盆緑

大正末~昭和初期にかけての<探偵小説>のファンで、それについての雑文(時々、小説)を書…

盆緑

大正末~昭和初期にかけての<探偵小説>のファンで、それについての雑文(時々、小説)を書いています。 科学的捜査も未発達な時代、血痕があれば血液型を調べ、指紋が取れたら肉眼で見比べ、…そんなアナログ感がたまらない。結末がわかっていても、また読みたくなる古の<探偵小説>が好きです。

最近の記事

マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【8】

どちらかというと、探偵小説より科学小説の分野で有名で、現在では<日本のSFの祖>と称されているこの方… 海野十三(1897-1949) 大学で電気工学を学び、逓信省の電気試験所に勤めながら小説を書いていたという理系の作家です。 役所は副業禁止だったようで、身バレしないように海野十三以外にもペンネームを多数使用していたそうです。 調べると色々出てくるんですが、個人的に私が好きなのは、蜆貝介という名前。なんでしょう、このそこはかとなく漂うユーモアは。 現在出版されているものは

    • ミステリとして読んでいる本

      ジャンルとしてそう言っていいのかわからないけれど、個人的に<ミステリ>と思って楽しんでいる本があります。 それは何かというと… 蓮實重彥 著『伯爵夫人』シリーズ!! 突然どかーんと発表されて世間の度肝を抜いた『伯爵夫人』(2016年)。 それで終わりかと思いきや、数年の時を経て、月刊の文芸誌『新潮』にその後を描いた短篇『午後の朝鮮薊』(2023年10月号)が掲載され、つい最近も『アニー・パイルと「イサイ フミ」』(2024年8月号)と続篇が来たので、勝手にシリーズと呼んで

      • マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【7】

        探偵小説というより、伝奇小説や時代小説の名手としてのイメージが強いかもしれませんが、今回取り上げるのはこの方。 角田喜久雄(1906ー1994) かくいう私も、最初に読んだ角田作品は「髑髏銭」という伝奇小説でした。 隠された財宝をめぐってなんやかんや巻き起こる、ハラハラドキドキの冒険活劇。 子どもの頃に読んでいたら、ごっこ遊びをしちゃうようなお話です。 私は昔から、この<講談社大衆文学館>が大好きで、古書で見つける度に買っては、大正昭和のエンターテインメントの空気に浸

        • 『O駅の隙間女』第8話(最終話)

          8.レコードが終わるまで 傘を持って喫茶店に到着した時には、すでに辺りは薄暗くなり始めていた。 扉に<準備中>の札が出ている。傘を表に立てかけて帰ろうとしたが、窓から灯りが見えた。 そっと扉を開くと、カウンターにマダムが一人座っている。 私に気がつくと、笑顔でいらっしゃいと迎え入れてくれた。 ――また、レコードが終わるまでお話しましょう。 と、マダムはあのレコードアルバムをセットする。二人だけの店内に優しい音楽が流れ出した。 ――実は、あなたとは、昔々に会ったことがあ

        マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【8】

          『O駅の隙間女』第7話

          7.伝言板と公衆電話 駅に戻った私は、帰りの電車の時間を確認するために時刻表を眺めていた。 まだ余裕があるので、傘を返すついでに珈琲も飲めそうだ。まずその前に、ビジネスホテルに荷物と傘を引き取りに行かなければならない。 時刻表の隣の掲示板には、この夏の花火大会の告知ポスターや詐欺防止の啓発ポスターなどが貼られている。 順番に眺めていたら、一番隅の目立たない場所に、全体が色褪せて罫線も剥げてしまった小さな黒板があることに気づいた。 伝言板である。 まだこんなものが残っていると

          『O駅の隙間女』第7話

          『O駅の隙間女』第6話

          6.駅の裏の沼 私は、今日ここを発ったらもう二度と来ることはないであろうO駅を最後に見ておこうと思った。 だだっ広くて古い駅舎は、正面のロータリーに面した所にあったパン屋がコンビニエンスストアになったくらいで、子供の頃からほとんど変わっていない。 入って右側に券売機と案内所、正面に改札、左側に問題のコインロッカーと待合所。しかし、コインロッカーは既に撤去されており、現在は掲示板として使われている壁があるばかりだった。 待合所は、扉も当時のままで変わっていない。 私は、かつ

          『O駅の隙間女』第6話

          『O駅の隙間女』第5話

          5.守秘義務 私は、タクシーで不動産屋に向かうと、手早く売却の手続きを済ませてとある場所へと向かった。 Jちゃんにゆかりのある人物を一人、思い出したのだ。 その人は、私たちの同級生だったEさん。 彼女は歯科医院の娘で、現在は父の跡を継いでそこの院長をしている。中学時代は顔見知り程度でゆっくり話したことはなかったが、Jちゃんと同じ女子高に進学したということは覚えていた。 私は、高校時代のJちゃんを知る人物の話を聞いてみたかったのだ。 突然の訪問にEさんは驚いていたが、私の

          『O駅の隙間女』第5話

          『O駅の隙間女』第4話

          4.人形の家 結局、レコードの曲が全部終わっても雨がやむ気配はなかった。 長居し過ぎるのも悪いと思い店を出ようとすると、マダムが傘を貸してくれた。お礼を言って店を出る。 本当は、今日の夕方に不動産屋で手続きを終わらせる予定だったのだが、向こうの都合で明日に延期になってしまった。 駅前にある古いビジネスホテルに宿を取り、今夜はそこで休むことにした。 狭いシングルルームには、シーツの硬いベッドと小さな机がある。机の上には小型のテレビ、下には飲み物用冷蔵庫。入口のドアのすぐ脇

          『O駅の隙間女』第4話

          『O駅の隙間女』第3話

          3.幽霊と覗き穴 ――デューク・エリントン楽団の「ロータス・ブロッサム」という曲です。<蓮の花>という意味ね。ビリー・ストレイホーンという人のジャズの名曲なんですよ。 カウンターを挟んで座ったマダムは、私に今流れている曲の説明をしてくれた。 少し前から降り出した雨が外の喧騒を消し去り、店内は甘美な音楽で満ちている。 マダムは厨房に向かって今日はもう大丈夫よと声を掛けて表の札を<準備中>に返すと、まだゆっくりして行って下さいと言うように私に軽く頷いた。もう閉店時間のようだ

          『O駅の隙間女』第3話

          『O駅の隙間女』第2話

          2.古い喫茶店 二〇二四年。 Jちゃんが消えてから三十年が経過した。 大学進学を機に地元を離れた私は、そのままその地で仕事を見つけて一人暮らしを始めた。 小学生の頃に夢見た線路の先には、ビルも海も確かにあったが、思っていたほど愉快なものではなかった。 とはいえ、窮屈な地元にいるよりもずっと快適だったので、ほとんど帰省もせず、自由気ままに自分だけの暮らしを楽しんでいた。 今回の帰省は、実家の土地を処分するためだったのだが、数えてみると二十年振りだった。 既に家族はおらず

          『O駅の隙間女』第2話

          『O駅の隙間女』第1話(全8話)

          (あらすじ) 一九八六年夏、小学生の私は、友達のJと駅で<隙間女>を目撃する。 その後、二人は別々の高校に進み次第に疎遠になったが、ある夏の日、私の元にJがいなくなったという知らせが入る。 時は流れ二〇二四年。二十年振りに地元に戻った私は共通の友達Rと会い、失踪直前のJに起きていた異変を知る。 Jの母親、喫茶店のマダム、Jと高校の同級生だったE、長年駅で清掃活動をしているお婆さん、それぞれと話をする内に、謎に包まれていたJと<隙間女>の輪郭が少しずつ浮かび上がってくる。 J

          『O駅の隙間女』第1話(全8話)

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【6】

          【5】まで書いた所で、あら?<昭和初期篇>とか言いながら、例に挙げた作品は、ほとんど<中期>じゃないのと気づきました。 今回は、襟を正してばっちり<初期>です。というか、戻りすぎて、やや<大正末期>にかかるかもしれません。 渡辺温(1902ー1930) 筆名だと、わたなべ「おん」 本名だと、わたなべ「ゆたか」 と読みます。 これまで紹介してきたマイフェイバリット推理作家さんたちと同じ時期に生まれてきた人ですが、没年からわかる通り、夭折の作家なので、必然的に残された作品た

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【6】

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【5】

          <昭和初期篇>と日本の元号でタイトル書いてますが、今回はちょっとアメリカに飛びます。 (最早、昭和初期からもずれている) ウィリアム・アイリッシュ(1903ー1968) 又の名を、コーネル・ウールリッチとも。 しかしてその正体は?みたいな感じですが、ペンネームがいくつかあって、作品ごとに違っているということみたいです。 日本で特に有名な作品「幻の女」がウィリアム・アイリッシュ名義で書かれていたため、国内ではこちらの名前で主に出版されています。 でも、実はコーネル・ウール

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【5】

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【4】

          英文学者として母校早稲田大学で教壇に立ちながら、その傍らで小説も書く。"文文"両道、二足の草鞋を履いたその方は… 小沼丹(1918ー1996) 小沼タン!(かわいい) 探偵小説に特化した作家という訳ではなく、主に、日常の出来事について書いた短篇小説(私小説)や随筆などで有名な小説家です。 読んでいて、あたたかみというか、ほのぼの感というか、全体を通して作者の優しい眼差しを感じるのですが、それは、不思議なことに探偵物に関しても同様なのです。 かといって、題材が<日常の

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【4】

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【3】

          若き日の日影丈吉がフランス文化に傾倒していた、ちょうどその頃。 時を同じくして、後に<小説の魔術師>と呼ばれる人物がフランスに留学しています。 久生十蘭(1902ー1957) 彼が学んでいたのは、レンズ工学。その後、ガラリと方向を変えて、演劇を学んだといいます。 自由奔放に、自分の知識欲に忠実に行動して身につけた様々な教養が、後の小説に生かされているのでしょう。 探偵小説だけでなく、時代小説とかノンフィクションとか、ジャンルを限定せず多方面に著作を残しています。 とにか

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【3】

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【2】

          ある時はラーメン屋台の親父、またある時は古書店主、そしてまたある時は、ポマード工場支配人… 探偵小説家に落ち着くまで、十以上もの職業を経験したと言われる乱歩。 そんな巨匠に引けを取らない経歴の持ち主がいます。 日影丈吉(1908ー1991) 1949年(昭和24年)41歳の時に「かむなぎうた」が、雑誌「宝石」の探偵小説コンクールに入選して作家として活動を始めるまで、様々な分野の仕事に携わっていた人物です。 (その際、二席ながら乱歩に激賞されたことで、世に出ることになったと

          マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【2】