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【不安と葛藤】プラネタリウムの満天の星空は、街明かりにかき消されていく

良い天気になり、いい1日を過ごせた。
家族も嬉しそうで、良かった。機嫌よく帰っていった。

だけど、ちょっとしにたくもなった。

こんな風な状態がずっと続くのだろうか、と。

プラネタリウムに行った。何年ぶりだろう。

私の実家は田舎で、夜に少し田んぼの道に車を止めて見上げれば
プラネタリウムくらいの迫力のある星空が一面に広がる。

昔はよく両親に連れられては観た。
満天の星空を眺めて「綺麗だなあ」と。

星座が出来た頃はもっと鮮明に見えていたのだろうか。
点つなぎで獅子とか乙女とか、良く見えたよな。
本当に暇人だよな星座思いついた人、と思う。

明るいと、星は見えない。
そんな当たり前のことを、私は前に忘れていて

この都会の町中をある人と歩いている時に呟いた

「どうして、都会では星が見えないんだろう?」

星を見上げる、そんなことをしなくなっていたから
どうして星が見えないのかなんて、すっかり忘れていた。

その人はちょっとばかにしたみたいに笑って、こう言った。

「こんなに街明かりが多すぎる空で、星が見えるわけないですよ」

ああそうか。そうだな。そりゃそうだ。
満天の空が当たり前の土地で育った私には、
「街明かりで星が見えない」ことなんて、特に思い付きもしなかった。

ここは便利だ。
だけど、なにもない。

満天の星空も、
好きだった人も、この会話をした人も、
大切な家族も、どこにも無い。

このぴかぴかと光るPC画面の中に、
信用できる人が数人だけ、いる。

街明かりに照らされ、慣れないヒールを引きずるように
泣きながら歩いたことがあった。

仕事で何をやってもうまくいかない時だった。

光るネオンたちに、私の涙は反射していたのだろうか。
泣きながら友達に電話をして「今は種まきの時期なんだ」と言われた。

その友達ももう、私は一緒にいられなくなってしまった。
自分の生活と、生きることを選ぶために。

種まきはいつまで続くだろう
芽吹くことは、あるだろうか。

休業し、半年が経ってきた。

少しずつだけど仕事量は増やしているから、
完全に休んでいるわけではない。
他にも、SNSを頑張っていたら色々なオファーもくるようになった。

少しずつ芽吹いているのだろうか。

満天の星空を当たり前に見上げていたころには、わからなかった、
知らなかった人生の厳しさと言うものももう、1年以上続いていて
これが良くなったと思ったら今度はこれ、ときりがない。

ああ、ここには、星空もないし
大切な人ももういないし、
だからと言って帰ったところで私の居場所はどこにもないだろう。

月明りにも、街明かりにもかき消され
プラネタリウムで見たような、あんな星たちも見えないこの地で

私は今日もひとり、空を見上げている。

何もない空を。


山口葵




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