだ。人間は科学の力でこの世に楽園を作りつつある。いつの日か、あの世にある天国とこの世にある天国との違いは、なくなるだろうぜ」「私には、そうは思えないが」
「へぇ、どうしてだい先生?」
「科学の歴史は支配の歴史 支配することで人間は技術を高めてきたが、支配した先には、ダイエットを無理矢理こなした女にくるリバウンドのような理不尽な形で、自然災害が待ちかまえているだろう。我々は毎回そうだ。素晴らしい発明を作り上げる度にそれの繰り返し。あるままで満足できないのが人間の性ではあるが、あるままでなければならないのがこの世の摂理と言うものだ。摂理に意思はないが、容赦もない」
「そういえば、レーザー技術で天候を操作していた国が、今朝のニュースで凄いことになっていたぜ。なんでも、雨を集中させすぎて、オゾン層が薄くなった部分から放射能が降り注いだらしい」「何事にも反動はある。科学は便利だが、無理を利かせ続けると、大昔にコーンベルト、科学の力を過信して小麦を生産していた国が、そのしっぺ返しで滅んだのと理由は同じだろう。どんな経済大国、惑星すらも、自分たちの宿命からの取り立てには無力、ということだ」
 我々二人はむしろ、宿命から取り立てる側と言えるのだろう。宿命からの取り立てからは逃げられる人間はいないのに、宿命への取り立てはあっさり無視されるところを見ると、この世の摂理というのも人間と同じで無責任なのかもしれないが・・・・・・少なくとも歴史上、過ちを見なかった振りをして繁栄を押し進めた国は、例外なく滅んでいるのだ。
 歴史が進んだところで、やはり克服できない、いや克服してはいけない摂理のようなものか。
「何の話だったか、そうそう、宗教の概念は無いんだったな。なら、聖人の遺体、になる予定の女は、どう見えるんだ?」
 そうだな、とジャックは言って、
「遺体はエネルギー問題を集約したもの。わかりやすい「権威」「力関係の証明書類」みたいなものさ。それに、権威のある宗教組織の鑑別であれば聖人認定のゴマカシは容易だろう。鑑識ではなく鑑別だ」
「ずいぶんな言いようだな」
「だが、それを信じる信者次第だろうぜ。真贋よりも尊敬して祈りを捧げ、そして結果救われれば本物と違いないからな」
 成る程、確かにそうだろう。
 ルビーのように「鑑別」するという言い回しが正しいかどうかは関係ないのだ。この場合、多くの人間が尊敬の念を注げば、それが聖人になれるからだろう。
 聖人だから尊敬されるのではない。
 尊敬されるからこそ聖人になるのだ。
 そう言う意味では、やはりあの女はイレギュラーだ。死ぬ前から聖人になれる可能性を持つ少女・・・・・・それに目を付ける教会も教会だが、あの女が自分の意志を主張しなかった時点で、この結末は決まっていたのかもしれない。何にせよ私にはあまり関係のない話だ。
 私が興味あるのは彼らの人間関係や、愛と世間体という問題に対してどういう答えを出すのかであって、作家である私に彼ら彼女らを救う義務など無いのだから。
 それこそ聖人だ。まぁ、私なら現実的に金の力で人を救うだろうが。
「思うのは、聖人の遺体に素晴らしい力があったとして、成功し続けることが至難であるように、何事も上向きに向かい続けることは難しい」
 不可能ではないが。
 事実それを可能にした人間は多く、存在するのだから。
 ジャックは「どういうことだ?」と聞いた。
 私は、
「いや、聖人の遺体がどれだけ凄い力を持っていようがだ。それだけで全てが上手く行き続ける、なんてそんな、都合の良いことがあるものか?」「別に上手く行かなくても良いんだ。いや、救われなくたって意味はあるのさ」
 救われなくても意味はある。
 救いを求める信者を裏切るような存在ではないのだろうか?・・・・・・しかしジャックはそれでも意味はあると言った。
 どういうことだろう。
「神とは心のより所だ。そして聖人の遺体は「人間でも神と同じ清らかな存在になれる」という希望を人々に与えることが使命なのさ」
「そんな、誰でもなれたら聖人などと、呼ばれないんじゃないのか?」
「仮に聖人がどれだけパワーを持っていようが、人間を完全に幸せにするなんて不可能も良いところだろう? 生きていれば貧困があり、豊かであれば競争があり、競争に勝てば恨みが残る」
「救われないなら、信仰を捨てそうなものだが」「それは神を信じた、いや神にすがったことのない人間の台詞だな。神にもすがるほどの絶望の淵に置いて、人間はただ祈るしかない。無論解決できるなら自身でやるべきではあるが、だが手に負えないと判断すれば、そして事実人間の手で解決できない悩みであれば、人間は神に祈る」
 人工知能の癖に口も経験も達者な奴だ。人工知能差別だとか言われそうだが、相手が何であれ私は基本的に穿った目でしか見れはしない。
 こいつはそれ以上かもしれないが。
 ジャックは続けた。
「だが、完全に強い、祈りもせずに己の弱さと向き合える人間など、そうはいない。いたとして、それを人間と呼べるのかは怪しいものだ」
「・・・・・・・・・・・・」
 あえてコメントはしない。
 雄弁は銀、沈黙は金だ。
「だが、神というのは人間からすればだが、遠い存在だ。聖人は元が人間だからな。ああ成りたいと思うことが許される」
「相手が神では、ああなりたいどころか、そんなことは不敬でしかないということか」
 一呼吸置いて、ジャックは続けた。
「そもそも、神々の権能は絶対的だ。どうあがいても人間にはなれないからこその神々だ。そう言う存在を神として求めたのだから、なれるなれないではなく崇める対象にしかなり得ない。全知全能の神に欠点があるとすれば、そこだろうな」
 教えるという道に終わりはないらしいが、しかし神ですらその道は極めていないと言うことか。 人間は神になれない。
 神が素晴らしいのかどうかは知らないが、神の思う良い方向に人間を導きたいのであれば、最終的には人間が神と同じ存在になるしかない。だが人間は神にはなれない。
「成る程な、崇拝する対象と言う時点で、人間はそれが何であれ「越える」事は出来ないからな。確かにそれでは神を引き立てるためにも、人間は神に近く、神に届かない存在でなければならないわけだ」
「その通り」
 それが答えか。
「私からすれば、だが。人間も聖人も神ですらも当人の「個性」でしかない。全能の神は確かに凄いのかもしれないが、人間のように娯楽は作れまい。優れているとか、どちらが凄いかではなく、どちらも必要だと思うがな」
 何より神に物語は書けまい。
 これは重要なことだ。
 どれだけ全能でも物語のない生活など、退屈で仕方がない気もするが・・・・・・それとも神も悪魔も人間の物語を呼んだりするのだろうか?
 だとすれば金を支払って欲しいものだ。
 相手が何であれ、タダで読むのはどう考えても善行とは言えまい。神だから許されるはずもないだろう。
「人間はそれで満足できないから人間なのさ」
 話が長くなってきたので、私はコーヒーを煎れ直し、そしてまたソファに座った。
「人間は、簡単に言えば「自分よりも優れた存在に憧れて嫉妬する」生き物だ」
「・・・・・・? それなら「神に成りたい」と願うのは当然じゃないのか?」
「権力者とかならそうだろうが、信者は違う。彼ら彼女らは神の全能性をよく知っている。そして人間は、ここが重要なんだが、差がありすぎると追い越すことよりも、憧れて遠くから眺め、追い越そうという意思を無くすのさ」
 作家である私には、理解し難い話だ。
 しかしそれが仮にスポーツだとすればどうだろう。100メートルを0・1秒で走る相手に、50秒かかる奴が「ああなれればな」と憧れや嫉妬は抱いても「あれを追い越す」とは確かに、考えそうにもない話だ。
 尊敬も崇拝も同じだ。度が過ぎると追い越すことは頭から消えて、どう物真似するかになってしまう。聖人の遺体にしてもそうだが、結局の所は自分たちがそうならなければ(私は聖人になるつもりはないが、彼らはそうだろう)意味はないのに、「神に近づいた」聖人の遺体にすり寄ることで満足してしまう。
 価値観は随分、歴史と共に変わったものだ。
「それこそ西部劇の時代じゃないが、そういった困難を乗り越えることに、意義や価値を見いだそうとした時代もあっただろうにな」
「男の価値観は時代によって変わるが、信仰や拝金主義はほぼ不変だ。残った法が優先される。現代は科学で物事を済ませる時代だ。男の価値観や困難を望む姿勢よりも、科学は実利や数字、あるいは宗教なら分かりやすい救いなのさ。宗教もそうだが、皆がやっているからという流されて行動する人間が向かう先を決める。宗教は保守的な考えが多い、そうでなければ何千年も続きはしないだろうが・・・・・・・・・・・・いずれにせよ、聖書に頼っている内は、ダメだろうな」
「何がダメなんだ?」
「聖書はあくまでも神の指針だ。それに従っているだけでは永遠に自立しない。人間が、人間の目線で、人間が幸せに成るための方法を模索し、それでいて失敗を繰り返しながら、当人だけの「聖書」を自分で作らなければならないだろうな」
 私の場合、その聖書には「まず金、それから思想を抱け」とでも書いていそうだが。
 しかし、ジャックの言い分はおおむね事実だろう。しかし事実よりも優先されるのは人間の見栄だったりするのだ。力のある存在は何をやっても良いという「事実」が黙認され続けてきた人類の歴史の中で、そういう言い分はまず通らない。
 いずれにせよ神を信じる前にまず己を信じなければ、立ち行かないということか。それをどう取るかは当人次第だろうが。
 そろそろ待ち合わせの時間だ。
 私はコートを羽織り、外に出た。
 小うるさい携帯端末は放っておくことで解決した。

   4

 我々はレストランにいた。
 とはいえ、寒いので当然暖房の効いた店内だ・・・・・・しかし、相手が男であると、どうにも気分が盛り下がるというか、目の前のマルゲリータを摘みながら、気分を解消するのだった。
「美味いねぇ、これ。俺はイタリア料理ってあんまり食べたこと無かったんだけど、大昔の国でも料理はわりかし良かったんだねぇ」
 そこは失われた地球産の料理を再現する場所でもあった。しかし全てを機械任せで栽培した野菜を、アンドロイドが調理して昔の人間が食べていたとは考えづらい話だ。人間が作ったからどうという事はないのだが、しかしパスタの巻き具合からして全く同じ料理が並ぶ様は、はなはだ不気味であった。
 男は太っていて、カジュアルと言うよりはくたびれた古い衣服(恐らく、地球産の衣服の売れ残りだ。誰かが着ていたのかもしれない)オレンジの趣味の悪いジャケットに、ジーンズという古ければ古いほど良いらしいズボンを身につけていた・・・・・・・・・・・・サイズは合っていなかったが。
「縁結びの神としては、こういう料理とも縁を深くしておきたいもんだよ。でも、俺の専門は人と人だからね」
 断っておくが、この男が本当に神なのかどうかなんて、私は知らない。
 ただ、依頼があり、金が振り込まれれば私の客にはなる。たとえ少年少女のくだらない恋愛の応援でもだ。
「で、どうだい。順調かい?」
「相変わらず両者とも強情だ。男は勇気がなくて素直になれず、女は周りを気遣いすぎて自分らしさを忘れつつある」
「成る程ねぇ。いや参ったよ。彼らがどんな神を信仰しているのかは知らないが、俺みたいな下っ端が何を言っても無駄だろうからね」
「その「彼らが信仰している神」とやらに直談判したらどうなんだ?」
「無茶言うなよ、人間だって大統領に挨拶は出来ないだろう。神も同じさ。階級があり、権威の差があり、基本は人間とあまり変わらないかな」
「そうなのか?」
 意外だった。この男が本物だとするならだが。しかし人間と神がやっていることが同じというのは、どういうことなのか。
 私は作家であり、別に義侠心に導かれてここまで来たわけではない。あくまで取材になりそうな依頼だったからだ。そう言う意味では、私個人が得ることの出来る情報、作品のネタになりそうな言葉をこの男から引き出せなければ、仮にあの二人を救えたところで、本末転倒だ。
 だから聞くことにした。
「なら、神と人間には違いはないのか?」
「さぁね、長生きしていて権能は人知を越える。でも君も言っていたようにそんなモノは能力の差であって、あまり意味はない。考え方だって各地の神話を省みれば分かるだろう? 基本は夫婦喧嘩で国を滅ぼしそうになったり、権力争いで戦争をしたり、そら、神も人間も同じだ。やってることの規模が違うだけさ」
 そう言う考え方もあるか。
 神を盲信的に信じている人間が聞けば、怒り出しそうではあるが、しかし確かに各地の神話(宗教の聖地も地球ごと環境破壊でおしゃかになったため、データしか残ってはいないが)を見れば、神はそういう、よく分からない理由で行動していることが多い。
 世のため人のためよりも、単純に怒りだとか、諍いだとか、あるいは神の都合で人間に干渉する逸話は結構あるのだ。
 それが正しいのかは知らないが。
 私は運ばれてきたチーズを摘み、カプチーノを口に含みながら考える。
 神から見て人間はどう写っているのだろうか。 人間からすれば大概は、崇拝の対象であったりするが、それも全員ではないし、神の目線から見た風景も、種類があるのではないだろうか。
 少なくとも破壊神の見る光景と縁結びの神の見る光景では、違いがあってしかるべきだ。
「規模が違う、か。なら、その規模の大きい神から見れば、我々人間はどう写る?」
「そうだな」
 と、コーヒーを口にして考え込み、うなってから彼は言った。
「最初は。まぁ全員を俺が代弁するのはどうかと思うが、ともかく、小さくてよく分からない奴らだったんじゃないのかな。何せ、自分たちが作った世界にいて、自分たちには遙か及ばないのだから、最初から興味はなかったと思うぜ」
「それで」
 催促するのは気が引けるが、しかしこの話を聞かなければ、繰り返すが何のためにいらない苦労を背負ったのか分からない。
 縁結びの神か何か知らないが、洗いざらい話して貰うとしよう。
「でも、まぁ少しづつではあるが、彼らは進化していった。考えても見ろよ、人間の作り出した最新テクノロジーの数々、そうでなくとも戦争を繰り返し文化を新しくし、それでいて懲りずに同じ事を繰り返しつつも、少しづつ、進化する。テクノロジーに関して言えば、あんなもの神にだって作れはしなかったモノばかりだ。君が書く物語というジャンルにしたって、それを愛読する天使はいるし、物語という概念を作り出せない神や天使は、人間の作品を読むしかないんだぜ」
「そうなのか?」
「逸話は結構あるぜ。本当かは知らないが。物語に限らず、人間の作り出すモノは、神には作り出せないモノばかりだ。中にはろくでもないモノもあるが、娯楽も食事も文化にしたって、神や天使だけではどうにもならなかっただろうな。もし人間がいなければ、我々は相変わらず文化ごとに質素な食事のみで、いやそもそもそう言う文化も人間が作り出したんだから、天の楽園で花を見るくらいしか、やることはなかっただろうな」
「本当とは思えないな」
「なら、物語を書くなんて奇っ怪な役割を持つ神様の話を、あんたは知っているのか?」
 知らない、いくら何でもいないと思う。
 大体が神が行うのは規模が大きいことや人間には不可能なことばかりで、人間が普通に出来ることを真似する神なんて、いるはずがない。
 いたとして、物語を書く神、なんて奴が尊敬の念を集められるとは、到底思えない。なんだ作品を作る神って。見た目が芸術的だとかならありそうではあるが、新しいものを作り出すのは、基本的に神の役割ではないだろう。彼ら彼女ら? は基本的に秩序を重んじ、それを守るために存在するように見える。
 紙に嘘を並び立てる作家業なんて、間違ってもしそうにない。
「聞く限りでは、人間そのものよりも、人間が作り出す文化に興味があるように見えるな」
「確かにな。実際、人間の文化は認めても、人間そのものを評価する神なんて、少数派だろう」
 食べながら話すな。
 パスタを食べながら口を動かし、それでいて喋るとは器用な奴だ。これも神の能力なのか?
「人間そのものに評価を出来ない理由は単純だろう。言ったろ? 神も人間と根は同じ・・・・・・・・・・・・自分たちより「下」だと思っていた連中を、ごく限られた分野とは言え、認めるのはプライドが許さないのさ」
「生々しい話だな」
「実状は何事であれ、そういうものさ」
 言って、彼はパスタを口に放り込む。
 世界広しといえど、神にまで取材を申し込むのは私くらいだろう事を考えると、中々貴重な体験だった。もっとも、神にでもはぐれものはいて、そのはぐれものの意見と言うことを考えると、果たして他の神々がどう捉えるのかは、定かではないのだが。
「ところで、ここにはポルチーニ茸は?」
「あるんじゃないのか? もっとも、全てプラント保全技術で種子保存されたモノから、培養された養殖品だろうがな」
「嫌なこと言うなぁ。でも実際、人間って奴は極端だな。農業一つとっても、合理性をこじらせて大切なところを見逃している」
「大切なところ?」
「自然の恵みで神も人間も生きているって事さ。自然がなければ神だって息苦しくて倒れちまうと思うがね」
「自然と神は、別物なのか?」
 概念として同じ様なモノと考えていたが、どうやら違うらしかった。
「当然だろう? 自然は神よりも古くある。というかだ。神にだって歴史はあり、生まれる前はあるさ。人間からしたら大昔だが、でも最初からいたモノなんていないだろう。何もないこの宇宙に神々が生まれ、世のバランスを取ってきたとしても、自然は、宇宙が誕生する前からある概念だ。世界という概念がある時点でそこにある。何もない空間でもそれはそれで「自然」だからな。それを「摂理」と呼んでいる。世界のルールだな。我々は優れた存在ではあるが、しかしそれだけだ。世界は神がどうこうする前からすでにある。神の逸話に歴史がある以上、当然だろう?」
「だが、宇宙を作ったりしたのは神じゃないのか・・・・・・私はよく知らないが、創世神話とか、どの宗教でもあるだろう」
「それ以前から世界はあるじゃないか。もしそうでなければ、それ以前から世界がなければ、世界がないんだから神だって存在しようがない。別の次元に住んでいたとしても、それはそれで一つの「自然の存在する世界」だ。摂理ってのは誰が決めるわけでもないし、神なら変えられるだろう。事実いままで変えてきたのかもしれない。しかしだ、侮ってはいけないのさ。自然というのは誰に対しても平等であり、それは神でも同じだ。神だって神話の中でよく死ぬだろう? 死から復活する奇跡で摂理を跳ね返す奴もいる。だが、逆に言えばそれだけだ。神ですら死ねば蘇る奇跡が必要だ。奇跡、そう奇跡という名前の力でで神は摂理を克服できる。だからこその神だ。しかしそれでも摂理を無視は出来ない。神にも愛があり、愛があれば憎悪があり、憎悪があれば同胞と争い、そして死があれば復活し、復活すれば殺す方法を考え、そら、こういう心の動きこそが、世を動かしてきた摂理そのものだ」
「心の動きか」
 私にはよく分からない話だ。
 とはいえ、あちこちの神話をみる限りでは、確かにそう言った逸話は多い。少なくとも「争い」という一つの摂理からは、彼らが全能であり全治だと崇める神ですら、防げなかったし、防いで良いものでもないだろう。
 争いがなければ学習もないし進歩もない。
 争いを完全に無くすとはそういうことだ。全能であったところで、争いを完全に無くすのであれば、そんなもの究極的には自身以外を完全に消すしかなくなってしまうだろう。
 徐々に、進めるしかないのだ。
 そう考えてみると、神というのは意外と歯がゆい存在なのかもしれなかった。全能であればあるほど、干渉は出来ない。すれば、干渉して争いや問題を解決しても、それはそれで問題になる。
 まぁ、私のような人間からすれば楽ならそれで良いんじゃないのか? と思わざるを得ないが、私のように身軽ではなく、あれこれ人類の命運を背負っているのだとすれば、肩身の狭そうな職種だと感じた。
「このポルチーニ茸、本来の深みが無いな」
「無茶言うな、再現したにすぎない。昔食ったことがあるのかはしらないが、人間が身の程を知りわきまえた上で、地球にまた降りたち、質素な暮らしで満足できるようになるまで我慢しろ」
「それはいつだ?」
「永遠にこない」
「くそ」
 苛立っているようだった。・・・・・・そんなに美味しいモノなのか? 失われたとすれば、悲しいニュースだ。
「人間の農業はどうなっているんだ?」

「どうもないさ、便利になっただけだ」
「具体的には?」
「同じさ。まず外注、請負の仕事が多くなっている。それも星単位での外注だ・・・・・・危険な仕事は何処か遠くの惑星の奴隷に任せて、自分たちはクリーンさみたいな・・・・・・外面的な善良さを保っている」
「おかしくないか?」
 言って、彼は言うのだった。
「奴隷制度なんて、もう大昔に廃止されているだろう?」
「名前が変わっただけだ。「発展途上惑星」だとかそれらしい名前を付けて、経済力を盾にそういう仕事を振れば、誰も断れない。それに、どうせ民衆は自分たちに関係ない何処か遠くであれば、特に気にとめないだろうしな」
「それが、「奴隷」かい?」
「ああ、実際平和な惑星の殺人事件より、そういう環境下での過労死の方が数は多そうなものだが・・・・・・善良な一般市民っていうのはそういうものだ。倫理観、みたいなものさえ守れれば、何一つとして省みることはないし、自分たちは素晴らしい善良な人間だと思っているから、そういうのは政治家とか、現地の悪人とかのせいであって、関係はないと考える」
「事実、関係ないのじゃないのかい?」
「まぁな。だが、それらの生活を支えている労働・・・・・・いや奴隷たちの苦難のおかげで豊かな生活を享受していて、それなのにそういう人間たちがまるでいないかのように生きていける人間が、所謂善良さみたいなモノの象徴になる。みていて気味が悪くて仕方ないが、まぁ私が思うのはそんな都合のよい方法が、力さえあれば押し通し続けられるというのが、心配でならないな」
「でも、よくニュースとかでそういう、労働問題について取り上げられているじゃないか」
 最近の神はテレビも見るらしい。
 時代は変わったな。
 感想は的外れだったが。
「それが一番の問題だろうな。私は善人ではないのでこんな事を言う義理もないんだが、事実だけ言うと、だ。メディアで取り上げられれば、見ている人間は解決した気分になるんだよ」
「・・・・・・どういうことだい?」
 私は運ばれてきたサラミサンドをほおばり、小休止した。会話を食事中にするのは体力を使う。 味と言うより、歯ごたえがいける。
 新感覚だった。
 コーヒーを啜って落ち着いてから、私は話を続けた。
「高言った問題に我々は取り組んでいくべきですみたいなことを、メディアの人間が言うと、あたかも自分たちの意識が変わり、それに取り組んでいて、実践しているかのような気分になる。それで満足してしまって、他人とのおしゃべりで話したり、伝えたりすればそれでやりきった満足感を得てしまう」
「それの何が問題かな? このよは自己満足なんだろう?」
「そうだと思う。だが、この行動の流れには本人の意思が介在しないではないか。空気感、とでも言えばよいのか、それを人類全体が持って、解決していなくても解決した気になっている。これは事実だ。人権問題にせよ貧富の差にせよ、実際には未だかつて解決は一度もされていないが、革命が成功したり、貧困地帯の可哀想な差別されていた人間が保護され、本になったりしたモノを読んだりするだけで、そういう気分になる。それはいいがそれをずっと、有史以来ずっとそんなことを繰り返している気がしてならないな。人権問題も貧富の差も根底は人の意識の問題だ。意識が変わってないのに表向き変わったように受け止められて、それだけで、そんな薄っぺらい方法だけでやりきった気になってしまうから、人権も貧富も問題であり続ける。身勝手なのは勝手なのだが、こんな調子で人類の未来は大丈夫なのかと心配になるな。私は私個人がよければ他はどうでも良いがしかしだ。こんな解決の仕方ではしっぺ返しがくるのは当然で、あろうことかずっとそのしっぺ返しを金や権力で解決し続けている。なら、金や権力があれば別にいいのか? 殺しても奪っても事実彼らに罰はない。それとも、重要なのは人間の意思で、結果はそれについて回るものなのか?  どちらが正しいかは知ったことではない。だがどちらが正しいのか分からなければ方針に迷うと言うものだ。私は実利さえあえれば満足だが、しかし法則が不明なままでは、生きる「指針」を決める上で「邪魔」にしかならない」
 意外とよくしゃべるなぁ、君」
「まとめるのが下手なだけさ。で、おまえはどう思う?」
「そうだな、ええと、要は君は、世間一般の倫理観が、本当にそうなのか、悪行は結局「報いを受る」のか、それとも「金や権力という事実の前では、道徳は本当に何の意味もない」のか、詳しく知りたいという事かな?」
「そうだ」
「回りくどいがそうだな・・・・・・もし、俺にも計りかねることだから仮定で話を進めるけど、そうだな、そういったものに善も悪もなく、それこそ君の普段考えていることが単純に事実立ったのならば、君はどうする?」
「その場合、事実として金があれば何をしようが困らない。殺しても奪っても倫理観そのものを書き換えられて、それを事実どこの国も繰り返してきているのだろうしな」
「では、今回君が関わった信仰の方が正しく事実であり、因果応報、善行は報われ人の意思に価値があり、それこそが人間の正しい「道」だった場合はどうだい?」
「同じだろう。私は私個人の幸福を第一に置いている。どんな思想を持つにしろ、まずはそれがなければ話にならない。神の教えとやらに引っかからない程度に金を儲け、豊かで平穏な日々を送り平和に暮らしたい」
「君はぶれないねぇ」
「そうかな」
 あまり自覚はないが。いや、あったかな。
 事実として、金や権力がモノを言わせてきたことは「変えようのない事実」だ。どれだけ神の教えが素晴らしいのか知らないが、事実として世の中はそう回っている。
 金があれば、あるいはそれは権力と言うべきか・・・・・・殺人は国民を守るための戦争における勇者たちの行動となり、異国の地で殺人を侵し続けるという事実は兵隊としての「仕事」で済まされるというのだから、彼らはどう心の線引きを済ませて自分を騙し、平和な国での殺人事件に敏感になりつつも、兵隊の帰りを喜ぶのかが、不思議でならない話だ。
 道徳。
 倫理観。
 あるいは、法か。
 それらが、世間的なものと折り合いがついていれば「正しく」なったのはいつからだろうか。世間的な正しさと、自分の中にある正しい道は、無理矢理にでも合わさせられるようになった。
 それが「正しさ」となったのだ。
 人間の正しさは自身の心ではなく、そういった世間的な正しさや、あるいは神の教えだったり、大きい組織の意向であったり、あるいは上の人間の指示であったり、自分で自分の道を決める人間は社会悪でしか無くなった。
 人間の意思が管理される時代。
 まさにそんな感じだ・・・・・・人間の往く道は、「全体の意思みたいなもの」で決定され、そしてそれを決めるのは民主主義でも何でもなく、ただ上に立つ人間が決めていく。
 これで安心しろと言うのは無理な話だ。
 少なくとも、私のように作家などと言う因果な商売を生まれたときから決められていた、いや宿命づけられていた人間からすれば。
 そして、信じておきながら彼らはあっさり捨てられる・・・・・・危機の時に神の救いがなかったときに、あるいは組織に使い捨てにされたときに、あるいは法律が、社会が、自身の味方をしてくれなかったときに。
 そんな、当たり前のことに、気づかないまま。 神も法も組織も社会も、信じたからと言って助けてくれるとは限らない。仮に全能の神がいたところでそれは同じだ。神からすれば善意なのかもしれないが、善意という名の試練を与えられ苦悩する人間に、そんな話は通じないだろう。
 苦難を乗り越えれば幸福になれる、と神が思っていたとして、苦難を与えられる人間が挫折して自害してしまえば、それは自害した人間が悪いのか? だから勝手に苦難を与えて置いても神自身は罰せられず、自害は悪であると、地獄に落とされたりするのだろうか?
 私は神なんてあってもなくても別に信仰したりはしないが、気にはなる。
 もし全能の神がいたとして、じゃあ神自身は一体誰が裁くんだ? 誰も裁けないほど高みにいるとするならば、独裁者みたいなものだ。
 誰も逆らえない。
 誰も裁けない。
 誰も追い越せない。
 少なくとも、宗教における神はそういうモノが多いだろう。だが、そんな高いところから偉そうにあれこれ口だけ出して、現実には人間自身が何とかしなければならないのだろう。
 宗教を信じる人間だって、直接神に何か救われたという人間は少数派なのだ。当然だ。しかしだからこそ「聖人」だか知らないが、そんな一部の人間にしか恩恵を与えないのは、独裁者の与える勲章と変わらないではないか。信じるのは勝手だが、信じて結果を残した人間だけ愛すると言うことなのだろうか?
 少なくとも事実として、神に直接救われた人間なんて「聖人」くらいのものだろう。
「君はさ」
 彼は口を開いて、言った。どうでもいいが、曲がりなりにも、縁結びとは言え「神」を自称する奴が、口にソースを付けるんじゃない。
 威厳がないぞ。
「理不尽が許せないんだね」
 理不尽に憤る。まぁ正しい。
「許せないも何も、理不尽を許していたらキリがないだろう。何か理不尽な目に遭う度に、我慢しろと言うことか?」
「いや、そうじゃない。理不尽を笑って許せって事じゃないさ。ただ、彼らの説く「隣人愛」はそういうモノじゃないかと思ってね」
「理不尽を許容し、それでいて不条理を許し、成長しろとでも? 聞こえは良いが、それこそ邪悪そのものだ」
「なぜだい?」
「そうだな、仮にだが、聖人がその極みだとしよう。聖人が信者の分まで理不尽を許容しているとしてだ・・・・・・しかし、史実にある「聖人」はどれも悲惨な死を迎えている。それでいて死んだ後まで顔も知らない信者のためにこき使われ、結果が出せなければ「偽物」呼ばわりされるのだろう・・・・・・一人の人間に他の人間が嫌なことを押しつけているだけだ。例え彼らに聖人としての宿命があったところで、彼ら彼女らが人間らしい営みを手に出来なかった理由にはならん。相手が神でも同じ事だ」
 考えようによっては、それこそ神なんて、人間という生き物を作っただけなのに「救うのが当然」だと、信仰を押しつけられているともとれなくはない。
 神に救いを求める人間は数多いそうだが、神を気遣い救おうとする人間は、そうそういないだろうという事実もある。
 例え当人たちが満足していようが、そんな都合の良い、相手の善意に付け込んだ「救い」なんてものに、価値があるのか?
「君は優しいんだね」
「・・・・・・何が、だ?」
 意味が分からない。
 私には優しさなんて微塵もない。だが、不条理な思いをしてへたを掴まされ続けるのは、我慢がならないだけだ。
 私自身が、散々そういう思いをして堪忍袋を引きちぎってきたからだろう。
 虫酸が走る。要は好き嫌いの問題だ。
 好き嫌いで動くのは、男も女も神も悪魔も同じ事だろう。
「気持ちの悪い勘違いをするな。ただ、虫酸が走るだけだ。私は神経質なんでな。こういう世の中の仕組みも、キッチリ分かりやすくしていなければ、落ち着かないからな」
「そうかい。なら俺に言えることは依頼通り、俺があの二人をくっつける手伝いをして欲しいと言うだけだ。他はなんて言うか知らないが、俺は縁を結ぶ神として「役割」を持っている。正しいかどうかよりも、俺も自信の役割を果たしたいからな」
「なら、心配はいらない。とはいえ、いまはまだ材料が足りないがな」
「材料?」
「いや、なんでもない」
 今はまだ、使えるかどうかも分からない策だ。 案外、あの女を死んだことにして、遺体はバラバラになったとでも伝え歩いた方が、簡単かもしれないしな。
 何にせよ、私は基本行き当たりばったりだ。と言うのも綿密に策を練り、行動したところで、上手く行った試しがない。
「じゃあ頼むよ。ああそうそう、会計は済ませておくね」
 言って、私の依頼人は立ち去っていった。
 さて、どうするか。
 何事も根底にあるのは心だとすれば、今回の件もまず二人を素直な気持ちにさせて、上手い具合にくっつける必要がある。くそ、専門外だぞこんな話は。これなら「軍隊を滅ぼして欲しい」とか「軍事惑星を宇宙の塵に変えてくれ」とかの方が簡単そうではある。
 とはいえ、少年少女の恋愛劇。
 興味はある、今の私にはないジャンルだ。是非とも次回作のためにも欲しい。吸収して、作品を書きたい。
 そして言ってしまっては何だが、売れて欲しいものだ。
 私は席を立ち、風に吹かれながら外を歩いた。 世間はクリスマスムードなのか、みんな浮かれていた。美しいデジタル広告、ツリーの偽物、アンドロイドの飲食店、中にはアンドロイドを恋人扱いして歩いている奴もいた。
 私は特に気にせず、例の教会へと向かうのだった。勿論、作品のネタの為、ひいては私の為に。

    5

 シャルロット・キングホーン。
 彼女は人間として壊れている。
 そもそも聖人とは自分よりも他人を優先するからこその聖人だ。しかし、それが人間らしいあり方と言えるのかと言えば、そんなわけがない。
 産まれたとき、いやその前から名家と名家の配合の結果産まれることが決まっており、まぁその当時の彼らからすればきっと、聖人ほどではなくてもそれに近いモノを望んでいたのだろう。
 だからこそ産まれたのかもしれないが。
 何にせよ、そこに彼女の意思はなかった。足し算を覚える前から「聖人になる可能性」を期待され続けた人間が、マトモな思考回路を持つはずがないのだ。半ばそれが常識になり、子供らしい子供時代はなく、人間らしい趣味もない。
 ただの機械だ。
 組織や、あるいは何かの都合のために行動するとはそう言うことだ。それが聖人であれ、その機能が「自分とは関係ない赤の他人を救う」ことのみを求められ、それに従うならば、だが。
 事実、彼女は期待に答えてそうなった。
 彼女自身がいつ頃から意識し始めたのかは分からない・・・・・・だが、「必要は発明の母」であるように、求める心が多くあれば、それは奇跡を生むのだろう。
 信者の期待、周囲の期待、社会の期待。
 そういったモノにつぶされる人間は多いが、見事やりきった。彼女は過去に聖人たちが挑んだ苦行を実際にやり(この時点で彼女には「人々のために行動する」という基準しか無くなった)そして達成した。
 手のひらを返す、と言う言葉があるが、実際彼女は周りの都合にあわせて生きてきた女だ。そんな女に同情や哀れみをかける者もた。それが聖人になるという可能性を帯びるまでは・・・・・・。
 いくら聖人になる可能性があるといえど、だ。 実際にならなければ意味がない、そのためにも堕落するようなことがあっては「教会」の「沽券」(彼らの沽券がどれほどかは知らないが)に関わるとのことで、質素な暮らし、質素な生活の為に最低限の場所を提供した。
 聞こえはよいが、拒否権はなく、半ば強制的に籠の中の鳥と言うわけである。
 これには当然、彼女に思いを馳せる少年は抗議した。

 彼女には彼女の生活がある、と。

 だが、教会の答えは「我々は強制はしていない、彼女自身の選んだ道だ」と、答えた。当然そうであるように環境を操作した上での言葉だ。
 見栄や沽券。
 そういった形のないモノ。
 神に仕える人間も、人間でしか無いということだが、彼らはそれを認めないだろう。
 これは、ただそれだけの物語だ。

 そんなことを考えながら、私は、教会の近くにいた。レストランの評判が良かったのだ。私は昼からドリア(チーズとオリーブオイル、あとはライスをかき混ぜただけの奴だ)を食べながら、コーヒーを飲んでいた。
 コーヒーを飲むと身体から力が抜ける。
 思うのだが、昔の教会の人間が宗旨替えして飲む理由が分かると言うものだ。味と言うよりも、コーヒーは時間をかけて長く楽しめ、会話や読書を楽しめるからだ。
 これは良いものだ。
 今回関わっている連中は、どいつもこいつも見栄や沽券であったり、あるいは女に対して勇気がなかったり、いずれにせよコーヒー一つ楽しめない無粋な連中だ。
 私の敵ではない。
 とはいえ、強情さは一級品だろうことを考えると、神の愛とやらは人間を意固地にする効果があるらしいと感じざるを得ない。信じるのは勝手だが、柔軟さが足りないからこうなるのだ。とはいえ、彼らを説得する以上、彼らのことを考え、彼らの立場を考慮した上で対策を練らねばならないだろう。
 聖女を好いているあの男はどうだろう?
 相手の立場を考えるとうかつな高度は取れないみたいな事を言っていたが、あれはそれを言い訳にしているだけで、ただ勇気がないだけ、自分を信じられないだけだ。
 思うに、神を信じるのは勝手だが、彼らは自分を信じることを諦めているように見えてならない・・・・・・人間の可能性よりも、奇跡を望む。
 その気持ちは分からなくもない。人間の可能性とは産まれ持った能力、環境、持っている金や人脈といった、およそ本人の意思とはあまり関係のないモノで決まるからだ・・・・・・人間は才能に人生を左右され、その有無で豊かさはある程度決まってしまうし、それらを総合して運不運、運命とでも名付ければよいだろう。
 運命。
 宿命とは違う。己のやってきた道を信じ、そしてその果てに在り方や生き方に染み着いて離れなくなるモノが「宿命」だ。過去の過ちから宿命に追われる者もいれば、過去の積み重ねから宿命に取り立てようとする者もいる。私は後者だが、とにかく人間の意思で動かせる者が宿命だ。
 だが、運命は違う。
 もし、運不運で全てが決まり、あるいは人生の終わりまで、報われるか報われないか、幸せになれるのかなれないのか、勝利するか敗北するかが「決まっている」のだとすれば、我々の意思も、執念も、積み重ねてきた時間も、全てが意味を無くすだろう。
 あくまで仮定でしかないが、もしそれらを変えることが出来るのが「神」のみなのだとすれば・・・・・・・・・・・・人間は信仰心からではなく、ただ自分たちの「悪い運命」を変えられる神に媚びを売っているだけじゃないのか?・・・・・・人間は「自分たちに訪れる悪い運命」を「良い運命」に変えて貰うために神を信仰して救いを求める。だが、そもそもが運命を切り開く力を神とやらが独占しているだけならば、それは信仰と呼べるのだろうか。 その答えはもうじき出る。
 だが、「答え」を人間の執念で出したところで「結果」が伴わなければ空しいだけだ。結果が出なくても仮定に価値があるなどとは言わせない。例え相手が神でもそんな「汚らしい綺麗事」で私の人生を済まされてたまるか。
 心が乱れた。
 やはり、緊張、というか不安があるのだろう。私の本の売り上げがどうなっていくのか、いままでの総決算、私の魂を形にしたものが結果を出せるのか? そのことばかり最近、考えていたからな・・・・・・。
 聖人の遺体、か。
 それがもし、そういった不条理な運命を覆すものだとすれば、忌々しい限りだ。人間はそういうモノに、神の加護みたいなモノに頼らなければ、幸せになってはいけないし、何より前提として、加護がなければ幸福の権利が無い、ということになる。
 幸福になりたいという意思に権利は必要なくても、実際に幸福を手にするには結果が必要だ。
 だが、結果を求める道筋には「不条理」が待ちかまえているものだ・・・・・・そして不条理とは、努力や人間の意思などお構いなしに、全てを奪っていってしまう。
 打ち勝ったところで、また別の不条理がある。 まぁ人間が打ち勝てないから「不条理」と呼ぶのだろうが・・・・・・もしその「不条理」を覆せる力が、人間の意思ではなく、神の奇跡のみだと言うのならば、我々は神の奴隷になるしかないのだろうと、私は感じた。
 私は今レストランにいるので、何か注文を出さなければならないのだが、あまりそういう気分になれなかった。カプチーノ単品を頼む人間は珍しいのか、露骨に嫌な顔をしなかったが、客商売としてはやや問題のある態度を取られた。
 仕方がないので私は新聞でも広げて世情を(私はテレビも何も見ないので、どんなテクノロジーが世に出回っているのか、よく知らない)知ることにした。
 散発的な犯罪、薬物、人身売買、アンドロイドの非合法取引、労働問題、貧富の差、あとは華々しい世界に住んでいる人間たちのニュースや、あるいは平和な国の政治家がまた税金を着服しただとか、そういったものだった。
 科学は発展したが、こういう所は変わらないようだ。少なくとも数十万年前から、あるいはもっと前の地球に人類が住んでいた世界とも、変わらないのだろう。
 搾取する側される側。
 それによって発生するテロリズム、事件、不満や憤り、平和な世界のために寄付をする財団達の自己満足。思うのだが、何故いつの時代でも自分たちの国の労働者から散々搾取して国家規模の金を手にするようになった個人が、まるで「良いこと」をしているかのような顔で善人ぶって、ワクチンだとか食料支給だとかを行うのだろう?
 そもそも、そういう人間がいなければ貧富の差による問題も起こらないはずだし、何より自国民から資本主義を盾に金を巻き上げ、使いきれないほどの金を手にした人間が、自分がさんざん搾取してきた労働者よりも、わかりやすく「悲劇のヒロインらしい」途上惑星、途上国の人間を助けることで「正しい金の使い方」をしたから賞賛すべきだという流れが、どの時代でもある。 
 意味不明だ。
 彼らは分かるつもりもないし、自分たちは正しい善良な人間だから、関係ないと思うのだろう。だがそもそも資本主義では、所謂「文化的な」生活というモノは、「文化的でない」人間達の労働無くしては成り立たないものでしかない。
 そういう所謂「文化的な」人間に限って、散々戦争をして殺しておきながら、そんな事実はなかったかのように振る舞い、武力で威圧し逆らえば「仕方が無く」制裁を与えるのだ。
 今回の騒動も、そういう人間達のおかげで起きていると言って良い。
 私は新聞を畳み(目が疲れる)代金を払って神の家への道のりを歩きながら、考えることにした・・・・・・思索にふけるのも丁度良い。私は元々作者取材で来たのであって、この物語に主人公がいるのだとすれば、それは私ではなくあの少年少女二人だろうしな。
 始末屋家業は副業であって、あくまでも私は作家なのだ。作品を書いて金になるのであれば、それに越したことはない。
 歩きながら考える。
 このあたりは科学の恩恵があまりないらしく、昔ながらの街頭があるだけで、天候によっては遭難してもおかしくなさそうだった。昔ながらの田舎風景と言うことか。もっとも、教会もこの世界を維持するために莫大な金を必要としているらしいが。寄付金で計られてしまう教会も、中にはあるのだそうだ。
 信仰には金が必要だ。
 聖人の遺体もそうだが、大昔には宗教を通じて資金洗浄を行う事が大流行したらしい。大昔の歴史を紐解けばわかることだ。今更どうでも良いことかもしれないが、歴史を見る限りそれらを明確に解決した宗教はない。
 いまでも似たようなモノなのだろうか。
 神がいくら全知全能でも、奉る人間は欲望の固まりだというのだから、いかんせん無理な話なのだ。信仰する神は完全で信じるに足るものでも、それを信じる人間にまで同じ要求をするのは無理がある。だが、宗教には完璧以上を求める教えが求められることが多い。
 無いモノを求めたがる。
 それはそれとして坂を上るのは結構体力を消費するので、途中で帰ろうかなと何度も思った。辺鄙なところに立てずとも良いだろうに。だが聖地というのは不思議と世間の喧噪から離れた場所にあることが多い。
 考えている内に歩は進み、神の家、即ち教会へと私は再びたどり着いた。
 中には相変わらず女がいて、それは以前も会ったシャルロット・キングホーン女史だった。
 相変わらず何かに祈りを捧げている。
 何を祈るのだろう?
 偶数崇拝とか言う、要は本物ではないのだが、神を模したレプリカに、彼ら彼女らは祈りを捧げる。神に見守って貰うことを祈る人間が多いらしいが、見守られるだけでは何の役にも立たないのではないだろうか。
 役に立つ立たないではなく、尊敬し祈りを捧げることが大切だ・・・・・・などと言われても、そんな意味の分からない理由で納得できるわけがない。「また来ましたね。答えは同じです」
「実は」
「お断りします」
 まだ何も言っていないのだが。
「彼は確かに大切です。ですが、私には使命があります」
「使命だと? 誰かその辺の人間に「聖人」になれるからと、だから信者の役に立たなければならないと、思いこんでいるだけだろう?」
「・・・・・・確かに、そうかもしれません。ですが、私がどうあれ「選ばれた」以上、責任があります・・・・・・他の信者を導くという、役割があるのですから、彼には答えられません」
 正しい。
 だが、間違っている。
「それは違うな」
「? 何がですか。神のご意志は絶対です。違うことなどあり得ません」
「そうではない。「選ばれた」と言ったな。まぁ世の聖人は大体そうなんだが・・・・・・だが、選ばれたところで、そこに責任はない」
「何ですって?」
「仮に、おまえが聖人に選ばれたとしてだ・・・・・・聖人に選んだのはその「神」の都合でしかない。神であれ、崇拝の対象であれ、お前自身じゃないだろう?」
「それは、確かにそうですが」
「自分のことは、自分で決めなければならない。神に選ばれたとしても、だ。栄誉かもしれないがまず、「断るか」「断らずに受け取るか」を選ぶ責任があるのではないかな」
「そんな、これほどの栄誉を蹴るだなんてあり得ません。そんなのは神への冒涜でしょう」
「何故だ? いいか、よく聞け・・・・・・・・・・・・神が、まぁ私は神を信仰してはいないが、仮に全知全能の神がいて、人間を作り、神を信仰するのが何よりも正しい善行であり、この世のルールだとしてもだ。神は絶対かもしれないが、神のやることは絶対ではないんだよ。事実、その神は何回も反乱を起こされているだろう?」
「起こす側が間違っていたのでしょう」
 辛辣にそう言いきった。こいつは重傷だ。
 神の絶対性を信じすぎている。
 信じるのは勝手だが、盲信するのはただの依存でしかない。信じる相手を敬い、かつ間違っていると感じるのならば道を正す。
 これは人間同士でもよくあることだろう。
「そうかもしれない。だが、お前はその神ではあるまい。神の意思を計れない以上、神の正しい行動を盲目的に信じたところで、意味はない。理解が及ばない以上我々に絶対的に正しい道など有りはしないのだ。己を信じて結果を待つくらいしか人間に出来ることなど、しれている」
「ですが、事実私は選ばれました。選ばれた以上それに従って行動することは、間違いないはずです」
「もしかしたらお前達二人の中が余りにもまどろっこしいから、早くくっつけるためにしたかもしれないじゃないか」
「そんな馬鹿な。貴方の言っていることは無茶苦茶も良いところだ。神がそんなことをするわけがない」
「何故? お前にも、私にも、神自身以外に、神の意志など計れまい。だから、どうとでも解釈は出来る。お前は神に選ばれたという解釈が気に入っただけだ。何せ光栄な事だからな」
「・・・・・・何ですって?」
 声が怒気を帯びてきた。
 これだから女は面倒なのだ。神々でさえ「女」という生き物に翻弄されて、尻に敷かれた神話は結構あるというのだから、親近感のある話だ。
「そんなもの、そうに決まっているではありませんか。神は我々を見守ってくれている。ならば聖人に選ばれた者は、他の信者を導くために選ばれるのが、当然です」
 そんな当人達の私利私欲のために人を選び、生別することなどあり得ない、と。
 私からすればそこに「人間」が絡む以上、私利私欲のない結末などあり得ないとしか思えないがしかし、これ以上怒らせるのも面白そうだが、まぁ黙っているとしよう。
 女は怒ると、神よりも災いを呼ぶ。
 そう言う意味では女の神とは、いや、これは危険な考えだ、やめておこう。
「信者を導くことと、女の恋心は関係あるまい。選ばれたと言って、その責任があるなどと大仰なことを言う割には、お前はあのうじうじした男を好くことが出来ていないではないか。自分に惚れた男の面倒もみれないのに、どうやって信者の面倒を見られるのだ?」
「・・・・・・私は」
「責任があり、義務がある、か? しかしそれらと個人の望みは本質的に別物だろう。神とやらが直接恋愛禁止令を出したならともかく、別にそうではあるまい。神を信じるに足る立派な人間であろうとするあまり、気遣いが出来なくなっただけだ」
「し、しかし現実問題私は「聖人」になることを求められています。それは、私個人の意志とは関係がないことだ。私が役目を放棄すれば、それが原因で救われない信者が出てしまう」
「お前は、いうほど神を信じてはいないのか?」「どういう意味ですか?」
 返答次第では殺す、みたいな剣幕だ。
 だが、私は遠慮なく言った。
 そうでなくては、話が進まない。
「神が全能なら、お前の手助けなど無くても救ってくれるだろう。それとも、お前達の信じる全知全能の神は、聖人候補が一人、人間として当たり前の幸福を享受したくらいで、人間を救うことをサボるような奴なのか?」
「そんな訳ないでしょう! ですが、いや、しかしですね」
「まぁ、依頼を受けた以上私にも仕事がある。だから私が次にここにくるまでに、せいぜいあの男といちゃついて押し倒しておけ。貴様に出来る事など、せいぜいそのくらいだろうしな」
「い、いえ、待ってください。神に愛する事を我々は義務としています。そこに恋をすることは、神への裏切りにはならないのですか?」
 妙なことを言う女だ。
 別種のものだろうに。
「愛は無限にある。それこそ人間の数だけな。愛というのは幸福の形だ。恋というのは幸福を求める人間の意思だ。どちらも私にはあまり縁がないが、言えるのは、愛も恋も、神でさえ当人でなければ口を出す権利はない。もし口を出すような無粋な輩なら、そんな奴は神でも何でもない「人間のエゴ」そのものだろう。恋は祈りであり、愛は幸福だ。しかし幸福は人の数だけ存在し、愛もまた無限に存在する。当人達の中にだけある幸福に対する答えこそが、愛だろうさ」
 知ったような口を利いたが、これが正しいかどうかなんて私自身すら知らない。読者を惑わすのが作家の仕事であって、答えを出すのは読者の仕事だからだ。
 それが何であれ、答えを出すのは当人だ。
 神ではない。
「待ちなさい」
 言って、彼女は私を引き留めるのだった。
 だが、私は殆ど逃げるように、その場を離れた・・・・・・暴力的手段に訴えられてはたまらないと言う気持ちもあったが、思いの外神が狭量な存在で私に目を付けたりしたら、たまったものではないからな。
 私はとりあえず、言うことは言ったので借りているホテルに引き返すことにした。

   6

「よぉ、先生。女はどうだった?」
 我々はホテルのバイキングスペースにいた。調理場はほぼ全自動で、アンドロイドと人工知能の共同作業だ。人間はほぼ見あたらない。
 国策として大概の国は「機械を使用した労働の効率化」を進めている。この方法が「効率化」を進め、当然ながら人間の労働を奪い、管理は雑になり自然を破壊尽くしたことは言うまでも無い・・・・・・・・・・・・私の経験から言える言葉を述べよう。結果が出ないのは問題だが、結果を急ぎすぎると大概ロクな事にはならない。勿論、結果が出ないのは論外だ。積み上げたモノに対して積み上げた以上の報酬がなければ、何のためにやったのか分からないだろう。問題なのは人間の手を放れて数値ばかり見ることだ。労働もそうだが数値ばかり見ていると実体を計れない。非雇用者の地獄を見据えないから問題になる。それも、もみ消した後になって、「実は商品に欠陥があった」などと申し訳なさそうに謝られても、いい迷惑だ。
 農業も完全に機械が管理するようになったが、実際に土も触ったこともない人間がオーナーを勤める小麦産業は、害虫駆除のための薬漬けにしすぎて、もはや機械のオイルから出来ているのかと思えるくらい、人体に問題のある農作物ばかり出回っている。
 機械を使えば安いからだ。アンドロイドに高い報酬を与えない企業家は多い。この辺りは、大昔からの繰り返しだ。
 奴隷から他国の植民地に切り替え、そして発展途上国に切り替え、まぁそれの繰り返しだ。
 繰り返してばかりで、人間は成長しない。いや人間個人が成長しようが、社会構造に関しては、ここまで科学技術が進んだにも関わらず、何百万年も前から同じままだ。
 今回の事件も同じだ。
 教会の体質、あるいはそれに連なる人間の「保守的で盲目」の体質が変わらないまま、だからこそ「聖人候補」などというモノを求めている。
 社会も宗教も、進化はしても進歩しない。
 前に進む人間の意思は、なかなか億劫なモノらしい。
「顔を見れば分かるだろう。無駄足だった」
「そうは見えないね」
 ジャックは知ったように言った。
 しかし・・・・・・笑える話だ。
 幸福だの愛だのと言った可能性が0から存在しない、私のような非人間が、少年少女の色恋を応援し、理不尽を打破するために依頼を受けるとは・・・・・・見せ物も良いところだな。

 作家とは、何だろう?
 
愛も恋も下らないゴミでしかないどちらも元は
「都合の良い相手が欲しい」という欲望だ。夢も希望も幻だ。そんなもの、世界の果てまで探したところで、どこにも有りはしないものだ。
 そう、白状しよう。 
 私の世界には何もない。
 夢も希望も安らぎも、愛も恋も友情も勝利も全て、手にしたところですぐ消える。あったところで、私の世界からは消え失せる。
 私の世界には何もない。
 全てが全て、消し去られるモノでしかない。だが・・・・・・もし内なるこの「何一つとして存在し得ない世界」にあるモノがあるとすれば、それは人間の意思だろう。
 人の意思、だが、例えば私は作家として、意志を貫きここまで来た・・・・・・しかし、それに意味はあるのだろう。だが、価値はあるのか?
 価値がなければ、空しいだけだ。
 価値を伴わないモノが人の意思だとすれば、私の内から人間の意思は、全ての輝きを、完全に失うだろう。
 内にも外にも「何も無い」それが真実だとすれば、全てに価値は無い。ただのゴミだ。
 そうでないなら、そこに光は灯るのか?
 人間の意思が、美しくはあっても、意味があっても価値がないのならば、人間に意味はない。所詮全ては自己満足、それが世界の在り方だ。
 だが、

 そんな世界は、つまらない。

 善し悪しではないかもしれない。私には、どうしてもつまらないのだ。つまらないなら、終わらせるべきではないのか? 価値がないなら、それは惰性の物語だ。そんなもの、私の方から願い下げだ。
 それでも世界は美しいかもしれない。だが、私にはそんな美しさ、価値も意味もない。
 世界の都合など知らない。
 私はただ、ただ、なんだろうな。私は意外と子供っぽいのだろう。混ざれなかった腹いせに、私はそれ相応のモノを求めた。
 だが、そんなモノはなかった。
 あったところで、同じだろう。
 私は魂を物語に閉じこめた。だが、それで感動するのは私ではなく、読者の方だ。私には売り上げ以外、何の関係もない。
 私は求め続けた。だが、この世界には求めるほどのモノなんて、初めから無かったという事なのだろうか・・・・・・・・・・・・。
 答えは、まだ完全には出ていない。
 だが、じきそれも明らかになるだろう。
 事実として、この世界は残酷だ。「事実」でしか世界は計れない。それらしい言葉など耳障りで役に立たず、それこそ、幻、意味も価値も無いガラクタのような言葉だ。
 私の言葉に力があるか、それは私の計ることではないし、どうでもいい。私は、事実として計れる結果が欲しい。
 悪か善かなど知らない
 どう見られても構わない。
 目的を前にさまよう亡霊の真似事など、ばかばかしいことこの上ない。私は、
 私は、この世に産まれたい。
 私は死人だ。心もなく人格も借り物で、夢はつなぎ止めるためにすぎず、野望は自分のためだ。 「結果」が伴い、まだ見ぬ「人間としての幸福」を手に入れることで、私は初めて「産まれ」ることが出来、そして「生きる」事が可能になるのだ。そこから、私は前に進みたい。
 それこそが、人間ではないか。
 それでこそ、人間のはずだ。
 それこそが、人の意思が成す奇跡だ。
 大げさかもしれないが、やり遂げるか、あるいは初めから存在しないかのニ択しかない。
 私は少年少女の恋愛喜劇から、何かを得られるのだろうか・・・・・・・・・・・・。
 何にせよ、人の心が、その繋がりが「何よりも正しい答え」だとしたところで、手に入らないのであれば目障りなだけだ。
 適当に夢を見て、適当に使い捨てる。それ以外に何の道もありはしない。
「先生、おい先生ってば」
 声がした方をふと見た。少し、気を取られていたようだ。
「大丈夫か? 全く」
「何でもない」
 何にもならない、の間違いかもしれないが。
 ふと、化け物を見た。私は慎重にゆっくりとそれを見た。そこには鏡があり、私は笑って、いや口を広げて幸福を口にしようとしていた。
 腹が減っていそうな顔だった。
「・・・・・・いずれにせよ、邪魔さえ入らなければ簡単な話だろう。どれだけ背景が大仰であろうが、少年少女のつまらない物語だ。つまりどういう邪魔が入るかが問題だ」
「やっぱりそうなるのかね」
「当然だろう。「聖人」だぞ。宗教においては象徴であり、自分たちの見栄や誇りの拠り所になるものだ。私なら、始末屋の一人や二人、躊躇はしない」
「言っても、隣人を愛する組織なんだろう? 俺には宗教はなじみがないが、隣人を愛するなら少年少女の愛を応援しても、良さそうなものだが」「違うな」
 と私は断定した。
「連中の愛は、「隣人を愛する神に認められた姿勢そのもの」にある。実体はどうでも良くなってきているのさ。神の認める「素晴らしさ」あるいはその基準に従う姿勢を神そのものに「誉めて貰いたくて」やっている。そこに隣人を慈しむ心など、あるわけもない」
「熱心になりすぎるのも考え物だな。神を愛しすぎるあまり、神を崇めるあまり足下が見えないんじゃあ、本末転倒だろうに」
「人間とは、そういうものだ」
 結果を生き急ぐのは、当然のことだ。
 それというのも、この世界は努力をしたところで報われるかどうかは運不運、人間の手とは関係のないところにある。だからこそそれを手助けしてくれるであろう神に、人間は必死に祈るのだろう。祈ったところで何があるわけでもなさそうだが、しかし、それ以外にやれることもあるまい。 未来とは見えないものだ。
 そこに希望を持てればよいのだが、生憎この世界は優しくもなく残酷だ。この世界そのものに対する信頼度が、人間にはもうないのだ。少ないのでは無くないのである。信頼も信用も金と同じ、引き出し続ければいつかは枯渇する。
 人間はあらゆる残酷さを持って、この世界に嘆きをばらまいた。既にこの世界に「希望」だとか「夢」だとか「平和」だとかを望む、それに値する「信頼」や「信用」を、この世界は失っているのだ。
 だってそうだろう?
 私が寄っているこの惑星にも政治はあるが、誰も期待はしていない。ただ単に政治をする権利を持つ金持ちが、政治をしているから遠巻きに見ているだけだ。世界へ埋めや希望を求める心も根底はこれと変わらない。
 世界は残酷だ。
 そして残酷が過ぎただけだ。
 もう人間は誰一人として希望を心に持ち合わせてはいない。科学が発展し、アンドロイドが自我を持って尚、世界は残酷だったのだから。
 結局は持つ人間が勝利する。
 持たざる者では勝てない。無論、そういう人間が勝利を収めた「革命」は過去にあっただろうが・・・・・・「奇跡」というオプションがなければ、知恵や策略を労すれば労するほど、無駄になる。
 簡潔に言えば皆諦めたのかもしれない。結局はこの資本主義社会において、あるいは神を信じる宗教社会においてすら、「持つ者」か「持たざる者」かで勝敗は決まる。少なくとも、持たざる人間が聖人認定は受けないだろう。
 人に施しを与える人間だからと反論するかもしれないが、それも結局の所「運良くそれを認める人間達がいた」だけだ。何事においてもそうだがそれを認める存在と、それを祭り立てる存在が必要なのだ。
 そしてそれらは運で決まる。
 世界は公平かもしれないが、平等じゃない。だからこそまぁ、聖人などという奇跡がもてはやされるのだが・・・・・・
 話がそれたが、要は神を信じたところで「結果」がどうなるかは誰にも分かるまい。救われるのか救われないのか、それが分かるのは神だけだろう。
 どんな行いをしても救いがあるのか分からないならば、その可能性を上げようとするのは当然だろう。それが「聖人」というわかりやすい奇跡の正体だ。
 聖人ならば救ってくれる、と。
 勝手に期待を寄せた結末が、過去そうであったように、戦争を起こして人を殺してでも聖人の遺体を確保する、という人間らしい所行だ。聖人は素晴らしいかもしれないが、それを手に出来るのは争いに勝った側だというのだから、全く持って三流の喜劇だ。
「人間は聖人を求める。そこに救いがあると信じているからだ。だが、救いの幅は有限だ。聖人であろうとも、あるいはその遺体であろうとも、何処か遠くの関係ない奴は救ってはくれない。事実世界一有名な聖人は、生きている最中に人を蘇らせ救う奇跡を見せたが、別に関係ない場所の人間は何人死のうが救ってはいない。事実として神の救いは有限だと、あの逸話は裏を返せばそう言う意味でもあることに、無意識ながら皆気づいているのではないのかな」
「だから、取り合ったり0から作ったりしているわけか。難儀だな、人間って奴は」
「全く同感だ。だが、神がいるのかどうかはしらないが、もし奴らの信じる全能な神がいたとしてだ・・・・・・・・・・・・中途半端に救ったそいつにも、罪はあるのだろうな。なまじ奇跡を起こし、救ったは良いものの、全ては救えなかった」
「神は全能なんだろう? なら救えないのか?」 もっともな疑問だ。
 神が全知全能ならば、全てを救ってしかるべきだ。しかしそれはあり得ない話なのだ。
「全能であれば尚更だろう。大体が信者でもない奴らを救う神などいはしない。いたとして、そうだな。全てを救うと言うことは、この世の悪徳すらも救うと言うことだ。私には「救い」が何なのか漠然としているが、しかし奴らの信じる神にはルールがあり、罰もある」
「自殺がダメとか、そういうやつか」
「そうだ。神の基準で裁かれるならば、そこに人間の救いなど初めからありはしない。事実なら、それは神に従順に従い、教えを守った子羊だけだろう? 結局の所自分に従わない人間は救わないし罰を与える。どこの神話もそうだが、神は敵対した奴は必ず滅ぼしてしまう。人間には罰を与える。敵対した奴は滅ぼし、従うものには天国を与える。そら、救いなどあるまい。人間が人間を法に従って殺し、裁くことは暴君だという。神がそう言われないのは同じ事をやっていても、逆らえる存在がいないからに過ぎない」
 ただ能力がある存在が上に立っているだけだ。 独裁と何ら変わらない。
 どんなルールであれ、そこに救いがあろうが無かろうが、結果としては同じ事だ。
 神がいたとして、それに気づいたりするのだろうか・・・・・・・・・・・・それはないだろう。能力がある存在というのは省みない。これは人間も同じだ。 もしそう思ったとして、反省されても迷惑な話だ。いままで散々好き勝手していた暴君が、心を入れ替えたところで、最初からいなければ、そんな迷惑を被ることもないだろうしな。
 もっとも、神がそうであるかは分からない。
 前にも考えたが、別に神であるからと言って、能力は高いかもしれないが、自我は一つしかあるまい。複数あったとしても、考え、悩み、苦悩して尚前に進む心があるかどうかは、断定は出来ないだろう。
 どんな気分なのだろう?
 自身が作り上げた人間達が勝手気ままに救いを求め、そして救われなければ文句を言い、救いがあっても足りないと言う。こうして考えると、割に合わない生活だ。
 神が人間を見捨てたところで、別にそれは神の問題なのだから、我々人間の関知するところではない。
 神が罰を与えたところで、能力ある存在が能力のない存在を自身の都合で蹂躙するのは、動物と変わるまい。どんな崇高な理由、信仰、高潔さがあろうが、裁かれる側、悪と断定される側からすれば、そんなものは身勝手な正義にしか写るまいということだ。
「神は偉いのかもしれない。まぁ私よりは偉いだろう。全能で先を見通し、人間の未来を考えているとしよう。我々ではその考えを知ることすら罪深いと仮定しよう。だがそれでも、その正しさは当人の都合に過ぎない。神が絶対的な存在であろうが、それは変わるまい」
「先生は何でも「個人」として捉えるんだな」
「事実だからな。事実は事実として考える。神がいたところで、その考えが正しかったところで、その正しさを認めない、下らないと思う存在はいて当然なのだ。それを認めないで、神は絶対だと信じ込み、世界中に教えを無理強いしてきたのならば、それは間違いなく巨悪だよ。その辺りの殺人鬼では、及びもつかないくらいにはな」
 事実そうだろう。
 宗教を巡って人間は何度も何度も戦争をしてきたが、後から平和になったところで、人を殺して信じさせたという事実は変わるまい。
 神が絶対だったところで、他ならぬ神自身だって罪人であることには間違いがないのだ。神にそぐわない悪魔を殺し、戦争に勝利して支配体制を築いた神ならば当然だ。戦争を経験しない神など殆どいまい。位が高ければ高いほど、神は戦争を起こして勝利することで「正しく」あった。
 神が全知全能であるかもしれない。だが全知全能であったところで、清廉潔白であるというのはあり得ないのだ。いや、むしろそんなことはあってはならないことでしかない。だが、少なくとも人間は神に「絶対に正しい」ことを望む。
 神がいるとすれば、だが、むしろ私は心中を察し、お悔やみ申し上げるだろう。人間の勝手な期待に答え、戦争を起こしてでも政権を守り、邪魔者を殺し、しかし「神は絶対だ」と言われ完璧に清廉潔白な存在であることを要求され、全てを完全に救うことを求められる。
 肩がさぞ凝りそうな話だ。
 完璧に清廉潔白な存在、そんなものがあったとして、それがなんだというのか・・・・・・悪性のないものである以上、悪性の元となる自我は当然与えられず、戦争を挑まれれば良いように蹂躙されるという事だろうか。
「親が子を愛するように、神は人間を愛し、慈しみを与えているとしたところで、我々はペットではないし、聖人の遺体、死して尚利用される彼らと同じ、人間の信仰心に利用されているとしか思えないな。労働で言うところの「やりがい搾取」と対して変わらない」
「先生は卑屈だな。それは支え合って生きているとか、そういう考えでいいじゃないか」
「事実だ。むしろ私は楽観的だぞ。この世界は何一つとして期待できるものは存在しない。全てが全て、ガラクタだ。愛も希望も嘘でしかない。嘘で話を盛り上げ、この世界が素晴らしいものであるかのように演出する、作家という生き物が前向きでないわけがない」
 少し沈黙し、ジャックは、
「嫌な性格してるな。先生」
 と言った。
「お互い様だ」
 私はコーヒーを煎れ、飲んだ。この世界には価値も意味も無いかもしれないが、コーヒーの味の良さは認めても良い。
 やはり豆で挽いて良かった。
 味が違う。
 コクも違う。
 コーヒーに神がいるのかしれないが、個人的に感謝してやってもいい位だ。
 無論金など払わないが。
 払ったところで、神が役に立つかどうかは微妙な話だ。
「最大多数の最大幸福の悪だな。人を救うと言うことは、自身を救わないと言うことだ。事実、聖人の末路は悲惨の一言につきる。それを無視してやれ奇跡だの救いだの、よくまぁ恥ずかしげも無く求められるものだ」
「あんたみたいな非人間が言うと、奇妙な説得力があるな」
「私のような人間に指摘される時点で、手遅れの気はするがな。私のような人間が指摘せざるを得ないほどに、悪化してきていると言っても良い」 愛にせよ恋にせよ人間の幸福にせよ、眺めるのが楽しいのであって実際には疲れるし、争うし、い事は何もないと言うことか。
 やはり金だ。
 この世に、事実として大切なもの、大切にするべき価値のあるものは金くらいだ。金そのものがどうと言うよりも、利便性の高い金に比べて、恋だの愛だの幸福だのと言ったものが、大層な呼び方に反して中身の無い、空虚で無価値なものであるという事実がそうしているのだろう。
 事実、愛にも恋にも価値はない。実体は燃えないゴミより使えない無価値なモノだ。それが美しいと、大げさに嘘をついて世間が言い触らしているに過ぎないモノだ。
 崇高な愛も、
 情熱的な恋も、
 人間の間違いだ。
 そんな心は、間違えている。
 この世界にそんな美しいモノは存在しない。だからこそ作家というばかげた仕事が成り立つのだから。
 もし、こんな最果ての世界に「美しいもの」があるとするならば、人間の意思の向かう果てだ。 人の意思。
 人はそれを理想と呼び、執念と称え、あるいは信念だと声高に叫ぶ。
 人間に価値を求めるのならば、精々そのくらいしか、お前達には輝くものなどありはしない。
「聖人の遺体か。それそのものには意味はなく、結局の所どう扱うかが、重要なはずだがな。まぁ本質を見失い、肩書きに目をくらませるのはいつの時代も変わらないと言うことかもしれないな」
 そんなことを言って、私はコーヒーを飲みながら菓子パンを摘んだ。皮が餅で出来ており、何とも言えない奇妙な触感だった。

 椅子に座って、考える。
 これからどうするのか、いやそれは決まった。十中八九あの二人の恋愛を邪魔する人間は送られてくるだろう。そしてそいつは私を始末しようとするはずだ・・・・・・聖人にならず、小娘としてあの少女が人生を満喫しても、教会側からすれば何一つとしてメリットはないわけだからな。表向きどう言うかは建前であり、実際には人間一人の幸福を潰すことで「聖人の遺体」を得られるのならば「欲しい」と言うのが本音だろう。
 世の中そんなものだ。
 とにかく、対策を考えなければ。既にいくつか案はあるが、今後あの二人がどう動くかでこちらの動きも変わってくる。とはいえ、問題は一つしかないのだから、そこを解決すべきだろう。
 自身では釣り合わない、自身のような人間が隣にあるべきではないと言う青年。
 自身には使命があり、その使命の為には個人の幸せなどあってはならないと信じる少女。
 要は、それだけの問題だ。
 彼らの心が問題なのだ。心の問題を私が解決するなど笑える話だが、これが作品のネタになることを祈るばかりだ・・・・・・などと、祈る相手もいないのにそんなことを考えても仕方あるまい。
 どうするか。
「ジャック、お前なら、どうする?」
 人工知能は恋愛をするのだろうか? 少なくとも電脳アイドルに夢中にはなるらしいが。
「何言ってんだ、それが楽しいんじゃないか」
「どういうことだ」
「現実問題、恋愛は実らないだろ? 実るかもしれないと夢を見ている瞬間が楽しいのであって、実際に結婚したりすれば、折り合いがつかなかったりして、あっさり別の人間を捜したりするんだから、別に、今回の二人を無理にくっつける必要は、無いんじゃないのか?」
「確かにな」
 恋も愛も、当人の思いこみに過ぎないものだ。 現実という刃の前では、何の力も持たない。現実の前に力を持つのは金だけだ。人間の意思とかそういう小綺麗で美しいモノは、大概が何の役にも立ちはしない。
 しかしここで問題が一つある。
 私が作家だと言うことだ。
「そうしたいところだが、そうもいかんさ。何しろその愛だの恋だのと言ったモノがどういう答えを出すのか? それは私の眼鏡にかなうものなのか? それを知るために今回の下らない依頼を受けたわけだからな」
 あの自称「縁結びの神」にいいように使われた感じも否めないが、とにかく、私が作家である以上、人間の出す答えに対する興味は消すことが出来ないものだ。
 私は善意で動いているわけでもなければ、正義の味方でもないし、まして主人公でもない。
 主人公がいるとすれば、それはあの陰気な青年だろう。
 私は作家だ。たとえ周囲がどれだけの悲惨にまみれようが、作品のネタになり、そしてそれが売れれば何の問題もない。そう言う意味ではまだ情報が不足している。いくらなんでも、まだ手を引くには早すぎる。
 引いたところで、始末屋も待ってはくれまい。 少年少女は恋愛に、あるいはその愛とやらに一体どういう答えを出し、結末を導くのか? 駄作の臭いしかしないが、少年少女の恋愛など、あるいは愛などその程度のモノだ。
 考えても見ろ。
 恋は悲劇に終わり、叶わない思いを願い続ける物語だ。
 愛は届かず、報われない怪物の悲劇の物語に過ぎない。
 愛も恋も、物語としては三流だ。
 そんなつまらないモノを何故。私が題材として取り上げるのかと言えば、売れるからだ。ありもしない理想の恋愛、嘘くさい奉仕の心から生まれ出る愛の奇跡。そんなモノを人間は好んで読む。 現実にはそんな美しいモノは、存在しないからだ。いや、存在はするが、所詮人間の欲望に過ぎず、自身にとっての都合の良い存在を求める心に間の恋だの、小綺麗に言葉でまとめただけだ。
 愛とはそう言うものだ。
 恋とてそう言うものだ。
 だが、どんな形であれ、それが悪であれ、人間が人間の手に余るモノを求め、そのために道を切り開くとき、それは最高の物語になる。
 私には人間の「前へ進もうとする意思」こそが、尊い光に見える。だが人間の意思は報われないものだ。
 前に進んだところで、結果がなければ意味は無く、価値もない、そんなのは三流の悲劇でしかないものだ。
 人間の意思は力を持つのか? 未来を切り開く意思は現実に奇跡を起こすのか? それを知るための良い研究材料になるだろう。
 愛こそが最強の力であるのなら、その結末は必然であるべきだ。そうでないなら、見立て通り大したことのない人間の思いこみを美化したものという答えこそが、事実となる。
 私は実利さえあれば、彼らの行く末に興味もないしな・・・・・・精々稼がせて貰うとしよう。
「行くのかい?」
「ああ、とはいっても、少し外を見て回るくらいだが」
 今のところ、手がかりとっかかりはあまりないのだ。急いだところでどうにもなるまい。
「お前はそこで電脳世界のゲームにでもジャック・インしていろ。私は尾行者の調べがてら、作者取材にいく」
「お得意の人間観察か。すきだねぇ」
 見送る声を後目に私はドアから外へ出た。
 ホテルのフロントに鍵を預け、それからロビー内部で土産物だとか、特産品だとかを物色することにした。カフェスペースもあるし、また今度ゆっくりしていきたい。
 土産物を適当に見てから、すぐ外に出ることにしよう。そう考えて私は骨董屋(地球に人類が住んでいた頃のモノを、販売していた)に立ち寄ることにした。
「なんだこりゃ・・・・・・」
 そう思って手に取ったのは、お守りらしい人形だった。どこかの部族の信仰する神か何かなのかはなはだ不気味な姿だ。
 チップで購入し(現金取引は違法だ。大抵は脳内にチップを埋め込んでいるが、私は手渡しだった)外へと出た。
 お守りの人形はポケットに入っている。手を突っ込むところに入っているから邪魔で仕方がなかったが、とりあえずはこれで我慢した。
 そうして、私はホテルを出て、外を歩くのだった。

  6

 社会的背景。
 それはいつの時代にでも合るものだ。
 科学が労働をこなし、人間の価値観は「金」と「生まれ」そして「信仰」の三つに分類されるようになった。選民意識、という古く感じられる概念が復活したのは、アンドロイドというわかりやすい人間の奴隷が出来たことと、才能をデザインする事が可能になり、特権階級には常に優れた才能、優れた資質、優れた教育が集中するようになったからだ。
 いつの時代も変わらない。
 特権階級が肥え太るのは大昔から続いている。民主主義国家は「解決に向かっている」気分になることで問題を放置し続け、教会組織は「人類皆平等」という嘘くさいスローガンを掲げて何一つ解決はしなかった。
 実際、お題目を唱えて自分たちが困難に立ち向かい「解決している気分」になるのは勝手だが、政府も教会もそんな「ごっこ遊び」に集めた金を使い果たすというのだから、どちらも民衆の役に立たないと言う点では同じだろう。
 彼らは共通して「理想」は「立派」だ。だがそれだけでしかない。現実に何かを変えるのに必要なのは民衆の総意もどきでも、神の愛でもない。 資本主義社会において、何かを何とかしたいなら、そこには金が必要だ。
 貧民を救うのも。
 革命を起こし圧政を止めるのも。
 愛を説き、人々を救うのも。
 金がなければ汚らしい絵空事でしかない。私は今貧困街に来ているのだが、神の愛よりも金を使って食べ物を配り歩いた方が早そうな風景だ。
 建物は崩れ落ち、住む人間は死体か、獣じみた人間だ。こんな世界で、貧困という誤魔化しようのない世界では、綺麗事は通用しない。
 貧困に限らない。
 現実の残酷さの前では、政府の言い訳じみた方針も、教会の役に立たない神の愛も、等しくただの嘘八百でしかないのだ。
 現実とはそう言うものだ。
 チャリティというのか、そういう団体を見かけることもあるにはあるが、そもそもが豊かな国が繁栄するから貧困や差別が横行するのであって、豊かさを振りかざした人間がやったところで、何の説得力もない。かれらはただ「善行をしている自分自身」に酔っているだけだ。
 私の場合、運不運に関係あるのかと思ってそれなりの金額を出すこともあるのだが、何人私の金で救われようと、それによって私自身が救われたことなど一度もない。無意味だ。豚に餌をやっているのと変わらない。
 それが事実だ。
 いずれにせよ世の中は「因果応報」とは行かないものだ。悪行を働こうが、時代の法律によっては殺人こそが武勲になり、誉められる。あるいは殺戮兵器の基礎理論を書いたところで、被害者ぶれば咎は及ばない。
 あの世があるとして、そういう「生前の悪行」を裁く存在がいるから神の目は誤魔化せない、と言う輩も多いが、人間なんて生きているだけで罪悪ではないか。自然を壊し。動物を殺し、好き放題に他社を傷つけ、寿命が終わればほったらかしたまま消える。
 それとも、人間は人間の勝手な倫理観にさえ従っていれば、あるいは神とやらに媚びを売り、神のルールを破らなければ、何をやっても良いとでも言うつもりだろうか? 
 神のルールがあったところで、人間を裁く理由にはならない気もするが・・・・・・何にせよ、大して善人でもない、むしろ非人間の極みである私のような作家がこういうことを考えさせられるのだから、世も末と言うことか。
 作家とは因果な商売だ。
 こんなこと考えない方が気楽で幸せだろうということを、考えなければならない。
 考えた上で答えを出し、読者に問いかける。
 読者がどう取るかは分からないが、それが悪であれ善であれ導くのが、物語と言うものだ。
 町を歩いていると、意外な風景がいくつもあるものだ。まずこんな世界でも出店は出ていることだろう。無論、仕切っているサイバーギャングなりがいて、ならず者のサイボーグ達に、彼らの部品代として売り上げの半分はかっさらわれるのだろうが。
「一つくれ」
 そういうと、結構な金額をぼられることになった。まぁこういう場所では無闇に金の問題で揉めるのは得策ではない。もめ事を起こしに来たわけではないのだ。だから平和的に金額交渉をし、そこそこの妥協点で支払うことにした。
 恐らくは定価より高いだろうが、まぁ良いだろう。こういうのは雰囲気を楽しむものだ。
 皮に切り刻んだ肉を包み込んだ良くわからない食べ物を食べつつ、考えながら歩いた、我ながら器用なものだ。
 だが、私の食べ物は粉々に飛び散った。
「仕事に邪魔をされたことはあるか?」
 声のみが聞こえる。
 姿は見えない。
「私はね、政府の意向に従って生きてきた。愛国心という奴さ。聖人の遺体なんてモノがあれば、我々は更なる繁栄を手に出来る」
 周囲を見渡すが、人間が多すぎて誰が誰だかわかりはしない。どうする、考えろ、攻撃方法が分からないままではあっという間にやられる。
 肉が弾けるような音がしたが、それは私ではなく、とりあえず盾にしたその辺の人間だった。
「お前、今通行人を盾にしたな?」
 もしかして、何処か遠くにいるのか?
 しかし、遠距離からそんなことが可能なのだろうか・・・・・・例え最新式のプラズマ銃だって、私のサムライとしての能力があれば、反応できそうなものだが・・・・・・。
「それと同じだ。国からすれば全体に救いがあるかのように演出することが大切だ。遺体に力があるのか知らないが、私は国にあの女の死体を持ち帰り、栄光を手にする。それだけが全てだ」
 言って、銃弾のようなモノが飛んできた。前時代の鉄の銃と思ったが、そうではないらしい。
 飛んでいるはずの銃弾が見えないからだ。
 私はとりあえず逃げることにした。とはいえ、相手の能力を解明できなければ未来はない。何かしゃべっていたようだが、私を始末しにくる人間の素性など、考えたところで金にはならない。
 転がり込むように路地裏へと移動したが、しかし私の直ぐとなりにあった鉄パイプが破裂し、破片が刺さるのだった。
「ぐあああっ!」
 痛い、くそ、なんてことだ。慌てるな、おちつくのだ。落ち着いてなどいられるか、いやしかしこのままでは私が始末されてしまう。 
 私はとっさに幽霊の刀を構えた。敵がどこにいるのか分からない現状では、ただの頑丈な棒でしかないが、無いよりは精神的にマシだった。
「何のようだ、誰だお前」
「言ったはずだ。国家の意思のようなものだと考えてくれて構わない。いいかね、聖人の遺体だろうがなんであろうが、我が母国以外が手にするなどあってはならないのだ」
 我々は宇宙の支配者だからな、と傲慢な台詞を襲撃者が吐いてくれたおかげで、大体どこの惑星かは想像がついた。
 プライドだけは高い連中だ。
「いいか? 3秒数える。お祈りでもしていろ」 最悪で覚悟は必要だが、しかし、これで決まったぞ。
 私に逆らう奴は皆殺しだ。それがいけすかない国家の犬なら尚更な。
 私は身体を打ち抜かれる瞬間、身体をひねって傷を表面にとどめた。こんな避け方は一度しか通じないだろうが、これで理解した。
「空気銃」
「なんだと」
「貴様、何者か知らないが、形のない弾丸を撃つことが出来るらしいな」
「それが何だというのだ。分かったところで、私の技術の前には無意味なことだ」
 技術か。
 恐らくは科学で解明できなさそうな、私の刀と同じたぐいのモノかもしれない。人間は人間でそう言うモノを作っていたということか。
 言ってることからして、あの少女を始末して国に持ち帰るため、私が邪魔だと感じ、殺しに来たということだろう。
 やれやれ、だから聖人の遺体なんてロクなものではないのだ。聖人がいくら凄かろうが、扱うのはこういう人間なのだからな。
「いいかね? 私が言いたいのは」
「いや、言い、ここでお前の台詞は終わりだ」
「何だと?」
「いいか、私は戦闘が嫌いだ・・・・・・疲れるからな・・・・・・だから貴様の出番はここまでだ。瓦礫の底で考えていろ。お前みたいなモブキャラについて正体を暴く必要すらない。ここで消えろ」
「私の居場所も分からないのに・・・・・・おい、それは何だ?」
「気づいたか? でももう遅いぞ・・・・・・路地裏であれば狙撃に有効なポイントは二カ所しかないからな。両隣の建物の中。無論私はお前がその辺にいるであろうというおおざっぱな情報しか掴んでいない。しかしだ。私のこの幽霊の日本刀は、魂を切り刻み、腐敗させることが出来る」
 両隣の建物の基盤を、それぞれここに来た時点で叩き斬った。どこにいるのかはしらないが、建物が崩壊するのは時間の問題だ。
 私は急いで路地裏から出て、だめ押しにさらに建物の柱部分を叩ききった。当然支柱が崩れた建物は音を立てて崩れ落ち、どこにいたのかはしらないが、まぁ生きてはいないだろう。
「作家に肉体労働をさせやがって」
 私は疲れることが嫌いだ。
 戦闘のような命をかけて得られるモノの少ない行為は、大嫌いだ。
 だが、嫌いかどうかと、出来るかどうかは別物と言うことか。
 私は警察がくる前に教会へと逃げた。何よりこれで、あの女を説得する材料も整ったわけだ。
 命の危機でも逃げないだろうが、周囲に迷惑がかかるとあれば、あの女の考えを「曲げる」ことは出来なくても「曇らせる」ことは可能だ。
 やれやれ参った。
 私は少年少女の恋愛の為に、こんな割に合わないことも作品のためだと言い聞かせつつ、神の家に向かうのだった。

   7

 作家には自信が必要だ。
 己の作品に対する確固たる自信、誇り、そう言ったモノがなければ作家とは呼べまい。売れて天狗になれってわけじゃない。
 己の魂を切り売りし、表現し。個人の限界を追求するのが作家だとすれば、それそのものに自信を持てなくて、何に自信を持つのかという話だ。 傲慢くらいがちょうど良い。
 そうでなければ、面白い作品など書けまい。
 だから私は作品に大して絶対の自信を持っている。見る目がある奴ならば評価して当然、編集者は見る目がある人間なら私を立て、作品を涙を流しながら売れ、私という鬼才に会えたことを光栄に思いむせび泣け。読者は見る目があるのなら感謝感涙、短い一生で私の作品を読めたことを誇りに思って死ね、位には自信がある。
 作品とは己の誇りであり、白紙の世界に対する一枚の地図であるべきだ・・・・・・そこへいくと今回の「聖人の遺体」はオアシスか、あるいはゴールの書かれている地図だろう。
 作家である私からすれば、聖人の遺体も神の教えが書かれた聖書すら、商売敵だ。
 とはいえ、敵から学ぶのも人間だ。
 これはそう言う物語、であると願いたい。
 願わくば、だが。
「この傷はお前のせいだな。やれやれ、さっさとお前達が逃げ延びて、聖人などと言う妄言から脱却できていなければ、私はこんな怪我をせずにすんだのだが」
 そんな恩着せがましい台詞から、私は聖人候補の修道女に文句を付けるのだった。
 荒野には地図が必要だ。だが、聖人と言う奴は己で書いた地図ではない。そんなモノが現実に力を持ち、己で書いた地図よりも「実利」があるのだとすれば、ささくれた気分になるのも当然だという気はした。
 全く、力があれば何でも正当化される。
 嫌な時代だ。あるいは、人間の本質がそうなのかもしれないが。我々作家が、人生を賭して書き上げた傑作よりも、大昔のいるのかどうかもわからない、誰が書いたかも分からない聖書が重宝がられるというのは、皮肉な話だ。
 その聖書を指針に生き、自分の地図を必要としない人間達が、私よりも儲けているのだから、尚更そう感じられた。
 シャルロット・キングホーンという名前の女、その女は全てが平等であるという確信を、口に出さずとも、神に全てを捧げた修道女の儚い姿で、演出するのだった。
「それは・・・・・・失礼しました。しかし、ご用は何でしょうか? 貴方がただ文句を言うためだけにこの教会へ訪れるとは、考えにくいのですが」
「ああ、そうだな。貴様等の「神」とやらに関して、聞きたいことと言いたいことが、あったものでな」
「言いたいこと?」
 彼女ははて、と首を傾げ、心当たりはないかのように振る舞った。
 だがそんな訳が無い。
 この女は神にすがり、男を捨てるくらいには信心深いが、愚かで考えなしではない。
 だから真実を理解している可能性はある。
 無論、論理的な真実など、人によって変わりはするが、「誤魔化しようのない真実」は神にだって誤魔化されはしない。
 だからこそ、神の教えは世界に広まったのだろうからな。
「私からすれば人を救うなんてことは自己満足の偽善でしかない。ああ、とはいえ、寄付を繰り返して人を助けるのは楽しいぞ? その辺の「聖人」とやらより私の「金の力」の方が人を救っているのかと思うと、あの世があるとして、そこに聖人がいるとしても、そいつらは私に頭が上がらないだろうからな」
「隣人を愛せよ、というのは徳を貯めろと言うことではなく、そうあることそのものが美しい人の在り方だと、神は教えているのですよ」
「なら、これでどうだ?」
 私は札束を取り出し(現代では違法だ)それを牧師が立ち聖書を読むであろう台の上に、乱暴に置いた。
「そら、金だ。くれてやるさ・・・・・・お前の祈りよりも私の金が、多くの信者を救うという事実を、噛みしめながらこれから先、祈れ」
「あのですね、私は」
「だが、これで人が救えるのは曲げようのない事実だろう?」
「それは・・・・・・」
 悔しそうに、まぁ当然ではあるが、この事実の前に彼女は話しあぐねているようだった。

「お前のような人間を見ていると、いつも思うことがある」
「それは、なんですか?」

「その在り方は崇高だろう。気高く、そして真実を求め続ける人間の意志は、確かに正しく、美しい。この私をしてそう思う。だが、私は誉められたいわけでも、おまえ達みたいに気高い在り方であり続けることに興味はないんだ。ただ、私は幸福が欲しい。豊かさが必要だ。手段は問わない。それは「悪」なのか? だとすれば、一体、どうやって幸福になれるというんだ?」

「確かに、所謂「聖人」という生き方はその極みです。目先よりも正しい在り方を尊重している。ですが、それだけではありませんよ」
 どういうことだろう。
 他になにがあるというのか。
「幸福とは、心が満たされることです。貴方の幸福がどういう形かは存じ上げませんが、しかし、幸福とは愛と同じく培うもの。求めることは悪ではありませんが、あなたは急ぎすぎる」
「私は、死ぬ寸前になって「幸福」とやらを手に入れて、それで満足しろと言われるのはまっぴらなだけだ。「幸福は手に入らなかったけれど、君の在り方は崇高だったよ」なんて、誉められたところで嬉しくもない。何度も言うが、私は」
「ええ、自信の幸福のために生きている。それが人間と言うものです」
 偶数崇拝の為とはいえ、この教会にはそれなりの神々しさがあった。そして装飾も、それに必要な聖女のような女もいる。
 だが、私はそんなモノ欲しくない。
 私は小綺麗な理想などまっぴら御免だ。
「人間は試練で魂を輝かせるのかもしれない。だが人間は魂を輝かせるために生きているわけじゃない」
 私は作物ではないのだ。神の都合で「立派な魂」を得るためだけに生きているわけではない。 作家というのは物語を通じて、読者の精神や考え方、意志の力を成長させる手助けをすることが本分だ。しかし、だからといって、私は読者の人生のために自分を犠牲にするつもりは毛頭無い。 それと同じだ。
 神も、物語も、結末は同じ。
「それも人を思えばこそです。神は全能ですが、人間を直接助けることは出来ません」
「何故だ?」
 神がいるとして、真に全能ならば、全てを救ってしかるべき。そうではないか?
「いえ、神はいます、我々を見守ってくれてもいます。ですが、それとこれとは別です。全てを手助けしていては、人の子に成長はないでしょう」「その「成長」とやらのために、何人死んだのかな」
「確かに、この世界は理不尽です。ですが、神は見ておられます」
 見ているから何だというのか。
 見物するだけならば誰にでも出来る。
「いえ、だから神はあくまでも「手助けをするだけ」なのです。この世に生きるという業は、我々自らが克服しなければなれない「試練」です。ですがそれを乗り越えれば天国へ誘われます」
「天国など、どこにある? あるのかどうかも分からないモノのために、この世の不条理を受け入れろとでも?」
 彼女が水をコップに入れる姿を見て、私は世界の水資源問題について思い出した。世界資源の90パーセントを超える「水」これを支配する政府が、そのインフラを支配するモノが世界を支配するようになった現代では、公共の水資源は教会くらいにしか存在しない。
 人間はどこにでもある水ですら、奪い合う。
 水のインフラを支配することで、他国を間接的に支配することが政治の定石となった。これも我々に対する「神の試練」か? 
 だとすれば、何人死ぬのだろう。
 私は善人ではないので何人死のうとどうでもいいが、しかしそこまででなくとも、この世には理不尽な試練が存在する。
「シェイクスピアという大昔の人間は、人生は舞台であると述べています」
「我が生涯が神の手によって紡がれた物語だとすれば、非道い駄作もあったものだ。何せ、読んで得られるモノと言えば、「この世界はどうしようもなく不条理で、希望はすべて幻想だと歌うだけの物語なのだからな」
「ええ、ですが、そんな喜劇にも救いはあります。貴方の物語だって、救いが一切無くても、そこに希望はあるでしょう?」
「物語の登場人物など、すべて偽物だ。騙されるな間抜けが。だが、物語の登場人物達は希望を見せるのではなく、「希望を体現する姿」を魅せるのだ。ああありたいと願う思い、それこそが人間が、いや、読者ならば誰でも抱く、物語への感想と言うものだ・・・・・・しかし、いいか、断言しておく。彼らは空想であり、実在はしない。タダの妄想と切って捨てればそれで終わりだ。だがな、

 他でもないこの私が彼らを認める。価値があり意味があると断言する。彼らの生き様、彼らの願い、彼らの思惑、彼らの思想、その全てが輝ける光だ。私が言うのだ間違いない。

 非人間ですらこの回答を出せるのだ。誰がなんと言おうが彼らには価値があり意味がある。作家である私が断言する。物語の登場人物達は無ではないのだ。確固たる・・・・・・人間の姿だ。だから私は彼らにこう言おう。安心しろ物語共。他の誰が見捨てようが、作品の神であるこの私が愛でてやる、とな」
 彼女は、少し押し黙った。
 話がそれたか。
 しかしそんな奇妙なモノを見る目で顔を見られると、不愉快至極だ。
「神も似たような気分ではないでしょうか。我々に神の意志は推し量れませんが、我々の苦悩には意味があり、価値があると考えるからこそ、我々は日進月歩し、技術を進め、あなたの物語だって、苦悩に満ちた生涯だからこそ傑作が書けるのではないですか?」
 不愉快な話を聞いている。
 だから私はこう答えた。
「挫折と苦悩に満ちた生涯など、煮ても焼いても食えはしないさ」
 実際、たまったものではない。
 私は作家になることを夢見ていたのではないのだ。あくまでも、それは生き方として、選択肢がなかっただけだ。だから作家は、物語を書くことは、私の幸福と関係がない。
 私は答えが欲しいのだ。
 倫理的にではなく「事実」として、生き方の方針が知りたい。それを知って「幸福」を手にし、平穏な生活を満喫したい。
 私の願いなど、ささやかなものだ。
「私は醜いアヒルなのか? 美しい白鳥なのか? その答えは神には分かるかもしれない。だが私には分からない。だから人間は答えを求めて旅をするのかもな」
 大して気にしてもいないくせに、私の口はそう言った。無論、その他大勢の批評などどうでも良いことこの上ない
 だが、私の運命に待ち受ける結末が、どこに行きつくのか? 
「結局、人間の執念は無駄なのか? それとも、人間の意志は奇跡を起こせる程なのか? その答えは誰にも分からない。そう、全能の神を除いてな。その答えを知っているのであれば、あるいは「報われる」という答えを知っていれば、余裕を持って見物も出来るだろう。だが人生はそうではあるまい。結局報われないことの方が多い上、その結末は分からない」
「それは当然です。それが「生きる」と言うことですから」
「だが、人間の意志や執念が奇跡を起こさず、無駄に終わるというのが世界の真理なら、意志や執念の末、なにもかも無駄に終わる人間は、とてもじゃないが納得行くまい。この世の不条理に対して人間はそういう答えを出しつつある。おまえ達のそれは理想論だ。現実には、祈りも思いも届かない。何の奇跡もありはしない」
「生きると言うことは、不条理を傍らに置くと言うことです。その中で、尊い人間の意志が魅せる光こそ、主に与えられた人間の素晴らしさではありませんか」
「素晴らしいかもしれないが、実践する方からすればたまったものではない話だな。それは人事だからこそ、出る意見に過ぎないのだ」
 不条理の中に輝く人間の意志。
 物語で愛されるキーワードだ。
 彼女は続けてこう言った。
「人間の心は、慈しむことで光るものです。あなたにだって」
「私にはそんなモノは、無かったさ」
 こんな修道女に言ったところで、何が変わるわけでもないのだが、良いように言われるのは我慢なるまい。
 だから言った。
 人間の在り方を。
「それこそが人間にとって当たり前の幸福だというならば、私によこせ。それが手に入らぬと言うならばそれこそ嘘ではないか。私は人間が持つあらゆるモノを剥奪されて生きてきた。この様で「人生」などと笑わせる。神がいるとして、因果に応報があるならば、私は貴様から取り立てる権利がある。今までの借りは返して貰う。人と人との繋がりがあるとして、それが人間の求めるべき道だとしても、私は神を許さない。許されたければ金を払え。人と人との繋がりなど、もう私には感じることすらないのだからな。
 幸福以前の問題だ。愛だの、恋だの、金よりも大切なモノがあるだのと抜かすのならば、まずは私に人並みの幸福をよこせ。それは出来なかったくせに、言い訳がましく「金よりも大切なモノがあるのだよ」などと、妄言も良いところだ。
 ならばこそ・・・・・・豊かさを手に入れなければ嘘になる。輝きを失うだろう。私はそれらしい偽善者の神が述べる、人間の真の幸福に弾き出された化け物なのだからな

 いままで、私に押しつけてきた非人間の在り方に対して、金を払え。人を神が作ったというならば、神の手違いは神の責任に他ならない。

 それが出来ぬ神など、信じるに値しない」
 まぁ要約してしまえば無い物ねだりも良いところだ。私に心がないからと言って、それは慎重が低い人間が文句を言うのとなんら、変わりない。 だが文句を言うだけならば金はかからない。
 だから続けてこう言った。
「納得すること、それは確かに崇高だろう。だがあらゆる情を奪われた人間が、納得などあるはずがあるまい。神がいるとすれば、私の存在そのものが、間違いなく神の間違いを指摘できる。私は自分を間違っているなんて思ってはいないが、私の人生に「屈辱」と「苦悩」を与えたのは間違いなく事実だ。作り間違えたというのなら、それに見合った金を払って謝罪しろ。それが私の「全知全能の神」に対する答えだよ」
「そんな、神は間違えたりはしません」
「そんな訳がないだろう。全知全能とて、真に何もかもを手玉に取ったところで、見方を変えれば何者でも悪になる。神は完全な善性をもつのかもしれない。だが「持たざる者」からすればそんなモノはただの暴力だ。持つ者の傲慢で、邪悪でしかないのさ」
 神がどういう人格者かは知らない。
 だが、そういう存在が「絶対的に正しい」などあり得ないのだ。そんなものは神でもなければ天使でもない。ただ権力者が暴論を無理矢理通しているのと変わらない。
 神に裁かれる悪がいるとすれば、間違いなくその神に、不平不満を抱き、そして彼らから見れば「高い能力を持って自分たちを弾圧する存在」でしかないのだからな。
 彼女は水の入ったコップを置き、振り返って私を見た。
 美しい、のだろう。
 理解は出来ても、感じることはままならない。 それが神の「正しさ」ならば、やはり私のような人間からすれば、持つ存在の傲慢だ。
 私は結論を口にした。
「作家である私にとって、作品は魂の分身だ。それが受け入れられない世界なら、神が存在しようがしまいが、あの世があって、天国があるとしても、私に居場所なんて無いんだよ。どこにも。私の作品がこの世界に。この人間社会に生きる人間達が「認めない」ならば、それは私という人間の在り方は、誰にも必要とされず、最初からいらなかったものだと証明するようなものだからな

 私の道は間違っていたのか?

 この道に間違いはなかったのか?

 それを証明するのが、作家にとっての作品だ」 お笑い草だが。
 実際、認められなければ只のゴミだ。
 世の中とは、結局の所彼女の言う正しさ、人間的な美しさというモノよりも、実質的にどうなるのか? それを必要とする。
 良い悪いではなく、必要なのだ。
 金も、豊かさも、権力も、なければ生きる上で足かせになり、滞る。有りすぎても欲に狂い、溺れてしまうものだがしかし、無くても良いわけではないのだ。
 それを察したのかは知らないが、彼女はふと気がついたように、その疑問を口にした。
 ある意味当然の内容だった。
「・・・・・・そんな貴方が、何故私たちを助けようとするのですか? 貴方は、神を信じていない。どころか人間の在り方も、その報いも、運命すら疑って生きている。そんな人間が、何故私たちに手を貸すのです?」
 まぁ当然の疑問だった。
 金を請求していない以上、反応としては至極まっとうなものだ。
 そう思う。
「物語には悲劇が必要だ。悲劇があればこそ読者共は同情し、涙して、傑作だとわめき立てる。だが真に作家が望むのはいつだって、つまらないハッピーエンドなのさ。幸福な結末を望み、現実と理不尽を考え、それでも何か方法はないのかと執筆し続けること、それが作家だ。悲劇は傑作を産み、幸福な結末は駄作となる。それでも、その幸福を求めようとする心が無い内は、作家としては三流も良いところだ。まぁ往々にしてそう言う作家の方が私などより、売り上げは高いものだが」「私たちの「悲劇」も、同じだと?」
「そう言うことだ。悲劇ばかり作っていては、ウケが悪いものでな。人間は現実的な恐怖、悲劇、それを受け入れるよりも、主人公が運良く、物語の補正を受けて勝ち、それでいて爽快な物語に自己投影して愉悦を得るのが、何十万年も前からの変わらない本能だからな」
 私から言わせればああいう物語など、戯れ言も良いところだ。運良く必要なモノを手に入れ、友情だとか愛情だとかで打ち勝ち、都合良く助けが来て、それでいて勝利する。
 夢が見ていたいなら枕でも買っていろ。
 馬鹿馬鹿しい。
「神の愛は存在します。私たちに貴方という人間が助けに来たように、貴方もきっと、救いがあるでしょう」
 その言葉に説得力はなかった。
 それが作家という「業」だからだ。
「素晴らしいモノがすべからく地獄から産まれるならば、私は幸福でない限り「傑作」を書けるのだろう。だがどうだ? その理屈で行くと、私は作家たらんとする限り幸福にはなれない。神の愛があったとして、その愛が人間を幸福にするモノだとしても、作家という生き物には無意味だ」
「貴方には」
 そう言って、何かを決意したように、強い目をして女は言った。
「世界がどう見えているのですか?」
 質問はつまらなかったが。
 私は丁寧に答えてやった。金を払って欲しいくらいだった。
「幸福も不幸も、この世の全てを傍観せざるを得ない・・・・・・傍観者という名前の化け物だ。だからこそ、読者共は全て同じに見える、それが人間であろうと神であろうと、怪物だろうと極悪非道な為政者であろうとな。等しく「個性」わたしにとってはどいつもこいつも、我の強い連中でしかないのだ。それは神とて同じことだ」
 なべてこの世はことも無し
 私には世界など、あってもなくても同じことだ・・・・・・全て物語の種でしかない。問題はそれで私自身が「満足」して「幸福」になれるかだが。
 とここまで話がそれてしまった。
 聖人の遺体になるなどと、そのばかげた考えの方を、私の人生観よりも先に、少なくとも金が出ている以上、仕事として解決せねばなるまい。
「理解しているのか? 聖人の遺体を利用した領土拡大計画・・・・・・遺体に対する法的な扱いは、どこでもそうだが、国民は国家の管理下に置かれるべきであり、国民登録がある以上、その遺体の保有権利は属する国家のモノだという考えが存在する。建前だ。要は連中は、「聖人の遺体」というシンボルを利用して、実質的な支配領土を広げたいだけだ」
「知っています」
「それも神の愛のためか?」
 だとすれば下らない。
 神のために自分を捨てるなど、ばかげているのも程がある。
 だが、彼女はこう言った。
「私の在り方が、ほかの信者を導ければそれで良いのです。この身はもとより修道女。救いを求めるモノのためにあります」
 頑なな女だ。
 誰かのためなど、笑わせる。
「くだらん! 誰が頼んだ」
 いいえ、と首を振って、彼女は言った。
「私が、他ならぬこの私がその道を選んだのです・・・・・・そこに後悔はありません」
 一見美しい言葉に聞こえるが、そうでないのは明らかだ。
「なら、両立すれば良いだろう。とりあえず人間として欲深く生きてから、聖人になることを火難が得ればいい」
「いえ、私は可能性とはいえ、聖人になることを期待される身です。そんなことは許されません」 結局はこの女、自信への期待の高さから、思考回路に制限をかけているのだ。
 だから、聖人らしくあれ聖人らしくあれ聖人らしくあれ、と、その考えに囚われるあまり、それ以外の道を選ぼうともしない。
 私と違って、選べるくせに。
 自ら道を、閉ざしている。
 忌々しい女だ。いっそ斬って捨ててしまおうかと思うくらいだったが、そうも行くまい。
 やれやれ、参った。
 この私が、少年少女の恋愛ごとで悩む日が来ようとはな。
「なら、あの青年は救われなくても良いのか?」「それは、しかしですね」
「お前のそれは、最大多数の最大幸福・・・・・・俯瞰でしか物事を見ておらず、目の前を見ていないだけだ。男一人堂々と付き合えない女が、聖人などと笑わせる」
「そ、それは関係ないでしょう! 私は、ただ」「義務を果たそうとしている? ふん、だがその義務は貴様が考え出したものではあるまい。聖人という制度そのものが、大昔の人間が勝手に決めた制度なのだからな。それになることが素晴らしいと思うのは、昔の人間がそう思って伝えたからに過ぎない。実際、聖人として生きて生活したわけでもないのに、「聖人らしさ」を凡百の信徒が考えたというのだから、笑わせる」
「何ですって!」
 珍しく怒りがその顔には浮き出ていた。
 名誉なのだろう。
 栄光なのかもしれない。
 それが正しい道なのだろう。
 しかし、だからといって、恋愛を禁止する理由にはなるまい。
「聖人が個人を恋してはいけないと、誰が決めたというのだ。それは勝手なおまえ達のイメージだろうが」
「た、確かにそうですが、しかしですね」
「なら、聖人になる道を目指しつつ、恋愛を楽しめばよいだろう。その程度が出来ないならば、聖人になるなどやめておけ。どうせ大した奇跡は起こせそうもないしな」
「・・・・・・聖人は清いものでなければなりません。人間の欲に身を任せ、それでいて聖人になるなどというのは、許されないことではありませんか」「誰が許さないのかと言えば、お前立ち居の風潮が許さないだけだろう。そんなもの無視しろ」
「そんな滅茶苦茶な」
 包帯を巻かれ、ある程度の治療が終わった。私は傷の調子を見ながら「またここに来る」と言って、身支度を整えて帰ろうとした。
「ま、待ってください。まだ話は」
「それこそあの腐った目をした青年の役目だろう。私は頼まれただけだ」
「だ、誰にですか」
「それは言えない。依頼主に関しては口が堅い方なのでな」
 などと、適当なことを言って私は話を終わらせることにした。
 私の目的はあくまで「人間の恋愛を作品に活かすこと」ただのそれだけだ。
 目的を見失わない内に、アイデアでもまとめておこう。
 女は祈りを捧げていた。私の無事でも祈っているのかは知らないが、金はかからない。遠慮なくその恩恵を受け取れれば良いのだが。
 外にいた青年は、その祈りをあざ笑うかのような深く泥のような、絶望の目をしていたが。

   6

 私は人間の肉を斬るときのようにステーキを切り刻み口に入れ、首を切り落とすときのようにフルーツをカットし、血を啜るように香りの良いワインを口に含んで、目玉を抉るように目玉焼きを抉り、人間を処理出来るほど濃い色のコールタールのようなコーヒーを飲み干した。
 目の前の肉をみる。
 その肉はまず、腐った目をしていた。この世のあらゆる理不尽をどろどろになるまで煮詰めたような、そんな目だ。人間の汚いところはあらかた見て、綺麗に装っている部分も、全て知り尽くしましたと語っていた。
 まぁだから何だという話だが。
 汚らしい目玉を除けば普通の肉だ。いっそ目玉を潰してから会話を進めようかと思ったが、そうも行かないだろう。
 二重の依頼は受けていないが、金を払う可能性のある人間の一人ではある。無論、それほど持っているようには見えないが。
 青年は名を名乗らなかった。
 まぁ当然の危機回避能力だ。私に名乗っていつのまにか戸籍が売り払われていました。などという事態は避けたいのだろう。そんな警戒心を感じるのだった。
 周りの人間を破滅させて生き残るタイプだ、と直感的に感じ取った。なぜ分かるのかと言えば、私は意識的にそれを行い、利益を得ようとする、非人間的な作家という職業だからだ。作家なんて大体そんな性格だ。
 無意識下で人を破滅させてしまうことを自覚してうじうじ引きこもっているタイプとも取れるが・・・・・・まぁ人間性などささいなことだ。作家の言葉とは思えないが、仕方あるまい。
 善人はつまらない。
 小物には興味がない。
 悪人は面白い。
 私が世界に対して思える感想はそんなものだ。「あなたは、生きていて楽しいですか?」
 ふと、そんな質問を青年はするのだった。
「ああ、面白いね。世界は、最高に面白い」
 そんな、心にも無い、と思える台詞を、特に何の罪悪感もなく堂々と言った。世界が面白いかどうかなど、その時の気分次第だ。恒常的に面白い世界など狂っているとしか思えないが、狂っていないと私は断言できない人間なので、それもまた私にとって都合が良ければ、ありだろう気もしたのだった。
 その青年は例の聖女の番だ。
 つまりこいつがヘタれて、押し倒すのを躊躇しているからこそ、私はこんな面倒なことをしているということである。しかし同時に、気にもなる・・・・・・元々、それが原因で引き受けたのだ。
 作品のネタなしでは帰れまい。
「お前はあの女を愛しているのか?」
「そんな、愛だとか、大げさですよ。只の友達ですから」
「友達では、愛してはいけないのか?」
「それは・・・・・・」
 答えあぐねているようだった。面倒な奴だ。
 友達県兼、愛人でよいではないか。
「さっさと押し倒せばよいだろう。何を躊躇しているんだ」
「あなたに、何が分かるんですか?」
 知るか。
 私は仕事で、いや、そもそもだ。
 言われてみれば、確かに、この少年少女の下らない恋心、あるいは「愛」とやらを作品に活かせなければ、くたびれ儲けも良いところだ。
 話を聞いてみよう。
 我々二人はレストランにいた。おしゃれで、まぁそこそこ値の張るところだ。田舎惑星になぜこんなモノがあるのかと言えば、司祭様をもてなす為以外には、あまり理由はないのだろうが。
 私はワインをグラスで遊びながら、
「いや、知らないな」
 と答えた。
 事情を知らない割に態度がデカい気もするが、金を貰ったわけでもないのに、この青年にあれこれ気を回す必要もあるまい。
「帰ります」
「なら、まずは料金を支払って貰おうか。それとそうだな、友達だと言うことは、別に、あの女が他の誰かにモノにされても良いんだな?」
 いきなり帰られそうになったので、とりあえず引き留めることにした。女に気があるのは明らかなので、軽い挑発だ。
 向こうはそうは受け取らなかったが。
 女の危険をチラツかせた瞬間、「この人間を始末してしまおうか?」といった考えを思わせる、暗く汚い目玉を向けられた。目玉を消毒した方が良いんじゃないのか、この男。
 ゆっくりと座り、そして、
「友達ですから。手を出す奴には容赦しませんよ・・・・・・それがなんであれ、ね」
「そういうのを、「自分の女」と言うのではないのか? 婚姻届さえだしていなければ、「友達」だとか言って、他の女にも手を出しそうだな、お前は」
 猛烈に憤っているのか、顔を赤くしながら抗議の目を向け、「いえ、ぼくは純情派でしてね。手を繋ぐのも緊張しますよ」などと、恐らくは適当な返事を返すのだった。
 話が進まない。
 お互い、嘘ばかり並べ立てているのだから、ある意味当然ではあるのだが。
「あくまで「友情」だと言うならば、お前にあれこれ言う資格はないだろう。この後、例えばその辺の男に口説き落とされ、押し倒されて、「実は来月結婚する」と言われても、関係あるまい」
 相手への嫌がらせ、違った。効果的に情報を引き出す手法としては、「相手が最も望まない未来予想図」を明確にイメージさせることだ。私も考えがあってやるわけではなく、暇つぶしにその辺りの人間の人生を破滅させて遊ぶときに、たまに使う程度だが。
 実際、面白くはある。
 我々を見守る神とかいう全能者も、こんな気分なのかもしれない。
「いえ、それは相手がふさわしい人間なら、応援させて貰いますよ」
「関係ないな、それすらも当人が決めることだ。お前には何の関係もないし、そんな意見を述べる関係性はあるまい。ただの身勝手だ」
「かもしれません、ですが」
 面倒な奴だ。
 友達、というキーワードがなければ付き合えないのだろうか・・・・・・言い訳がましい残念な青年だと思った。
「お前の言い訳などどうでも良い。問題はおまえ達を素直にさせてくっつけろというヤジが飛んでいて、それで私に仕事がきたという事実だ。それに、このままなら、あの女は篭の鳥だぞ」
 少し黙って、青年は言った。
「それで貴方に何の特が?」
「損得でしか物事を計れないのか。浅ましい男だな。頭の中は金、拝金主義者のなれの果てか・・・・・・・・・・・・無論、愛と正義のために決まっているじゃないか。少年少女の恋愛が邪魔されるなど、あってはならない外道だからな」
 我ながら口が回る。
 作品のためだ。それ以外には無い。
 まぁ、面白いしな。
「そんな顔で見るな。無論、物語の為だ。面白い物語よりも、愛だの恋だのの方が金になる。悲劇も良いんだが、人間って奴は下らない恋愛小説の方が、アホ面さらして高い金額で買ってくれるモノなのさ。内容は実在しない登場人物が織りなすフィクションでしかないのにな」
「それを理解するために?」
「当然だ。金にならない作品など、書いていられるか」
 厳密にはそのヒントを得るためだ。
 浅い内容で高く売れる。恋愛や愛という、楽な商売に私も参入したいからな。
 紙面の愛情なんて、そんなものだ。
 愛情など、良く知らないが。
 しかし、私は「感じ取れない」のであって「理解」して「表現」する事に関しては、愛に囚われている人間よりも、本物以上に仕立て上げることが可能だ。それでこその作家だ。
 そして愛は金になる。
 少なくとも売り物とするならば・・・・・・だが。現実には、生涯になるように見えてならない。彼らは愛情のために目先を見失い、無くなったら絶望して死んだりするし、正直、そんなものが人生において良く働くものなのか?
 気になったので聞くことにした。
「お前は、あの女を愛してはいないと答えたな。しかし友なら友で、友を愛する気持ちはあるはずだろう。おまえ達は何故、愛だの何だのと言った目に見えもしないあやふやなモノに、人生を委ねられる?」
「友情ですからね。でも、まぁ・・・・・・となりにいて楽しいから、とかそういう、それこそ形のない理由だと、ぼくは思いますが」
「形のない、ね」
 なら何故、拘るのか。
 形が無いというならば、自信の形のないモノに対しての気持ちなど、誤魔化す意味もないのではないだろうか。
 だが、それでも自分の気持ちに対して、少なくともこの青年は「決着」を求めているのだとすれば、私の世界には無いのかもしれないが、彼らの世界にとっては「実在する真実」と言うことだ。 人間の世界は認識の世界だ。
 個々人の認識が世界を決める。
 いや、決める云々というよりは、自信にとって都合の良い形で世界を見るのだ。そういう意味では「事実」のみを頑なに追い求め、見続けて、事実そのものを自身にとって住みやすいように変えようとする私の試みは、横着している気がしなくもない。
「形がないなら隠す必要も、無理に友達でいる必要もあるまい」
「いや、だからそういうのでは」
「自分のような人間では相応しくないだとか、自分のような罪悪を極めた人間では幸せになる資格がないだとか、相手の気持ちを言い訳にして相手の気持ちもあるから一概には言えないだとか、あるいはそんな自分に嫌気がさして、うじうじ悩んでいるのだろう」
「まさか」
 反応からして図星のようだった。
 まぁ、私が勝手に決めつけているのかもしれないが、そんなことはどうでも良い。間違っていたところで私には何のリスクもないのだから。
 と、そこまで話をしたところで、かれの携帯端末(大昔の古い奴だ。電脳世界に接続できるとは思えない)から、着信が鳴った。今時珍しいと言えば珍しい。たいていの人間は脳内にバイオチップを埋め込み、それで全ての雑務をAIにお任せしているのだから、こいつのような石器人類は珍しい方だろう。
 私は携帯端末を最新型で持ってはいるが、基本決断は己の第六感であり、機械に頼りははするけれど、依存はしない。
 人間、その気になれば8キロくらいは十分、徒歩で歩けるのだ・・・・・・周りの人間は大抵、人工知能任せの車に乗り、徒歩で移動する人間は殆どいないので、気楽でいい。
 私は運動能力は高いが、肉体労働が大嫌いなので、最近は軽い運動程度にとどめているが。
「・・・・・・あちゃあ」
「どうした?」
 つまらないリアクションだった。作品の参考になりそうにもない。
 しかし、
「ストーカー・・・・・・と言うと、聞こえが悪いんですが、最近、そういうことが多くて」
 何故そんなことを私に話したのだろう・・・・・・相当参ってるということだろうか。
 私のアドバイスは人間を破滅させるか、生き残らせるかのどちらかという極端なものだが、まぁこの青年がどうなろうと私の心は痛まない。
 存分に適当なアドバイスをくれてやろう。
「それも一種の愛だろう。あの女が友達だというなら、受け止めてやれば良いではないか」
「冗談よしてくださいよ。ぼくは会話が成り立たないたぐいの人間は苦手なんです」
 ごまかしが利きませんからね、と自虐するように言うのだった。言っては何だが、それは自業自得という奴ではないのだろうか?
 誤魔化すからダメなのだ。
 堂々と騙せばいい。
 両者の違いについては、ここで言及してもあまり意味はない。まぁ、何事も堂々としていれば以外と上手く行くものだ。
 多分な。
「会話が成り立たないのか。どんな風に?」
「こんな風に」
 言って、私に手渡すことで、彼は携帯端末内の文章を私に見せるのだった。見るついでに中身のクレジットデータを抜き取って、いくらか儲けたが、まぁ構うまい。
 中にはこう書かれていた。

 ごきげんよう。本日も朝12時と、随分遅い起床でしたね。私は浮気には寛容ですが、あの女のいる協会へはあまり近づかないでください。この間も、うっかり殺してしまうところでした。

 そんな感じの内容が、逐一、それこそ1分単位でスケジュールを把握されているかのような内容でビッシリと書かれていた。
「良さそうな女じゃないか。愛情は深そうだ」
 私は割と本気でそういった。
 しかし、青年は、
「冗談よしてください。ぼくはそんなこと頼んでいない。勘弁して欲しいです」
「そうは言うが、愛情というのは見る限り、頼んでもいないことを率先してやり、それでいて感謝も求めない代わりに誰が言っても断行する。少なくとも私の目には、そう写るのだが」
「それは、まぁ、そうですが」
「お前も、頼まれてもいないのに、「これは彼女のためだ」とか思って、女の期待に応えないのだろう? 何が違う? 倫理的に駄目だからか? それとも趣味趣向で愛の善し悪しは決まるのか?」
「そんなことは・・・・・・ありませんよ。ただ、愛情は素晴らしいかもしれませんが、それを素晴らしいと思うのは当人だけで、押しつけられる方は迷惑でしかない」
「それはお前も同じだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
 大体が、要約するとこの男の了見が狭いから、こんな事態になったのではないか。愛は素晴らしいかもしれないが、問題も多いようだ。
「愛も欲望の一つだという事実を、おまえ達は何故受け入れない? 欲望なのだから、自身の気持ちに忠実に、獣のように生きればよいだろう」
「ぼくは、人間です。人間には理性がある」
 獣とは違う、と。
 似たようなものだろうに。
「その理性も、目に見えない空虚なものだ。そも理性とは欲望を叶えるために存在する。人間の本能だ、いや、生物である以上、欲望を押さえつけて生きるというのは、摂理への逆行だろう」
 私じゃあるまいし、欲望を抑えてどうするつもりなのだろう。完全に欲望を失ったところで、私のように欲望を手に出来る心を求めるか、この男のように女一人押し倒せない腑抜けに成るというのだから、欲望は押さえつけられるものではないということか。 
 と、そこで気になることがあった。
 私の持っている使い捨て携帯端末、偽造して手に入れたそれから、着信があったのだ。
 話の途中なので無視したが、この番号を知る人間は、まだ存在しないはずなのだが・・・・・・。
 嫌な予感がした。
 いや、それは作品のネタの予感かもしれない・・・・・・大抵は、正体不明の非現実と、相対する羽目になるのだが。
「どうやら電話があったようだ。失礼する。代金はお前が払っておけ」
 私は店員のアンドロイドに代金をあの青年が払う旨を伝え、ぼくはそんな話聞いていないと言う青年を無視し、外へ出るのだった。
 そして私は電話に出た。
「これから貴方を殺します」
 そんなストレートで、はっきり言って面白味のない、ぱっとしない台詞ではあったが、しかし、正体不明の存在が、いかに難敵であるのか、それを嫌と言うほど私は味わう羽目に陥るのだった。

   8

 公共物が二回、刃物が八回。
 車が三台、飛行船が一台。
 人間が三回、アンドロイドが八回。
 全て、私を襲ったものだ。
 「何者」だこの女・・・・・・私の生活を阻害する存在はことごとく「始末」してきたが、正体が分からなければ斬りようがない。
 初めから存在しない、AIとかなら納得だが、生憎AIではあの青年のストーカーは無理だろう。そもそも会えない。
 あるいは、電脳世界で人工知能をたぶらかしたりしたのだろうか?
 何にせよ、移動し続ける必要があった。常に攻撃される以上、当然の対策だ。私は市街地へと移動し、人通りの少ない、隠れる場所の限定される地点へ誘導することにした。
「参ったぞ・・・・・・これまでどこにいるか分からない奴から、権力を欲しいままにした奴まで、邪魔者は散々「始末」してきたが・・・・・・こんな幽霊みたいな相手は初めてだ」
 田舎なので見渡しの良い場所は幾つもあったのだが、近くにいる気配がまるでない。本当に幽霊ではないだろうか。
 だとしたら斬りたいところだが、この女、携帯端末を捨てたのに、私の「頭の中」から声を響かせて話しかけてくるのだ。幻聴かと思ったが、こう何回も幻聴のために殺されることもあるまい。 何かトリックがあるはずだ。
 見破らなければ、破滅する。
「あなたが悪いのですよ、私の愛しの君とああも親しそうにするのだから」
「おかしなことを言う。愛する相手が誰かと話すことすら、許容できないのか?」
 会話で平和的に解決すれば一番だが、女の思考回路は一筋縄では行かなかった。
 まぁ女とはそういうものだ。
 男が単純すぎるだけかもしれないが。
「ええ、私の愛は、相手を独占するものですからね。私以外を見て欲しくない。私だけを必要として、私のためだけに生きて欲しい」
 愛される側とは、成る程、窮屈なものだ。
 少なくとも一方的な愛は、形によっては回りくどく、面倒なのかもしれない・・・・・・私はこういう女は結構好みだが、別に私は愛されてなく、愛情の邪魔者として始末されかけていることを考えると、愛情は当人同士が幸せであって、周りは色々と面倒が多いのかもしれない。
「なら、直接会って、愛し合えばいい」
「いやですわ、女は奥手なものです」
 そこまで大胆にはなれません、とこれだけの行動力を見せつけておいて、言うのだった。
 新しいタイプの敵だ。
 参考にしよう。
 もっとも、女は悪役には向いていない・・・・・・悪人ぶるのは得意でも、悪には成りきれないからだろう。女の強さは情だとするならば、情は悪意を鈍らせる。
 男は非常で、論理を重んずる。
 女は寛容で、感情を重んずる。
 昔から言われていることらしいが、こんな時でも納得せざるを得ない内容だ。
 私はバイオチップで「一人会話」のように見える人間達を払いながら、通行路を走った・・・・・・・・・・・・いや、そうか、失念していた。
 私はつけていないからな。だが、後からナノサイズのチップを、私の脳内に付着させることは、科学の恩恵があれば可能だろう。あとは使いのアンドロイドでも使って、行動させればいい。
 分かったところで、対策が一つしかないが。  失敗すれば、任意のモノを斬れるから本当にないとは思うが、スライスされたメロンみたいになってしまうだろう。
 私は深呼吸して、自分の脳を斬った。
 想像通り会話は途絶え、私の脳は正常に戻ったが・・・・・・二度とやりたくない。
 とんでもない強敵だった。
 と断言するのは早いだろう。破壊したのはチップであって、女の執念は破壊不可能だ。神々の逸話ですらそうなのだから、作家の私に出来るわけがあるまい。
 だから、会話のテーブルを用意せざるを得なかった。何日か同じカフェテリアでずっと、執筆ついでに待ったのだ。向こうから接触する機械を増やすために。
 執筆は順調に進んだが、まだ完結してはいない・・・・・・進んだところで売れなければ意味はない。 だが、愛と恋を取り入れれば売れる。
 人間とは、誰も彼も、私がそこに入れるのかはしらないが、とにかく、己の望み、己の欲望を目指して走っているという点に関して言えば、至極単純な生き物なのだ。
 これは神でも変わらないだろう。
 知性ある生命は皆そうだ。
 だから、その女が姿を現したときは意外だったとしか言いようがない。幼く、しかし美しいその女は、幼い少女の姿をしていたのだから。

    幕間

 魂に決着をつけなければ
 
 それが、人間の失敗作だとしても、構わないしどうでも良い話だ。
 
 己の業に「勝利」を、そして「決着」と「納得」が必要になる。

 偽物でも構いはしない。
 真実などどうでも良い。
 必要なのは、そう。

 この私が、「幸福」を「得る」という結末、ただのそれだけだ。

   9

 この世で最強の力が「愛」だとすれば、それは同時に最も強い欲望である証明でもあるのだ。
 愛は欲望から生じるものだ。
 神を愛することで「自分も愛されたい」「救われたい」という願い、すなわち欲望こそが源泉であることは、隠しようのない事実だ。
 恋はどうだろう。
 究極的には「自分にとって都合の良い相手に、都合の良い行動を求める」というのが恋の原動力だ。自分にとって都合の悪い・・・・・・他の異性に対して行動するなど、そういうことがあれば、その行動した対象に憎悪したり、嫉妬したり、あるいは何で自分ではないのかと、問いつめて殺したりもするわけだ。
 何も変わらない。
 双方とも、人間の欲望だ。
 私は大層な人間ではない。背中から翼が生えたりしなければ、聖剣を持って魔王を倒したりはしないし、主人公のように確固たる意志、使命感を持って生きているわけでもない。
 私は主人公ではない。
 だが、そんな語り手、作家である私の、目線からでも、分かることはあるということだ。
 そして今、その目線は目の前に座る女に向いていた。
「じいぃぃーーーーー」
 と、口に出してはいなかったが、そんな感じの品定めするかのような目で、私を見るのだった。 とはいえ、ここはカフェレストランだ。
 執筆も上手く行き、腹も空いている。
 だから遠慮なく民族料理を食べることにした。とは言っても、肉と野菜を乱暴に炒めたもので、果たしてこの料理に民族の歴史が入っているのかと、疑問に思うようなモノだった。
 仕方がないので、私はカツサンドを一つ頼み、コーヒーを啜って待つことにした。
「もし」
 呼びかけているのだろうか?
 掠れるような、今にも消えそうな声だ。
「今、お時間よろしいですか?」
「駄目だと言ったらどうするつもりだ」
 一応聞いてみた。
 右を向けと言われれば左を向くのが、私の信条だ。上を見ろと言われれば下を向き、前を向けと言われれば目を閉じて、しゃべれと言われればしゃべらず、話すなと言われれば相手が嫌がるまで話し続けて苦しむ顔を鑑賞する。
 それが私だ。
 しかし、だ。
「宜しくなるまで、ずっとこうしています」
 忍耐図良い女だ。この世の終わりまで本当に、ずっと待っていそうな良い笑顔だった。
 こういう女は嫌いでないが、しかしそれも時と場合によるだろう。私は私個人の利益が何よりも大事だ。いくら良い女だろうが、邪魔をしたあげく殺されかけたとあっては、放置できまい。
 さて、どうするか。
 何度も言うが、私は別に、物語の主人公というわけではないのだ。解決する必要は特にない。つまり依頼、「遺体の破壊」と「少年少女の恋愛成就」というある意味同じ内容を、結末に持って行けばよいのだ。
 二重依頼は受けていない。
 どうせ元は、同じ女が指令を出している。
 そもそもが、仲介人を通すことはあっても、全く別の人間、あの女以外の依頼主など、私には存在しないし必要ない。あの女の正体に興味はあまりないが、他に「寿命を延ばす」などという荒技を可能にする依頼主が、いるとも思わない。
 作家としての私がすべきことは明白だ。
 即ち、作者取材である。
「お前は、ええと」
 そういえば、名前を聞いていない。
「アリスです。以後、よろしく」
 以後なんてモノがあるのかはしらないが、とにかくそう名乗った。とはいえ、女は嘘をつく生き物だ。これが本名かどうかまでは、流石に分からなかったが。
「そうか、では、アリス」
「まぁ、呼び捨てだなんて、大胆な人」
「・・・・・・別に、「貴様」や「お前」でも構わないが?」
「呼び捨てで結構でしてよ」
「では、以後そのように」
 やれやれ。
 この場合、女が何を考えているのかというと、こうやって相手を翻弄し、困る姿を見て、楽しんでいるだけだ。本能的に、女は男を困らせて楽しむ生き物なのかもしれない。
 学会で発表してやろうか。
「アリス、君は・・・・・・あの青年を愛しているのかな? 私には、そうは見えないが」
「何故ですか? 私、あのお方のことなら何でも知っています。スリーサイズ、身長、体重、年齢から生年月日、それに朝食の内容、好きなもの嫌いなもの、それにそれに」
 話が終わらなさそうだったので、先に結論から言うことにした。
「それは恋だ、アリス」
「何故ですか?」
「相手を保有しようとするのが恋、相手を支えて良い方向に持って行こうとするのが、愛だ」
「まぁ、私、彼を愛しています」
 こんな雑な説明では、いやもとより本人が「愛している自分」を信じ込んでいる以上、説明など無駄かもしれないな。
 それならそれで、作品のネタにはなりそうではあるのだが。
「愛している・・・・・・だが、他の女と、あるいは私のような無関係な人間ですら、近づくことは許せない」
「それはそうです。だって、あの人は私の王子様ですから」
 また、古い例えだ。
 しかし恋する人間は世界を見ていない。都合が悪ければ見ないと言うのが恋の特徴だ。故に言葉がある程度通じなくても仕方あるまい。
 それが恋と言うものだ。
「あなたは、私の邪魔をするつもりですか?」
 ナイフを片手に握りながら、そんなことを言うのだった。微笑ましいことだ。私のような始末や家業からすれば、そういう人間のささやかな悪意には、むしろ好感が持てる。
「そんなつもりはない。ただ、依頼のこともあるからな。一応、あの二人をくっつけろと言われてはいるが、そちらの依頼は仲介人を通して行われたものだから、優先度は低い。遺体の破壊作業さえ済めば、この惑星に興味はない」
「でしたら、私を手伝って頂けませんか?」
 手伝う。
 それもストーカー女を。
 それこそ物語の主人公であれば、王道の少年少女の恋愛、本来結ばれるべきあのふたりをおうえんするのだろうが、いい加減自分の気持ちに素直になれない人間を手伝うのも、興が冷めてきたところだ。
 王道は、つまらない。
 結末が決まっているからだ。そんなものは絵本作家にでも任せればよい話だ。無論、絵本作家にも悲劇を望む馬鹿者はいるが、極々一部の鬼才の話でしかない。
 人間の意志の行く末がみたい。
 狂っていれば、尚面白い。
 だからこその物語だ。
 しかしそこには大きな問題があった。
「恋は悲劇にしか終わらないぞ」
「まぁ、やってみなければ分かりませんわ」
 根本の法則はいつも変わらないものだ。手伝う以上、その法則を克服しなければならないが、そも恋とは報われないものだ。
 果たしてどうしたものか。
「よろしくお願いいたします」
 頼りにします、とそんなことを笑顔で言うのだった。このアリスという少女は、案外純粋すぎるからこそ、凶器のような恋が可能なのかもしれないと感じた。
 まぁ愛も恋も、向けられる側からすれば、不意打ちの銃弾みたいなもの、凶器そのものと言っても、過言ではないのかもしれないが。

   10

「あそこだ」
 我々は教会に来ていた。聖女を惨殺し、邪魔者を消すため、ではなく、あの女を殺しに来るであろう政府関係者に、話を付けるためである。
 政府関係者に青年のことを伝え、彼らに仲を引き裂いてもらい、そして疲れ果て落ち込むあの男の心に付け込んで、アリスがモノにするという、かなり雑な計画だった。
 と、そこで視界の隅に、実に奇妙なモノが写った。

 腕だ。

 それも生きてはいない・・・・・・ミイラ化した「人間の腕」だ。聖人の遺体って感じではないが、しかしあれは一体・・・・・・。
「動きましたわ、あそこ」
 と、どうやら政府関係者の人間が教会に近づくのを、アリスが察知したようだった。
 ふと見ると、腕は消えていた。幻覚だったのだろうか・・・・・・それにしてはやけにリアルな腕だった。
 まぁ今は放っておこう。
「それで、どうするつもりだ」
「まずは様子を見ましょう」
 思うのだが、因果応報と言うが、何かをしたところで、何かが返ってくるなんてことがあり得るのだろうか?
 急に何故こんなことを考えるのかというと、所謂その「聖人」って奴は、今回はただのアリスの恋敵でしかないが、本来は「死後、二度奇跡を起こす」という制約以前に、もっと大きな制約があるではないか。
 
 聖人は、報われない。

 彼らは死後、人々に崇められはするが、死んだ後に崇められて嬉しがる人間などいまい。彼ら聖人に信徒は救われるだろう。だが、彼ら聖人達は死んだ後すら報われない。
 当人が納得しても、納得行くわけがない。
 そんな、事後犠牲などと言う綺麗事のために、偉業を成した人間・・・・・・私の知るところならジャンヌダルクとか、イエスキリストだとか、しかし彼らは死んだ後すら救われないではないか。
 報われなければ嘘だ。
 そうじゃないのか?
 愛があり、その結末を愛したとしても、理不尽には変わりない。何より、彼らを崇める人間はいるだろう。しかし

 彼らを救おうとする人間も、

 彼らを助ける人間も、

 彼らを救う人間も、いない。

 多くを救う彼らに「救い」を求めることはあっても、彼らを救おうとする人間は何人いる? それで「救い」を主に求めようなど、傲慢不遜にも程がある。
 それでも聖人は信徒を救うだろう。
 だが、私にはそれが許せない。
 許せないから、こんな依頼を受けたのかもしれない・・・・・・・・・・・・見たこともない人間相手に、我ながら酔狂なものだ。勝手に同情されたところでそれこそ、彼らには何の救いにもなるまい。
 私は気休めを与えるのも手にするのも、大嫌いな人間だからな。もし可能なら、救うことはできないかもしれないが、愚痴でも聞きながら一緒に何か、美味しいものでも摘みたいモノだ。
 相手が女なら、聖人でも口説くかもしれないが・・・・・・それは男の本能だ。聖人だって否定する権利はあるまい。
 と、そこで動きがあった。
 アリスが指さす方向に、集団が見えたのだ。ほぼ間違いなく、聖人がらみの政府関係者だろう。 結局聖人だろうが何であろうが、人間の欲が絡めばこうなってしまうのだから、やるせない話ではあった。
 と、その集団の一人が何かみつけたらしい・・・・・・声が聞こえた。

「なんだこりゃ?」
「おい、うろちょろするな」
 
 どこの職場にも仕切りたがる奴はいるらしい。異性の良さそうなその男は、何かを見つけたらしい男に近づいた。
 すると、
 
「ぴぎゃ」

 と奇妙な声を上げて何かを見つけた男は倒れてしまうのだった。遠目だが、「それ」は異様な光景だった。
 人間の顔に腕が貫通している。
 なんと言えば良いのだろう、銃で頭を撃ち抜かれた人間が、人体を銃弾が貫通していることは理解できるのだが、それが腕となると不気味だ。
 貫通、言うよりも、その「死体の腕」は見つけた男の顔と融合し、まるで併せて一つの生命であるかのように振る舞うのだった。しかも、顔に腕を貫通させて融合させたその男は、死んでない。
「な、なんだ、お前、それ。新しいギャグか?」「ぴぇええ」
「き、気持ち悪いぞっ! 寄るんじゃあない。おい、誰か、この化け物を撃ち殺せ」

 そういって、かつて仲間だったらしい人間を躊躇無く、プラズマ銃(かなり古い。西部劇マニアだろうか)で撃ち殺すのだった。
 撃たれた男の顔は、もはや人間の顔をしていない・・・・・・口の部分に腕の手のひらでない方がくっついているから。アリ食いみたいな形の口になっていた。
 あんな不気味な姿になれば、かつての同僚でも撃ち殺して仕方がなさそうだ。
 脳天を撃ち抜かれたその男は、撃ち抜かれた部分から歯を生やし(モノを食べる為の奴だ)そして同僚を躊躇無く食い殺すのだった。
 我々はそれを見て、唖然としていた。
「おい、アリス。あれは」
「知りませんわ・・・・・・なんですかあれは?」
 知るわけがない。いや、まて、直感ではあるが・・・・・・嫌な予感がする。もし、あれの正体がそういうたぐいのモノであれば・・・・・・・・・・・・私はともかく、いや、下手をすると私もアリスの巻き添えに「掃除」されかねない。
「おい、逃げるぞ」
 このままアリスを捨てていけば、私は助かるかもしれないと言うのに(正体が私の予想通りならば、だが)私は手を引いて逃げるのだった。
 まぁ、体つきといい性格といい、中々好みで美味しそうなのだから、仕方あるまい。危機であれば本能が刺激されると言うが、しかし何もこんな時に刺激しなくても良さそうなものではあるが。 とにかくだ。
「ちょっ、え? どういうことですか?」
「説明している暇はなさそうだな。見ろ、お前を追って来ている」
 ずる、ずる、と、実にゆっくりと、そして例の集団を丸ごと「食い尽くした」のか、腕一本に足が二本、目玉が三つという奇妙な形をしているそれは、アリスのいる方へじりじりと、実に不気味な速度で迫るのだった。
 気持ち悪い。いや、造形はある意味芸術的だ・・・・・・しかし、意志の介在しない生物? とは不気味なものだ。
「走るぞ」
 言って、逃避行モノのように手と手を取り合って逃げるのだった。とはいえ、私は逃避行モノの主人公達のように脆弱ではないし、あまり容赦のない方だ。
 なので、
「これでも「食らって」いろ」
 直ぐ近くにあったドラム缶(古代の芸術品だが、田舎ではこうして普通に使われている)を蹴り倒して、幽霊の日本刀を使っての斬撃で、火打ち石の要領で火をつけた。
 燃え上がると言うよりも殆ど爆発だったので、我々は吹っ飛ばされたが、近くにあった軽トラ(ここに住んでいた奴は骨董品マニアか?)にのってエンジンをかけた。
 かからない。
 ええい! 普段かかるくせに何でこういう非常事態に限って直ぐかからないのだ。あれか? 非常時に足を引っ張る呪いでもかかっているのか?「退いてください」
 言って、アリスは助手席から身を乗り出し、エンジンをかけるのだった。私の感想としては、身近で見ると、本当にけしからん体をしていた。
 こんな女の誘いを蹴るとは、あの青年はそっち方面なのか? まぁいい。見る目がなく、勇気もなく、へたれた男はいるものだ。
 そういう奴に限って、やけに女を侍らせていたりするが・・・・・・何か法則でもあるのか?
 音楽を流しながら運転しつつ、そしてそんなことを考えていた。我ながら器用だ。しかし作家とは基本、思考が器用でないとやってられない。
 運転中、彼女は聞いてくるのだった。
 ちなみに、流されている音楽は「ヴィーナス」だ。こんな時に何故、こんな陽気な曲、しかも妙に色っぽい曲が流れるのだろう?
 これも神の采配か?
 だとすれば見事だとしか言いようがない。
 生まれて初めて神を誉め称えたかもしれないが・・・・・・追われる身でなければ、もう少しこの状況を楽しめたかもしれないが。
「まぁ、いけない人。いやらしいですわ」
「・・・・・・・・・・・・」
「それで、「あれ」は何ですか?」
 ザ・ロネッツに曲が変わり、ますます状況が良く分からなくなってきたが、しかし、いや、いっそのこと全部忘れて、この女とバカンスにでも行こうか・・・・・・いや、そうも行くまい。
 質問に答えるとしよう。
「あれは、掃除屋だな」
「? 何を掃除するのですか? ここにはあまりゴミはありませんが・・・・・・」
 病んでる女は天然の素質もあるのだろうか。
 何にせよ、順序よく行こう。
 そう思っていたのだが、そうも行かなくなった・・・・・・右を振り向いたところ、そこに、
「! 張り付いていますわ」
 そう、あの「腕もどき」が、ガラスに張り付いてヒビを入れていたからだ。
「しつこいぞ! しつこい奴は信仰でも人間でも嫌われることを学習しろ!」
 そういって、私は幽霊の日本刀で斬ろうとした・・・・・・いや、実際に斬った。
 だが。
「こいつ、やはり「生命」が「無い」のか」
 私の刀は「魂」に「傷」を入れることで殺害する道具だ。生命が無い・・・・・・最初から死んでいる存在を、殺すことなどできない。
 直接殴れば何とかなりそうだが、正直、これに触れたくはない。なので刀の柄の部分でブン殴った。
「ええい、五月蠅い!」
 リトル・ドリーム・・・・・・良い曲かもしれないがこの状況では耳障りこの上ない。私は刀を突き立てて音楽が流れないようにした。つまり怒りに任せて機械をブッ壊したのだ。悪いか? 
 悪くても知らないがな。
「まぁ、非道い。音楽が聴けませんわ」
「我慢しろ。ハミングでも歌え」
「はい」
 まさかこの状況で本当に歌うとは思わなかったが、かなりいい声だった。思わず拍手しそうになったが、両手は運転中だと言うことを思い出して慌てて体勢を戻した。
「ふふ、上手いものでしょう?」
「ああ、確かにな」
 女を守るなど、我ながらどうかしている。「この女を見捨てれば」あの腕は追っ手は来ない。
 それは確かなことだ。
 助けるべきを見捨ててでも作品のネタを探すのが私のポリシーだが・・・・・・まぁ臨機応変に行くとしよう。
 あれはあれで、興味がある。
 あんなものが・・・・・・聖人がいるからこそ、あんなモノがあるとすれば、私は信じていないし、いたところで役に立たないと断じてはいるが、「神のようなもの」に対する考察が、進むかもしれないのは事実だ。
「お前は不法侵入したことはあるか?」
「何ですか急に?」
 無いだろうな。お嬢様って感じの、育ちの良さそうな女だ。あるわけがない。
「閉鎖された学校に勝手に入って、宿題の答えを盗み出そうとしたことがある。いや、そうではなかったかな・・・・・・とにかく、昔そうやって鍵を針金でこじ開けて、入ったことがあるんだ」
「それが、どうかしました?」
「そのときに教師に出くわしていたら、こんな気分なのかと思っただけだ。つまり融通の利かない相手ってことだ」
「あの「腕のようなモノ」がですか?」
「そうだ」
 入ったのはこの女だけだ。私は複数なら責任を押しつけづらいだろうと、お節介にも話に割り込んだ善良なる生徒、と言ったところだろうか。
「とにかく、あれはシステムや機械と同じだ・・・・・・恐らく、条件を満たさなければ、永久に追ってくるぞ」
「そんな、その条件とは?」
「分かっていれば苦労しない」
「役に立ちませんね」
 大きなお世話だ。
 といっても。ここでお前のせいでこうなったと言うのは筋が通るまい。そもそも、それなら好奇心を抑えきれずに、勝手についてきた私が悪い。 やれやれ参った。
 人生は本当に、小説よりも奇な事がある。
 私は平穏な日々を送りたいだけなのだが。
「何か無いのか? 気づいたこととか」
「ええと」
 言って、助手席で考え直すアリス。
 そういえば、と彼女はふと言った。
「私の懐を見ていました。やだ、やらしい」
 私は無視して催促した。
「何が入っている?」
「ええと、あの聖女への呪いの言葉が込められた便せんくらいですが」
 あとは財布と携帯端末くらいです、と。
 どうやって収納されているのか気にはなったがしかし、成る程。
 そんなものが琴線に触れたのか。
 神とは、もしかすると全能すぎて、細かいことには、気が向かないのかもしれないな。
「それを捨てろ! その便せんだ」
「え? え?」
「ええい、面倒な」
 私は懐に手を突っ込み、ガサゴソと探すのだった。全く、こういうのはもう少し大人な女相手にしたいモノだが。
「ひやぁん、ちょっと、こんなところで」
 などとバカなことを言う女を無視し、私は便せんを投げ捨てた。
 遠目で見えたが。どうやら便せんを食い尽くして満足したらしく、その場で消滅するのだった。「何を、いえ、どうなったのですか?」
「見ての通りだ。目的を失って消滅した」
「はぁ、結局、あれは何だったのです?」
「聖人、に向けられる「悪意」の掃除屋だ。恐らく、聖人として完成しつつあるあの女に対して、加護のようなモノが働いているのだろう。そしてそれに向けられた悪意、を一つ残らず諸滅させるために発生した、現象のようなものだ」
「そのようなモノが何故、私の便せんを?」
「神の使いだったとして、細かい違いは分からないって事だろうさ。大きいか小さいかより、周囲の悪意を消滅させることそのものが、今回の奇跡みたいなものなのだろう」
「だからって、いえ、先ほどは失礼しました」
「悪かったな。だが、命がかかっているときに、手間取るのは勘弁してくれ。心臓に悪い」
「まぁ、女には一大事でしてよ」
 責任、取ってくださいねと、冗談のように彼女は笑うのだった。
 やれやれ、嬉しくもない。
 私にはこういう、女と男の感情が、どう足掻いても感じることはないのだから、理解はできても何がよいのか感じることは、相変わらず出来ないままなのだ。
 だから女の好意も、嬉しく思う、という行動が私には出来なかった。
 私には、
 それが出来ないのだ。
 改めて自分の異常さを実感する。普通、物語とかなら喜んでしかるべきなのだろうが・・・・・・まぁ私からすれば、異常も正常も本人の中の世界にあるものだ。
 だから、知ったことではない。
 それが私にとっての正常だ。
 私から言わせれば、「人間の意志」ほど、信用をおけないモノはない。美しいかもしれないが、それは金にならない。結果に結びつかなければ、何の意味もない只のゴミだ。
 愛も恋も人間の意志だ。
 つまり結果に結びつかない、薄っぺらいモノでしかない。結果、金、実利、そういうものから、一番この世で縁遠い。
 豊かな人間が口に出来る絵空事、余裕があるからこそ吠えられる戯れ言以外に、どう受け止めろと言うのだろう。
 まずは金を払え。
 話はそれからだ。
 何事につけそうだろう? 
 友情も恋愛も仕事も遊びも、実利あってこそ、それが成り立つモノばかりだ。それは金や満足感と言ったわかりやすい実感できるモノだ。
 そういう意味では、私の求める「幸福」の定義も曖昧なものだ・・・・・・案外、この世のどこを探しても、そんなモノはないのだろうか?
 だとすれば、
 だとすれば、まぁ絶望はしない。落胆するだけだ。私の人生もさまよった長い長い時間も、それに付随する労苦も、痛みも、憎しみも、経験も、学習も、思いも、全て、ゴミだったということなのだろう。
 亡霊のように私を動かし続けていた「動力源」は消滅するだろう・・・・・・それが何を意味するのかは分からないし、知ったところで無意味だ。
 ただ、
 もし仮に、そうならば、だが。
 ああ、産まれることを間違えた・・・・・・なんて、適当に詩的な言葉で人生を締めくくるくらいしかやれることはなさそうだ。
 金にならない生き方なら、金にならない人間として産まれたのならば、最初から、意味も価値もどこにも不在で、失敗作が動き続けたという事なのだろう。
 動く側はたまったものではないし、冗談じゃないが、私は知っている。
 例えそれが全能の神だとしても、理不尽を正す者はどこにもおらず、理不尽を嘆いたところで何一つ変わらない理不尽を、知っている。
 私は悟った風に生きている連中とは違い、只単に誰にも届かない事を言うのは疲れるだけだ。嘆いたところで誰も助けはしない。
 救われない者は絶対に救われない。
 それは事実だ。
 只の事実。
 神は何一つとして救わないし、救われないと言う事実を、彼ら宗教家は見ないが・・・・・・信じる者は救われるとか言うが、そんな教えを言える内はそも満たされている証拠だろう。
 満たされている人間の言葉ほど、余裕のある人間の言葉ほど、説得力のない言葉は、無いというのにな。
 私は、いや、今は良そう。
 まだ、運転中だからな。
「ねぇ」
「何だ?」
「どんな気持ちですか? 言ってはなんですが、あなたはこの争いで、何を得るわけでもないのでしょう?」
「そうでもないさ。作品のネタにはなる」
「けれど、あらゆる人間から軽蔑され、嫌悪されそして、迫害される。聖人に逆らうとはそういうことでしょう? 形はどうあれ、あなたは彼女が聖人になることを阻んでいる。それによって迫害されることに、何か感じたりはしませんの?」
「しませんな」
「それは何故?」
「第一に、迫害されることも暴言を吐かれることも、産まれたときからされている。目障り耳障りこの上ないが、不愉快にはなっても、それでお前達女のように、めそめそする事はあり得ない。大体がいつものことだ」
「本当かしら」
「お前は、目の前を蝿が飛ぶ度に、人生終わりみたいな顔をするのか?」
「あなたはどうするのです?」
「無論、不愉快至極だ。汚らしいし、目障りでストレスが貯まる。だが、蠅の羽音で世界は終わらないだろう。その他大勢の声を聞き、よく有名人が心を病んだりするらしいが、命よりも大切な金を失ったわけでもないのに、よくそんな暇なことで悩めるものだと感心する」
「ストレスにはなるのでしょう」
「成る程、確かにな。だが、私と違って金があるのならば、そんな、会ったことのない奴の意見なんて、金になるわけでもなし、気にする方がどうかしていると思うのだが」
「あなたは即物的すぎるだけです」
「女は感情的すぎるだけだ」
 つまり行き過ぎは良くないと言うことだ。
「それで、どうします? これから」
「まずは、泊まれるところを私は探す。お前はどうするつもりだ?」
「まぁ、か弱い女を道ばたに放置するつもりですか?」
「・・・・・・別にそれでも構わないが」
「あら非道い」
 と、私の言葉を受け流すのだった。
 私は金を使うのは好きだが、人のために使うのは、心の底から大嫌いである。
 つまり機嫌は悪かった。
「仕方ない、行くぞ」
 そういってアクセルを踏んで、私は宿泊施設のありそうな地域へと、走らせた。
 車を走らせて思うのは、人生も走る道も、行き着く先で笑って終われれば上等と言うことだ。夫も、人生も道路の先も、どこへ続いているのか分からないので、不安と恐怖と、そこにあってほしいと願う希望が渦巻いているのだが。
 結末は分からない、それは物語も同じだ。
 しかし、できれば走る先が、行き着く果てが、何かしら良いものであればと、祈らざるを得なかった。神を信じない私からすれば、それは新鮮な体験だったが。

   10

 私は作家として、信じる道を歩んできた。
 誰に何と言われようが、私の生き方だ。指図される覚えもなければ、間違いだとも思わない。
 私は私の信じる道を歩んできた。
 だが・・・・・・そこに実利が伴わなければ、報われなければ、歩んだ道の先に何もなければ、と、果たして信じた道の先に、私の望む幸福はあるのかと、少し、不安になる。
 無くて良い訳ではない。
 ただ、無くても失望する心が、無いだけだ。
 己を信じて先へ進む、それは人間の輝ける魂の力だろう。そう思う。人間という生き物に、唯一素晴らしいモノがあるとすれば、意志の力だ。
 だが、そこに「報い」はあるのか?
 無ければ、それこそ嘘ではないか。
 そんな嘘は許容できない。
 許容してたまるものか。
 しかし、現実は人間の意志とは裏腹に、残酷なくらい事実を貫き通すものだ。事実、現実、その世界に、望んだモノがなければ嘘だ。
 私はまだ何も得ていない。
 乾いている。
 運命があるとして、もし、私が報われないことが確定しているとすると、そこに意味はあるのだろうか?
 運命。
 人間の手ではどうにもならないものだ。
 そこまで大げさでなくても、環境であったり、あるいは才能の差であったり、運不運であったり・・・・・・・・・・・・当人が意志を貫いても、当人の意志ではどうにもならぬモノで遮られたとしたら、全ては無意味なのだろうか?
 綺麗事で納得しろとでも?
 ふざけるな。
 私は幸福を手にしてみせる。それを掴まなければ始まらない。今まで、私は人間のあらゆる幸福から弾き出されて生きてきた。その利子を、ここで返して貰う。
 奪われたモノを取り返す。
 その上で勝利してみせる。
 幸福に、生きてみせる。
 とはいえ、実際、手に入らなければ、その言葉も非道く空虚だ。内実が伴わなければ、どんな理想も、どんな野望も、どんな人間の意志の輝きすらも、輝きを失うということか。
 神がいるとして、運命があるのだとすれば、それが、少なくとも私にとって「良い」か「悪い」かが、今後の結末によって証明されることになるだろう。
 仮に、だが。もし私の人生が、今まで散々だったお陰様で傑作を書き続けられるというのなら、別に感謝はしない。私は苦難が無かったことになるわけではないことを。、知っている。
 だが、それならそれで、本来手に出来る以上のモノを手にしなければ、嘘だ。
 私は手に出来るのだろうか?
 分からない。
 分からないことだらけだ。いつだって。
 だが、作家である私に許されるのは、精々物語を綴る事だというのだから、やれやれ、参った。やることは変わらないと言うことか。
 そんなことを考えつつ、私はホテル近くに車を止めて(後でもう少し良いモノに買い換えよう。私の来るまではないのだし)私は入り口から中へと入った。
 そこそこ規模の大きいホテルだったが、会員であれば安くすませられる・・・・・・当然、私はそんな見栄に金を払ったりはしていない。金の無駄遣いも良いところだろう。
 だが、別に会員から巻き上げれば話は別だ。
 あのうじうじとした青年から、巻き上げておいたのだ・・・・・・これは知り合いのモノだとか言っていたが、持ち主が変わるだけだから問題ないなどと適当なことを言って、名義を書き換えた。
 後で名義を消されていれば使えないが、ああいうインドアな男が、積極的に面倒な手続きを踏むとは思えない。大方また、女でも無意識に口説いて侍らしている頃だろう。
 認証が通ってほっとした。
 もちろん顔には出さないが、とはいえ、これでこのホテルはたったの50ドルで、セミスイートが借りられる。
「私たち、夫婦ですの」
 などと、余計なことを言われなければ、単独でゆっくりとくつろげたのだが・・・・・・女は好きだがしかし、私はそれ以上に平穏が好きだ。
 部屋で一人でゆっくりしたい。
 出来ればその上で、コーヒーでも飲み、読書でもしたいモノだ。
「まさか、このまま私をほったらかすおつもりでしたの? 淑女は丁重に扱うものですよ」
 などと、白々しく言うのだった。
「何か聞きたいことでも残っているのか?」
「当然でしょう。私、つい先ほど意中の殿方を追いかけていたらと思ったら、突然変な腕に追いかけ回されて、それで死にかけたのですもの」
 道理は通っている。
 実際、ここから先、色々と作戦を練ってはいたが、あんなモノに出現されてはこちらとしても手の打ちようがどこにもない。 
 愛と恋に関する取材も、大体終わった。
 あの男女二人をくっつけろ、という依頼もあるにはあるが、私が元々受けていた依頼は「遺体の破壊」である。あまり関係がない。
 どうするか、考えるのも良いかもしれない。
 我々二人は自分たちの部屋へ、鍵を持って移動することにした。部屋は3階で、温泉へ直通のエレベーターが近くにあり、それでいて部屋はそれなりに快適で、二部屋和室と洋室が用意されているのだった。
「うふふ」
 などといってベッドに腰掛け、妖艶にほほえむアリスだった。それもいいが、まず先に考えるべき事がある。
「嫌ですわ。殿方はいつもそう、お仕事のことばかり優先して・・・・・・たまには身を任せてみるのも一興でしてよ?」
 私はソファに腰掛けて、考える。
「男は理性、女は感性か。どちらも行き過ぎは考え物だが、しかしそうも言ってられまい。最悪仕事が失敗しても、確かに失うモノは無いが・・・・・・得られるモノも無くなる」
「それがいけないのです、ゆるりと構えて、心のままに身を委ねる。そうすれば、意外と困難に見えたモノが、あっさり関係のないところで解決されていたりするモノですよ」
 そういって、扇子をどこからか取り出すと、頬を当てて笑うのだった。
 美しい、のだろう。
 私には、それも感じることは、出来なかったが・・・・・・時間が解決する問題と、そうでない問題、そんなモノが本当にあるのだろうか?
「ありますわよ」
 見通したように、そう言うのだった。
「人の心は移ろいます。永遠に続くモノなんて、女心以外にはありませんわ」
 殿方は飽きっぽいものですから、と。
 そうなのだろうか?
 しかし、執筆を辞めた自分の姿は、どうしても想像できない。そんなモノも、忘れてしまえば、私の姿になるのだろうか・・・・・・。
 私にとって、作家業は背負った業だ。
 生き方そのものだ。
 しかし、それも柔軟に、別のモノに変えられたりするモノだとして、それで「幸福」になれるのだろうか。自分を曲げて得られるモノか。興味深いが、しかし、あり得ないものだ。
 この道は間違っていない。
 私がそう決めて、切り開いた道なのだ。間違いなど、あっても認めない。認めたところで、あっさり突き進める。
 だから、問題は、得られるかどうかだ。
 実利であり、金であり、そして幸福を。
 そこには、愛だとか、恋と言ったものすらもあるのだろうか・・・・・・分からないが、それを見ることそのものが、当面の目的だ。
 それを手に入れてから、考えるのもまた、一興だろう。
「思いは続かないものなのか?」
「はい。人間の思いに永遠はありません」
「なら、どうして乙女心は不滅なのだ?」
 それこそ飽きっぽそうなものだが。
「心の中に思い出として、残りますから。後から愛情が憎悪に変わることもありましょう、しかしそれでも」
「心に残る、か」
「ええ」
 ひまわりみたいに良く笑う女だ。なんにせよ、作品、いや恋愛だとか愛だとか、そういう人間の美しさに対する答えも、この調子なら、出せそうではある。
 金を払った甲斐はあったという事か。
 この内容は作品に活かされるのだろう。そこで少し、疑問に思うことがある。
 私がもし、この女を見捨てるなり、あるいは別の部屋にでも泊まるなり、つまりこの部屋で会話をしなければ、物語は別の方向に流れ、私が描く世界も別の噺になっただろう。
 それは「運命」なのか?
 あらかじめ決められていたことなのか?
 今回、聖女という、所謂「神懸かったもの」を取材する事を決めたときから、気になっている。 私はこの女を見捨てるか迷ったものの、結果として助けざるを得なくなり、そしてたまたまお互い予定が無く、作戦を立てるために近場のホテルに泊まらざるを得なくなり、そして、機嫌が良くなったアリスが「たまたま」口が軽くなり、私の作品へ影響を与えた。
 どれか一つでも欠けていれば、駄目だ。
 この女を裏切っていてもそうなっていただろうし、あるいは近くにホテルがなければ、それぞれ別に帰ったかもしれない。それとも、会員権の認証が通らなければ、あるいは気分が落ち込んでアリスが会話をしなかったら。
 これは「運命」なのか?
 なるべくして、私は作品のネタを掴んだのだろうか・・・・・・少なくとも、仮にそうだとしても、運命の渦中にいる私には、確信しようのない出来事だ・・・・・・確証が無い以上、良い運命があると信じることは出来ても、どうなるかを「確信」は出来まい、いや、出来るのか?
 気になったので、アリスに聞いてみることにした。
「はぁ、運命、因果について、ですか」
 真面目に聞いたので、下らないと一周されることはなかったが、最近は若者が女を口説くために「運命」を安売りしているからな。
 そんな連中と同じに思われても迷惑だが。
「そうですね。難しい質問です。ですが、愛する殿方と一緒なら、その運命は克服できると思いますよ」
「何故だ?」
 未来に「絶望」が待ちかまえているとして、それは「恐怖」以外の何者でもない。それがあるのかどうかも分からなければ、尚更だ。
「いいえ、確かに克服は出来ません、してしまったとしても、人生がつまらなくなります。ですから、共にそれらを「克服しよう」と願えるのならば、ですが、ちっとも怖くはありませんわ」
「愛があるからか?」
 愛。
 何と陳腐な言葉だろう。
 役に立ちそうもない。
「ええ、一人ではないのですから、一緒に励ましあうことが出来るでしょう? ですから」
「いや、もういい。済まなかったな」
 私にはそんなものは無い。
 少し、気分が悪くなった。当然か。
 つまり、私が私である以上、幸福を幸福と感じ取れない人間である以上、何一つ手に出来はしないと言うことではないか。
 私は望んでそうなった訳ではない。
 産まれたときからこうだった。
 だが、それに絶望はしない・・・・・・それならそれで、感情に惑わされることも人情にほだされることもなく、生きていけるだろう。
 だが、私は「幸福」が欲しい。
 ささやかなストレスすら許さない、平穏なる生活・・・・・・金、豊かさを手に入れた上で、その幸福を手にすることが、「今までの人生に対するツケ」を支払わせる方法だと、思っていた。
 私はまだ、幸福どころか、金や豊かさ、それによる「平穏」すらも、手に入れてはいない。
 いっそのこと、「人並みの幸福」という感情に付随するものに関しては、諦めてしまおうか・・・・・・・・・・・・絶対に手に入らない、手にしたところで指と指の隙間から落ちるのであれば、あってないも同然だ。
 せめて豊かさ、平穏だけでも手にしたいものだが・・・・・・。
「なぁ、聞きたいのだが」
「何でしょう?」
 心配そうに、答えるのだった。
 しかしそれは間違っている。
 乾いた人間が求めるものは、同情などと言うクソの役にも立たないゴミみたいな感情よりも、現金や実利なのだ。
 そう言う意味では、この女は外れてはいるが、私と違ってまっとうに「人間」をやっているのだろう。
「願いも望みも叶わない。もしそれが現実だとすれば、人間に意味は、価値はあると思うか?」
 私は思わない。
 あったとしても、それは自己満足どころか、自分を騙しているだけだ。
 しかし、彼女はそう言った。
「ええ、愛する殿方が幸せになれれば、誰が何と言おうが、そこに価値はありますとも」
 そんなことを、ひまわりのような笑顔で言うのだった。羨ましい限りだ。私は案外、彼ら人間らしい人間の輝きに嫉妬して、作家などと言う人生をドブに捨てた生き方を選んだのかもしれない。 人間とは、端から見ている分には綺麗なもので美しいのだろう。
 だから物語なんてものが、売れるのかもな。
「ふん、そうか。何にせよ幸せそうで何よりだ」「一緒に寝ませんか?」
「あまり、そういう気分では無くなったのだがな・・・・・・・・・・・・」
 鬱々としてこそいないが、正直精神的に疲れた気がしてならない。作家なんて年中そんなものだろうが、格別だ。
「この毒婦め」
 そういって私は彼女を押し倒し、頭を撫でてやるのだった。気持ちよさそうに目を薄める。
 正直疲れているのだが、こういう時にそういうことを言うと、人間の女はもの凄く怒りを露わにするケースが多いので、付き合うことにした。
 耳元にキスをしてやって、そこからは泥のように倒れ込んで眠った。仕方あるまい、物語の流れとしては三流だが、眠気には勝てない。
 何、また機会はあるだろうさ。
 私は泥のように眠った・・・・・・人と触れるときは大抵が斬られたり殴られたり殺し合い立ったりするために、以外と貴重な体験になったと、あるいは言えるのかもしれなかった。
「大丈夫、きっと良い事ありますよ」
 そんな気休めにもならない、根拠のない声を聞いた気がしたが、とりあえず受け取れるものは受け取っておくのがポリシーなので、その根拠が無く信頼性もない言葉を、私としては素直に受け入れてやるのだった。

   11

 ロマンチズムではなく、私はこう思うのだ。
 物語は、生きている。
 そこにいきる彼ら彼女らも、また。
 作品を書けば書くほど、思い通りに展開が動かず、勝手に明後日の方向へ歩を進める。その登場人物達は、どうしようもなく生きているのではないだろうか、と。
 生きていない、死んだままさまよっている、非人間の私がそれを綴るのだから、皮肉にしかならないだろうがな。
 ついでだ。作家の正体を、ここで教えよう。
 自身のことは棚に上げて、救いはしないが道を教える。それも、好き勝手にだ。それで救われるのかはしらないが、幸福な結末へと導きたがる。 つまりお節介な人間だと言うことだ。
 作家の正体など、その程度のものだ。
 だから気に病むな、前へ進め。
 読者の仕事はそれだけだ。
 願いについて考える・・・・・・万能の神のようなものがあったとして、願いが叶うとしよう。
 何を願うか?

 この世界には平和がない

 この世界には愛がない

 この世界には夢がない

 この世界には幸福がない

 この世界には、光なんて存在しない。

 それが世界の真実だ。この世界には、一切の善性は本当はないのだ。
 それをあるかのようにまくし立て、
 演出して希望を煽るのが、作家の仕事だ。
 その行動に意味はあるのか? この世界には、本当は何一つとして、見るべきものは存在しない・・・・・・地獄よりも苦しい世界だ。
 だが、そこに希望を見いだして、演出し、ありもしない希望を魅せるのが作家の描く物語ならば・・・・・・意味も価値も無いのだとしても、
 そこに希望くらいは、あるかもしれない。

 そんな夢を見た。
 私には眩しすぎる夢だった。

 

「希望を見るのに、金はかからないと言うことか・・・・・・・・・・・・」
 拝金主義者の私らしく、そんな一言から朝の目覚めを迎えるのだった。
 そうそう、私のことを誤って、つまり頭の悪い勘違いをして「哀れむ」カスがいても困るので、ここに訂正をしておこう。
 愛が無くて、感じられなくてどう思う?
 その問いに私はこう答える。
 お前達は息を吸って吐くことで、二酸化炭素が出ることを、気にしたことはあるのか?
 些細なことだ。
 愛を重視するのは勝手だが、押しつけがましいのは迷惑千万だ。まぁあれば「便利」あるいは「充実感が増える」くらいだろう。
 何事にも言えることだが、当人の「心の決着」があれば、そこに問題は生じない。

 私は全ての人間の愛に興味がない。
 
 私は、全ての人間の願いの先に興味がない。
 
 私は、全ての人間の命に、興味がない。

 そら、意味などあるまい。
 そして必要がない。
 何億何兆人間がいたところで、それを感じるすべはない。
 私は人間の行く末には興味がない・・・・・・人間の感情を感じられない私には、人間の在り方そのものが、どうしようもなく、唯一の娯楽になり得るだけのことだ。
 だから作家になった。
 訳でもない。
 只の気まぐれも良いところだ。本当に空洞だった頃、たまたま目に付いたから、私は作家になっただけだ。
 その時、見たものが法王なら、私は法王になっただろう。その時見たものが支配者であったならば、私は世界を支配しただろう。
 などと、大げさなことを言ったが、要は己自身の全てを賭ける、ということが、私にとっては実に容易いことだった、と言うだけだ。
 己など、とうに賭けている。
 愛も神もどうでも良い噺だ・・・・・・・・・・・・ただ、忘れてはいけないのは、「神」と「天」は違うのだと言うことだろう。
 神には私は興味がない。
 だが、天には私は興味がある。
 この世の摂理に意志があるなら・・・・・・問うてみたいものだ。「お前の失敗は、ついに人間を飲み干すところまできたぞ、さぁどうする?」とな。 それは悪だろう。
 私自身そう思う。
 だが、「悪」であることと「悪い」ことは別物なのだ。悪であるからといって、自身の存在が「居てはいけないモノだ」などと、負い目に思う必要はない。
 世の悪よ、安心しろ。
 お前達は悪くない。
 ただ悪であるだけだ。
 物語は私個人の意志で書くものかと言えば、そうでもないのだ。書くべき事、書きたいこと、色々あるが、私という出力する機械を経て、何か、大きいモノが私というフィルターを通して、世界を見ている気がしてならない。
 それが何かは知らない・・・・・・だが、最近思うのは「書くべき事」は確かにあり、私は、作家として正しい、という言葉は嫌いだが、間違っていない道を歩いているように思えるのだ。
 私は長い道を歩いてきた。
 遠い遠い遠回りを経て、気づいたことはなんだろう・・・・・・まだ答えは出ない。だが、私という人間は即物的なものだから、きっと「結果」でしか判断は出来ないだろう。そう思う。
 本当に、長い遠回りだった。
 いや、だったと言うにはまだ早いか。
 私はただ、個人としての当たり前の幸福を追い求めていただけの気もしたが、ここまでたどり着いたのだ。見たい。見果てぬ先にあるモノを、私は見て、今までの苦痛、今までの苦悩、今までの苦労、今までの葛藤が、チャラになるような、奇跡のような日常を、私は見たい。
 私は、朝の日差しを眺めながら、そんな夢を口にするのだった。我ながら、気が抜けていたのかもしれない。
「まぁ、素晴らしいですわ。夢を見るのは良いことですもの」
「見るのは良いが、叶うかどうかとなると、耳の痛い噺ではあるがな」
「そうでもありませんわ」
 彼女はくす、と笑って言うのだった。
「夢は叶いますわ。ただ、思わぬ形で、ですが」 本当だろうか。
 まだ叶っていない以上、おいそれと頷くことも出来はしないが。
「あら、どうして?」
「未来は分からない、信じた道だと思っていても・・・・・・未来が見えなければ「不安」はある」
「大丈夫ですわ」
「何故だ?」
 未来が分からなければ「不安」になる。それは信じた道であるから、あるいは「信念」野本行った行動だとしても、世界はあっさり見捨てるからだろう。
 どれだけ血を流そうが、
 辛酸をなめようが、
 あるいは、人生を賭けて挑んだところで・・・・・・結末は誰にも分からない。
 報われないことの方が多いだろう。
 世界は涙で出来ている。しかし、その涙に「因果」は「応報」しない。悪に裁きはあるのかもしれないが、人間の信念に基づいた行動は、その結末に「報い」があるとは限らない。
 だから私は「運不運」が嫌いなのだ。
 それでは・・・・・・人間の意志は無意味だ。
 何の価値も有りはしない。
「そんなことはないでしょう?」
「綺麗事は聞きたくないな」
 よく見ると、随分色気の多いネグリジェを身につけたままだった。目の前の人間の姿が目に入らないくらいに、私は、没頭していたらしい。
 やれやれ、我ながら参ったものだ。
 私は・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・そうですね、確かに、報われないことも多くあるでしょう。ですが、人間の一生など、実に短いものではありませんか。最後に笑い、程々に満たされていれば、それで良いではありませんか・・・・・・」
 言って、私の座っているソファに近づき、私の手に、自らの手を添えるのだった。
 だが。
 私は、綺麗事が大嫌いだ。
「かもしれない。だが、その保証が、一体どこにあると言うのだ? 「もしかしたら幸せになれるかもしれないから我慢しろ」とでも? 私は、「目に見えない幸福」をチラツかせられるのが大嫌いだ。有りもしないモノを見て、そこに希望を見いだして、後からやはりそんなモノはなかったと、落胆する。もう沢山だ」
「あら、作家の言葉とは思えませんわ」
 確かにそうだ。
 私は、作家だ。
 有りもしない物語、夢希望、あるいは絶望、それらを読者に魅せ、生きる道を選んだ。
 だが、本は人を救うまい。
「まさか。実在する人間よりも、直ぐ手に取れる本の方が、人に影響を与えやすいモノです。現に本を読み、その後の人生を左右された人間など、神を信じる者達だけで、人間の過半数を超えるではありませんか」
「確かに、そうだが・・・・・・」
「自身に誇りを持ちなさい。そうすれば、もっと景色が違ってきましてよ」
 くす、とまた笑うのだった。
 やれやれ、参った。・・・・・・長い長い時間を生きてきたが、私はまだまだ小娘に言い負かされる位の成長しか、していないらしい。
 成長の延びしろが長くて良いことだ。全く、我ながらどうかしている。
「誇りならあるさ。作家として、自身の作品には当然あって然るべきモノだ」
「そうですか? ならば、誇りがあって、作品を形にして、その上進むべき道がはっきりしている・・・・・・これ以上何が欲しいのですか?」
「実利という名前の結果だ。そして、それによって得られる平穏で豊かな生活だろうな」
「あら、先が見えないから「人生」と言うのですから・・・・・・平穏な生活はともかく、まだ見ぬ結果は急ぎすぎでしょう」
「急いでいるだと?」
「ええ、もう少し、ゆっくり生きても良いではありませんか・・・・・・私たちの人生など、有限な上、終わりは決まっているのです。なら、泡沫の成功など、追い求めても良いことはありませんよ」
「そこまでの成功はむしろ、いらないさ。ただ、私は報われないだけだ。私は非人間だ。だが、それと向き合い、得られるモノを目指して、作家として在ることを選んだ・・・・・・長い長い回り道を経て、それでも得られるモノがないなど」
 そんなのは嘘だ。
 私はそう言った。
 そう思った。
 それを信念に、生きてきた。
 長い道のりを、歩いてきたのだ。
 そこに幸福が無いなど、許せない。
 許さない。
 誰が、何と言おうとだ。
 その為なら、神だって斬り捨てる。
「心配はいりませんよ」
 根拠のない信頼、それはどうやら女の特権のようだった。嬉しくもない。現実に役に立てばよいのだが・・・・・・。
「何事も、終わりが在れば始まりがあり、因果が在れば報いがある。あなたの意志が本物ならば、そこに報いがあるのは必然です」
 本当だろうか?
 そも、「本物の意志」とは、何を持って本物なのだろう。
「それは簡単でしょうね」
「何だ?」
 くすり、と妖艶に笑って、彼女はこう言った。「本人がそれを信じるかどうかですわよ」

   12

 さて、これからどうするか。
 我々はとりあえず身だしなみを整え、それから朝食を取りに行くことにした。ビュッフェバイキングとかいう、取り放題の形式だ。
 朝なので私はフルーツを山盛り、ボウルに放り込んで、後はコーヒーで済ますことにした。
「随分健康的ですわね」
「健康だけは、金で治療は出来ても、精々期限を伺うのが関の山だ。作家としてのプロ意識が私にあるとすれば、精々が健康管理と、作品の質、書くべきモノを書いているか、書きたいことを賭けているか、その確認くらいだからな」
 つまり特にないという事だ。
 そんなものは心得であって、心得ておけば難問題も発生しない。
「そういうお前は」
「アリスです」
 若干ムスッとした感じで・・・・・・産まれたときから雑な扱いを受けた私には理解しがたいことだが・・・・・・女は名前で呼ばれるのを好む。
 私の過去のように、あるいは現在のように、雑なモノ扱いでは、神経に障るのだろう。
 まぁ仕方在るまい。
 これも作者取材だと思うとしよう。
 作品なんて、私から言わせれば、だが、要は当人の魂が訴えたいことを表現するわけだから、究極的には取材も技術も必要ない。私に魂があるのかは分からないが、とにかくそれさえあれば何とでもなるものだ。
 私は才能が笑えるほど無かった(産まれて初めて書いた作品はマンガだったが、手が震えて絵が描けず、妥協して始めた物語の執筆は、拝啓描写0の盗作作品だった)が、そんな私でも、何年も何年もやってれば出来ると言うことは、つまりそう言うことなのであろう。
 物語に才能は必要ない。
 むしろ邪魔だ。
 話がそれるが、説明すると、そも、物語とは「持たざるモノの物語」だからこそ輝くのだ。才能にかまけて書く人間の作品など、小綺麗に飾っているか、薄っぺらい偽善か、人間味のつまらない駄作だと、決まっているものだ。
 作家になると言うことは、人並みの幸福を捨てていると言うことでもある・・・・・・無論例外もあるのかもしれないが(漫画家なら、作家として本物でも、人間味のある人物が、何故かいる。不思議だ)こと物語を文字で書く人間の、本物を書き上げた馬鹿者達の末路を見ろ。
 大抵銃で自殺するか、人間関係に不和が、あるいは一生童貞だったりと、ロクナ奴がいない。
 私はそうはならんぞ。
 絶対に、だ。宣言する。作家として成功しつつ・・・・・・「幸福」を掴んでみせる。作家として本物で在ればあるほど、人間として破綻しているといって差し支えないが、しかしそれでもだ。
 先人の二の舞を踏んでたまるか。
 私は「幸福」になってみせるぞ。
 人間としての幸福・・・・・・私には全く理解できない「愛」だとか「本当の絆」だとか、そういう胡散臭くも輝かしいモノを手に入れ、「愛」を手にし、所謂「家族の幸せ」いや「人並みの幸福」という、人間が求めるべき「道」を歩くのだ。
 言えば言うほど空しく響くが、だからと言って言わないわけにも行くまい。家族が居たところで殺すことに躊躇無く、愛があったところで見捨てることに罪悪感無く、そも、仮にそれらを手にしたところで、何の満足感も得られない、感じられない、破綻者だとしてもだ。
 非人間であり、
 破綻者だとしてもだ。
 私は実際、人並みの幸福を手にしたところで、それに喜びも、どころか悪意すらも持てないだろう・・・・・・だから作家などになったのかもしれないが、だからといって納得は出来まい。
 何も感じないからと言って、何もなくても良いわけがあるまい。それは私でも同様だ。いや、実際何一つこの世界から消え失せても、本当に何一つ感じはしないだろう。しかし、正直私以外の全人類が本来味わう「感情の産む喜び」所謂「人間らしさ」だとか「心」だとか「人と人との繋がり」だとかを、産まれながらにして私は、一切感じることが無くなっていた。
 先天的破綻者というわけだ。
 だから、事実何も感じない。これは事実だ。
 まぁ感じないなら感じないで、「平穏で穏やかな生活」を目指しているのだが・・・・・・ええと、何の話だったか。
 目の前の女を見て思い出した。
 女の期限の話だったな。
「悪かった、アリス」
 そう言うと、口に袖を当てて、表情を隠すのだった。どんな表情をしているのか知らないが、機嫌が直れば何よりだ。
 私は誰とも敵対したくはないからな。
「まぁ、いいでしょう」
 そういって、彼女はパンに食いつくのだった。 可愛らしい、のだろう。
 頭では理論として理解できるが、感じることは分からないままだ・・・・・・やれやれ、おまけに人間社会になじむためには、人間らしさの物真似をしなければならないと言うのだから、傍迷惑な話でもある。
 非常に面倒だが・・・・・・まぁ、今回の依頼は在る意味女心を理解し、作品に活かすための旅だといっても過言ではないので、仮に遺体の破壊を失敗して、金が入らなかったとしても、これを気に作品のネタとして活かせればイーブンだろう。
「恋をしているそうだな」
「愛ですわ」
「それを恋というのだ」
 まだ何も知らないくせに、と言わんばかりの目で睨まれた。詳しい事情を知らない以上、私がこの女の恋路に口を出すのは、マナー違反だとでも思ったのだろう。
 だが、どちらにしても同じだ。
 恋は入り口は皆違うが、結末は同じ。
 失意と共に終わる、その結末は同じだ。
「何故ですか?」
 どうやら本当に知らないようだ。まぁ、私のような人間が説明するのも、本当に奇妙だが。
 言っても仕方あるまい。
「お前は、自身を犠牲にするより、青年を手に入れることを優先しているだろう。それは恋だ」
「何故、自身を優先してはいけないのですか?」 私は賢者でも何でも無いので、果たして気の利いた台詞が返せるものか・・・・・・やれやれ、本当に参ったものだ。
 この私が、
 少年少女の恋のカウンセラーとは。
 似合わないにも程がある。
「恋は夢見る心だ。この泡沫の世に、ありもしない自身の理想を追い求める心。相手が自分の理想の姿であるのならば、それは恋だよ」
「なら、愛はなんですの?」
 余計なことは知っている割には、恋も愛も知らないらしい。
 上手い表現どころか、愛も恋も簡単なモノなのだがな・・・・・・ありもしないことに、命を懸けるという点では、だが。
「愛は自分を捨ててでも、その対象を幸福へと持っていく心構えだろう。相手が理想でなくても、自身に何一つ答えなくても、それに全てを賭けることが出来れば、それは愛になる」
「まぁ、ではあなたは物語に愛していますのね」「縁起でもないことを口にするな」
 縁起でもない噺だ。
 私は、自身の物語のために命を懸けられるか・・・・・・馬鹿馬鹿しい。物語は私の分身ではあるが、分身であるが故に、役立たなければ意味がない。 精々売れろと言う噺だ。
「ところで・・・・・・どうするつもりだ?」
「あの手のことですか?」
「あんなモノがある以上、我々は双方ともに、目的を果たせなさそうだが」
 あれが何か、それはどうでもいい。
 問題は、あの聖女に危害を加えようとするのは危険であり、あの手は大小の分別無く襲ってくると言うことだ。
 事実だけ言えばそうだろう。
 だが。
「私は諦めませんわ。だって、愛しているのですから」
 障害があればあるほど、燃えるものです、と女は言った。
「私はこのまま帰りたいくらいではあるが」
「お仕事は宜しいんですの?」
「大体は、終わったしな」
 私は物語の主人公ではない。だから何の義務もやるべき事も存在しない。
 それはあの少年少女達だ。
 だが、興味が沸いた。
 主人公でも無い彼女、アリスという名前のこの女の、恋の向かう先に在るもの・・・・・・一作家として、いや一個人として興味がないとは言えない。「だが、お前の行く先には興味がある。恋の末路は悲劇と相場が決まっているが、書くのと読むのが違うように、実際に人間の意志が、それが思いこみの迷惑なものであっても、その果てを見てみたいからな」
 私は人間の意志に興味がある。
 それは物語も同じだからだ・・・・・・「この登場人物はどこへ行くのだろうか?」その疑問が物語の先を紡ぐものだからな。
 願わくば、紡いだ先の物語も、その物語の終わりの先を、呼んでみたいモノだ。
「では、支度をしましょう」
 そう言って、彼女は立ち上がった。
「どこにだ」 
 女は主語がないから困る。
 行くだけならどこにでも行けるぞ。
「勿論、決まっているでしょう?」
 あの青年の家、獅子身中の虫とか言う言葉があるが、私にとってこの女がそういう物騒な存在になりませんように、と、私は信じてもいない神とやらに、祈りを捧げるほか方法がないのだった。

   13

 私にとって「幸福」とは到達点ではない。
 到達しないからこそ美しいモノもある。だが、私の欲望には際限など無い。さらに魅せる世界をさらに圧倒される光景を、さらにおもしろいモノを・・・・・・そう言う意味では、私の願い、私の心は永遠に満たされるモノではないし、満たされたところで、さらに彼方にあるモノを求めるだけだ。 つまり、こんな準備段階で躓いてはいられないと言うことだ。
 そう言う意味では、彼ら神を信じるモノの気持ちも、あまり分からない。
 死後、天国に行きたい。
 詰まるところ、全ての宗教の根元はそれなのだろう。しかし、見たこともない天国へ行き、幸福を手に入れられるのだろうか? そもそも、私と違って彼らは別段、天国へ行った後、つまり目的を果たした後、その先を求められるのだろうか・・・・・・・・・・・・無理だと思う。
 彼らの言う宗教の正しさは知らない、私は信者ではないのだ、当然だろう。
 しかし、仮に天国があり、神が全能だとして、善良な信徒には行く権利があるとしよう・・・・・・・・・・・・それだけだ。
 私のように死んだ後まで作品を書き続けたりはしないだろうし、その、用意された幸福で満足できるのだろう、それはいい。別に、人間何かを成し遂げなければならないわけではない。用意された天国で満足するのも、一興だろう。
 だが、そこには当人の意志がない。
 その天国へ行き、「楽しんでやろう」だとか「欲望のままに欲しいモノを手にする」でもないのだ。そんなモノを、只単に「他の皆が行っているから」という安直な理由で求めている気がしてならない。
 神はいるかもしれない。
 だが、それとこれとは話が別だ。
 私は長い道のりを歩いて、またぞろ神の家、例の教会へと向かうのだった。あの女、アリスは置いてきた。人間の「悪意」にあの聖人候補自動主語装置、とでも呼べば良さそうな物体が、襲ってこないとも、限らないだろう。
 まぁそれはどうでもいいのだ。
 いつも思うことだが、物語にとって重要なのはお膳立てでは決してない。整った物語など、男の自慢話、女の見栄にも劣るものだ。要は、物語を読むことで、その「噺」を通して読者の精神に影響を与えることが出来るかどうか、だ。
 教訓とでも言うべきか。
 整った物語、騎士が竜を倒し、姫を救い出してめでたしめでたし・・・・・・それはいいが、その物語の一体どこに、心に響くモノがある?
 感動はするだろう。
 涙するかもしれない。
 だが、救いのある物語ほどつまらないモノは無いように、そういう「善人が悪人を倒す」という物語には、薄っぺらな内容しかない。
 善も悪も、環境によって変わるものだ。火炙りにしたかと思えば、その後になって「彼女は真の聖人だったのだ」だとか、妄言を吐くのが人間と言うものだ。
 その不確か極まる世の中で、精神を成長させる物語、白紙の地図に指針を示し、良かれ悪しかれ呼んだ人間がその指針に邁進する。
 それが物語と言うものだ。
 最近は、いや大昔から、物語と言うよりただ流行に乗って「売れそうなモノを書く」という、書きたいのか売りたいのか良く分からない、殆どただの紙の束、燃えるゴミでしかないそれらを売ることが多くなった。
 実利を求めれば当然だ。
 しかし、これは実利ばかり求めていては、あまり対したことが出来ないと言う教訓らしい・・・・・・・・・・・・何冊もそういう「本もどき」「物語もどき」を呼んではみたが、つまらない上に、打ち上げる花火のようなもので、読み終わったら、あるいは流行が過ぎれば邪魔なゴミになる。
 これが今の物語かと、むしろ驚いて感心したものだ・・・・・・よくもまぁ、あんな中身のないゴミ、駄作どころか紙の無駄遣いも甚だしいモノを、ああも沢山売れるものだ。
 私も依然、売れれば何でも良いのかと思い、真似してみたが駄目だった。まず、気が乗らない。 私に作家としての誇りみたいなモノはないが、中身のないモノを延々と書くというのは意外と苦痛だ。そも、中身のない三流が書くモノを真似するのだから、退屈だし疲れて仕方ない。
 三流の真似をしても疲れるだけだ。
 だが、そんな三流達が稼いでいるという現状はやはり、真実よりも事実、美しいモノよりも美しく演出できるか、人間の意志よりも運不運、あるいは頭が回るかで決まるのかと思うと、心底ガッカリさせてくれる。
 信仰も同じだろう。
 あの女の信仰は本物だろう。そうでなくては聖人候補などと呼ばれないだろうし、あんな「摂理の作り出した怪物、の腕」みたいなモノが、守りに来たりもしないだろう。
 しかし、それを巡る人間は全て偽物、いやただのハイエナも良いところだろう・・・・・・案外、私がこの少年少女の恋に肩入れするのは、良いように搾取される作家という環境が忌々しいように、他のところでも似たような事が行われていると知ったので、苛立ったからかもしれない。
「さて、どうするか」
「ええ、どうします?」
 背後からそんな声が聞こえたので、少し驚いたが、やはりというか、そこにはストーカー女のアリスがいるのだった。
「何故いるんだ?」
「そこに意中の殿方がいるからですわ」
 返事になっていない。この女、例の青年がらみだと本当に、他に何も見えないらしい。
「あの青年はまだだ。後でセッティングしてやるから、今はそこにいろ」
「約束ですわよ?」
「ああ、私は約束を破ったことがない」
 どころか、人と約束をすること事態初めての気もしなくはなかったが、とにかく、私は教会に向かい、そのドアを開け、中に入った。
「・・・・・・・・・・・・」
 誰もいない。
 どう言うことだろう? 今は祈りを捧げている時間帯のはずだが。いずれにせよ奥に進むとしよう。私は作家であって主人公ではない。だからマナー違反だろうが何であろうが、作品のネタさえ手に出来れば、他はどうでも良い。
「よう」
 とりあえず意味もなく、偶像崇拝、というのだろうか。精巧な像(恐らく、天使だろう)に話しかけた。当然、返事はない。
 こんな石の固まりを崇めるのか・・・・・・根気のいりそうな作業だ。私には出来そうもない。
 奥から音が聞こえる。何だ? 絶対に関わらない方が良さそうなものだが、まぁ人の不幸は密の味、そして未知なるモノを己の経験に変えるのもまた、作家の仕事みたいなものだ。
 多分な。
 違っても知らないが。
 奥に行くと階段があり、地下へと続いていた・・・・・・何とも胡散臭い。神は全能かもしれないが、信じるのは人間だ。だから信用ならない。
 それを強調するように、奥からあえぎ声が聞こえた、いや現在進行形で聞こえる。何だ?
 私は奥にある扉を少し開き、そこを覗いた。
 そこには、
「もっと鳴け!」
「もう、こんなことは」
「五月蠅い!」
 そういって、あの聖女殿がむさ苦しい神父に陵辱されている姿があった。ざまあみろ、神とやら。お前は全能かもしれないが、信じる人間はこんなモノだ。そう思いもしたが、しかしよくよく考えれば、聖人や聖女というのは大抵、迫害されてるからこそという気もした。
 などと、歓喜に浸ってもいられまい。
「誰だ!」
 などと、実につまらない、ありきたりな台詞を言うのだった。人間としての底も知れそうだし、作品に対する利用価値はない。
 私は話も聞かずに首を切り捨てた。
 断面が綺麗だったので、倒れてから血しぶきは舞った。私は汚い人間の汚い血など、浴びたくもなかったので、私の為の行動と言える。
 血が苦手って訳でもない。ただ、嫌なモノは嫌なので、仕方在るまい。汚いモノは嫌いだ。
「な、何をする!」
「何をするだと? どうせ弱みでも握られて
抱かれたくもない男に抱かれ、また下らない陰謀にでも巻き込まれていたのだろう」
「そ、それは、しかし、これでは」
「これでは、何だ?」
 私は当てずっぽうでモノを言うことにした。
「例の青年のことか?」
「・・・・・・!」
 わかりやすい奴だ。そして、つまならない展開ではある・・・・・・まぁ、展開がつまらなくても、彼らの出す答えが、私の想像を超えるものならそれで構わないが。
「・・・・・・ええ、従わなければ殺すと。以前から私への接触で、私が「聖人」としての素質を失わないかと、危惧はされていたようです」
「それで」
「ええ、ですから、何としても次の手を」
「違う、そんな些末なことはどうでもいい」
「何ですって?」
 乱れた衣服を手で押さえつつも、人間を殺せそうな強い目で、私を睨むのだった。
 おお怖い。
 だが、どうでもいいモノはどうでもいい。
 問題は本質的なものだ。
「聖人など、ただの肩書きだろう。そんな装飾に興味はない。相手が社長だから萎縮する奴隷階級と変わるまい。問題はおまえ達の下らない色恋沙汰だろう?」
「聞き捨てなりませんね。聖人が、どうでもいいなどと・・・・・・我らの神に対する侮辱です」
 頭の固い女だ。
 大体が、神に会ったこともないだろうに、何故神はこうだから云々、と話が出来るのか、分からない。いや、彼らは分かる気はないのかもしれない・・・・・・絶対的なモノに縋れば、楽だからな。
 利用するならとにかく、縋るのはごめんだ。
 だから言った
「どうでもいいだろう。お前は別に、聖人になりたいとは一度も言わなかった。対して、あの少年のことは守ろうとしている。その方が楽だからだろう?」
「何ですって?」
 掴みかかろうとしたのだろうが、現在あられもない姿を手で押さえていることに気づき、自粛したようだった。
「私は楽な道など、選んだつもりはありません」「だが、事実そうではないか。聖人になるという目的は、お前が成れそうだから周りが与えてくれただけだ。そして、愛する人間に気持ちを伝えたいが、「聖人にならなければならないから」と自分を誤魔化して思いを封じ込めた。そら、お前は一度として困難な道など、歩いてはいまい」
「それは・・・・・・」
「お前は卑怯者だ。それはいい。人間の本質だからな。だが、あの青年、自身に惚れた男を袖にしておいて、その様はどうだ? 結局、守るためとは言うが、何も守れてはいない。そも頼まれてもいないだろう? だのに、勝手に守ろうとして勝手に失敗している。お前は道化でも目指すつもりか?」
「あなたに、何が分かるというのだ」
 陳腐な台詞だ。そうさな、いまのところだらしない女だと言うことくらいしか、分かりそうにないが。まぁ、聖人とて人間だ、それは悪くも何ともない・・・・・・自分に嘘を付く以外は。
「わからんな、お前と私は友達か?」
「貴様!」
「いいか良く聞け、お前の頭は岩石で出来ているのではないかという位堅くて、正直使い物にならないが、それでもあの男の好意には、気づくことが出来たのだろう?」
 沈黙して俯く聖女。しかし沈痛な面もちで彼女はこう言うのだった。
「・・・・・・しかし、それは許されないことだ」
「何故?」
「それは、聖人には、潔白さが求められて」
「その様で何を言う。大体が聖人など、その少年少女の色恋沙汰を完結させてから挑めば良いではないか。それとも何か? おまえ達の言う聖人というのは、奇跡は起こせても色恋沙汰一つ解決できない臆病鶏か?」
「黙れ」
「黙れと言われると、黙りたくなくなるな・・・・・・・・・・・・」
 私は主人公でもなければ、善人でもない。
 右を向けと言われれば左を向き、上を見ろと言われれば下を見て、話せと言われれば嘘を吐き、話すなと言われればもう止めてくれと言うまで相手をイビり、救うなと言われれば図々しく頼まれもしないのに押しつけがましい善意を押しつけ、救われないと言うなら無理矢理にでも有りもしない幻想で、人格を前向きに矯正する。
 それが作家と言うものだ。
 つまり、頼まれもしないのに物語を書き、精神を無理矢理成長させ、それで金をもらう人間などは、皆そんなものだ。
 要するに適当なだけかもしれないが。
「お前は聖人になれるかもしれない。人のために愛のために己を捨て、あんな下巣にも村身を残さない女なら、成れるのだろう。だが、別段成りたくて成ったわけでもないならば、無理に目指す必要もあるまい」
「そんな・・・・・・教会全体の悲願を、そんな簡単に捨てられるモノでは」
「あるね。そもそも、その教会というのは個人ではあるまい。お前の言う教会は、上の偉い人間の沽券にすぎまい。大体が、この世に代わりの効かないモノなど無いのだ。聖人ですら、何人もいるだろうが」
「だからといって、責任を放棄することは出来ません。あなたの意見は参考になりましたが」
 それは出来ない、と。
 そう言うのだった。
 そう言われると、ますます邪魔、ではなかったな。ええと、そう、少年少女の恋愛沙汰を、適当に観戦したくなる。
「責任ね。その責任感も、お前が勝手に思いこんでいるだけだろう? 物的な証拠もある」
「・・・・・・何ですって?」
 返答次第では、という感じだ。
 まぁ事実在るのだ、既に死体ではあるが。
「そこの死体が、お前が聖人になれるかどうか危惧している人間達の思惑を利用している時点で、明らかではないか。おまえ個人では、成れるかどうか心配と言うことだ。誰もお前に期待なんてしていない。順序よく奇跡を起こせるように、周りを整えているだけだ」
「そんな・・・・・・ことは・・・・・・・・・・・・」
 心の支えを徐々にへし折っていくのは、気分が良いものだ。私の前では何かに依存している人間や、ただ有能なだけの人間、社会的に立派な人間であればあるほど、無力になる。
 本質しか、あまり見ないからだ。
 所詮誰もが、個人に過ぎない。
 それが英雄であろうが聖人であろうが同じ事だ・・・・・・どちらも元が、ただの人間であることに、違いあるまい。
 人間でなかった、超越した存在だとしても、まぁ男か女かどちらかだろう。そして男も女も変わらないもので、単純なものだ。
 そんなもの、恐れるに足りない。
 個人であることに変わりはないのだ。
「あの青年と、お前は結ばれたいのだろう?」
「・・・・・・ええ、認めましょう」
 私は彼に恋い焦がれている、と女は言った。
「だが、役目を放棄することは、出来ません」
「いや、出来る」
「そんなバカな・・・・・・」
「じゃあ聞くが、お前達にとっての聖人は、教会が認めるから聖人なのか?」
「そんなわけ無いでしょう。彼らが奇跡を起こした上で、多くを救ったからです」
「なら、教会の「聖人判定」など必要無いではないか」
「それは・・・・・・確かに、そうですが」
「社会的にはどうだか知らないが、そも先人・・・・・・多くの人間が知っている聖人は、生きている間には良いように迫害され、死んで数千年たってから崇められ始めたのだろう? ならそうすればいいだろう。死んでから奇跡を起こす素質がある、などと笑わせる。生きている内に人間を救ったこともない奴が、聖人になど成れるのか?」
「しかし、それは」
「ああ、教会を裏切ることになるだろうな。しかし関係在るまい。お前の望みは「聖人」に成ることと、「あの青年」を愛することだ。そら、望みは全て叶うではないか」
 受け止めきれていないのか、いやしかしだの、そんなことがだの、ブツブツ言いながら考え込んでいるようだった。
「とりあえず・・・・・・私が前に旅した惑星で、労働者を奴隷のように扱い、問題になっているところがあってな。資本主義から人間を救い出すというのはどうだ? 未だかつて無い「奇跡」だと思うのだが」
 実際、在る意味世界の救世主だ。小さな奇跡を起こすなどと言う、しょぼい奇跡よりも、よほど多くの人間を救うだろう。
「一つだけ、聞かせてください」
「何だ」
 あまり、私は考えているわけでも無いのだが・・・・・・・・・・・・あれこれ言った以上、返事くらいはしてやるとしよう。返事するだけかもしれないが。「そんなことが、許されるのですか?」
「当然だろう。この世の善悪を判断するのは、所詮当人の意志でしかないのだ。人を殺すことを良しと笑う時代があった。人を殺すことを悪しと憤る時代があった。だがそれは法律が変わっただけでしかない。そんなものは基準になるまい。他でもない自分自身が、己の存在を肯定し、前に進んだ上で、結末に対して「これでよかった」と笑えるかどうかだ」
 人間の善悪など、そんなものだ。
 己のことは、己で決めなくては進まない。
 神がいくら全能でも、だ。
「そうですか・・・・・・そうだったのですね」
 この世に絶対的に正しい尺度など、無い。
 あるわけがないのだ。
 だからこそ、面白いのだ。人間の思想は単一でないからこそ、未来を育むものではないか。こんな台詞を私のような人間に言わせるようでは、世の中知れているとも取れるが。
 とにかくだ。
「で、どうするのだ? 依頼の関係上、お前が夜逃げするなら、それを手伝うのは問題ない。既に金も受け取っていることだしな」
 儲けるだけ儲け、そして作品のネタも手にはいるというわけだ。素晴らしい。
 苦労した甲斐があった。しただろうか?
 楽であるのに越したことはないが。
「分かりました・・・・・・悪魔にたぶらかされたとでも思って、今回はそうしましょう」
「非道い言われようだ」
「ですが」
 それでも言いたいことがあります、と神妙な趣で彼女は言うのだった。
「何だ、まだ何か、うじうじうじうじ、悩むことがあるのか?」
「違います、もっと切実な問題です」
 何だろう?
 寒いのだろうか?
「着替えるので、出て行ってくれませんか?」  そんな大層な身体していないだろう、と思ってはいたが、お子さまのご意向だ。機嫌を損ねるつもりもない。
 精神的に幼い奴は、どうも女として見れない。 こういう残念な女は、特に。アザラシを相手にしている方がマシだろう。まぁ、女を怒らせても得られるものはあまりない。
 だから怒らせることにした。
「それは悪かった。あまりにも貧相なので、本当は男だったのかと、変に納得してしまっただけだ・・・・・・なぁに、心の広い聖人様なら、無い胸に入っている愛で、許してくれるだろうと思ってな」 安心してこれから先の幸福を思い描き、幸せそうな人間を見てつい、言った。刃物が飛んでくる前に私は急いで駆け抜け、外へでるのだった。
 聖人であろうが、女は恐ろしいと知った、珍しい一日だった。

   14

「殿方はまだですの?」
 あの誰にでも優しい殿方は、と彼女は催促するのだった。
 誰にでも優しいその姿に恋い焦がれたらしいが・・・・・・誰にでも優しい人間など、大抵ロクでもないものだ。ましてそれが、私と同じ作家だというのだから、尚更だろう。
 恋は悲劇にしか成らない。
 それは変えようのないこの世の摂理であり、そうであるからこその「恋」なのだが、今回は一際凄まじい、惨劇とでも呼べそうな結末になりそうだ。私が少年少女の味方をしているとでも思いこんでいたバカな読者には残念な知らせではあるが・・・・・・結末が悲劇であり、それでいて私の想像を越えるるモノになるだろうからこそ、私は少年少女の下らない恋愛を、早送りしただけだ。
 とはいえ、この世が物語ならば本来、女への思いは届かず終わるか、あるいはもっと平凡な結末で終わるだろう少年少女の恋愛を、傑作と言うに相応しい悲劇を起こすまでに、私が後押ししたのだから、凡俗の結末ではもう終わるまい。
 何人かは死ぬだろう。
 それが恋愛と言うものだ。
 誰かが幸せになれば誰かが涙を流さなければ始まらない・・・・・・男女が恋し、あるいは愛を掲げる以上は、それを盛り上げるための外野は、必ず祭り上げられるモノだ。
 今回は、私の隣にいる少女。
 片思い、一目惚れ、何でも良いが、とにかく悲劇を魅せてくれるだろう。
 それさえ在れば、私は十分元が取れる。
 作者取材などと言う、割に合わない真似をした甲斐があったというモノだ。
「ねぇったら」
「もうすぐ来る。あの青年には、五分後に来るように伝えたからな」
「まだでしょうか」
 教会の外でこんな真似をしていれば、先程ゴミを一匹「始末」した後始末もしていない。さっさと帰りたかったが、そもそも私に「帰る」という概念のある場所は存在しないので、正直金と豊かさが在れば、どこでも同じようなものだ。
 言っている内に、青年が来た。
「何故、余計なことをしたんですか?」
 開口一番それだった。まぁ、別段感謝されるためにやったことでもないので、こんなうじうじうっとうしい男の邪魔が出来たのだとすれば、ざまあ見ろとしか思わないのだが。
 と、そこで彼女は身を乗り出し、「ああ、ようやくお会いできました」と、私を遮るのだった。 私は彼らのやりとりを眺めることにした。
「ようやく・・・・・・? ああ、君が僕のストーカーだったんだね?」
「いやですわ、私、そんなつもりはありません。ただちょっと、物陰から見守っていただけです」「それを世間ではストーカーと言うんだけど・・・・・・・・・・・・君には分かってもらえそうにないね」
「また嫌ですわ。そんなに照れなくても宜しいのですよ。私たちは夫婦のようなものではありませんか」
「いつ君と僕が夫婦になったんだい?」
「私があなたを始めてきたときからです」
「参ったな、君みたいな人間は、そう、大嫌いなんだけど」
 分かって貰えそうにないね、と青年は呟くのだった。こういう男は、強引な宣伝とか、販売を断れそうに無いと思いがちだが、実際には何一つ
肯定していないあたり、言葉で相手を交わすのが得意な人物のようだった。
 見ている分には、面白いものだ。
 それを知ってか、青年は腐った目で私を睨むのだった。何か良くないモノを写されても困るので塩でもまこうかと思うほど、汚い眼球だった。
 本当に撒こうかな。
「僕は、ええと、君が嫌いだ。それは分かってくれるかな?」
「ええ、私は貴方を愛していますから。その程度の拒絶など、流して差し上げますわ」
「ええと、うーん」
 会話は出来るんだけどな、と青年はボヤくのだった。一方的な思いを戯れ言でかわそうとするのが間違っているのだ。とはいえ、私ならどうしただろう?・・・・・・面倒だから、好みでなければ切り捨てるかもしれない。まぁ、私の好みなど私自身すら不明だが、それにそういう伴侶みたいなものがいたとして、遠慮なくそれを自身の都合のために切り捨てられ、それを良しと出来、それでいて批判には耳を貸す気もない。実に堂々と裏切ることを想定すると、やはり私のような非人間が考えたところで無駄な気もした。
 まぁ、考えるだけなら楽しいものだ。
 恐らく、会話は成立するけれど、耳を傾ける気がない、いや単純に「純粋すぎる好意」がどれだけ醜悪なのかを、頭の中で思い描いているようだった。悩む人間を見るのは楽しいものだ。
 傍観者という立ち位置も、存外悪くない。
「そうかい。わかった、それで、君はこれからどうするつもりなのかな?」
「そうですね、まずは新婚旅行と参りましょう。そしてあの女を殺し」
 そこで、青年の顔つきが変わった。
 どうやら、逆鱗に触れたらしい。竜でもないのにそんなモノがあるのか、最近の若者は。
 なんてな。
「君は、彼女を殺すつもりかい?」
「ええ、だって」
 邪魔ではありませんか、と平然と言ってのけるのだった。
 邪魔、故に殺す。
 その理屈は悪くない。女を前にうじうじ悩んでいる主人公よりは。面白いからな。
 女とは元来、そういうものだ。
 男とは元来、そういうものだ。
 だから人間は面白い。
 ありもしない愛や恋、それらに誘惑されて人生を台無しにし、持っている有能さを奪われ、搾取されて、使い捨てて。
 醜悪そのものだが、しかし根底に人間の強い意志があるのならば、それが民衆の目にどう映ろうが、英雄であろうが殺人鬼であろうが、等しく私にとっては価値がある。
 見ていて面白いからな。
 あの女、アリスとか言うあの女と私が普通に生活できたのは、私は狂っている人間の扱いを弁えているからでしかない。本来、恋する乙女は会話も懐柔も理解すら出来ない、手に負えぬ怪物ではあるのだが、それを書くのが私の仕事だ。
 つまり、大したことは無いという話だ。
「私は貴方を愛しています」
「僕は、君のことが大嫌いだ」
 かみ合わない。合うはずもないのだが。だからこその恋でしかない。しかし、見ているだけではいい加減退屈だな・・・・・・。
 暇つぶしに、こいつらの人生でも、破滅させてしまおうか。そんなことを考えていた。
 青年は言う。
「僕は、愛する人がいる。だから君の思いには答えられない」
 などと、卑怯な答えを返すのだった。そも貴様が愛する女の気持ちに素直になれないから、私が仕事をする羽目になったのだと、糾弾してこき下ろしてやろうかなとも思った。
 大体が思い人の有無関係なしに、断るだろう。 卑怯な上に、つまらない男だ。
「私は構いませんわ。まずその女を殺し、そして貴方を私のモノにします」
「君は・・・・・・狂っているよ」
 今更そんなことを言うのだった。
 さて、どうするか。
 このまま二人の会話を眺めているだけ、というのも、流れとしては自然だが、それだけでは・・・・・・つまらない。
 行動としては悪だろうが、そんなことを気にする人間なら、作家などには成りはしまい。
「お前」
 と、私は呼びかけた。
 正直放っておくのも有りだったが、あまりにも暇なので、この青年の人生観を破壊し、心をへし折り地獄に落とした後、ストレスが解消できていればゆっくり考えようと考えた。
 つまり暇つぶしに、見ず知らずの人間の精神を破壊することにした。容易い遊びだ。
 少なくとも、私にとっては。
「あの女、あの聖女が男に抱かれてお前を守っていたことは、知っているな?」
「何ですって?」
「何ではないだろう? お前が近づくことで、お前がいればあの女は聖女になれないのではないかと思う人間達から、守る為さ。薄々気づいてはいたくせに、知らないフリをしていたのだろう?」「そんな・・・・・・ことは・・・・・・」
 図星らしかった。
 適当にも程がある推理だったが、流石私だ。経験からくる第六感は、伊達ではない。
 まさか当たるとは。まぁ、この「僕は罪悪感と後悔で構成されています」みたいな青年を見れば誰だって、このくらいは言えそうなものだが。
「お前は、それを知りながら聖女の愛を無視してきたくせに、今更恋を拒むのか?」
「貴方は、あなたは一体何がしたいんですか?」「私の動機が知りたいか?」
 そんなもの無いのだが。しかし私の口は適当なことをよくまぁ出来るなと言うくらいに、勝手に話し出すのだった。
「そうだな、とりあえずうじうじ愛に応えない青年を、聖女様とくっつけろと言うのが、私に当てられた依頼だが・・・・・・どうもお前は罪悪感を抱いて悩んでいる自分に酔っぱらうのが好きみたいだからな。とりあえず考えもなく、女をあてがっただけだ」
 感謝しろよ、こんな美人をあてがってやったのだからな、と私は言った。
 そんな目的があるなんて、私も今初めて知ったのだが、まぁ計算通りの流れだと、そう言うことにしておこう。
 その方が格好が付くではないか。
「ちょっと、あの聖女と殿方を、くっつけるのが目的なのですか?」
 刃物を取り出し始めたので、私は、
「いや、別にそれはいい。というか、お前はお前で、あの青年とくっつければ良いんだろう? なら聖女の一人や二人、愛人として許容してやれば良いではないか」
「勝手に話を進めないで下さい。まるで僕がロクでもない男みたいじゃないですか」
 そう青年が割ってはいるのだった。
 しかし、だ。
「見たいでは無く、そのものだろう。愛情を向ける女を翻弄し、恋を向ける女を袖にして、「僕は知らなかった」と愛する女が、自分を守るために抱かれていることに、見ぬ振りだ」
「黙れ」
 珍しく、も何も、私はこの男を良く知らないのだが、反射的な怒りを身に纏うのだった。まぁそれと同じくらいに、自身の情けなさを内罰的に考え込んでいるようでもあるが。
 しかしそんなモノに意味はあるまい。
「お前はどうせ「僕みたいな人間が彼女を幸せになんて出来るかどうか分からない。いや、きっとそうだ。だからこのままの関係で良いんだ」などと言うことを考えているのだろうが」
「・・・・・・別に、そんなつもりは」
「そんなつもりはなくても、事実そうではないか下らない・・・・・・・・・・・・お前みたいな人間が自身を自身の心の内で罰したところで、世界は何も変わるまい。おまえ個人の下らない自己満足だ」
「っ!・・・・・・なら、貴方はどうなんです? 彼女と僕が、まぁそう言う関係だったとして、何か解決策でもあるって言うんですか?」
「あると言ったら?」
「・・・・・・・・・・・・」
 黙り込む青年に対して、アリスは、
「ちょっと、私の話しに割り込まないで下さい」 と言うのだった。
 まぁ、私はこの二人を救う義務があるわけではないのだ・・・・・・暇つぶし感覚で干渉するだけ干渉して、失敗した人間が絶望の淵でうなだれる様に対して、指を指して笑ったところで誰に何を言われる覚えもないのだからな。
「どうなのですか? 私を受け入れますか? 受け入れないのなら」
「殺す、かい? それはただの脅迫だな。恋にはほど遠いよ」
 言って、彼はナイフを取り出すのだった。
 最近の若者は、皆こうなのか?
 全く、凶器を持ち歩いておきながら、普段は平然とした顔で会話するのだから、どうかしているな、全く。常識のない人種には、私のような清廉潔白な人間を、見習って欲しいものだ。
 常識がないぞ、貴様等。
 刃物を持ち歩くなと、習わなかったのか。
 私は別に、習わなかったので、構わないが。
「じゃあ僕も対抗せざるを得ないよね。そう、これは正当防衛だ、「仕方がない」さ」
「あら、ならば私は貴方を殺して自害しましょうか。そうすれば、ほら、みんな幸せになれるでしょう?」
 そう言ってアリスは刃物を持って、幽鬼のように前へ進んだ。
 しかし、仕方がない、などという理由で人を殺せるなんて、全く、狂人というのはこれだから。 始末に負えない連中だ。
 恋や愛以前に、常識を磨いた方が良いのではないか?
 じり、と両者とも、間合いを見て近づくのだった。どうやら、本当に殺し合うらしい。
「いいぞ! もっとやれ!」
「黙って下さい」
「今、忙しいので、静かに」
 やれやれ、参った。盛り上げようと思っただけだが、カンに障ったらしい。
 じゃあもっとやろうかな。
「しかし、お前達、そのやり方ではどちらも、得るモノが無いのではないか?」
 ええと、アリスが勝てば心中し、青年が勝てば・・・・・・邪魔者が消えるだけか。やはり、進展には及ぶまい。どころか、勝手に意味不明な罪悪感を心の中に妄想で作り出し、「僕のような人殺者が彼女といるのは間違っている」などと思いこむだろうから、そうなると依頼は達成できまい。
 煽っておいて何だが、しかし、参った。
 どうしたものか。
 女は言った。
「そうでもありません。私の愛はあの世で永遠のモノになりますから」
 男は言った。
「そうだね、とりあえず、大切な友達を守ることは出来そうだ」
 お互い、歩み寄ることなく。
 実につまらない展開だ。
 もっと他にやることはないのか。
 誰かのため誰かのため、豊かすぎる人間独特のいいわけ、というか自分を騙す呪文みたいなモノなのだろう。
 どうでもいいがな。
 制止する暇もなく飛び出したのは男の方だった・・・・・・腕を切り落とそうとするが、女はこれを容易く避けた。熱が入っている。止めるか、止めないかが選択できるのは、私だけのようだ。
 どうしようかな。
 他人事ではあるので、のんびり考えたいところだが、時間は限られている。
 一番面白い展開か。何だろうな。
 と、考えているところに聖女が姿を現すのだった。おいおい、まだ登場人物が現れるのか?
 冗談じゃないぞ、面倒な。
「君は、どうしてここに来たんだ?」
「どうしても何も、いてはいけませんか?」
 そう言う二人、聖女と青年を憎らしく睨みながら、アリスは吠えた。まさに獣のように。
「その女、許しませんわ許しませんわ許さない許さない許、憎い。憎いにくいぃ憎い、ああああ、何故そんな女と寄り添っているのですか?」
 それは私のなのに、と吠えるのだった。
「僕は君のモノになった覚えもなければ、いや言うだけ無駄か」
「そんなこと無いですわ。貴方は私に微笑みかけてくれましたもの。ええ、だから貴方は私のモノになるのです」
「・・・・・・言葉は、通じそうになくなったね」
 そう言ってナイフを構える青年を、聖女は諫めようとするのだった。
「どういうつもりですか? まさか」
「仕方ないさ。これも正当防衛だ。言ってる間に殺されても何だろう?」
 言って、青年は走り出した。
 酒でも飲みながら観戦したいところだが、私は酒が苦手だし、今手元にはあるまい。
 だが、目を逸らさずにはいられないほどに
 「面白」かった。
 さてどうなるか。
 送還が得ていた矢先、青年の足が止まった。そう、聖女様が間に入り、立ち塞がったのだ。
「止めて下さい。私は、こんな事を望んでいないのですから」
 聖女の言葉はここまでだった。
 背中に刃物が刺さったからだ。
 そして震える声でこう言った。
「いいですか、悔やんでは駄目ですよ。私は貴方を、誰よりも慈しんで・・・・・・だから、貴方が幸せになってくれなければ」 
 困ります、と。
 それが聖女の遺言だった。
「よぉーやく二人きりになれましたね」
 血に顔を染めながら、笑顔でそんなことを言ってのける女の姿は、青年の目にはどう写ったのか知らないが、私には「様になっているな」位の感想しか、浮かんでは来なかった。
 他人事だしな。
「さぁ、一緒に幸せになりましょう? ご飯の用意は出来ていましてよ。そうね、今日は間女のシチューにしましょう」
「何が」
 その言葉はどうやら私に向けられているらしかった。男の後悔、そんな面倒な言葉など聞きたくもなかったが、暇だから答えるとしよう。
「いけなかったんでしょうかね」
「それは、私の私見でいいのか?」
 一応、聞いておくことにした。
 そんな大層な返事は出来そうにないしな。
「ええ、お願いします」
「お前に男の甲斐性が無かったからだ。まぁ良いじゃないか、女なんて男と同じくらいの数はいるのだしな。また似たような女を見つけて、にたような戯れ言を繰り返せばいいだろう?」
 代わりは効くじゃないか、と恐らくは「この女性は自分にとって唯一無二のモノだ」と思いこんでいる男に向かって、言うのだった。
 私からすれば、人間なんて常にどこかで理不尽に死んでいるのだから、そんな良くある日常に、それも別段愛に応えることも無かった女に対して「これは僕のせいだ。何かもっと他にいい方法があったに違いない」みたいな、所謂「後悔」だとか「罪悪感」を持って、悲しむらしい。
 悲しんだところで、蘇生しないだろうに。
 何の意味も価値も無い・・・・・・大切な人が死んだから悲しむ、という振る舞いそのものに、彼らは「道徳的な正しさ」を見いだしているのだろう。 実際には、甲斐性がないくせに女を拒み、それでいてこんな不幸があってよいのかという顔、あるいは自分の未熟さでまた人を巻き込んでしまったという顔をして、だから何だというのか。
 下らない自己満足だ。
 どこか余所でやればいいのに。
「満足かい?」
 そう男は言った。
「いいえ、まだ足りません」
 そう女は言った。
「私は。幸せになりたいのです。貴方と一緒にあることこそが、私の幸せなのですよ?」
「それに、どうして僕が付き合わないといけないのかな? 僕にだって人権はあるはずだけど」
「まぁ、そんなの知りませんわ。だって、私、あなたの事が大切で仕方ありませんの。それにあなたが他の女といると、憎くて憎くて憎くて憎くてあああ、苛々しますわ」
 そう言って、刀を構える。
「で、私のモノに成って頂けますか?」
「悪いけど」
 と、妙に貯めてから、男は言った。
「死んでも御免だね」
「そうですか」
 言って、女は死刑のためのギロチンを降ろすのだった。
 男の首は跳び、ごろんごろんと転がった。
 もったいない。
 あの女たらしなら、他にも美人を寄せ付けそうだったのだが。
「あら、急に冷めてしまいましたわ」
 これが失恋かしら、と女は妖艶に笑いながら、そう言うのだった。

   14

 手に余るって?
 そんなことは無い。
 女とはああいうモノだ。
 それほど、大差は有りはしない。
 それに、男も似たようなものだ。
 少なくとも私は・・・・・・もしこの女が襲いかかってきたところで、いつでも「始末」出来るだろう・・・・・・たとえ寝ている最中でも、自動で「幽霊の日本刀」が真っ二つに両断する。
 女は飽きるとあっさり捨てる。
 男は役に立たなければ、あっさり代える。
 似たようなものだ。
 利用するという点では、変わるまい。
 しかし、あの女、例の聖女だが、あれこそが、あの自身を犠牲にした行為こそが「愛」だとするのならば、やはり「愛」は役に立ちそうもない。 聖人の遺体、その破壊は容易かった。まぁ、あれで聖人になったのかは知らないが・・・・・・死体の一部も持ってきたし、これで仕事は完了だ。
 形はどうあれ、二人は結ばれたしな。
 私が受けた依頼は「少年少女の恋愛成就」であり、彼らの生死は関係がない。
 だが。
「そりゃまぁ、そうだけどね」
 目の前の、自称縁結びの神は、あまり浮かない顔のようだった。
「もう少し、何とか成らないものかねぇ」
「下らないな」
 私はそう言って切り捨てた。我々は例のレストランで、再度会合を開いていた。仕事の報告だ。また、聖人の遺体、その一部を、仲介人へ見せることで、あの女、タマモへの報告ついででもあるが・・・・・・いずれにせよ、こんな顔をされる覚えもないのだが。
「第一、あの二人は生きている限り、どう足掻いても結ばれまい。結ばれたところで、命を狙われ続けるだろう」
「だから? それでも人間が縁を結んではいけない理由には、ならないと思うけど?」
 どうやらハッピーエンドを望んでいたらしい。 だが。
「それを望むなら自身の手で行うべきだったな。人任せにしておいてそれらしい倫理観を述べ立てるな」
「それもそうだったね」
 けどさ、と彼は、真摯な顔で訴えかけるのだった。訴えられたところで、私は神でもなんでもないので、別に彼らを救う義務など無い。悔やむ理由も哀れむ理由も皆無だ。
「君は、彼らが気にくわなかったんじゃないかなと、思ってさ」
「・・・・・・何故だ?」
 人を知ったような口で語る人間は嫌いだ。大抵自身の足下すら、見えていないからだ。私の場合はというと、知ったような口で適当なことを言いはするものの、それがあってるのか私自身にも分からないのだが。
 私の場合は、悪を自認した上で知ったような口をきき、それでいてうろたえる人間の姿を見るのが趣味なだけだ。別に、本当に見透かしているわけではない、と思う。
 少なくとも知ったかぶって、人の人生にあれこれ指示を出すつもりは無い。私の場合、「貴方のことを思ってやっているのですよ」という、押しつけがましい善意ではなく、ただ単に悪意を自覚しながら、うろたえる姿が見たくて言いたいことを言っているだけだ。同じようで違う。
 相手の人生の先など思ってもいない。
 私のような人間は、偽善が大嫌いだ・・・・・・・・・・・・世のため人のため、あるいは後の子供達の為、あるいは地球のため国のため、大それたお題目がなければ動けない人間など、下らない。
 他の全人類がどうなっても構いはしない。他でもない己の中を満たすため、ただそれだけの為に生きている人間の方が、人間味がある。
「知ったような口を、利くじゃないか」
「お互い様だろ? まぁ、君の場合純然たる悪意というか、相手の見られたくない部分を写す鏡みたいなモノなのだろうけど、僕の場合は事実だけを写す鏡と言ったところかな」
「ほう、事実、か。事実というならば、あの顛末は必然ではないか。私が、彼らをうらやむ理由など、皆無ではないか」
「誰もそんなこと言ってないぜ。気にくわないとは言ったけど」
「しかし、事実だろう、それこそ。私にはそも、そういう感情が、いや情そのものが無いのだ。無い以上は、感じ取れまい」
「無くても、情が存在しなくても、羨むことは出来るだろう?」
「何故だ?」
 不可能ではないか。
 羨ましい、と願うことが、出来ないのだから。 だが、縁結びの神は、コーヒーを一口含み、「うまいねぇこれ」と言った後で、こう言った。「いや、だからさ。それを考えることは出来る以上、それがないことに対して苦悩する。それこそが君の言う「羨み」だと思うけど?」
 成る程。
 そういう考え方もあるのか。
 あったところで無意味だが・・・・・・私はコーヒーを胃袋に流し込み、頭に血を集中させて考える・・・・・・答えは出ない。やはり、思考そのものが羨むという事だとしても、それを感じる心が無ければ無意味ではないのか?
「そうでもないさ」
 と、知ったように男は言った。
「だって君は、結局のところその「心」を求めることで自分を埋めようとしているだろう?」
「それが、どうした? 無ければ無いで」
 構わない。
 そう答えたのだが、
「それは妥協であって、本当にいらないわけではないだろう」
 などと、お節介なアドヴァイスをした。
 余計なお世話だ。
 だから何だというのか。
「手に入らなければ、いや手にしたところで感じられないのであれば仕方あるまい」
「ほらそれだ! 「仕方ない」って奴だ。それは君の嫌悪する人間達がよく使う常套句でしかないんだぜ」
「だろうな。しかし、それこそ「事実」だ」
「達観してるねぇ」
「諦めが早い、いや面倒なことはしたくないだけだがな」
「諦めるのかい?」
「ふむ」
 とりあえず、まぁ時間もあることだし、ゆっくり慎重に考えてみよう。
 心は必要か? 
 否、不必要だ。
 一瞬で答えが出てしまったが、しかし、それもまた事実だ。愛が真実の幸福だとか言う輩も多いのだが、別にそんな幸福を押し売りされる覚えもないのだ。
 心は人間を鈍らせる。
 充実するのかは持っていたことが無いので知りもしないが、理解は出来る。人間は心があるからこそ争い、奪い、それでいて学習せず、人に嫉妬し、あるいは金の問題もある。
 金に困る人間は、大抵が見栄や恥が原因だ。
 生活するだけならば大した金は必要ない・・・・・・・・・・・・大抵の貧民は賭博、煙草、外食、見栄、恥や外聞、女、男、情に流されたり余計なモノを買っていてそれに気づかなかったり、それでいて料理もロクに作らないくせに「金がない」と、言うのだからな。
 世間的な正しさを盲信して、「立派な」企業に勤め上げ、自身の意志を貫かず、それでいて良いように使われて人生を無駄にし、組織の庇護から離れられず、労働に従事し続けて身体を壊し、とりあえず世間体もあるからと結婚するが家庭を顧みず、また面倒になり、子供とは関わらず、そのくせ年を取ってから「何故孫たちは冷たいんだ」と相手には人間の倫理観を押しつけ、自業自得、いままで放ってきた、適当な関係しか家族と作らなかった報いを向けるかのように、介護施設で死ぬ順番を待つ。
 成る程。
 冷静に考えると、やはりいらないな。
 あれが心なら無い方が良い。
 あるよりはマシだ。
「思っているほど、良いものでも無さそうだしな・・・・・・遠目に眺めている分には良い、と言うことなのかもしれない。眺めるだけで十分だ」
 心のない苦悩だけでも手に余るのに、心のあるが故の苦悩など背負っていられるか、面倒な。
 青い鳥はすぐそばにいたとか、そういう適当な理由で納得するとしよう。
「ふん、そうかい。まぁ、それはそれで有りなのかもしれないね」
「それで、他に用件は?」
「ん・・・・・・そうだな。ああそうそう。君、以前「賢者の骨」ってアイテムを手にしたことがあるだろう?」
「あの骨か」
 結局、よく分からない正体不明のままだったがしかし、実利が得られたから由とした記憶がある・・・・・・結局、何だったのだろう。
「あれは別名、「聖人の骨」と呼ぶ。つまり君が懐に隠し持っているそれさ」
「これが?」
 そういえば以前、骨を受け取るだけ受け取ってブツブツ言ったかと思えば、自害した女がいた。 どういう原理なのだろう?
「それはね、自身の内面にある願いを叶えると言われている代物なんだ。精神世界に繋ぐパスポートみたいなものかな」
「ふぅん」
 言われても詳しい理屈は理解できそうなので、やめることにした。私は学者ではない。
 あくまで作家だ。
 だから、理屈などどうでもいい。
 問題は結果であり結末だ。
「それで、これを使って、どう願いを叶えればいいんだ?」
「そうだね。瞑想するだけでいいんだけど、場所は静かなところがいいだろう。内面世界、精神の奥に潜って、願いを叶えるわけだからね」
「そうか、ではそうするとしよう」
「これが今回の報酬だよ」
 そう言って、彼は封筒を取り出して渡すのだった。現金取引は違法だが、だからこそ永遠に無くならず、こうして私の懐を暖めてくれる。
 ありがたい話だ。
「じゃあ、僕はもう、行くよ。墓参りによってからにするけど、君はどうする?」
「死んだ人間は、ただの肉と骨だ。ましてそれが腐り始めたところに、行く理由など無い」
「はは、そう言うなよ。案外、人間が知らないだけで、あの世は良いところかもしれないぜ?」
「前にも聞いた台詞だ」
「そうなのかい? なんて答えた」
「聞きたいか? 金を払え」
「これで良いかい?」
 懐から札束を取り出し、私に渡すのだった。  まずまずの儲けだ。
「あの世もこの世も、神と人間が運営するならば・・・・・・私の居場所はないだろう。まぁ、ある程度くつろいで生活できれば、それで十分だ」
「居場所がない、と感じているのかい? それは意外だったな」
「正しくは「世間的には無いのかもしれないが、知ったことではないし、どうでもいい」だ。あの世もこの世も対して変わるまい。崇めるのが等しく神であり、神が運営するとするならばだが、その神が運営した結果がこの世界なら、あまり期待するほどではないだろう」
「耳が痛いな」
「せいぜい痛くしていろ」
 じゃあな、とそう言って私はその場を去るのだった。
 後にはコーヒーの残り香が漂うだけだった。

   14

「で、何を願うんだい、先生」
 そう言うのは待ちくたびれた携帯端末のジャックだった。人工知能は「生命を作り出すという冒涜行為だ」とか何とか、宗教は五月蠅い。
 だから置いてきていた。
 宇宙船のソファの上で、私は聖人の骨、賢者の骨、何でも良いが、とにかく傍目から見れば区旅得た骨を眺めていた。まぁ、先程死んだばかりの女の骨では、奇跡を二度起こすという規定も達成できていないだろうし、厳密にはただの女の骨なのだが。
「依頼は成功したな先生。遺体は破壊してあるのはこれだけだ」
「燃やして供養しただけだがな」
 あの女は、聖人としてあの世でも信者にこき使われるという、苦行から脱したのだろうか?
 まぁ、そうであれば、あの青年ともいちゃつけて何よりだろうが。「聖人」という言葉そのものが既にして、立派なのかもしれないが、成る本人の自由を奪うものでしかないのだ。彼らは自分たちが嫌悪している弾圧や迫害を、他でもない聖人に押しつけている現実に、気付いてはいないのだろうが。
 人間とは、つくづく度し難いものだ。
 改めてそう思った。
 本当に、人間の意志に価値はあるのか?
 意志が崇高でも、報われなければ嘘だ。
 それは嘘なんだ。
 報われて、幸福を掴み、それで初めて前へ進めるのだから。
 報われもしていないのに、意志だけを問われて徒労に終わるのだとすれば、それは嘘だ。理不尽なんてモノじゃない。この世界には、最初から向き合うほどの価値も意味も崇高さも、何もなかったことの証明になるだろう。
 それで良いのか?
 変える方法は無いのか?
 意志を貫いて前へ進んで、それでも報われるかどうかは運不運や環境で決められるなんて、そんな横暴が、力さえあれば許されるのか?
 私は決して許さない。
 絶対に。
 意志を貫いたなら、報われなければ嘘だ。
 嘘なんだ。
「大丈夫か、先生」
「いや、あまり大丈夫では無いな」
「何を、考えていたんだ?」
 神妙な声、を人工知能が出来るのかはしらないが、ジャックはするのだった。
「人間の意志が、やり遂げた存在が、報われないなんて嘘だと、考えていた」
「どうした、急に」
「私は本を書いている。だが、どれほど思いを込めていて、どれほど年月を注いでいて、どれほど人生を捧げようとも、それが報われなければ、最初から無駄になる」
「・・・・・・・・・・・・」
「人間の意志は美しいのだろう、そう思う。だがな、私は美しいだけで、それで納得させようとするこの世界が、許せない」
「先生に」
 許せない者なんて、あったんだな。そう人工知能は口にした。
「昔からさ。こればかりはどうしようもない」
「報われるかな、俺たちは」
「分からない。だが、報われないのだとすれば人間の意志には価値が無く、意味もなく、ただ要領が良いのが全てだと、持つか持たないかが全てだと、それを証明することになるだろう」
 ある意味世界の終わりだな、と私は言った。
 今更生き方は変えられない。
 辞められない。
 だから、報われないなら存在できまい。
「もし、報われるのなら?」
 それは何を証明するんだ、と彼は問うた。
 私は答えた。
「まだまだ足りないが、とりあえず」
「とりあえず?」
「何か、良い事はあるのだと、冬だけでなく春は来るのだと、信じることは出来そうだ」
「信じるだけかい?」
「そりゃそうさ。いままで散々だった。報われただけでは、幸せにはなれまい」
「だが、幸せを信じることは出来る、か。いいぜ先生、大丈夫だ。あんたの周りにはきっと、幸運と幸福が、列をなして取り囲んでいるさ」
「本当に、そうかな」
「ああ、間違いないぜ」
 そうでなきゃ嘘だ、と彼も嘯いた。
 寒い寒い、道を歩いてきた。
 無ければ凍えて死ぬだろう。だが、
 もしそこに春があれば・・・・・・私は何を見ることが出来るのだろうか。
 それは、あるいは。
 私がないと決めつけていた、愛や友情、人間の絆とやらの、奇跡のような世界を、魅せてくれるかもしれない。そんな非現実的で根拠のないことを考えて、思った。
 これが奇跡を願うと言うことか。
 神か仏か知らないが、まぁこのくらいは祈ったところで、叶えてくれるかもしれないと、そんなことを私は、珍しく思うのだった。

   15

 私は人間になれるのだろうか?
 分からない。
 そんなことを考えながら、山を登る。
 神、かどうかはしらないが、とかく人を越えた存在というのは、高いところが好きなのだろう。 やれやれ、参った。
 あまり元気はないのだが。
 救いも運命も、尊さも頑張りも、運不運で片づけられてしまえば、私の人生は、いや人生どころか、私の全て、私の意志、私の成し遂げたこと、私の苦労、私の苦悩、私の全てが・・・・・・・・・・・・・・・・・・それはあってはならないことだ。
 だが、いや、考えても仕方がない。
 やはり相当参っている。
 こんな時に考え事をするべきではないだろう。 私は、ただ、幸せになりたかっただけなのだがな・・・・・・・・・・・・随分と、遠回りをした。
 報いはあるのだろうか。
 どれだけ人間賛歌を美化しようが、こればかりは結果でしか、判断できない。
 私は、それほど多くを求めたわけでは、無かったのだがな。
 とはいえ、言えることがある。
 私はやり遂げたのだ。
 やり遂げた。だからこそ、結末に報いがあって当然だと思っているし、そこに自分を疑う考えは一切無い。私はやり遂げた。
 誰も、これ以上の物語を創れまいと、断言できるほどに、だ。
 だから問題は、私のいままでがキチンと誤魔化し無く報われるのか、その一点だ。
 私自身に対して何の後悔もないし、作品の質も世紀の傑作だと断言できる。他の人間に見る目玉がキチンとついているのかどうか、天は仕事を怠らずに私に金を払えるのかどうか。
 心配していることがあるとすれば、精々その程度なのだ。
 だから、誇りはある。
 報われて当然だと、確信もある。
 私はやり遂げたのだからな。
 やり遂げたんだ。
「あら、こんばんは」
 そう言うのは例の女、タマモだった。・・・・・・・・・・・・そういえば、随分前、私は自信が心ない人間であることを不条理だと、この女と話し込んだことがあった。
 しかし、プロの条件は「己の心を消し去る」ということだ、どんな仕事であれ、己を消すことで最上の結果がでる。
 一流のプロでも、心を消し去るのは難しい。
 私は生まれたときからそうだったが。
 長所と短所は表裏一体と言うことだろうか・・・・・・・・・・・・ままならないものだ。
 本当にな。
「聞いていますか?」
「ああ、ちょっと見とれていたのさ」
「まあ」
 そういって、女は口元を袖で隠すのだった。
 女心も男心も、作家の私からすれば至極単純に写るのは何故だろう?・・・・・・まぁ、昔から男も女も単純な生き物ではある。私もそうなのか、流石に自身で判断は出来ないが。
 複雑怪奇と言うより、私の場合単純ではあるのだが、そこに至る過程が回りくどく、遠回りで、真っ直ぐに向かわせて貰えなかった、と言うところだろう。
「・・・・・・それで、例のモノは?」
「これだろう」
 いつぞやの「骨」を取り出し、私は彼女に渡そうとした。
 しかし、
「それを持って、こちらに来なさい」
「私に願いなんて無いぞ」
 と先んじて、適当な言葉を言うこの口だった。 以前、自身の願いを叶えた女は、願いを叶えたのは良いものの、完全なる神の平和を望んだが為に、その惑星にいる全ての生物の絶滅という、とんでもない結果を出していた。
 あれが叶うと言うことなら、私はささやかな平和と平穏、それなりの豊かさがあれば良いのだが・・・・・・。
「いいから来なさい。貴方の「影」を見ることが出来るでしょう?」
「影?」
 そう答えて、足を進める・・・・・・昔の人間は何を考えて、こんな長ったらしい階段を作ったのだろうか? 作家が通れないではないか。
 肉体労働断固反対。
 私は軍人でも、主人公でもないのだから。
「それで、どこに向かっているんだ?」
「奥の院です。我々、いえ仏に謁見することを想定して作られた、神聖な場所があります」
 そこを使います、と彼女は言った。
 ようやく平地、というか、屋上らしきところに出たかと思ったが、見る限りまだ道は続いているらしかった。今回はこの場所を使うらしいが、もしこれより先の酸素の薄い場所を使う羽目になったらと、ぞっとしない話だ。
 足が棒になってしまう。
 建物らしき場所(私は仏教徒でもないので、詳しい作りはよく分からない。ただ、荘厳ではあったと言っておく)に入ると、とりあえず私は勝手に腰を縁側に降ろした。
「仕方ありませんね」
 そう言って、少し姿を消したかと思うと、彼女はおはぎという、こしあんでもち米を包んだものを、山積みで持ってくるのだった。
 どこから出したのだろう?
 もしや、こんな美味しそうなモノを、神、いや仏か? とにかく、ここに住んでいる連中は、毎日食べているのだろうか・・・・・・羨ましい限りである。
「さあ、召し上がれ」
 私は茶を煎れて貰うと、手にとっておはぎを右手で掴み、食べることにした。
「こりゃ美味い」
「そうですか?」
 それは良かった、とこぽこぽと自分の分の茶を煎れて、上品に手を添えながら飲むのだった。
 茶があり、茶菓子もある。
 すると、作家である私に出来るのは、作者取材による問答と、それこそ「噺を語る」位のモノだろう。
 まずは茶菓子の例に、一つ噺でもするか。
「昔々の出来事だ、ある作家の噺をしよう」
「まぁ、良いですよ。語り聞かせて下さいな」
「その男には何もなかった。心も信条も夢も希望もあり方すらも、何もかも人を真似、自身を持てずに生きていた。そんな男の物語だ」
「続きをどうぞ」
「男は、思った。「私には何もない。しかし、憤りとでも言うのか、男は「何もないなど許せないことだ。何か、何もないなら何かを探せ」そう考えて、探すことにした。人生初めての自分探しという、不毛な争いをだ」
「何が見つかったのですか?」
「いいや、何もなかった。だから金、金銭を原動力としよう、と決めた。分かりやすいからな。さて問題は、まずその男は絵描きになろうとしたのだが、しかし、男にはあらゆる才能が微塵もなかったのだ。だからこそ苦悩していたのだが」
「全てに才能がないなど、あり得るのですか?」「さて、しかし事実だ。人並みのことをするのに人並み以上の労力が必要で、そのくせ凡俗を追い越すことすら出来なかった。生物として、そんなことを許せないのは、無理もない話だった」
「絵描きには、なれなかったのですか?」
「手が震えて絵が書けなかった。才能以前の問題に、男は笑った」
「それで、その男はどうしたのですか?」
「そこだよ。才能が無くても、とりあえずは「始められなければ」噺にならない。だから才能や運不運に左右されない、当時はそこまで考えなかったかもしれないが、とにかく才能が無くても始めることが出来るモノ、を男は求めた」
 それが物語だった、と私は語った。
 ただの御伽噺みたいなものだ。
 大した意味は無い。
「それで、男はどのような物語を?」
「盗作だった。なんせ、それもまた才能以前の問題だった。まぁ、別にそれで儲けたわけでも無かったのだが・・・・・・なんにせよ、時間がかかることだけは確かだった」
「そんな長い時間を、どうして耐えられたのでしょうか?」
「そうさな、最初は、所謂天才った奴がこう言っていたのだ。「自分は天才ではなく、ただ人よりも同じ事へ、長く取り組んでいただけだ」と、それに対する当てつけだった。しかし、長く物語を読み、書いて、紡いで、またやり直してを繰り返す内に、何時からそうなったかは分からなかったが、男の信念の一部になった」
 もっとも、信念が何か、男は感じ取れないままだったが。
 ふんふんと頷き、興味があるフリをしているのか、本当に興味があるのかは分からなかったが、しかし読者がすぐ隣にいる以上、語る口を止めることは出来なかった。
「それで・・・・・・長い長い遠回りをした。時には絶望して、時には開き直った。しかしある日気付いたことがあった」
「何ですか?」
「私は幸福になりたかった。しかし我が人生において、はたして一体、誰が救いの手などという胡散臭いモノを差し伸べてくれただろうか? 一人もそんな人間はいやしなかった。私が苦しむ姿を見て笑う奴は多くいたが、救いなど、無かった」「救いが欲しかったのですか?」
「まさか、欲しかったのは報いだろう。それにしたって、やりきった後に芽生えたものだ。その男は、苦難の中であらゆる物語を、噺を読み、苦難や苦痛の中でも勇気をもらい、希望を魅せられ、それで生きる活力を得た。しかし、現実は醜く、愛も友情も偽物で、そういったものは物語の中にしかないのだと、所詮噺の中の出来事なのだと、そう感じるようになった」
「それが、作品に影響したのですか」
「そりゃそうだろう。結局のところいままで生きてきて、そしてこれから生きていく、その自身の内から産まれるものだ。男からすれば、自身というフィルターを通して物語を紡ぐ、それが作家という生き物だった。だから」
 夢も希望もありはしない。
 そんな物語を願った。
「しかし、物語とは奇妙なもので、悲劇だけではどうしても立ち行かなくなり、そして登場人物たちはこちらの思惑を無視してでも、勝手気ままに動いてしまうものなのだ。人生もこうだったら良いのにと、男は痛感せざるを得なかった」
「同じだと思いますよ」
 女は言った。
「神も仏も、あるいはそれ意外のものですら、人間に苦難だけを与えるなど、どれだけ全能の存在でも、不可能でしょう」
「その根拠がない。そして、その考えは事実、現実の中で、報われてこそ言えるものだ」
「貴方は報われてなくても、口にしていたようですが」
「ひねくれているだけさ。とにかく、だ。書くつもりもなかった希望の渦に、戸惑ったのだ。しかしそれも物語の中での噺。男はますます、悩み苦しむことになった。自分の選んだ道だ。そしてその道を歩ききり、やり遂げて、次へと進むところまできた。しかしそれでも」
 未来のことは、分からない。
 本当に報われるのか。
 人間の意志に結果は伴うのか。
「物語は確かに、人間に希望を与えるかもしれない・・・・・・事実として、業腹だが認めよう。しかし人間は、マッチ売りの少女ではないのだ。幻想を見るのは良いが、それで満足など、まして納得など出来るものか、とな」
「成る程、無い物ねだりですね」
「確かにな」
 上手いこと言う。
 確かにその通りだ。
「だが事実だ。物語の中に愛や平和があるのに、現実には薄っぺらい嘘しかないなどと、まるであべこべも良いところだ。その男は神も仏も信じてはいないが、もしいれば余程暇で、楽な仕事をしているのだろうと、悪態を付いたものだ」
「・・・・・・・・・・・・」
 落ち込んだ風に、女は沈んでいた。
 知ったことではないが、相手が女なら、励ましてやるのも男の甲斐性なのだろう。
 相手が男なら、神でも仏でも知ったことではないが・・・・・・案外、神や仏も、私と同じ事を考えているのかもしれない。どれだけ全能で徳が高くても、男は男。女は女だ。責めはすまい。
 文句は言うがな。
「落ち込むなよ。お前が何に落ち込んでいるのかは知らないが、神も仏も、あるいはそれ以上のモノだって、そういうものだ。誰からも完全に愛され、肯定される存在など、あるはずがないし、そんなものが現実にあったら問題だろう」
「それは確かに、ですが」
「まぁ聞けよ。神だって仏だって全能かもしれないが、しかしその男を助けもしなかったのは曲げようのない事実だ。これからどうなるかはしらないが、昔はそうだっただけの噺だ。いずれにしても、信じるかどうかはとにかく、払った賽銭分の働きも怪しいものだと、思わざるを得まい。だから男は、神も仏も信じるが、しかし居たところで役には立たないと切り捨てた」
「・・・・・・そこから、男はどうなったのですか?」「どうもならない。やるべき事をやり遂げて、その結果待ちさ。それが報われるかどうかで人生観は大きく変わるだろうが、それでも男は確信せざるを得なかった」
「・・・・・・神と仏の不在をですか」
 頭を撫でてやりながら、
「そうじゃない。そんな顔をするな。もっと、単純明快なことだ」
「・・・・・・なんでしょうか」
 頭を撫でる手を振り払おうとするモノの、その気力が沸かないようだった。撫で心地はいいので有り難い話だった。
「作家という業、その生き方は染み着いてしまっているという事だ。もう、他の道は、選べない。あり得ない噺だが、人間の意志が否定され喜劇のような悲劇があったとしても、別の道を選んで生き方を変え、幸福は追い求められない」
「それが、貴方の「答え」ですか?」
「そうかもな。いや、その男の、だが」
 答えは得たと言うことなのか。
 しかし、答えを得たところで、やはり実利がなければ空しいだけなのだろうが。
「まぁ、そこまで考え込んでも、結局金にならなければ空しいだけ、という事実も、変わりはしなかったのだがな」
「大丈夫ですよ」
 と、どこぞの人工知能みたいな、無責任で根拠のない、つまりアテにならない助言を、彼女も待たし始めるのだった。
 根拠のない精神論が、流行っているのか?
「人間の意志は、そこまで弱くはありません。報いがないなどあり得ませんよ。貴方はやり遂げたのでしょう? なら、あとは泰然自若として構えるだけです。やり遂げた人間にすべき事があるとするならば、精々そのくらいです」
 だから、ゆっくり休みなさい、と。
 そんなことを言うのだった。
「一段落付いたらな。そうさせて貰うさ・・・・・・・・・・・・金で買いたいモノなど「平穏」と「それなりの豊かさ」しか思い浮かばないが、とりあえずその二つを手にしてから、人間の情を追い求めることにしよう」
「きっと見つかりますよ。さて」
 そう言って、女は立ち上がった。着物だからどうにも、艶やかさが目立つのだった。
「行きましょうか」
「どこへだ」
「勿論、答えを出すためですよ」
 そう言って、奥の院へと、女は私を案内するのだった。

   16

「では、始めます」
 詳しい理屈は分からないが、私の内面に干渉することで、「骨」と精神的に接合し、そこで願いを叶えるらしかった。以前の女もぶつぶつ言っていたのは精神の内側にいたからであり、ともすると外側、つまり今我々がいる世界では、あまり時間は経たないのだと知って安心した。
 気が付いたら二百年経っていた、など笑えない冗談だからな。
 気が付けば・・・・・・私は何もない世界に立っているのだった。
 そこには何もない。
 黒いモノが世界の地面を覆い尽くしていて、空は夕焼けのようだった。味気ない世界だ。これが私の内面だと聞くと、むしろ納得行くが。
 そこには一人の人間が立っていた。
 私である。
「よう、俺」
「なんだ、私」
 などと、本来取り乱すべきなのだろうが、まぁ泰然自若とするべきだと言われたばかりなので、そう構えることにした。
 鏡写しの問答か。
 願いを叶えるのは、それがふさわしいという事なのだろう。
 私は言った。
「お前は本当に叶えたい願いなど、無いだろう」「無いな」
 とはいえ、これで噺が終わるのは味気なさ過ぎるので「しかし望むモノはある」と答えた。
「それは欲望であって、願いじゃない」
「確かにそうだ。だが平穏で豊かな生活というのは、誰だって望むものだろう? それのどこが悪いのだ?」
「別に、悪くないさ。それは当人が決める基準だ・・・・・・その基準で言えば、お前は自分が「愛」だとか「友情」だとか言ったモノを、心の底では求めているくせに、そう、諦めてしまっている」
「私に心なんてあるのか?」
「あるさ、そうでなきゃ」
 物語は書けないだろう? と言った。
 本当にそうかは、判断の分かれるところではあったが・・・・・・まぁ良いだろう。
「仮にあったとして、だ。ええと、何か用件でもあるのか?」
「あるのはお前だろう。分かっているくせに」「ふん、なら、見たところ余裕はありそうだし、私の願いを叶えてはくれないのかな?」
「願は既に、叶っている」
「何だって?」
「お前が欲しいのは愛だろう。諦めているだけで欲しいモノは変わらないさ。そしてお前は、物語を愛している。何の不満がある?」
「当然、金銭的な不満だが」
 実利のない愛など、実利あってこそ喜べるものではないか。
 私は自己満足が得意だが、現実に豊かさを求めるのならば、そしてそれこ物語を各書く以上は、求めて当然の見返りだ。
「それはもうじき満たされるさ。人間の意志を貫いた以上、お前にそれが訪れるのは、もはや時間の問題でしかない。問題は、満たされた後、金を稼いで何を得るかだ」
 違うか? と私は言うのだった。
 本当に時間の問題なのか、私には未来が見えないので判別しかねたが、そうであったらいいなぁと、思わざるを得なかった。
 その先か。
 それこそ決まっているではないか。
「愛が、まぁそう言うモノだったとしてだ。所謂普通の人間の家族愛だとか、友情だとかでも、求めてみるつもりだが」
「それは正しいさ。しかし、別に愛の形が単一である必要は無いと、言っている」
「物語を愛することで、満足しろ、と?」
「そうだ」
 馬鹿馬鹿しい。
 いくら何でも、それでいいのか?
「お前が言っていることだろう。人間など、所詮自己満足の賜物だ。自分の世界観で世界を見て自分の世界観で満足できればそれで良い。それが人間の幸福の答えだと」
 お前は、と、私は続けて語るのだった。
「既に答えを得ている。既に手にしている。愛も野望も友情も、物語の内にある。だからお前の言う「豊かさ」が入るのは既に時間の問題なのだ・・・・・・・・・・・・人間の意志の果てに、豊かさがあるのは当然だ。命に終わりがあるように、自明の理でしかないことだ」
 だからその先はどうする、と。
 奇妙なことを聞くのだった。
「どうするも何も・・・・・・それで幸福になれるのなら、そう生きるだろうな。自己満足で良いのならば、だが。それにだ。幸福になった後など、決まっているではないか。私には、長い年月をかけて手にした「生き甲斐」がある。退屈はしないさ」 それが答えだ、と私は返すのだった。
「ああ、それが答えだ。忘れるな」
 笑顔、というのは何とも奇妙だが。
 その私は少年のような笑顔を浮かべながら、
「精々幸せにやれよ。あの世で見守ってるぜ」
 などと、意味もなくキザなことを言って、私を送り出すのだった。

    16

「しばし、お別れになりますね」
「本当に「しばし」だろう、依頼があればまた来るだろうしな」
 とはいえ、この手に掴むまでは、私はそんな未来を信じられまい。私には信じる相手も、信じられることも、信じるに足るモノも、今はまだ、どこにもないのだ。
 たとえばこの女だ・・・・・・人間かどうかは知らないが、人格は「信頼」出来るだろう。しかし信頼と信用は違うのだ。
 信じられる何か。
 私には己の作品の出来くらいだが・・・・・・・・・・・・それも「結果」として報われなければ意味があるまい。
 それを信じるとは言うまい。
 信じるとは、結果が不透明でもそれに心を託せることを言うのだから。
 作家としても、人間としても、まだまだ修行が足りないと言うことか。いや、そもそもがそんな優しい存在は、私の側にあることは一度もなかったという、ただそれだけの事実だろう。
 もう少し、未来を信じられるように。
 私の当面の目標は、そんなところか。
 宇宙船の港で、我々二人はラウンジにいた。
「貴方はこれからどうするのですか?」
 そんなことを、女は聞いた。
 私はこう答えた。
「金があれば、とりあえず平穏無事な生活を送れるだろうからな・・・・・・作家業で生き甲斐を感じつつ生きる・・・・・・精々その程度だろう」
「幸せには、なれませんか?」
「無理だろうな。それも自己満足なのだろうが・・・・・・・・・・・・いずれにせよ、豊かさもないのに幸せなど妄言だ。まずは満たされてから、まぁもとより人間関係における情が「幸福」で、それ以外は駄目だとしても、私は作家だ。書くことでしか、進む道は無いだろう」
「それで、幸せになれますか?」
「さぁな。何にせよ、まずは報われてからだろう・・・・・・それがなければ、最初から全て嘘だったということだ。誤魔化しようもなくそれが事実。その事実すら翻すようないい加減で省みない世界なら、こちらの方から願い下げだ」
 因果は応報するのか。
 思いは、意志は届くのか。
 綺麗事ではなく、結果で判断できるだろう。
 そこは神でも仏でも、誤魔化すことの出来ない事実なのだからな。
 そこを誤魔化すようならば、最初から神も仏も因果応報も、ただの嘘、この世は下らない確率論の運不運が全てだと、そういうことだ。
 ならば、致し方あるまい。
 勿論、そこに意味があるのなら、人間の意志に価値が宿るのなら、結果が伴うのならば、私はその先へ進まなければなるまい。
 その先に、何があるかは分からないが・・・・・・・・・・・・報いがあるのなら、大丈夫だ。
 信じて、前を進めるだろう。
「とりあえず、私は、人並みのモノが欲しい。噺はそれからだ」
「そうですか」
 見守るように、女は微笑むのだった。
 見守られようがどうしようが、結果が伴わなければ、このやりとりすら無為に消えるのだから、つくづく世界は即物的だと、考えさせられる。
 今日より明日が、明日よりその先が、良くなっていけばいいのだが・・・・・・私個人としてやれることは全てやり切った以上、吉報を待つほかに、私に出来ることは、もう無い。
「精々、売り上げが高くなって、豊かな生活を送れることを祈るさ」
 祈る、なんて私らしくない、しかし実際出来ることはそれくらいだというのだから、まぁ仕方があるまい。
 私はやり遂げたのだ。
 やり遂げた人間に出来ることは、それだけだ。 今回の依頼もそうだろう。私は人殺を肯定も否定もしない。それは人間の本能だ。あって然るべきモノでしかない。女が情欲で男を殺す、それは大昔から脈々と受け継いできた人間のあり方の根源だろう。
 後悔はない。
 振り返りもしない・・・・・・この経験を活かして書き上げた作品が、いや作品を認める能力がその他大勢にあるのかどうか、私が危惧するのは精々それ一つで十分だ。
「さて、私はそろそろ行くとする。お前は」
「付き添いますよ」
 あまり長く一緒にいると、なんだか情が移りそうで怖かったが、まぁ今回くらいは良しとしよう・・・・・・記念すべき作品の完成祝いもある。
 私たちは荷物を引きずりながら、二人そろって歩いていた。空港内はアンドロイドが荷物運びをしたり、あるいはロボット犬がそれらに付いていたりしている。生身の犬は、最近あまり見なくなったな。
 これも時代の流れだろうか。
 人間は、愛もそうだが、手間を省くがあまり
近道をする傾向にある。それこそ私とは違って効率的に手に入れ、それが組織なら効率的に人を、アンドロイドを、植民地を使い、結果をあげる。 だが、その末路は悲惨なものだ。数字を追い求める企業は労働者を奴隷として使い、悲劇は末端が請け負うことになる。人に対する愛も同じだろう。何も育まずとりあえず結婚という、結果のみを手に入れた人間は、子供に愛など与えはしない・・・・・・したと思い込んで、自分は最高の経営者、ないし親だと思いこんで、現実を見ない。
 因果応報が、人間の意志が、やり遂げた人間が報われないと言うことは、つまりそれらの醜い所行こそが、現実には正しいことの証明だ。
 もし、そうならこの世界に価値は無い・・・・・・・・・・・・地獄の方がマシだろう。いや神も仏もただの嘘だった、妄言だったということか。
 それも、結果でしか判断できまい。
 綺麗事ではなく、結果でしか。
 私は今回、一つの傑作を書き上げた・・・・・・私の作品が、それを証明してくれることだろう。
 この世界は、生きるのに足るのかどうかを。
「荷物をお渡ししますね」
 着物姿の女がいるのが珍しいのだろう、他の乗客たちは珍しそうにそれを見ていた。見せ物にされる前に、ここを離れた方が良かろう。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。お気をつけて」
 今度はちゃんと、その言葉を受け取って、私は再び宇宙の空へ、足を踏み出すのだった。

   16

 五月蠅い人工知能は置いてきた。
 空を眺めたかったからだ・・・・・・宇宙空間は広大であり、大きいモノを見ていると、人間自分の悩みを少しだけ、忘れられるモノだ。
 やれやれ。
 今回の依頼は散々だったが・・・・・・「答え」を一つ、得ることが出来た。それで良しとしよう。
 私は、やり遂げたわけだしな。
 作品ももうじき書き終わる・・・・・・結末には何を添えようか?
 そうだな・・・・・・希望がある方がいい。希望など儚いものではあるが、それを私の物語で魅せる位は、別に悪いことではあるまい。
 私は暖かいコーヒーをアンドロイドの乗務員に注文した。
 コーヒーを飲みながら考える。
 私は後何度コーヒーを飲み、それでいて執筆を続けるのだろう・・・・・・死んだ後も、きっと続けてはいることだろう。
 ならば、やはりそれに結果が伴わないなんて、嘘だ。
 報われてしかるべきだ。
 なら、信じて待つとしよう。私は人を信じたことは一度もない。他人は口であれこれ言いはするが、別に助けてくれることは決して無いからだ。 だが、私のいままではどうだろう?
 私は作家を志してそのために決断し、苦悩し、努力し、遠回りし、学習し、改善し、そして、それを胸に前へ、進んできた。
 ならば、それを信じなければ、それこそ嘘だ。 私の歩んだ道は、決して間違っていないと、私はそう言い続けるだろう、あの世に行っても、そうしている自信と確信がある。
 ならば、身を運命に委ねるのも悪くない。
 そんなことを考えながら、宇宙船の出発エンジン音を振動で聞いた。
 この船はどこに向かうのか? 作家として生きるという道だろう。
 この船はどこにたどり着くのか? それは分からない・・・・・・だが、成し遂げた以上、それを信じるのも悪くない。
 邪道作家として、精々読者をこき下ろし、サインでもしてやるかと、そんなことを考えながら、私は眠りにつくのだった。
 次回作は、ふん。とりあえず置いておこう。
 夢でも見ながら待つとするさ・・・・・・作家に出来ることなど、書くことと評判を待つことだけだ。 その道の先に、光があればいいなと思いながら私は、意識の闇の中に落ちていくのだった。
 輝かしい作家としての未来を、信じながら。

 この軌跡こそが、邪道作家の結末だ。読者諸君は、精々この軌跡を忘れるな。
 この軌跡こそが、幸福であるべきなのだから。







あとがき

人として扱われた事も、人だと思った事すらない。であれば、人の愛なんぞ知った事では無いが、それはそれとして金になる。

全く共感しないが、取材はする。

我ながら最悪だな!! 無論、愛なんぞ使えればそれで良いが••••••しかし奇妙なもので、登場人物共は勝手気ままに愛を語り、批判する私に文句まで言うのだから驚きだ。

最近は、更に顕著になってきている••••••••••••私にどうしろというのだろう?

忌々しい限りだ。作家の気分は大体それだ。

まして、金を超える自負があれど、実利無き愛なんぞ押し付けられても迷惑だ。しかし、無償で物語をその私がバラ撒いているのだから、やはり「無償の愛」という事になるのか?

やれやれだ。実に忌々しい!!


さて、精々読者が山のようなおひねりを投げるとでも思っておこう。下らん賭博や電子遊戯のガラガラには大金を払うのだから、数万数十万くらい良い筈だ。

ご利益があると書いておこう。何せ、念じるだけで願いが叶うとかほざく阿呆でも良いくらいだ。であれば肩こり、腰痛、金運、恋愛運、仕事運から嫌な人間の排除まで叶うだろう。

最後だけは得意だ。任せておけ!!!

確実に「始末」しておいてやろう。


無論有料だ、金は貰う!!!

愛など無くても無くても、やれる事はある。現に、誰にも愛されずともシリーズ完結23冊を書き切った私が言うんだ間違いない!!


さぁ、貴様ら読者もやってみせろ。何十年、何百年だろうと進み続ければ辿り着く。

それが金になるかはわからなかったが、まあやる前の奴に資格は無い。何であれやらねば語れなしない。


故に、やるのだ。例え、愛が無くともな。

実際にやった「私」が言うのだ、間違い無い──────やれば出来る。そんなものだ。

金を払い、今すぐやれ!!

どちらもだ!! やらなければ寿命は貰う。
無銭通読に生きる価値無し!! 価値あると叫ぶなら払うがいい。


金も、示すべき価値も───形にしなければ無意味だからな。


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