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【推理小説】『黄色い菓子の謎』第10話

10.桃色、赤、水色、そして黄色

開店したばかりのマーケットは、近所の老人たちで賑わっていた。日曜は、朝からパンやお菓子の特売があるのだ。たこ焼き屋はいつも十時頃から開くので、じいさんの姿はまだなかった。
九子は、特売品を横目に、まずはトイレへと向かう。少々珈琲を飲み過ぎたようだ。
一階のトイレは、入口から一番離れた壁側にある。売り場から離れているためひと気はない。
中の個室は全部で三つあるが、右端は使用中で施錠の赤い印が見えた。真ん中の個室を挟んで左端の個室に入る。程なくして、右端の個室の方から子どもの話し声が聞こえてきた。
――もも色と赤と水色ね…。
――ももいろ、あか、みずいろ…。
仕切りがあるため細かい部分は聞き取れないが、声の違いから二人いることがわかる。何か話し合いをしているようだ。気配を消して個室に潜んでいると、扉の開く音がして二人の女の子が出てきた。今度は声がよく聞こえる。
――きいろももってきちゃった。
――黄色はおかあさんの色だから、べつのところだよ。赤のおばあちゃんがまんなか。
――あたしはももいろ。おねえちゃんみずいろ。
謎の言葉を残し、二人の女の子は去って行った。
九子は、そのうちの一人の声に聞き覚えがあった。駄菓子屋にいた女の子である。おねえちゃんという言葉からすると、もう一方はあの時一緒にいたもう一人の女の子かもしれない。
九子は、たこ焼き屋が開くまでエスカレーター下の三角の休憩所で待つことにした。
椅子に座ってぼんやりしていると、背後でドタバタ音がする。何事かと顔を向けると、その音の主は、トイレにいたと思われる駄菓子屋の姉妹だった。全速力で階段を駆け下り、風のようにマーケットから去って行く。
それを見送ると、九子は静かに立ち上がり、階段の方から二階へと上って行った。柵の上には昨夜の駄菓子がそのままある。近づいて見ると、いちご牛乳味のガム、りんご味のジュースの粉、ラムネ味の飴だった。桃色、赤、水色。いずれも未開封。
そのまま、昨夜の道順で二階フロアを辿ってみる。ゲームコーナー、元喫茶軽食コーナー、寝具・日用品売り場、衣料品売り場。昨夜よりは人がいていくらか活気がある。そのほとんどがゲームコーナーでスロットに興じる老人たちであったが。
一階に戻ろうとエスカレーター側に顔を向けた時、衣料品売り場のマネキンと目が合った。着せられた紫のカーディガンの左ポケットが不自然に膨れている。気になって中を覗くと、さくらんぼ味の練り飴とコーラ味のゼリーとミント味のジンタンが詰まっていた。これまた、桃色、赤、水色。
トイレで、幼い姉妹が暗号のように唱えていた色である。おそらく、あの子たちの仕業だ。先程の会話の真剣な様子からして、いたずらというよりも、何かの儀式めいた感じもあった。子どもにしかわからない、言葉では説明できない考えや行動。どう解釈すればいいのか九子にはわからなかったが、むやみに否定できない大事なものであることは理解できた。
時刻は午前十時。そろそろ、たこ焼き屋が開店する頃である。九子が様子を見に玄関フードへ行くと、じいさんはおらず代わりにマーケットのパートさんが何か作業をしていた。いつもはじいさんの顔が出ている小窓の所に臨時休業の紙を貼り付けている。
――今日はお休みだそうですよ。電話があって、ぎっくり腰って。
そして独り言のように、
――ああ、また、こんな所に…。
そう言いながら、たこ焼き屋の表のカウンターに放置されていたカレーせんべいの袋を回収していた。カレーせんべいの袋は、目の覚めるような黄色である。
ここで九子は、トイレで聞いた言葉を思い出した。
――黄色はおかあさんの色だから、別のところだよ。
二階のマネキンのポケットと一階のたこ焼き屋のカウンター。二階の階段の柵と一階のお菓子売り場。桃色、赤、水色の菓子と黄色い菓子。
九子の中で、沢山の色が混ざって一つの絵になった。

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