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【推理小説】『黄色い菓子の謎』第16話

16.「あれ」を探せ

――おお、気が早いね。写真ができるのはまだまだだよ。
朝来てまた夕方にやって来た九子に、店主は苦笑いした。
――え?あいつから頼まれたの。何?「あれ」?
随分昔のことだったようで、サンタクロースは白髭を撫でながら、目玉を天井に向けて考え込んでいる。やがて、何か思い当たることがあったのか、ちょっと待ってて、と奥の部屋へ引っ込んでしまった。
店主が戻ってくるのを待ちながら、改めて九子は朝に見た二代目の店の写真を眺めていた。会ってから見ると、余計に似ているように思える子どもの頃のおかみさんとその孫たち。
――これが、「あれ」じゃないかな。
戻って来た店主の手には、飴色の油紙で包まれたものが握られていた。
――若い頃、親父の作業を見様見真似で覚えたんだ。フィルムの処理技術をね。それで、仲間が持ち寄ったものをこっそり写真にしてたんだけど、親父にばれちゃってね。中にはよろしくない写真もあったから、全部捨てると。取り上げられて、風呂の焚き口に放り込まれた。でも、あいつのネガだけ無事なのは知っていた。
店主の親父さんは、家族が寝静まった夜中に店の作業場でそのネガを見ていたという。
――だから、あいつには隙を見て取り返すと言っていたんだ。ところが、なかなかそのチャンスがなくてね。そうこうするうちに二人共修行に出て疎遠になってしまって。うちの店も移転したしね。今日の今日まで忘れていたことだよ。
店主は、ディートリッヒの写真の額の中にへそくりなどの秘密を隠す先代の癖を知っていた。そこを開けてみたら、案の定、「あれ」が出てきたという訳。
――そうか、今は施設か。一度会いに行ってみるかな。
九子は、「あれ」を受け取ったものの、それを開けて見る気にはなれなかった。まるで秘密を覗き見しているような感じがして気が引けたのだ。それなら、直接二代目に持って行くというのはどうだろうか。そんなことを考えていた時。
――いや、今から行こう。年寄りは、明日のことなどわからない。おたくも一緒に来るかい?
それから五分後。九子は、サンタクロースの運転するシトロエンに同乗していた。午後五時の夕焼け小焼けが流れている。この時間、果たして面会などできるのか。
――うちの姪っ子がそこで働いているから、無理矢理にでも会わせてもらおう。とにかく、老人には時間がないのだ。
とは言うものの、華麗なハンドルさばきの八十代には、まだまだ時間がありそうである。
施設の裏口に着くと、店主は携帯電話で姪っ子を呼び出した。案の定叱られていたが、六時までならいいという。二人は、足音を立てないように静かに二代目の個室へと向かった。
――おう、久しぶり。わかるか?俺。約束の「あれ」持ってきたぞ。
窓際に椅子を寄せて座っていた二代目の顔が、困惑から驚きに変わる。二人は自然と昔のあだ名で呼び合い、再会を喜んでいた。
九子はしばらくその様子を眺めていたが、二代目と目が合うと遠慮がちに会釈し、おずおずと包みを差し出した。
――もしや、娘に写真を預けてくれた方では…。いきなり失礼な手紙を、申し訳ない。
九子は、自分は決して何かを嗅ぎまわっている者ではないということを釈明した上で、そのように思わせてしまったことを詫びた。
――うちの洋菓子店のことを調べている人が来たと娘から聞いた時、父のことを思い出してね。父は昔のことを訊かれるのを嫌がっていた。晩年まで、自分たちのことを探ってくる者には何も語るなと。神戸の店のことも、火事でなくなった店のことも。
日が落ちて、窓の外は夜になりつつあった。窓硝子に三人の真剣な表情が映る。
――火事の後、店を再建してほしいという声もあったんだが、父は決して首を縦に振らなかった。後に開いた私の店で同じ味を再現することも許してくれなかった。…ある時、父に訊いてみた。なぜ、そんなに頑なに過去を封印するのかと。そしたら、一言、宝を守るためと言ったんだよ。

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