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【推理小説】『黄色い菓子の謎』第11話

11.駄菓子屋の正体

マーケットから走って来た九子は、駄菓子屋の前で息を切らして立ちつくしていた。
今、目の前に写真館で見た二代目の洋菓子店が実物としてある。歳月を経て古びているが、あの店であることに間違いない。目を凝らすと、色褪せた赤い庇にうっすらと店名が浮かび上がった。それを見て、九子は駄菓子屋が二代目の洋菓子店であることを確信した。
写真館で二代目の店の写真を見た時に感じた既視感。それもそのはず、マーケットに行く度にその前を通っていたのだから。
――あら、九子ちゃん。
にわかに駄菓子屋の戸が開いた。中から出てきたのは、駄菓子製造会社の奥さんだった。
――うん、粉ジュースの納入にね。九子ちゃんの絵のジュースは、おかげさまで人気よ。
やがてその後から、駄菓子屋のおかみさんが出てきた。年の頃は五十代後半くらいか。
社交的な奥さんが両者を取り次いでくれる。
――こちらね、うちの粉ジュースの絵を描いてくれている九子ちゃん。ここのお店は、うちの粉ジュースのお得意様なのよ。
しばらくとりとめのない世間話をし、おかみさんから領収書を受け取ると、それじゃあまたねと社長夫人はカブで颯爽と去っていった。
――おばあちゃん。あそんでー。
入れ替わりに現れたのは、おしゃべりな妹である。
――ああ、あさきたおばちゃん、コンニチワ。いらっしゃいませー。
九子の腕は小さな手に掴まれ、店の中へと引っ張られていく。中には姉の方の女の子もいたがやはり無口で、それでも一度会った九子にペコリとおじぎをしてくれた。
――すみませんね。私一人じゃ相手しきれなくて。元気いっぱいだもんね。
おかみさんは、優しい眼差しで孫たちを見つめながら言った。
――普段は仕事があるものですから、土日だけ開けているんです。土曜は朝から来て、この子たちと一泊して。商売というよりも建物に風を通しにね、傷まないように。
九子は、おかみさんとゆっくり話がしたかったが、すぐ横で妹に絵を描いてとせがまれてしまい、ガムの包装紙の裏に姉妹の似顔絵を描いてあげていた。
しばしの穏やかな時間。
依頼に応えて何枚も絵を描くうちに、九子は妹と打ち解けていった。おかみさんは、粉ジュースの支払いで小銭がなくなり、買い物ついでにお金をくずしにマーケットへ行くことになったが、妹はついて行かずに九子ともっと遊ぶと言う。結局、おかみさんと姉は出掛け、九子と妹が留守番することになった。
――きゅうちゃんに、いいものみせてあげるよ。
妹は、自分の体よりも大きなダンボール箱を店の奥から引きずってきた。中にはままごとの玩具が沢山入っている。モンブランケーキ、ロールケーキ、シュークリーム…。どれも本物のように精巧に作られていて、玩具というよりも食品模型である。
――おばあちゃんのおじいちゃんがつくったの。むかしのおみせのおかしだよ。
三代目のおかみさんのおじいちゃん、つまり初代が二代目の店のために作った洋菓子の見本が、時を経て玄孫の遊び道具になっていた。どれを取っても細かい所まで美しく、九子はすっかり魅了されている。一つ一つ取り出して並べていると、ダンボールの底から更に箱が出てきた。
箱も中身も黄色。そう、あのレモンケーキの詰め合わせである。箱の大きさからして六個入りだったが、その内の一個分が空いていて底の黄色が見えていた。
――いっこだけとれてたの。だからね、きのうマーケットのおそなえにしたの。
お供えとは?それが一体何なのか尋ねると、五歳の女の子は一生懸命説明してくれた。九子がなんとか理解できたのは、以下のことである。
姉妹の間では、おばあちゃんは赤、姉は水色、妹は桃色と、家族それぞれに色が決まっており、全員が一緒でいられるために、それらの色を一か所にまとめてお供えしなくてはならない。桃色、赤、水色で一つ。でも黄色は別に。なぜなら…
――おかあさんはきいろ。でも、あたらしいおうちにあたらしいあかちゃんといるから、べつべつにしないとだめって、おねえちゃんが。だから、おかしのところにきいろをおいたの。
動機の解釈は難しかったが、偽レモンケーキを作った犯人とそれをマーケットに置いた犯人はほぼ確定した。

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