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学校の愛すべき反面教師ズ。回想録。小説風。


馬鹿と戯れてくれた煙使い達の話。

……勝手に人生の恩師認定している先生が居る。学校で習う勉強よりも遥かに人生観に影響を与えてくれた先生達。
授業ではなくて、ほんのカップ麺すらも出来ない短い時間の雑談が、未だに自分の指針になっていて、もう一生揺らがないのではないかと思っている。
よくある残念な教訓話かもしれないけれど、あの二人の笑顔と台詞が忘れられない。なので。

多分自分は、一生煙草は吸わない(と、思う)。



学校敷地内での分煙は進んでいたけれど、禁煙まではいかなかった時代の話。
けれど喫煙者が非喫煙者にふかす煙よりも白い目で見られるのは今とあまり変わらない時代で、学校で『先生』と呼ばれる人達が煙草を吸える環境は、自分の母校では応接室だけだった。横に細長くなりがちな校舎の中央付近にある職員玄関の隣で、生徒達からもよく見える位置に応接室もとい、喫煙室はあった。

窓を開けて換気をするから実質分煙なんて形だけで、開けられた窓辺で黄昏ながら煙草を吸う先生達に子供達がすすんで話しかけに行くのは、割と当然の展開だと言えると思う。自分もそんな、ヤニ色の煙使いに巻かれたがる生徒の内の一人だった。長いものにか煙にかは人それぞれだろうから、自分がどちらかはご想像におまかせしたい。

中でもよく話す先生が居た。教育実習で入って来て、翌年そのまま正式就任した若くて面白い先生と、その先生とよく一緒に煙草を吸っている教頭先生。
書くと少し面倒な偶然も重なって、面白先生とは他の生徒より若干話す機会が多く、生意気な生徒そのいちの自分は割とフラットに話していた。けれど面白先生も割とフランクに話してくれるタイプの大卒直後の若い先生で、自分含め色々な生徒達に揶揄われながら煙草をふかしていた。教頭先生はずっと少しだけ奥でにこにこしながら一緒に煙草をふかしていた。教頭先生は自分のクラスでは授業の受け持ちが無く、あまり話す機会も無いけれど、自分には弟が居て、そちらがお世話になっていた。

面白生徒と教頭先生は二人揃って自称ベビースモーカーで、そういえば確かに、他の先生が煙草を吸っている記憶がほぼ無いくらいよく見掛けた。二人セットで。


ある日、その平和な応接室に間違い探しみたいな異変が起きた。にこにこしている教頭先生が喋らなくなった。
もともと相槌と一言二言くらいしか喋らないのだけれど、完全に喋らないなんて事はほとんど無くて、何日かするとそれはもうものすごい違和感になっていた。
更にある日、間違い探しみたいな異変が間違い探しになった。背後に控える教頭先生が何日も連続で居なくなった。
頻度は高くないけれどたまに見掛けない事は前からあったので、出張かと当たりを付けたけれど、学校に居ない訳ではないのでおかしい……。

しばらく訝しんでいる間に、教頭先生は応接室もとい喫煙室に戻って来たけれど、また少し奥でにこにこしているだけの先生になってしまっていた。


実は分煙なんて校舎内だけで、屋外ーーグラウンドと下校ルートのアスファルトーーに面した窓は、換気の為に開けられている。自分も他の生徒達も、大体いつも窓枠を挟んで先生達と話していた。
面白先生がよく窓辺寄りに居るので、いつも面白先生に話しかけるのだけれど、奥に控えてにこにこしているだけの教頭先生が気になりすぎる。にこにこしているのが気になるのではなくて、喋らないのが気になりすぎる。
校舎内で普通に会えば、普通に挨拶するし返してくれる、ずっと笑顔な癒し系の教頭先生は何故、応接室でだけ不思議系になっているのだろうか……?( )

しばらくして偶然、自分が職員玄関を通る機会があって、また偶然、同じタイミングで面白生徒と教頭先生が応接室(喫煙室)に入っていた。職員玄関を通る許可を(もう理由覚えていないけれど)得ていた自分は通りがけに遂に、奥に控える教頭先生に話しかける機会も得た訳である……!
生意気な生徒(拗らせた十四歳)は、容赦なく応接室の窓ガラスをノックし、恐らく何も考えていない笑顔で教頭先生に話しかけたと思う。……鏡も見ない自分の表情なんて正直しっかり覚えていない。両手の指で足りない昔話、うろおぼえだ。


「先生ー、最近虫歯かなんかですか?」


勇者は飴玉を手に入れた!( )

……喫煙室の本来の用途は応接室なので、ちょっとしたお茶菓子はある日もある。もう時効という事にしてご容赦いただきたい。教頭先生私物の飴を貰った。
前置きが長くなったが、自分の人生に焼き付いているのは、この時の二人との会話と、二人の対照的な笑顔だ。
喫煙中の話題としては的外れを極めた自分の問いに、教頭先生は少し間を置いてから返事をくれた。

「えっ虫歯?」

的外れな問いには疑問符で返すしかない。
そこから少し、雑談は続いた。

あ「先生最近静かなんで歯でも痛いのかなって」
教「あぁ!なるほどね、違いますよ!」
面「あー……」
あ「……うん???( )  」


「少し前から禁煙始めてて、口寂しくなったら代わりに飴舐めてるんですよ。」(ガサッ)


教頭先生は大袋のフルーツアソートのど飴を取り出して、割と堂々と一個、飴玉をくれた。

「えっあ、」

ありがとうございますとなるほどと、色々な動揺が混ざりお礼の言えない残念な生徒の前で、教頭先生はにこにこと話し続ける。

「でも完全に吸わないのは寂しいから、面白先生の副流煙で吸わせて貰ってーーあ。面白先生もいりますか?のど飴なんで!」

面「ふはwwwwっ大丈夫です……w」
あ「wwww飴ありがとうございます」
「喫煙後にも良いですよ?」(ガサッ)

「「っはwwwwwwww」」

自分は口を押さえ面白先生は煙を吐いて顔を伏せた。教頭先生も面白先生だった。笑顔で続く台詞が面白い。お願いだ、このタイミングで不思議そうな顔をしないでくれ……!( )
先に笑いのツボから抜け出したのは面白先生の方だった。

面「でも結構舐めてますよね、もともとだいぶ吸ってましたし……」
教「……この袋、この量で一週間くらいなんですよね……( ) 」
面「えぇ……」
あ「っ、wwww、……!」
教「でも煙草より断然安いですし」
面「っ、まぁ確かに……( ) 」

揃って視線を下げて静かになる見習うべき大人達が面白い。……面白くてつい、やっと話せるまで復活した自分はまた余計な事を聞いてしまった。


「面白先生は止めないんですか煙草」


悪役にされた煙を吸い込み、溜め息を吐く。深く一服をキメた後、面白先生は力なく言った。


「煙草は吸わねー方が良いよ……」


ーー大卒直後と思えない、重たい台詞と暗い声だった。多分教頭先生も、ああ……これは禁煙失敗しているな……。と、悟ったと思う。しかし自制の足りない駄目な生徒の心の声は漏れてしまう。

「吸いながら……」


ーー面白先生は自嘲気味に笑った。


面「止められねーから言ってんの、説得力あるだろ……?( ) 」
あ「わぁ反面教師……( ) 」
教「…………」

…………、さて、この澱んで沈みきらせてしまった空気をどうしよう……。こんな重たい話をするつもりで話しかけてはいなかった。いつもはもっと軽い雑談なのに。
そう困っているタイミングで、ちょうど背後の職員室から救いの扉の開く音がした。慌てたのは自分よりも一服していた先生達で、煙草を吸い終わり喫煙室から出る二人に「気を付けて帰れよ」「さようなら」と見送られ帰り、この雑談はお開きになった。

ここまではもしかすると何処かにありそうな思い出話。ただ、この思い出話には後日談がある。


……数ヶ月の全校朝会。

『ーー教頭先生が入院して、しばらくお休みになります。』


入、院……?
にこにこと明るく人当たりの良い教頭先生のあまりにも突然の退場に全校生徒が騒然として震えた。

その後、個人的に聞いて回り、喫煙室で昼間から黄昏る面白先生から教頭先生の入院理由を聞いた。

ーー重度の『糖尿病』のせいだった。


あ「ーー先生ぇ。俺煙草吸うの絶対に止めとこうと思います……( ) 」
面「あーうん、それが良いよ。」

面白先生は止められない煙草をふかしながら言った。


……これが、自分が煙草を吸わないと決めた理由である。喫煙者には肺癌か糖尿かの二択しかないと知った思い出だ。
禁煙すると言って飴を舐めていた教頭先生は、結局自分の卒業までに帰って来る事はなかった。卒業後、弟からも教頭先生復活の報は入っていない。


成人後。更に『肺気胸』なる、肺に穴が開く病気を知って、重ねて吸うものかと決意した。
雑談の為に吸い始めた煙草を止められなくなり、非喫煙者からベビースモーカーになった同期を見て、軽い煙草も避けようと思った。

「吸い始めたら止められないから吸わない方が良いですよ」

酒の横に32mgの箱を重ねて積み、別部署の先輩(非喫煙者)に揶揄われながらも真顔で語る同期は、笑えないタールの重さを知っている……。帰れなくなった人間の後悔は深い。

自分の年齢は当時の面白先生を過ぎていた。
気が付けば自分の仕事のお伴は奇しくもフルーツアソートのど飴になっていて、肺を軽くさせたい同期と同じ部署の皆に配る様になっていた。仕事中はバリバリと飴を砕きながら、一週間で大体一袋を消化する。…………、うん?( )


ーーうん。
糖尿病にも気を付けようと思う。(ガサッ)




雰囲気のよい画像をトップにお借りしました!共有ありがとうございます……!

最後に小話タグと別の小話も置かせてください、よろしければこちらのnoteもお願いします……!


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