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「五〇〇書店」 Vol.01|若林恵が選ぶ「これから読む500冊」

蔦屋書店と若林恵率いるコンテンツレーベル黒鳥社が贈るポップアップブックストア「五〇〇書店」(2019年2月11日〜3月19日、代官山 蔦屋書店にて開催)の第1回店主・若林恵がセレクトした「これから読む500冊」。


【「五〇〇書店」とは】

蔦屋書店とコンテンツレーベル黒鳥社の共同企画によるポップアップブックストアです。毎回変わる「店主」(個人、または集団)が、新刊書を中心に、再読したい本も含めて「これから読む本」を500冊選出し(古本はNGとします)、それを期間限定で販売します。今後は、蔦屋書店に限らず、むしろ書店という空間を離れた場所で展開していきたい予定ですが、第1回目は、代官山 蔦屋書店の一角をお借りして開催いたします。また、選書リストは無料公開はせず、オンラインで有料販売いたしますので、そのラインナップを無料でご覧になりたい方は、ぜひ店頭にお運びいただけましたら幸いです。

第1回は、2019年2月11日〜3月19日まで、代官山 蔦屋書店 1号館1階にて開催いたします。営業時間などにつきましては、下記ウェブサイトをご覧ください。
http://real.tsite.jp/daikanyama/floor/shop/tsutaya-books/


【店主紹介】
若林恵|ワカバヤシ・ケイ
1971年生まれ。編集者。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社入社、『月刊太陽』編集部所属。2000年にフリー編集者として独立。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。著書『さよなら未来』(岩波書店・2018年4月刊行)、責任編集『NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える』(黒鳥社/日本経済新聞出版社・2018年12月刊行)。https://blkswn.tokyo


【選書テーマ】
2050年にUFOは飛んでいるか?


【企画趣旨と選書の意図】

「期待」の一覧|若林恵

アマゾンの登場によって何が楽になったかといえば、過去に出版された本をいとも簡単に入手することができるようになったことだ。興味ある書き手がいたらアマゾンで検索すれば、めぼしい出版物はたいがい入手できる。コレクターというわけではないので、1円とかで、絶版になってる文庫や新書を入手できるのだからありがたいことこの上ない。「今後、新刊が1冊も出ない世の中になったとしても、すでにいままでに出版されたものだけで読むものには事欠かないだろうな」と、自分の商売を棚にあげて不謹慎なことを思ったりする。

新刊って実際なんの意味があるんだろう。もちろん優れた書き手の新刊をリアルタイムで読む楽しみは、たしかに、それを通してしか味わえないスリルがあろう。けれども、どんな過去の本であっても人は、それを「いま」という時間のなかにおいて読むものではあるので、常に出来立てのほやほやの新刊ばかりを読まなくてはならない理由はそこまでないかもしれない。新刊本のなかには、過去に書かれた復刊ものも少なからずあるし、海外の書物であれば、新訳ものというのも絶えずつくられている。新刊は必ずしも新しくはない。けれども、そう考えると今度はかえって新刊には新刊ならではの意義があることも見えてもくる。

過去から蓄積された膨大なアーカイブのなかから、いまの自分にとってRelevantな、つまりいまの自分と関係のありそうな何かを探し出すというのは、なにかと骨の折れる作業だ。アーカイブは基本不活性なものとしてそこにある。なのでそれを有用化しようと思ったら、自分からそこに手なりクビなりをを突っ込んで活性化させなくてはならない。図書館を真の意味で有用化できるのは、自分が何を知りたいのか、かなり明確にわかっている人だ。そこではかなり強い能動性が求められる。その点新刊書店というのはありがたいものだ。なぜって、それは前提として、「いま」に向けてつくられ、売られている本がそこには集約されているはずだからだ。

新刊書店は、原理的に「いまのあなたに関係ない」という前提にある本は置かれていない。それが商品である限り、「なぜ、いま」それが世に問われなければならないのか、それなりの検証を経て、新刊書は書店に並ぶ。それが果たして読み手の信任を得ることができるものであるかは出してみないとわからないところはあるものの、少なくとも書き手と編集者は、その本が、いまという時間に対してRelevantな何かをもたらすと信じているから、その本は商品として存在している。そしてその何かがきっと読者のうちの何かに引っかかって、お金を落としてもらうことができる、ということも同時に信じられている。「こんな企画、誰も手に取らないだろう」というような企画は(ときに「んなもん誰が買うんだよ」と目を疑うような企画もあるが、それはあくまでも個人の見解なので、自分が買わないから人も買わないというわけではもちろんない)、商品になる前にボツになるのが良くも悪しくも市場の原理というものなので、新刊書店というのは、その意味でいえば、世の出版社や書き手や編集者がそれぞれの本に託した「時代観」がせめぎ合う、ダイナミックなバザール=市場なのだと理解することができる。

最近の書店は売れ筋はとかく手厚く、売れないものはとかく薄く扱うようで、そういう意味で市場原理のよろしくない一面が浸透して勝ち組と負け組とが明確に別れるようなかたちになっているというけれど、売れるからとキャベツとキュウリしか置かないような生鮮食品売り場が役に立たないのと同じような原理で、商品の多様性が失われるとバザール、すなわち市場というものは活気を失っていく。バザールとしての書店の経営の仕事というのは、棚のなかに時代を反映させながら、多様な視点や論点を巧みに競わせるということでもあるだろう。

そうやって上手にモデレーションが施された活気ある新刊書店というのは、客の側からすればとても楽チンなものだ。なにせ、そこにある商品は、自分のいまと関係があるという前提でそこにあるのだから、全部とはもちろん言わないけれど、そこに陳列されたもののなかから、自分と繋がりのありそうなものを見出すことは、少なくとも古本も含めたアマゾンの大海のなかからそれを探し出すよりも簡単なはずだ。「いま、あなたはこれを読んだ方がいい」と、あらゆる本が声をかけてきてくれているわけなので、受動的に本棚と向き合って構わない。

そして、ある本を手に取って、こう問えばいいのだ。「なんで、この本、いま出てるんだろう?」「これを出そうと思った人や会社は、なぜいまこれを出そうと思ったのだろう?」「いまの自分となんの関係があるんだろう?」。色々と考えを巡らせた結果、どうも理由が判然としなければ、縁がなかったということで仕方がない。けれど、その理由がよく見えないからといって、自分と関係がないと即断するのはもったいないことでもある。「わかること」や「知っていること」しか載っていない本なんて、むしろがっかりだ。読んでみたくなる本というのは、おそらく自分がすでに知っていることと、自分が知らないこととが絶妙な配合で書かれていそうに思える本なのだ。

仕事柄、雑誌などでブックガイドをつくったりすることが多々あるのだけれども、選書する面白さを、自分はとりわけこの「モデレーション」の部分に感じているように思う。ブックガイドのなかで取り上げている本を、選者はすべて読んだ上でそれを取り上げていると思われることがままあるのだが、自分の場合、読んでいない本を取り挙げることが結構ある。

雑誌に載るようなブックガイドというのは、あるテーマを研究するための基礎文献をリストアップするようなこととはまったく違っているし、本の中身を紹介・解説することすら、その目的とは違っている。そこで重要なのは、「これは面白そうだ」「自分が読んだ方が良さそうだ」という期待を、その本を読んだことのない人に抱かせることなので、仮に読んだことがある本を紹介するにしても、読んでない人と同じ目線に立って、その本に寄せる「期待」を共有できるようにしなくてはならない。

もちろん、ブックガイドで紹介する本はすべて読み通すというライターさんは当然いるだろうし(というかそっちが本来は正しく、多数だと思う)、書店員さんでも自分が読み通して心底面白がれたものしか推薦はしないという方も大勢いる。けれども、本を買う側の立場からすると、本は完全に読み通してからお金を払うことができないものなので、購買にいたる根拠といえば、「面白そうと思う感覚」しかない。内容を誰かに解説されてそれでわかったなら、その本を買うにはいたらない。その本を読まないとわからない未知の部分があるのだろうという期待こそが、人をしてその本をレジへと運ばせる。

「何を読んだらいいかわからない」という人がいるとしたら、その人は、何かに期待するという力が弱っているということなのかもしれない。そしてそれは同時に、うまく期待を喚起できなくなっているお店の側にも問題があるということでもありそうだ。「そこに行けば期待に叶うものが必ず何かある」と、かなりの確度で人に思わせることに注力するのは商売の常道だろう。そのとき実際に人が買っているのは、「期待」なのだということは念を押して押しすぎということはない。ただし、同じ人が同じ本を二度買うことは滅多ない。その点、本は、キュウリを期待して八百屋に行くのとは大きく違っている。

また、さらに念を押しておくべきは、期待というのは絶えず裏切られるものでもあるということだ。ある本が期待に応えてくれなかったといってつくり手やましてや書店の不備を責めるのは当たらない。いまひとつ期待と違ったという事態に直面することは、自分の期待の精度を一段あげるためのチャンスでもある。そうやって自分の「期待」を絶えず更新していくところに、読書というものの本質的な面白みはある。自分の期待と差分を絶えず測りながら、文章と向き合う。読書が対話であると言われる所以だろう。

この度、書店員の真似事を代官山蔦屋さんと共にやらせていただいたわけだが、すでに書いた通り、500冊を選ぶにあたって自分が読んでいない本もかなり入っている。ここで展示販売される500冊のリストは、要は「期待」の一覧だ。作家さんの本棚をそのまま書店で展示するというような企画はあるけれど、ここでの選考基準は、「自分が読んだ本」でも「自分が好きな本」でもなく、「期待に胸が膨らむもの」である。未読の本はもとより期待の塊だが、既読のものであっても、まだまだ期待に心が躍るものはあって、そうした本がここでは選ばれている。つまるところ「これから読む本」が並んでいる。

「2050年」というテーマは、音楽家の坂本龍一さんが話されていたことがモチーフとなっている。音楽の歴史を見ると、バロック時代がおよそ1600年から1750年、その後の新古典からロマン派へと至る時代が1750年から1900年、そして音楽の現代が1900年から今までと、およそ150年ごとにパラダイムの転換が起きていることがわかる。その線で行けば、現在のパラダイムは2050年をもって新しい何かと取って変わられることとなるわけだが、そこでは一体どんな世界像のなかで人が生きることになるのかというのが、選書にあたってのモチーフではあるのだが、下手な未来予測は休むに似たりと思うところもあって、その手の本はあまり入れていない。

言うまでもなく、2050年は突然やってくるわけではなく、2049年の大晦日の次の日としてしかやってこない。その間、ずっと時代は変転しながら繋がっていることを思えば、毎日・毎時間こそが変化の最前線とみなさざるを得ないのだけれども、とはいえ毎日・毎時間のなかに、2050年に向けた変化の兆しを見つけるのはいかにもしんどい。むしろいまやっておくべきは、1900年からはじまると、ここで仮に設定した時代区分における、この120年くらいの間、ぼくらを規定してきたパラダイムというのがどういうものなのかをゆるゆるとでも考えることではなかろうか。

この時間のなかで起きてきたこととはなんだったのか、それはどういう可能性と限界をもった時代だったのか。時代がいよいよ終わるのかもしれないという予感の高まりとともに、「この時代」は、「あの時代」として客体化されながら、どんどん過去へと送り込まれようとしている。そうやって「この時代」を捕まえていくことの先に、「次の時代」は、さながら未知なる大海原を渡った果てに陸地が見えてくるような感じで、遠くからぼんやりと姿を表すかもしれない。そんな漠然とした期待のアンテナに引っかかってきた500冊を選びだして並べてみた、というのが今回のミニ書店の一応の建前となっている。




【これから読む500冊|和書】

(*品切れや入手困難なものがある可能性を鑑みて、500冊以上を選び出したのが下記のリスト。上記のうちからおよそ500冊が、3月19日まで代官山 蔦屋書店にて販売されている。リストに記した年月日は、初出ではなく、現行版の発売日なので、最近の日付だからといって、最近書かれたものとは限らない。新刊として、その本がいつ刊行されたのかを知る参考として記載した。)


1. 厄除け詩集(講談社文芸文庫)|1994/4/5|井伏鱒二
2. おいぼれハムレット(落語世界文学全集)|2018/6/8|橋本治
3. 恋愛論 完全版(文庫ぎんが堂)|橋本治
4. 「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済 (光文社新書)|2016/7/14|小川さやか
5. アメリカのユダヤ人迫害史(集英社新書)|2000/8/1|佐藤唯行
6. 資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書) |2014/3/14|水野和夫
7. 金融に未来はあるか ―ウォール街、シティが認めたくなかった意外な真実|2017/6/22|ジョン・ケイ
8. よりよき世界へ ―資本主義に代わりうる経済システムをめぐる旅|2018/11/28|ジャコモ・コルネオ
9. ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち|2017/3/15|J.D.ヴァンス
10. 子どもたちの階級闘争 ―ブロークン・ブリテンの無料託児所から|2017/4/19|ブレイディみかこ
11. 北の無人駅から|2011/11/1|渡辺一史, 並木博夫
12. なぜ人と人は支え合うのか(ちくまプリマー新書)|2018/12/6|渡辺一史
13. 戸籍と無戸籍 ―「日本人」の輪郭|2017/5/20|遠藤正敬
14. 無戸籍の日本人 (集英社文庫)|2018/1/19|井戸まさえ
15. 刑吏の社会史 ―中世ヨーロッパの庶民生活 (中公新書)|1978/10/23|阿部謹也
16. 日露戦争、資金調達の戦い ―高橋是清と欧米バンカーたち(新潮選書) |2012/2/1|板谷敏彦
17. 株式会社の終焉|2016/9/30|水野和夫
18. 会社はこれからどうなるのか (平凡社ライブラリー)|2009/9/10|岩井克人
19. 「新自由主義」の妖怪 ―資本主義史論の試み|2018/8/24|稲葉振一郎
20. 暗号通貨VS.国家 ビットコインは終わらない (SB新書)|2019/2/6|坂井豊貴

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