盆緑

大正末~昭和初期にかけての「探偵小説」のファンで、それについての雑文を書いています。 …

盆緑

大正末~昭和初期にかけての「探偵小説」のファンで、それについての雑文を書いています。 DNA鑑定などない時代、血痕があれば血液型を調べ、指紋が取れたら肉眼で見比べ、…そんなアナログ感がたまらない。 &「日常の謎」の物語を書いたりもしています。

最近の記事

マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【5】

<昭和初期篇>と日本の元号でタイトル書いてますが、今回はちょっとアメリカに飛びます。 (最早、昭和初期からもずれている) ウィリアム・アイリッシュ(1903ー1968) 又の名を、コーネル・ウールリッチとも。 しかしてその正体は?みたいな感じですが、ペンネームがいくつかあって、作品ごとに違っているということみたいです。 日本で特に有名な作品「幻の女」がウィリアム・アイリッシュ名義で書かれていたため、国内ではこちらの名前で主に出版されています。 でも、実はコーネル・ウール

    • マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【4】

      英文学者として母校早稲田大学で教壇に立ちながら、その傍らで小説も書く。"文文"両道、二足の草鞋を履いたその方は… 小沼丹(1918ー1996) 小沼タン!(かわいい) 探偵小説に特化した作家という訳ではなく、主に、日常の出来事について書いた短篇小説(私小説)や随筆などで有名な小説家です。 読んでいて、あたたかみというか、ほのぼの感というか、全体を通して作者の優しい眼差しを感じるのですが、それは、不思議なことに探偵物に関しても同様なのです。 かといって、題材が<日常の

      • マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【3】

        若き日の日影丈吉がフランス文化に傾倒していた、ちょうどその頃。 時を同じくして、後に<小説の魔術師>と呼ばれる人物がフランスに留学しています。 久生十蘭(1902ー1957) 彼が学んでいたのは、レンズ工学。その後、ガラリと方向を変えて、演劇を学んだといいます。 自由奔放に、自分の知識欲に忠実に行動して身につけた様々な教養が、後の小説に生かされているのでしょう。 探偵小説だけでなく、時代小説とかノンフィクションとか、ジャンルを限定せず多方面に著作を残しています。 とにか

        • マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【2】

          ある時はラーメン屋台の親父、またある時は古書店主、そしてまたある時は、ポマード工場支配人… 探偵小説家に落ち着くまで、十以上もの職業を経験したと言われる乱歩。 そんな巨匠に引けを取らない経歴の持ち主がいます。 日影丈吉(1908ー1991) 1949年(昭和24年)41歳の時に「かむなぎうた」が、雑誌「宝石」の探偵小説コンクールに入選して作家として活動を始めるまで、様々な分野の仕事に携わっていた人物です。 (その際、二席ながら乱歩に激賞されたことで、世に出ることになったと

        マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【5】

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第20話(最終話)

          20.終章丸一日振りの我が家である。ここに来て急に疲れが出た九子は、居間にごろりと横になった。すると、その目線の先に図録の背表紙が見える。その瞬間、どこかで見たことがあると思っていたあの卵型の正体を思い出したのだった。 図録をめくると、<ファベルジェの卵>が載っていた。あの写真にあったものとそっくりな。 その製作者である金細工職人の名を冠す<ファベルジェの卵>は、十九世紀後半から二十世紀前半にかけて、ロマノフ王朝の皇帝へ献上するために作られた。金や宝石で彩られた贅沢華美な飾り

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第20話(最終話)

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第19話

          19.昔ケーキ、今たこ焼き商店街の入り口で降ろしてもらった九子は、マーケットまでの道を、サンタクロースから出された謎について考えながら歩いていた。相変わらず、シャッターばかりでひと気がない。昼間過ごした駄菓子屋も、既に店じまいしてシャッターが下りていた。 数メートル先には、マーケットの灯り。珍しく、行列ができている。何事かと思って小走りで近づくと、それはたこ焼きを待つお客さんの列だった。 ――いらっしゃーい。今日は、いつもよりタコが大きいよ! じいさんの代理で、ワイフがたこ焼

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第19話

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第18話

          18.サンタクロースの推理――親父が丁寧に修正してくれていたおかげで、はっきり読めたな。しかも、より抜いたみたいに重要な部分だけが残されていた。まあ、だから、親父も全部知ってたということだね。 帰りの車の中で、写真館の主人が呟いた。 ――知らないままでよかったのか、それとも知った方がよかったのか。俺にはわからない。うちの親父もどちらがいいかわからなかったから、ネガを捨てずに残しておいたのかもな。 赤信号ばかりでなかなか先に進まなかったが、この速度が却って二人には心地良かった。

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第18話

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第17話

          17.消えた宝物ところで、「あれ」というのは一体何なのか、九子は二代目に尋ねた。 ――「あれ」はね、父の日記を写したネガのことなんだ。 高校生になった二代目は、ある時、写真館で借りたカメラで地下倉庫にある父の日記帖を撮影したという。両親の目を盗んで、フィルムを使い切るまで片っ端から。 ――自分が養子ということは幼い頃から聞かされていたんだが、実の両親については詳しいことは教えてもらえなかった。父がドイツ人で母が日本人ということくらいだ。その父が日本を離れることになり、残される

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第17話

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第16話

          16.「あれ」を探せ――おお、気が早いね。写真ができるのはまだまだだよ。 朝来てまた夕方にやって来た九子に、店主は苦笑いした。 ――え?あいつから頼まれたの。何?「あれ」? 随分昔のことだったようで、サンタクロースは白髭を撫でながら、目玉を天井に向けて考え込んでいる。やがて、何か思い当たることがあったのか、ちょっと待ってて、と奥の部屋へ引っ込んでしまった。 店主が戻ってくるのを待ちながら、改めて九子は朝に見た二代目の店の写真を眺めていた。会ってから見ると、余計に似ているように

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第16話

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第15話

          15.二代目からの依頼おかみさんが帰ってくると、姉妹も二階から降りてきた。すぐにワイフもやってきて、抱擁しながら久しぶりの再会を喜んでいる。 ――店番して頂いて、ありがとうございました。父も写真を見て昔のことを思い出したのか、いつもより話が弾んで。これまで知らなかったことも聞けました。祖父は、子どもの頃に食べたドイツのレモンケーキを再現したくて洋菓子職人になったそうなんです。 九子は、夢の中で会った父子のことを思い出していた。 ――祖父の作り方のノートが残っていたら、よかった

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第15話

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第14話

          14.夢の中でワイフは二時近くまで店にいたが、おかみさんが戻るくらいにまた来ると言って家に帰ってしまった。一人にしている腰痛のじいさんのことが気になったようだ。 さっきまで子どもたちで大繁盛だった店も凪の時間となり、今は店に九子と姉妹しかいない。朝早くから起きていた姉妹は眠くなった様子で、特に妹の方は座ったままウトウトし始めた。九子は、二人を二階に連れて行って昼寝をさせると、一階に戻って店番を続けた。 少し開けた表の引き戸から、秋の爽やかな風が吹き込んでくる。焼き芋の匂い、金

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第14話

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第13話

          13.ワイフの日記帖一旦はじいさんと一緒に帰ったワイフだったが、その後すぐに駄菓子屋に遊びに来てくれた。 ――なにかお手伝いしましょー。 ワイフは子ども好きな人とみえ、早速、洋菓子の模型で妹とお店屋さんごっこを始めた。姉は九子の横に座ってお絵描きをしている。 ――なんだか懐かしいネ。私、ここの前のお店でケーキ売るアルバイトしてたのよ。あなたたちの「Great-Great Grandfather」のお店ネ。ええと、ひいひいおじいちゃん、おばあちゃんのおじいちゃんネ。 ――えー!

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第13話

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第12話

          12.父たちの合作おかみさんたちが帰ってくると、買ってきてもらったお昼のサンドウィッチとジュースを持って、姉妹は店の二階へ行ってしまった。毎週欠かさず観ているテレビアニメの時間なのだそうだ。留守番のお礼にと、九子もおかみさんと一緒にサンドウィッチを頂くことになった。 ――ええ、祖父はとても器用な人でした。この模型すごいでしょ。私が生まれた時にはもう洋菓子職人を引退していたんですが、父の店の備品を作ったりしていて。祖父の作るお菓子も食べてみたかったんですけど、今の時代に合わない

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第12話

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第11話

          11.駄菓子屋の正体マーケットから走って来た九子は、駄菓子屋の前で息を切らして立ちつくしていた。 今、目の前に写真館で見た二代目の洋菓子店が実物としてある。歳月を経て古びているが、あの店であることに間違いない。目を凝らすと、色褪せた赤い庇にうっすらと店名が浮かび上がった。それを見て、九子は駄菓子屋が二代目の洋菓子店であることを確信した。 写真館で二代目の店の写真を見た時に感じた既視感。それもそのはず、マーケットに行く度にその前を通っていたのだから。 ――あら、九子ちゃん。 に

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第11話

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第10話

          10.桃色、赤、水色、そして黄色開店したばかりのマーケットは、近所の老人たちで賑わっていた。日曜は、朝からパンやお菓子の特売があるのだ。たこ焼き屋はいつも十時頃から開くので、じいさんの姿はまだなかった。 九子は、特売品を横目に、まずはトイレへと向かう。少々珈琲を飲み過ぎたようだ。 一階のトイレは、入口から一番離れた壁側にある。売り場から離れているためひと気はない。 中の個室は全部で三つあるが、右端は使用中で施錠の赤い印が見えた。真ん中の個室を挟んで左端の個室に入る。程なくして

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第10話

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第9話

          9.消えたトロフィー九子は、十時間程前に立ち寄った駅前の喫茶チェーン店に戻って朝食セットを食べていた。テーブルに広げたレモンケーキの包装紙、古新聞、三枚の写真。それらに関連性があることはなんとなく見えたが、偽物のレモンケーキがマーケットに置かれていた理由やその中身の意味はよくわからない。ただ九子には、それが自分に対して何か大事なことを一生懸命伝えようとしているのではないかと感じられていた。 中身に関しては、フィルムの現像が完了しないことには進まない。しかし、これには日数がかか

          【推理小説】『黄色い菓子の謎』第9話