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マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【7】

探偵小説というより、伝奇小説や時代小説の名手としてのイメージが強いかもしれませんが、今回取り上げるのはこの方。

角田喜久雄(1906ー1994)

かくいう私も、最初に読んだ角田作品は「髑髏銭」という伝奇小説でした。

隠された財宝をめぐってなんやかんや巻き起こる、ハラハラドキドキの冒険活劇。
子どもの頃に読んでいたら、ごっこ遊びをしちゃうようなお話です。

私は昔から、この<講談社大衆文学館>が大好きで、古書で見つける度に買っては、大正昭和のエンターテインメントの空気に浸るということをやっていました。
そこで名前を覚えた作家さんの一人です。

この方は、文章がとても上手くて、読んでいて心地いいんです。
だから本の世界にスーッと入り込むことができる。
物語の展開も面白いので、とにかくどんどん先を読みたくなる。

しかし、現状(2024年現在)としては、廃刊になっているものが多く、電子書籍で時代物(捕物帳)が出ているくらいでしょうか。

そんな中、2021年に東京創元社より「霊魂の足」という題で<加賀美捜査一課長シリーズ>の全短篇をまとめた文庫本が出ます。
さすが、東京創元社様、創元推理文庫様、足を向けて眠れません。

<加賀美捜査一課長シリーズ>というのは、長篇「高木家の惨劇」に始まる探偵物で、もう一つの長篇「奇蹟のボレロ」の他、上記に収録された7つの短篇からなります。
「怪奇を抱く壁」
「緑亭の首吊男」
「Yの悲劇」
「髭を描く鬼」
「黄髪の女」
「五人の子供」
「霊魂の足」

ちなみに「高木家の惨劇」はココ ↓ に。

探偵役となるのは、(探偵というか刑事さん)加賀美敬介捜査一課長という人物。
ビール好きであるとか、ヘビースモーカーであるとか、巨漢であるとか、人間味を感じさせる描写があるので、読んでいて親しみがわきます。

シリーズのスタートが1947年なので、またこの<昭和初期篇>という題から外れますが、昭和初期から活躍している作家さんということでお許しください。
元々は、1922年に「毛皮の外套を着た男」という作品で作家としてデビューし、戦前は、伝奇小説や時代小説と並行して、探偵小説を多数書いていたそうなのですが、この時代のものは、とっくの昔に廃刊状態で、全部読むにはあちこち探し回る必要がありそうです。

ウィキからそのタイトル(戦前の作品)をいくつか拾ってみますと…
「蛇男」
「三銃士」
「浅草の犬」
「発狂」
「ペリカンを盗む」
「死体昇天」
「密告者」
「Q」
「下水道」

いいですね。タイトルだけでゾクゾクしますね。
ちなみに、上記の一部は「高木家の惨劇」と共に、創元推理文庫「日本探偵小説全集〈3〉大下宇陀児 角田喜久雄集」に収録されています。

で、ですよ。
私が今回マイフェイバリットと言いたいのは、<加賀美捜査一課長シリーズ>の短篇集です。
再度貼ります。

このシリーズは、戦後間もなく書かれた探偵小説ということで、まだ戦争の影響が色濃く残る東京が舞台です。
だから、登場人物や犯行の動機など、エピソードの全てから戦争のにおいがするんです。犯人は誰々というよりも戦争そのものだな、と思うくらい。
戦争自体悲惨なものだけれど、戦後に残った傷もまた深くて痛い。
そんな感じです。

私は戦争を知らない子供たちから生まれた世代なので、戦争のことはもちろん知りません。祖父母が戦争を経験した世代です。
だから、戦争の本当の悲惨さはわからないのですが、小さい頃には周囲に沢山いた戦争経験者の存在感というか、そこから感じた凄みというか、深刻さというか、そういったものを思い出して、ちょっと遠い目でぼんやりしてしまいました、読み終えた後ですね。

探偵小説として勿論面白いのですが、こういう時代があったのだよという証拠としてずっと読まれ続けてほしいなと個人的に思っています。(決して道徳的な話をしたい訳ではないのですが、そう思わずにはいられない)
今の世の人には決して語れない時代の暗部のようなものをエンターテインメントに昇華させたすごい短篇集だなと、読み返す度に思います。

(つづく)


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