見出し画像

【推理小説】『黄色い菓子の謎』第12話

12.父たちの合作

おかみさんたちが帰ってくると、買ってきてもらったお昼のサンドウィッチとジュースを持って、姉妹は店の二階へ行ってしまった。毎週欠かさず観ているテレビアニメの時間なのだそうだ。留守番のお礼にと、九子もおかみさんと一緒にサンドウィッチを頂くことになった。
――ええ、祖父はとても器用な人でした。この模型すごいでしょ。私が生まれた時にはもう洋菓子職人を引退していたんですが、父の店の備品を作ったりしていて。祖父の作るお菓子も食べてみたかったんですけど、今の時代に合わないからときっぱり辞めて。
九子は、仕事の資料集めをきっかけに二代目のレモンケーキの包装紙に興味を持ち、調べているうちにこの店にたどり着いたと、これまでの経緯を説明をした。姉妹たちがレモンケーキの模型を持ち出してマーケットに置いたことを言わなかったのは、二人の儀式を秘密にしておくためである。そして、勝手に始めた調査を詫びながら初代の店の白黒写真を渡した。
――あらあ、懐かしい。おじいちゃんとおばあちゃんだ。私、この写真は初めて見ます。…いえいえ、いいんですよ。お仕事に生かしてもらえれば、祖父母も喜びます。どうぞ、持っていて下さい。
九子は、初代から二代目に引き継がれたレモンケーキの絵の由来をおかみさんに訊いてみた。
――このレモンの絵もね、祖父なんです。元々は、祖父の友人のドイツの方の落書きだったらしいんですが、それに後から祖父が色をつけたんだそうです。ツィトローネンクーヘン、祖父が神戸で最初に構えた店の看板商品なんですが、それを気に入って通うようになったドイツ人と親しくなったと聞いています。戦中、材料の調達でもお世話になったみたいです。
そこまで話すと、おかみさんは沈黙した。紅茶缶を一口飲んで、古い写真を眺めている。
――後から、父が教えてくれたんですけどね。そのドイツ人こそ私の本当の祖父だと。だから、そのレモンケーキの絵は、父の父たち、私の祖父たちの合作なんですよ。
と、空気がしんみりした所に、二階にいる姉妹の笑い転げる声が響いてきた。一階の二人も、顔を見合わせ笑い出す。
――よかったら、お仕事の参考にして下さい。ずっと洋菓子店の守り神だった絵ですから。私の代で色々あって閉めてしまいましたが…。今はね、製菓学校や自宅で洋菓子を教えているんです。レモンケーキ?あら、お好きなんですか?来週作ってきますよ。父の味を再現してきます。是非いらして下さい。あの子たちも喜びます。
おかみさんは詳しい事情は語らなかったが、自分と孫娘姉妹の三人で暮らしていること、仕事で忙しくてあまり孫たちの相手をしてやれないこと、姉の方が家の外では言葉が出ないことなど、九子に話してくれた。だから、遊びに来てくれるとありがたいと。九子は、先程の妹の話から察する所はあったが、何も言わずその誘いを受けた。
――それじゃあ、レモンケーキの作り方が合ってるか聞きに行かなくちゃ。父は、今ちょっと脚を悪くして施設にいるんです。土日に二人を連れて会いに行くんですけど、マンションよりこっちの店の方が施設に近くて。それもあって、週末はここに。今日も朝から会ってきたんですけどね。新しい寝巻を持って行くの忘れちゃって。帰りに寄ろうと思っていたんです。
それならと、九子は思い出の写真をおかみさんに託した。二代目に見て欲しいと思ったのだ。
――ええ、いいんですか?今から?そんな、店番と子どもたちの面倒まで、申し訳ないわ。
いきなりの店番の申し出に、おかみさんは驚いて遠慮したが、取材のお礼ということで受け入れてもらった。
――それでは、本当にすみません。二人とも、いい子にね。すぐに戻るからね。
姉妹と九子は、商店街裏にある駐車場まで一緒に行って、おかみさんを見送った。
時刻は正午を少し過ぎた所。さて、ちびっこ二人とどうやって過ごそうかと九子が思案していると、赤いワゴンの助手席からぎこちない姿勢で降りて来るたこ焼き屋のじいさんの姿が見えた。運転席から出てきたのは、大柄な金髪のマダム。腰が痛そうなじいさんを軽々と介助している。じいさんは、すぐに九子の視線に気づき、小刻みな歩幅で近づいてきた。
――やあ、お嬢さん、昨日は婆さんの相手させちゃって悪かったね。
じいさんを支えるマダムは、三人に太陽のような笑顔を向けた。
――僕のワイフよ。アメリカンなの。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?