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【推理小説】『黄色い菓子の謎』第17話

17.消えた宝物

ところで、「あれ」というのは一体何なのか、九子は二代目に尋ねた。
――「あれ」はね、父の日記を写したネガのことなんだ。
高校生になった二代目は、ある時、写真館で借りたカメラで地下倉庫にある父の日記帖を撮影したという。両親の目を盗んで、フィルムを使い切るまで片っ端から。
――自分が養子ということは幼い頃から聞かされていたんだが、実の両親については詳しいことは教えてもらえなかった。父がドイツ人で母が日本人ということくらいだ。その父が日本を離れることになり、残される母はまだ若すぎるということで、貰われることになったと聞いている。育ての両親には感謝していたが、それ以上のことが知りたいという気持ちにも抗えなかった。
二代目は、深いため息をつくと、「あれ」の包みを開いて中から厳重に包まれたネガを取り出した。
――写真屋の親父さんに没収されたと聞いた時はがっかりしたが、同時にホッとした自分もいた。でも、六十年間ずっと、心のどこかに引っかかっていたのも事実。実の両親のこともそうだが、それ以上に父が頑なに守る秘密の宝のことが気になっていた。
窓の外を見ていた二代目の灰色の瞳が、九子の方を向く。
――あなたが手に入れてくれた古い写真を見ていて、一つの思い出したことがあるんだが。
――ああ、それもうちにあったやつだよ。今朝方この人に頼まれてネガを引っ張り出して来たんだ。その三枚目の写真を撮った時には、俺も助手でそこにいた。
写真館の主人の言葉に二代目が頷く。
――その時、何か変わったことはなかったか?
――いや、いつもの親父さんとお袋さんだったよ。帰りに美味しいケーキを沢山貰ったな。食べ納めになるから、好きなだけ持って行けって。何日か後に、東京の写真学校に行くことが決まってたからな。
二代目は、二枚目の写真を見せながら写真館の主人に訊いた。
――ここに写っている卵型の置物を、その時に見たか?
――いや、覚えてないな。
九子は、ワイフがその一週間前に遭遇したという一連の出来事を二人に話した。初代の神戸時代のレモンケーキを知る外国人が来店したこと、その直後に初代が卵型のトロフィーを片付けてしまったこと。
――やはり、これが宝だったのか…。
二代目はそう呟くと、その来歴について語ってくれた。
――この置物は、私が物心ついた時にはもう店の棚に飾られていた。私と一緒にこの家に来たという話だ。実の父が私に持たせてくれた唯一の物で、これはお前にとってへその緒のような物だから、お守りとして飾っているんだよといつも父は言っていた。
――わざわざ引っ込めたということは、見る人が見たらまずいものなのか。いずれにせよ、その後に火事で全部焼けたのだから、隠すも何も宝自体なくなってしまったっていうのに…。あ、いや、まてよ…。
写真館の主人が何か考え込んでいる。
その時、多分九子も同じことを考えていた。もしかしたら、卵型の置物はどこかに隠されていて無事なのではないか。それを隠し通すために、初代は洋菓子店を閉めたのではないか。
二代目は、黙ったまま目を閉じている。
写真館の主人は、二代目の膝の上のネガを一枚手に取ると、天井の蛍光灯にかざして見つめた。
――表紙の文字だけがなんとかわかるくらいだな。一九四一年から一九四二年とある。ちょうど俺らが生まれた頃の日記だ。
時刻はそろそろ午後六時。約束した面会時間が終わってしまう。
そのことに気づいた九子は、急に何か作業をし始めた。部屋にあったダンボールに読書用の拡大鏡を取り付けて、懐中電灯を差し込んでいる。老人二人は、何事だね?それにしても器用だね、という顔で九子を見ていた。
やがて準備が整い、部屋の電気が全て消された。既に日は落ち、闇の中に懐中電灯の明かりだけが光っている。そして、白い壁に縦書きの文章が映し出された。

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