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【推理小説】『黄色い菓子の謎』第8話

8.駄菓子屋の姉妹

現像ができたら連絡してもらうということで写真館を後にした九子は、婆様に三輪車を返すために商店街へ戻っていた。朝の光が、九子の徹夜した目に眩しい。
午前七時。マーケットの開店まであと二時間。それまでは、ひたすらシャッターが続くだけの通りである。すれ違うのは、カラスと野良猫。そんな商店街を三輪車でゆっくり走っていたら、少し開いた引き戸からクリーム色のカーテンがふわりと揺れて、中から小さな女の子が出てきた。今日は駄菓子屋のシャッターが開いている。
――オハヨーございます。はい、これどうぞ。
と、女の子のもみじのような手が、九子に封を開けた板ガムを差し出していた。一枚だけ飛び出しているので、それを取れということだろう。
九子は、親指と人差し指で板ガムの両端を支えて引き抜いた。その直後、仕込まれたバネの仕掛けが空振りするパチンという音がした。
――ああ!だめよう。ずるっこよう。
それが指を挟むいたずら玩具であることを九子は知っていた。
――じゃあ、こんどはすっぱいのにしよう。
小さな女の子は、すばしっこく店の中に戻ると、駄菓子のガムを手にまたすばしっこく九子の前に現れた。
――さんこあるでしょ、いっこすっぱいの。あたしとおねえちゃんとおばちゃん、いっことって。
気づくと、もう一人女の子が増えていた。最初の子よりも一回り大きい。二人はよく似ていて姉妹のようだ。
九子は言われるまま、三個の丸いガムのうち一個をつまんで口に入れたのだが…。
――ちゅっぱああ!
すっぱいガムが当たったのは妹の方だった。面白かったようで笑い転げている。しかし、姉の方の女の子は、ただ黙ってそれを見つめていた。
やがて、おとなしい姉に手を引かれ、にぎやかな妹は店の中へ連れて行かれるのだった。
――おかし、かいにきてくださいねー。ばいばーい。
去り際に宣伝した所をみると、駄菓子屋の子どもたちのようである。通る度に開いているかどうかわからないと思っていた駄菓子屋は、意外なことにこんな早朝から開いていた。
九子は、再度三輪車にまたがると、婆様の家に向かって漕ぎ出した。今入ってきた商店街の入り口と丁度反対側の入り口にあるので、少々距離がある。
到着した時、婆様は表の通りを箒で掃いていた。
――おかえりなさい。いい写真はありましたか?…そう、それはよかったわね。あの子は元気にしてましたか?
あの子というのは、写真館の主人のことである。百の婆様にしてみれば、八十のサンタクロースも子どものようなもの。九子は、諸々のお礼に途中のコンビニで買った缶詰やサラミを渡すと、洋菓子店の現在について尋ねてみた。
――同じ場所で、しばらく三代目のお嬢ちゃん夫婦がやっていましたよ。でも、そのご主人が早くに亡くなってね。二代目夫婦とお嬢ちゃんでしばらく営業されていたのだけれど、近くに安売りのお菓子の量販店ができてからは流行らなくなって閉めてしまわれたのよ。
その後、三代目のお嬢さんは製菓学校の講師になって現場から離れ、二代目夫婦は孫のお守りをしながら隠居。それでも二代目は常連の要望に応え、時折店で出していた自家製の焼き菓子、例えば、レモンケーキやマドレーヌなどを作ってくれていたらしい。
――香典返ししたりお歳暮贈るのに、私たちみたいな昔からの馴染みには慣れたものがいいでしょ。でも、若い人は新しいお店に行ってしまうから。洋菓子屋さんに限らず、商店街のお店は全部そうなってしまいました。
是非またいらっしゃいと手を振られながら、九子は婆様の家を後にした。足が自然と先程の駄菓子屋へ向かって歩き出す。あのかわいい姉妹の店で駄菓子を沢山買う。それから、粉ジュースの袋の絵が自分の作品だと教える。
そんなことを考えながら駄菓子屋に戻って来たが、表の引き戸はぴたりと閉められ、開けようとしてもびくとも動かなかった。

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