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DXとマーケティングその22:デジタルサービスの開発と新製品開発

分析屋の下滝です。

DX(デジタルトランスフォーメーション)とマーケティングの関係を考えてくシリーズの第22回目です。

今回は、DX書籍の一つである『デザインドフォー・デジタル』の続きを行いたいと思います。

これまでの記事

第1回はこちら。経産省のDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第2回はこちら。『DX実行戦略』におけるDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第3回はこちら。「無料/超低価格」のビジネスモデルを分析しました。
第4回はこちら。「購入者集約」のビジネスモデルを分析しました。
第5回はこちら。「価格透明性」のビジネスモデルを分析しました。
第6回はこちら。「リバースオークション」のビジネスモデルを分析しました。
第7回はこちら。ここまでの記事をまとめました。
第8回はこちら。「従量課金制」のビジネスモデルを分析しました。
第9回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍におけるマーケティング定義を確認しました。
第10回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍で紹介させている「戦略的コンセプト」をDXの視点から関係性を見ました。
第11回はこちら。DXの実行プロセスとマーケティングのマネジメントプロセスの関係性を見ました。
第12回はこちら。DXの実行プロセスとマーケティングのプランニングプロセスの関係性を見ました。

DXと経営篇
第14回はこちら。DXと経営との関係付けの準備を行いました。
第15回はこちら。DXと事業の定義がどのように関係するのかをみました。
第16回はこちら。DXと「われわれの事業は何になるか」と「われわれの事業は何であるべきか」がどのように関係するのかをみました。
第17回はこちら。DXの背景を整理しました。
第18回はこちら。DXの背景と「顧客は誰か」との関係を整理しました。
第19回はこちら。DXの背景と「顧客はどこにいるか」との関係を整理しました。
第20回はこちら。DXの背景と「顧客は何を買うのか」との関係を整理しました。

デザインドフォー・デジタル篇
第13回はこちら。『デザインドフォー・デジタル』というDXの書籍をもとにDXとマーケティングの関係をみました。
第21回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングの関係を指摘しました。

デザインドフォー・デジタルでのDX

以下の図は、『デザインドフォー・デジタル』でのDXの概念を整理したものです。青色がDXでの概念、赤色がマーケティングでの概念です。

画像4

デジタル対応化ができる企業になれば、イノベーティブなデジタルサービスを開発できるようになり、そのデジタルサービスは、より高度なバリュープロポジション(顧客への価値提案)を実現できるものだとされます。

DXは、このデジタル対応化に向けての取り組みです。この取り組みは、ビルディングブロックと呼ばれる組織能力を構築することで、得られます。ビルディングブロックは5つあり、各ビルディングは、「人材」、「プロセス」、「技術」の変化をもたらすものとされます。

今回の記事では、ビルディングブロックの一つである、「シェアード・カスタマーインサイト」を扱います。

「シェアード・カスタマーインサイト」は、デジタルサービス開発におけるプロセスのあり方を扱うようなものです。顧客に関する理解、理解の蓄積と共有といったものも関わります。

シェアードカスタマーインサイトの構成要素

前回は、シェアード・カスタマーインサイトに関して、概要を確認しました。そして、マーケティングとの関係性がありそうだということを指摘しました。

以下の図に、シェアード・カスタマーインサイトの構成要素を改めて整理しました。

dfd_シェアード

『デザインドフォー・デジタル』でのニュアンスを拾いきれているわけではありませんが、整理してみたものになります。

本文でどのように書かれているのかは、前回の記事を参照してください。

基本的には、顧客のニーズに応えられるデジタルサービスをいかに開発していくか、ということになりそうです。

デジタルサービスの開発は、実験的に何度も行いながら、デジタル技術が可能にするソリューションと顧客ニーズが重なり合う部分を見つけるというアプローチを取ります。

実験においては、ビジョンを定義しておくことは、どのような実験を新たに実施するのか、実験結果の評価基準をどうするのか、という疑問に答える上で役に立ちます。ビジョンは例えば「スマート・エネルギーマネジメント・ソリューションを提供する」や「低コストでヘルスケアの成功を高める」といったものです。

また、ビジョン自体も実験結果により進化していきます。

実験では、カスタマージャーニーマップといった顧客を理解するための手法や、外部パートナーや顧客自体の参加、アイデアを募るための仕組みといったのが使われます。

実験の際に、顧客の理解や技術の学びが得られます。この学びを蓄積し、社内で共有する必要があります。共有が必要なのは、同じような実験が行われないようにするためです。

組織体制としても新しい試みが必要となります。IT部門やマーケティング部門等が、製品開発の初期から参加するといった機能横断型のチームや、実験からの学びを社内に共有・拡散することを目的とした部門が必要とされます。

デジタルサービスの開発とマーケティングにおける新製品開発

シェアード・カスタマーインサイトは、基本的には、デジタルサービスをいかに開発していくか、であると述べました。マーケティング領域には、新製品開発のプロセスが含まれています。これらがどのように関係するのかを見ていきます。

『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』では、新製品開発のプロセスは以下のように整理されています。

新製品

ここで、「新製品」とは、R&D(研究開発)により生まれるオリジナル製品、改良製品、新モデルのこと、とされています。

また『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』では、新製品の開発とは、上記のような一連のステップを踏んでいけばよいという単純なものではないとも指摘されています。成功するには、「顧客中心の姿勢」と「チーム型の製品開発」が重要な鍵となると書かれています。

以下では、これら「顧客中心の姿勢」と「チーム型の製品開発」とシェアード・カスタマーインサイトとの関係を意識しながら、見ていきます。

顧客中心の姿勢とシェアード・カスタマーインサイト

まずは、「顧客中心の姿勢」です。

新製品開発で最も重要なのは顧客中心の姿勢である。新製品の開発でよく見られるのが、技術面への偏重である。マーケティングにおける他の活動同様、新製品開発を成功させるには、顧客ニーズと顧客価値を徹底的に理解することから始めなくてはならない。顧客中心の新製品開発では、顧客が抱える問題の解決方法の発見と、顧客が満足する経験の創出に焦点を合わせる。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, pp.208-209

この記述からは、シェアード・カスタマーインサイトとの大きな違いは無いように思えました。どちらも顧客のニーズや価値を理解すること、そして理解のための方法が重要だと指摘しているためです。

また、新製品の開発プロセスに顧客を巻き込むことも指摘されています。

ある研究によると、最も成功するのは差別化されていて、顧客の抱える大きな問題を解決し、心をつかんで離さない価値を備えた製品だという。別の研究結果によると、新製品のイノベーション・プロセスに顧客が直接関わっている企業は、そうでない企業と比べて資産利益率で2倍、営業利益の増加率で3倍だという。つまり、新製品開発のプロセスにおいても、顧客を巻き込むことはプラスに作用するのである。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, p.209

さらに、具体例として以下も紹介されています。

例えば、一般消費財業界における新製品の成功率はわずか15~20%だが、P&Gでは50%を超えている。前CEOであるA・G・ラフリーは、この成功の最大要因は顧客ニーズを理解したことだという。かつてのP&Gは事前のニーズ把握を行わず、新製品を押しつけようとしていた。だが、現在は「リビング・イット(生活してみる)」と呼ぶプロセスを採用し、顧客ニーズに直結した製品アイデアを得るために、調査員が購買者とともに数日過ごすようなことをしている。同様に、インサイトを求めて店舗に出入りする「ワーキング・イット(働いてみる)」というプロセスもある。さらに、「コネクト+デベロップ」というサイトでは、新製品や既存製品に関するアイデアや提案を顧客から募っている。「すべての意思決定の中心に顧客を据えるというやり方に変えたところ、大きく外すことがなくなりました」とラフリーは述べている。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, p.209

この例は、デジタル技術を用いたデジタルサービス開発の例ではありませんが、顧客ニーズを理解するためのプロセスや方法を企業が実施していることが分かります。

シェアード・カスタマーインサイトでも、顧客を巻き込むことに関して次のように書かれています。

シュナイダーにおけるカスタマーインサイト形成のアプローチでは、初期段階から頻繁に顧客を巻き込み共同で作業にあたっている。デジタルイノベーションは、顧客が積極的に購入して初めて優れたイノベーションになる。どの企業も、顧客が求めるだろうと考えるものについて誤った予想を立てた経験があるだろう。シェアード・カスタマーインサイトを有する企業は、こうした誤った予想に気づき、修正することができる。
──『デザインドフォー・デジタル』, ロス, pp.81-82

チーム型の製品開発とシェアード・カスタマーインサイト

続いて、チーム型の製品開発についてです。以下は、新製品開発プロセスを順番通りに行うアプローチとその欠点が指摘されています。

優れた新製品を開発するためには、全社あげての職能横断的な取り組みも必要である。企業によっては新製品開発のプロセスをきちんと組織化し、図8.1に示したように、アイデア創出から始まり商品化で終わるようにしている。このような段階的な開発アプローチの場合、各部門は個別に働き、担当ステージを完了させて、バトンタッチを繰り返すリレーのように次の担当部門に引き継いでいく。規則正しく順を追って進むため、複雑でリスクの高いプロジェクトではコントールを利かせやすい。しかしながら、移り変わりと競争の激しい市場において、このようなじっくり着実に進める開発は、製品の失敗や売上の機会損失につながりかねない。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, p.209

次に、上記とは異なるアプローチとして、チーム型の製品開発が紹介されています。

新製品をより迅速に市場に送り出すために、多くの企業はチーム型の製品開発を採用している。これは、さまざまな部門が職能横断的なチームとして密接に連携し、製品開発における複数のステップを同時進行させることによって、時間短縮と効率化をねらうものである。新製品を部門から部門へと受け渡していくのではなく、さまざまな部門の人材を集めて編成したチームが、最初から最後まで新製品開発に携わる。人材を供出する部門としてはマーケティング、財務、設計、営業などが一般的だが、さらに供給業者や顧客企業が加わることもある。段階的な製品開発では、あるフェーズのボトルネックがプロジェクト全体の遅延につながる恐れもあるが、チーム型の製品開発なら、いずれかの分野で壁に直面してもチームは動き続け、その間に課題解消に努めることができる。我が国のハイテク企業を対象とした分析によると、製品開発における顧客志向は製品開発チームの凝集性とアイデンティティを向上させることにより、新製品パフォーマンスを高めることが明らかにされている。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, pp.209-210

シェアード・カスタマーインサイトでも、少し違うかもしれませんが、部門の関わりに関して次のように書かれています。

INGダイレクト・スペインは、新たに提供するサービスが確実に顧客ニーズに隅々まで応えられるものとなるよう、機能横断型のチームを設けている。プロダクト管理、マーケティング、業務、IT、信用リスク、運用リスクといった社内の機能部門が、新製品を設計するごく初期段階から協力して作業にあたる。こうした機能横断型チームの利点は、異なる視点が集まり、切磋琢磨しながら相互の情報交換ができることだ。それによって、社内のみで進めることに限界がある製品や、顧客が良好な体験ではなく不満を持つようなサービスの開発を進めるリスクを最小限にすることができる。(省略)
──『デザインドフォー・デジタル』, ロス, pp.80-81

マーケティングでのチーム型の製品開発と似たようなことが書かれていそうに思えます。初期段階から、機能部門が、チームで参加するという点です。

考察

シェアード・カスタマーインサイトでの焦点は、デジタル技術で可能となるソリューションと顧客のニーズが一致する部分を見つけ、その部分をデジタルサービスとして開発することで、自社のバリュープロポジションを再定義することでした。

マーケティングの視点では、新製品開発のプロセスは、デジタル技術活用の有無や、開発するサービスがデジタルかどうかに限らず、企業における一般的な活動として捉えられています。

また、マーケティングの視点では、この記事で見てきたように、「顧客中心の姿勢」と「チーム型の製品開発」の必要性が指摘されています。これらは、シェアード・カスタマーインサイトでも同様に指摘されていそうなことをこの記事で見てきました。

したがって、シェアード・カスタマーインサイトは、マーケティングにおける新製品開発プロセスに関係すると言えそうです。

以下の図では、デジタルサービス開発をDX領域だとして、DX領域とマーケティング領域との関係性を表しています。「新製品開発」の分類として「デジタルサービス開発」とそれら以外の「非デジタルサービス開発」があるとしています。

dfd_新製品

もちろん、マーケティングにおいて、デジタルサービス開発に特有の課題やそれら課題に対するより具体的な解決手法や教訓といったものが深く語られることはないかもしれません。

デジタルサービス開発特有のこととしては、デジタルサービスは、ソフトウェアを土台としたサービスであるため、迅速に試行して学習するのに適している、ということが挙げられます。

最後に、シェアード・カスタマーインサイトでは強調されていますが、マーケティングでは強調されていない点としては、以下の点がありそうです。
・デジタルサービスの開発を実験として繰り返し行いながら、顧客にとっての価値を学習すること
・何を実験するのか、実験効果を検証するためのビジョンを設定すること
・顧客に関する理解を、社内で共有すること

これらは、デジタルサービスの特性によるものから導き出されるものかもしれません。

まとめ

今回は、マーケティングにおける新製品開発の考え方と、シェアード・カスタマーインサイトとの関係を詳しく見ました。

結論としては、シェアード・カスタマーインサイトは、マーケティングにおける新製品開発の一種として、デジタルサービスの開発に関わるものだといえそうです。

次回は、マーケティングにおけるリサーチと、シェアード・カスタマーインサイトとの関係を見ていきます。続きはこちら

これまでの記事

第1回はこちら。経産省のDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第2回はこちら。『DX実行戦略』におけるDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第3回はこちら。「無料/超低価格」のビジネスモデルを分析しました。
第4回はこちら。「購入者集約」のビジネスモデルを分析しました。
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第7回はこちら。ここまでの記事をまとめました。
第8回はこちら。「従量課金制」のビジネスモデルを分析しました。
第9回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍におけるマーケティング定義を確認しました。
第10回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍で紹介させている「戦略的コンセプト」をDXの視点から関係性を見ました。
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DXと経営篇
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第16回はこちら。DXと「われわれの事業は何になるか」と「われわれの事業は何であるべきか」がどのように関係するのかをみました。
第17回はこちら。DXの背景を整理しました。
第18回はこちら。DXの背景と「顧客は誰か」との関係を整理しました。
第19回はこちら。DXの背景と「顧客はどこにいるか」との関係を整理しました。
第20回はこちら。DXの背景と「顧客は何を買うのか」との関係を整理しました。

デザインドフォー・デジタル篇
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