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ショートショート

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#恋愛

大樹【ショートショート 恋愛】

大樹【ショートショート 恋愛】

アールグレイの香りで、自分の調子が分かるようになった。軽ければ快調、重ければ不調。
今朝は重いなと感じながら支度をし家を出た。
その判断はすぐに後悔することになる。

会社はフレックスなので、ラッシュアワーを避けて遅めに出勤している。ラッシュ時なら混雑するホームも、人はまばらだ。そこにぼんやりと立ち、きれいだなと雲を眺めていた後の記憶がない。

目を覚ますと、そこには太った男が汗をふきふき座ってい

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はつ恋【ショートショート】

はつ恋【ショートショート】

予報では雨だったのに、きれいに晴れた。さすが
誠也だ。

「皆川さん」
ごみ捨てに行く途中、後ろから声をかけられ振り返った。
「おう、どうした、幸成」
クラスの男子だった。なんだか震えている。
「寒いんじゃない?」
声をかけながら近寄った私の手を取って幸成は言った。
「…あのさ、俺と付き合って」
…え?
「俺、前から皆川さんのこと好きで」
私、幸成のこと好きなのかな?そう問いかけると心臓がとくんと

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逃避行【ショートショート】

逃避行【ショートショート】

来ないで。
そう思いながら駅のベンチで待っていた。
春は来た。けれど風は冷たい。マフラーをきゅっと巻き直す。

今夜十時に、とあなたは言った。
二人で遠い街へ行こうと。
私は静かに頷き、互いに少しだけの荷物を取りに家に戻った。

もうすぐ十時。
来ないで、と祈るような気持ちで時計を見る。

「ごめん遅くなって」
息を弾ませて、いつもの笑顔で来たあなた。
二人の未来を疑わぬあなた。
私も笑顔で応じる

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恋【ショートショート】

恋【ショートショート】

今日、街頭インタビューで「そんな遠いところの奥様とどのように出会われたのですか」と聞かれた。
こんな田舎町にテレビが来るなんて思ってもみなくて、しどろもどろに「大恋愛でした」と答えた。

24の時だった。私は大学院へ行っており、まだ学生だった。好いた女性は10歳年上で、地元の会社で事務員をしていた。当時34歳で結婚していないのは、肩身が狭いようだった。

彼女との出会いは書店であった。同じ本を同時

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さようなら【恋愛 ショートショート】

さようなら【恋愛 ショートショート】

夏とはいえ、雨も降っていたし、明け方には少し肌寒く感じた。

私は小さなボストンバッグを抱え、小さな無人駅の木でできたベンチにぽつねんと座っていた。

「22時の電車に乗ろう」
約束して別れた。

私は少しの着替えとありったけのお金だけを持ち、21時半に駅に間に合うよう、走って行った。

二人で生きていくんだ。
そんな覚悟と期待の入り混じった感覚。
若かったからだろうか、不思議と先の怖さはなかった

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一夜【ショートショート 恋愛】

一夜【ショートショート 恋愛】

目が覚めると胸が苦しかった。久しぶりだ。最近は嫌なことがなかったから、この苦しさからも開放されていた。
起きなきゃ。会社へ行かなくては。体の重さと戦い、よろめきながら洗面へ行く。
疲れきった、ひどい顔をしていた。青ざめてすら見える。
そんな自分の顔を眺めていて、昨日の出来事を思い出した。

私は今の会社に中途で入社したばかりだ。入社してひと月経ったくらいか。
小さな会社だ。主にホームページの更新を

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春間近【ショートショート 恋愛】

春間近【ショートショート 恋愛】

※性的表現があります^^; 不快に思われる方もいらっしゃると思いますので、念の為冒頭に書かせて頂きました。

梅が咲いて、雪が降った。一面真っ白だけど、どことなく心が騒いでいる。心が。体が。春を待ち望んでいる。

ある晩、私たちは一夜だけの関係になった。私はその人のエロティックなところに惹かれていただけだし、それで満足だった。
うそ。本当はうそ。私はその人に抱かれて、その人の瞳も指先も声も話し方も

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レモネード【恋愛 ショートショート】

レモネード【恋愛 ショートショート】

真夏の午後3時。
カフェで涼むのは最高だ。
一面ガラス張りの窓から見下ろす交差点。
陽炎が立っている。
こんな中、もう歩きたくない。…けど、歩いて帰らなきゃいけない。
店内には、女子高生たちのざわめきが聞こえる。
私達は冷たい水に入れられた金魚みたい。
ソーダ水。レモネード。アイスティー。
冷たい飲み物を飲み干して、ガラスの水槽の中を泳ぐの。

そんな物思いに耽っている千夏をよそに、目の前の裕太は

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アイスクリームデイズ【恋愛 ショートショート】

アイスクリームデイズ【恋愛 ショートショート】

「こんにちはー、今日も来ちゃいました」
「真奈美さん。いつもありがとうございます」

会社の昼休み、私は時々近くの公園で日光浴していた。
すると、5月から、可愛らしいアイスクリーム屋台が立つようになった。
バニラ、チョコ、ストロベリー。三種類しかなかったが、手作りアイスは思った以上に美味しかった。最初はアイスクリームのおいしさに惹かれて通っていたが、やがてアイスクリーム売りのお兄さんへの会いたさの

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これは恋愛だったのか【恋愛 ショートショート】

これは恋愛だったのか【恋愛 ショートショート】

目が覚めると15時。そこから軽いものを食べ、またうとうとする。そして夕飯を食べ、お腹いっぱいになってまたうとうとする。そして眠りすぎたせいで眠れなくなり、眠剤を飲んでやっと眠りにつくのは、空が白んできて小鳥の鳴き声が聞こえてからだ。
こんな生活が、もう一生続くんじゃないかと思うような、暗いトンネルの中にいた。
そんなとき、ヤツとの出会いがあった。
友達の一人が、日本中を揺るがすような大きな地震があ

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ロングヘアーストーリー②【恋愛 短編小説】

次の月曜日の朝、スクールバスを待ってたら、ぎょっとする顔が見えた。例の美容師だ。
近くに住んでるのかな。バスに乗るのかな(普通のバス停にスクールバスが停まるのだ)。私は顔を合わせないようにほかの乗降客に紛れようとした。しかし。
「おはよう」
わ、私に声…かけてるよね…。
「お、おはようございます」
「土曜日は…」
「わーっ、ちょっと待って、ちょっと、あっちいきましょう!」
近くのベーカリーカフェま

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ロングヘアーストーリー①【恋愛 短編小説】

一月ぶりに美容院へ来た。
いつもの美容院で、やっぱり担当もいつもの人。というか、切ってくれるなら誰でもいい。夏休み中に行っときなさい、と母に言われて来ただけなのだ。
「どれくらい切る?」
「揃えるくらいで」
いつもどおりのオーダーだ。実は以前、20センチほどバッサリ切って学校へ行ったら、先生に怒られたのだ。あなた、髪の毛を短くするときは報告しとかなきゃだめじゃないの、と。それ以来、面倒くさくて伸ば

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スーパームーンラブストーリー【ショートショート】

目を覚ますと月夜だった。カーテンを閉め忘れている。圭吾は隣でぐっすり寝ている。白い月明かりが彼の顔を照らしていた。くしゅん。まだ夜は肌寒い。毛布をかけ直して再び眠りについた。

「きゃっ…」
別の部署に届け物に行く途中、出会い頭に誰かとぶつかった。私は弾みで尻餅をついた。
「ごめんね、大丈夫?」
手を差し出され、立ち上がる。
「ええ。すみません、私が前をよく見てなくて、本当にすみません……って、立

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