見出し画像

【推理小説】『黄色い菓子の謎』第19話

19.昔ケーキ、今たこ焼き

商店街の入り口で降ろしてもらった九子は、マーケットまでの道を、サンタクロースから出された謎について考えながら歩いていた。相変わらず、シャッターばかりでひと気がない。昼間過ごした駄菓子屋も、既に店じまいしてシャッターが下りていた。
数メートル先には、マーケットの灯り。珍しく、行列ができている。何事かと思って小走りで近づくと、それはたこ焼きを待つお客さんの列だった。
――いらっしゃーい。今日は、いつもよりタコが大きいよ!
じいさんの代理で、ワイフがたこ焼きを焼いている。ワイフのたこ焼きはビッグサイズなので、いつもよりお客さんが多いのだ。
九子に気づいてウィンクをしてくれたワイフに手を振り返し、店内へ。夫の好きなビールやつまみをカゴに入れ、自分用のおやつを選びにお菓子コーナーへ向かう。思えば昨日の夕方、ここでレモンケーキを見つけたのが全ての始まりだった。ずっと昔の出来事のように思えて、九子は不思議な気分に包まれていた。レモンケーキはもう売り場にない。
九子は、お菓子をやめてたこ焼きを買うことにした。会計を済ませてワイフの所へ戻ると、行列も一段落して客は一人だけになっていた。いや、この人は客ではなく、店の人である。派手なエプロンをつけた婆様が、ワイフの手伝いをしているのだった。
――あら、いらっしゃい!お嬢さん。
ワイフの焼きたてのたこ焼きを婆様が手早くパックに詰めてくれる。
――昨夜のお礼ね、マイナイスいっぱいかけましたよ。
――おバアちゃん、Мayonnaiseネ。
――オーケイ、メェイアネェィズ!
他愛もない話をして三人で笑っていたら、ワイフが妙なことを言い出した。
――私、六十年の間に、ここでケーキ売ったり、ソフトクリーム売ったり、たこ焼き売ったりしてるよ。なんだか面白いネ!
九子が不思議な顔をしていると、
――ケーキは、パパさんのお店の時。その後にMarketができて、二階のCafeでソフトクリームネ。パパさんもここでアルバイトをしていたよ。
――同じ機械で同じ素なのに、初代が巻くソフトクリームはなんだか違っていたわね。おいしかったわ。
不思議だったネー、と二人は顔を見合わせて笑った。
思わぬ所から、サンタクロースのなぞなぞが解けたようである。
九子は、買い物袋とたこ焼きの袋を両手に提げ、我が家までの道を歩きながら初代に思いを馳せていた。火事の後、更地になった洋菓子店跡地に建ったマーケット。店の形や立場は変わっても、初代はそこにずっといた。
初代は思いもしなかっただろう。自分の手で燃やしたはずの日記が、実は形を変えて残っていたということを。六十年という歳月を経て、息子とその友人と、通りすがりの九子に読まれてしまったということを。
<X月X日、Rヨリ、生後間モナイ男兒ヲ託サル。自國ヘ歸ル由。ソノ際受クル記念の置物ハ丁重二店二飾ル>
<X月X日、店ヘRノ同輩ノ新聞記者來タル。昨日、Rガ特高二捕マツタト云フ。渡サレタ新聞ニハRノ顏寫眞ガ載ツテヰタ。國際諜報團。信ジラレヌ>
<X月X日、近鄰ニハRノ子ダト知ル者多シ。戰況モ考ヘ故鄕ヘ戾ル事ヲ妻ニ相談ス>
<X月X日、誰ニモ吿ゲズ、行先モ明カサズ、家族三人神戶ヲ立ツ。親愛ナルRト我々夫婦ノ「寶」ヲ護ル事ヲ誓フ>
全て読み終えた時、サンタクロースの姪っ子が約束の面会時間はとうに過ぎているでしょうと怒り顔で部屋に入ってきた。二人の来客は蜘蛛の子を散らすように部屋を出たが、その際、二代目の目に光るものがあったことに九子は気づいていた。
火事の一週間前に来店した外国人が何者だったのか、今となっては確かめようがない。思い出のレモンケーキの味に誘われてわざわざ洋菓子店まで来たのは、ただの懐かしさからだったのか、それとも…。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?