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マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【2】

ある時はラーメン屋台の親父、またある時は古書店主、そしてまたある時は、ポマード工場支配人…
探偵小説家に落ち着くまで、十以上もの職業を経験したと言われる乱歩。
そんな巨匠に引けを取らない経歴の持ち主がいます。

日影丈吉(1908ー1991)

1949年(昭和24年)41歳の時に「かむなぎうた」が、雑誌「宝石」の探偵小説コンクールに入選して作家として活動を始めるまで、様々な分野の仕事に携わっていた人物です。
(その際、二席ながら乱歩に激賞されたことで、世に出ることになったという話)

フランス料理の研究をしたり、語学教員をしたり、映画の仕事をしたり。
戦時中は、台湾に駐留しており、(これは、自分で選択した職業ではないですが)その地を舞台とした探偵小説も後に残しています。

「内部の真実」では台北、「応家の人々」では台南の、当時の様子が描かれています。

厳密には、昭和20年代後半くらいからの活躍なので、タイトルの<昭和初期篇>とは少々ズレます。しかし、デビューきっかけとなった「かむなぎうた」がそれより10年くらい前に書かれたものなので、その時代の匂いが強い作家ということで、ここに分類しています)

乱歩から高く評価されていたという日影。
作風こそ異なりますが、根底にある美意識というか、論理同様に、情緒や趣味や空想が大事にされている所が似ているように思います。

その世界は、昭和の幻燈が映し出す映像のようにノスタルジックで、幻想的です。
また、料理や言語など、フランスに精通した人だったからでしょうか。日本を舞台にした作品でも、どこか異国の空気を感じます。

淡々とした描写でありながら、一つ一つの言葉が研ぎ澄まされていて、丹精込めて創作されているのがうかがえます。だから、読んでいる内に、いつの間にか物語の情景の中に入り込んでしまっている。
まるで幻灯機のような文章です。

名作短篇は、今の所(2024年現在)<河出文庫>「日影丈吉傑作館」で読むことができます。

前述の「かむなぎうた」を含む、全13篇が収録。

私が特に好きなのは、「ひこばえ」「泥汽車」です。
いわゆる<奇妙な味>に分類されるのでしょうか。
暗いのに明るい、日と影の世界。
不気味で爽やかで懐かしい。
この読後感、何と説明したらいいんだろう。

この本の最後に収録されている「明治吸血鬼」は、<ハイカラ右京シリーズ>と呼ばれるシリーズ物の一篇です。
乱歩における<明智小五郎>、そして日影における<右京慎策>という名探偵。
(「相棒」の右京さんは下の名前ですが、こちらは苗字が右京さん)
文明開化の明治の頃の探偵物です。

私はこれを通して読みたくて探したのですが、絶版になっていて、<現代教養文庫>版を古本でなんとか手に入れて読みました。
電子書籍なら、<講談社文庫><大衆文学館シリーズ>にあるようです。

全集はあるのですが、ちょっとハードルが高い。
しかし、10年程前から<河出文庫>で、その少し後から<中公文庫>で復刻されるようになり、(私は、そのおかげで日影丈吉の存在を知ることができました)
最近では、<ちくま文庫>からもずっとずっと昔に絶版になったような本が出ているのを見かけるようになりました。

「ミステリー食事学」という、これは探偵小説ではなく随筆集です。
この本は以前、(それこそ50年近く前)<現代教養文庫>から出ていて、「ハイカラ右京探偵暦」も同様だったので、復刻の兆しアリかもしれません。あるといいな。

シルクハットにケーンを携えた、謎の紳士はスパイか探偵か。
探偵小説としては、正直そこまで唸るようなトリックがある訳ではないのですが、ハイカラ右京のキャラクターと舞台背景がとにかく味わい深くて雰囲気があるので、大好きな作品です。

明智しかり、お気に入りの作家が生み出した名探偵は、やっぱりいいもんですね。


(続く)



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