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マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【3】

若き日の日影丈吉がフランス文化に傾倒していた、ちょうどその頃。
時を同じくして、後に<小説の魔術師>と呼ばれる人物がフランスに留学しています。

久生十蘭(1902ー1957)

彼が学んでいたのは、レンズ工学。その後、ガラリと方向を変えて、演劇を学んだといいます。
自由奔放に、自分の知識欲に忠実に行動して身につけた様々な教養が、後の小説に生かされているのでしょう。
探偵小説だけでなく、時代小説とかノンフィクションとか、ジャンルを限定せず多方面に著作を残しています。

とにかく、<長篇><短篇>も面白い。
口述筆記だったという話ですが(おそらく、推敲も重ねられているのでしょう)、軽妙洒脱というか、テンポがいいというか、読んでいて心地のよいリズムを感じます。
切れ味のよいナイフで切った断面のように見事な文章と言いますか。

それを特に感じるのが、<短篇>です。
特に、私が好きな「骨仏」という作品。

さっと読める長さなのですが、一本の映画を観るような濃密さがあります。
俳句のように無駄がない。
それでいて、情景が無限にイメージでき、後に残る余韻も深い。

<長篇>の名作といえば…で、最初に浮かぶのは「魔都」です。
<朝日文芸文庫>版が絶版になってから、紙の本では長らく入手困難だったのですが、七年前に<創元推理文庫>で復刻されています。

昭和九年、帝都東京で起きた事件、それもたった一日の出来事を描いた作品です。
とにかく、出て来る人物が皆クセモノ揃い。
昭和初期の帝都の、成熟した文化の中で蠢く退廃的な雰囲気が舞台背景とあって、それはそれはめくるめく陶酔に浸れます。
まるで昭和初期の東京にタイムトラベルしているような感じです。

そして、十蘭の名探偵といえば、「顎十郎捕物帳」
江戸が舞台なので、探偵小説というよりも捕物帳なのですが、飄々とした風来坊ながら推理はバシッとキメる男、仙波阿古十郎が縦横無尽に活躍する物語です。(アゴが長いので顎十郎)

我らが<青空文庫>にもありますが、

<創元推理文庫>にもシリーズ全話収録されています。
(前述の「骨仏」も入っています)

小気味好くて、読んでいてとても楽しい。
謎解きも本格的です。

ちなみに、十蘭作品には、もう一人名探偵がいます。
「平賀源内捕物帳」
土用の丑の日の鰻とかエレキテルとかでお馴染みの、あの<平賀源内>が探偵役となって事件を解決していくシリーズです。

上に貼った<創元推理文庫>の久生十蘭集には、その中から三話のみ収録されていますが、<朝日文芸文庫>「平賀源内捕物帳」だと全話読むことができます。(ただし、今の所、電子書籍のみで、紙の本は古本しかありません)

源内の他にも実在の人物が登場したりと遊び心満載で、歴史が好きな方も楽しめるかもしれません。(もちろん創作です)

なんだか気分が落ち込むわ、とかいう時、ポツポツと十蘭を読んでいると元気が出てきます。
<小説の魔術師>が奏でるリズムに乗って、なんだか異世界を旅しているような気分になるのです。

(続く)

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