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【推理小説】『黄色い菓子の謎』第15話

15.二代目からの依頼

おかみさんが帰ってくると、姉妹も二階から降りてきた。すぐにワイフもやってきて、抱擁しながら久しぶりの再会を喜んでいる。
――店番して頂いて、ありがとうございました。父も写真を見て昔のことを思い出したのか、いつもより話が弾んで。これまで知らなかったことも聞けました。祖父は、子どもの頃に食べたドイツのレモンケーキを再現したくて洋菓子職人になったそうなんです。
九子は、夢の中で会った父子のことを思い出していた。
――祖父の作り方のノートが残っていたら、よかったんだけど。祖父のものは全部火事で駄目になっちゃって。
それを聞いたワイフが何かを思い出したようで、おかみさんに語り始めた。
――お店の地下に倉庫があったの。そこにはお菓子に使うお酒とか材料があって、パパさんが勉強する本もいっぱい置いてあったわ。Recipeもあったはずよ。でもネ、一階の厨房と地下の倉庫ぜんぶ駄目。二階だけ、大丈夫だった。
九子が覚えた少しの違和感。一階の厨房から出火して地下まで火が回ったのなら、その間に二階も同様に燃えるはず。一応確認のために火元を聞いてみたが、ワイフはそれについては知らなかった。
――ちょっと過ぎちゃったけど、三時のおやつにしましょうか。
おかみさんは、おやつにと沢山のドーナツを買ってきてくれていた。それをワイフと姉妹とみんなで囲む。九子は、口の周りを砂糖だらけにしながら、昨日からの一連の出来事について考えていた。とりあえず、偽レモンケーキの出所はわかったし、絵の作者についても聞くことができた。探偵ごっこはおしまいにして、そろそろ家に帰って本業に取り組もうと。
そういえば、と少し前に小包が届いていたことを思い出してそのことをおかみさんに伝えると、九子はおいとまするために立ち上がった。そうしてみんなに見送られ、手を振りながら店を後にしたのだが…。
そろそろ商店街を出るという所で、後ろから追いかけて来る足音に気がついた。おかみさんである。何か忘れ物でも?と思った九子であったが、おかみさんの口から出たのは、思いもよらない言葉だった。
――父からの言伝です。…こちらの思い違いだったらどうするの、って言ったんですが、どうしても渡してくれって。
九子は、突然のことに戸惑った。
――詳しいことは、ここに。
と、おかみさんは九子にメモを渡し、足早に店へと戻って行った。
この時のメモの中身は、以下の通りである。
<もしも、あなたが宝の在り処について調べているのであれば、そのヒントはおそらく写真館にあるでしょう。そこの店主に訊いてみて下さい。洋菓子店の「あれ」と言えばわかるはず>
九子の探偵ごっこがあらぬ方向に誤解されていることに間違いなかったが、無視することもできず、とりあえず写真館へ行ってみることにした。歩くには長い道のりだったが、考え事をするには丁度いい。
日曜日の午後四時。どこかに遊びに行った帰りなのか、大通りは車で混雑している。長葱の飛び出た買い物袋を提げた人や毛の長い犬を散歩させている人など、日が暮れる前に色々済ませておこうという人たちでいつもより歩道も賑やかだった。
九子の頭の中は二代目のメモのことで一杯である。青信号にも気づかず、長いこと歩道でぼんやりしていた。不思議そうに振り返る子どもの手を引っ張って行く母親。尾を振る犬。
それにしても、宝とは一体何なのか。九子はそれを探すために洋菓子店を調べていると思われている。おそらく、以前にもそのようなことがあったのかもしれない。と、ここで、九子はワイフの日記に出てきた外国人のことを思い出した。その人物が見ていたという卵型のトロフィー。やはり、何か重要なものだったのか。
九子は大きく深呼吸すると、目的地へ向かって全速力で走り出した。

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