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【推理小説】『黄色い菓子の謎』第1話(全20話)

(あらすじ)

とある秋の日。寂れた商店街にある古いマーケットで、本来そこでは売っていないはずのレモンケーキが発見された。中から出てきたのは、レモンの形に丸めた新聞紙と未現像の白黒フィルム。その新聞には、六十年前に同商店街の洋菓子店で発生した火事の記事があった。売れない挿絵画家の九子は、その包装紙のレモンの絵に興味をひかれたことをきっかけに、偽レモンケーキの謎解きに乗り出す。商店街のたこ焼き屋夫婦、その母親の百歳の婆様、写真館の主人を巻き込みながら、右へ左へ翻弄される九子。やがて、火事で焼けた洋菓子店の三代目に当たる人物とその孫娘たちへと辿り着き、初代と二代目にまつわる秘密を知ることになる。

1.謎の菓子

" 食パン 手羽元 タマゴ なす しめじ ふ "
要る物は全部揃った。買い物メモをジーンズのポケットにしまいながら、九子はお菓子売り場へと向かった。買い物終わりにマーケットの休憩所で買い食いをする。これが彼女の楽しみなのだ。
ビスケットか饅頭かカステラか。あれこれ目移りしながら選んだのは、手のひらに収まる程の紡錘形の黄色い包み。中のお菓子は薄い紙でぴったりくるまれ、ねじった両端が裏側で閉じられている。その紙は和紙とナイロンを合わせたような素材で、持つとしっとりとした感触があった。包みの中央には西洋の銅版画風の細い線でレモンの断面の絵が印刷されている。絵の下には、筆記体で<LemonCake>の文字。黄色の背景に茶色の絵と緑色の文字が浮かび上がっている。
九子は、それを手に取りしばらく眺めてから、そっとかごの中の食パンの上に置いた。まるで宝物を扱うように。そうして、あとは会計だけという所だったのだが…。
結論から言うと、九子はレモンケーキを食べることができなかった。食べることができないという以前に、買うことができなかった。というのも、黄色い菓子には値札シールが貼られておらず、それに相当するバーコードもなく、レジを通すことができなかったのだ。そればかりか、本来商品の裏面にあるはずの原材料表示や賞味期限なども見当たらず、製造者すら不明だった。レジ担当者は困り顔で商品ファイルとにらめっこし、仕入れ担当者はそんなものあったかなと首をかしげる始末。
遂に不審物扱いとなった黄色い菓子は、そのままレジで回収となってしまった。
――時々ね、いたずらでなんやかんや放置していくのがいるみたいよ。高校が近いからね。学校帰りに買い食いしに来て、ついでに売り場にゴミなんか捨てていくのもいるって。
マーケットの玄関フードにあるたこ焼き屋のじいさんが、訳知り顔であれこれ九子に教えている。このたこ焼き屋とは九子が引っ越してきて以来の付き合いで、主のじいさんと世間話をする仲になってから随分経つ。
戦後の闇市を発端とする商店街の中にあるマーケット。出来た当初は周辺の個人店主たちから反発を受けたものの、若い世代を呼び込む効果を強調することで、なんとか共存を続けてきた。しかし、数年前、郊外に大型ショッピングセンターが登場してからはその若い世代の足も遠のき、店主たちの高齢化もあって廃業する店が続出。結果、シャッターばかりの通りになってしまった。今では逆に、マーケットがあるおかげでいくらか人が来るという状況。
たこ焼き屋自体は、元々商店街の中で独立した店舗として営業していたが、空き店舗に囲まれていては辛気臭いという理由で、マーケットの玄関フード内に規模を縮小して新装開店することになった。話好きのじいさんには、少しでも人通りがある方がありがたい。
――今どき防犯カメラもロクに動かしてないって話だから。天井の真ん中についてるあれなんて、お飾りの偽物らしいよ。おかげで、パートさんたちは見回りの仕事が増えて大変なんだって。
九子はたこ焼きが焼き上がるのを待ちながら、じいさんの話に耳を傾けていた。聞き上手、話し上手のじいさんは、マーケットのパート・マダムたちの人気者だから、そこから漏れた内部情報にも詳しいのだ。
――はいお待たせ、焼き立てで熱々よ。火傷しないようにね。というか、お嬢さん、本当は甘いもんの口だったんでしょ。お菓子、買えなかったもんねえ。心ばかりのお慰みにマイナイスを多めにかけといたからね。
何か読むのに老眼鏡が必要になり始めた九子のことも、じいさんはお嬢さんと呼んでくれる。マヨネーズのことは、子どもの時分からそうだったからということで、頑なにマイナイスと言って譲らない。
そろそろ夕飯の買い物客がやってくる頃。そのおこぼれで、たこ焼き屋も閉店前のひと稼ぎの時間である。玄関フードに注文を待つ人が増え、たこ焼きを焼くじいさんの蛸のような頭が汗でじんわり光ってきた。九子は、じゃまたと目で挨拶して、夕方の喧騒に押されるようにマーケットを出た。


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